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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

春浅き猿払

4月に入り日の光が眩しくなってきた
寒さ厳しき猿払の雪解けももうすぐだ

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1973年4月 天北線 鬼志別

このところ、北海道地方では記録的な低温に見舞われている。史上最強クラスの寒波ということで、道北、道東エリアは、軒並みマイナス30℃以下が観測されている。その昔、旭川駅の徒歩圏に銭湯があった。宗谷線、石北線の夜行列車に乗る前に、何度かその銭湯に行ったことがある。帰りにタオルと髪の毛が凍ってバリバリになったことを覚えている。面白半分にタオルを振り回して凍らせたものだ。旭川ではマイナス20℃くらいは珍しくなかったと思うが、これは家庭用の冷蔵庫の冷凍室の温度になる。今はそんなことはないが、冬の北海道では、凍ると困るものを冷蔵庫にしまっていたというから、家の中も随分と寒かったということだ。

4月に入ったというのに、一面の雪原で、木々の冬芽も硬いままで、猿払の春はまだまだ先のようだ。今では、列車の運転士も、空調の効いた快適な職場で働けるようになったが、現役蒸気時代の機関士の職場環境は、特に劣悪だった。ボイラーから発せられる高熱と、極寒の風雪の中での身を乗り出しての前方確認。顔面神経痛の話もよく聞いた。しかし、C62重連でお馴染みのゴーグル姿の機関士の凛々しさは、機関車乗りの憧れの象徴でもあった。同じ寒さであっても、昔の方がより寒かったはずだ。色々なものが進化し、北の大地の冬の生活も随分と改善されている。ただ、冬の厳しさがあってこその北海道だと思うのは、こあらまだけだろうか。


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  1. 2019/02/10(日) 00:00:00|
  2. 天北線
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高原の青い空

小海線のキハ200形も早12年目だ
気動車のハイブリッド化の将来は如何に

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2013年2月 小海線

2007年に、ここ小海線に投入されたキハ200形は、世界初のハイブリッド式の営業用鉄道車両だ。ディーゼルエンジン、リチウムイオンバッテリー、三相誘導電動機から構成されるハイブリッドシステムは、山登りと山下りの連続勾配が続く線区の方が効果が高いとされ、八ヶ岳山麓を登り降りする小海線が試験場所に選ばれた。山下りで蓄えた電力を山登りに活用しようという算段だ。勾配の関係で、駆動台車は小諸寄りに設定されている。

その後、同じ仕様のEB-E210系とEB-E300系が追加されて、リゾート列車に使われている。「四季島」や「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」も同じシリーズハイブリッド方式だが、こちらも特別な豪華列車だ。小海線でのデータ収集では、排ガスのクリーン化、燃費の向上が証明されたが、一般気動車としての量産化は聞こえてこない。やはり、対費用効果が優れないのだろうか。自動車と同様に、リチウムイオン蓄電池の価格と重量がネックのようだ。

数日前に降った雪のせいもあるのか、この日の朝は妙に空が青かった。エアロゾルと呼ばれる水滴やほこりが少ない高原では、空の青が鮮やかだ。さらには、冬の雪晴れとなれば青さは尚更だ。ピリッと冷え込んだ朝の空気の中、キハ110形とは違ったディーゼル発電機の音が響いてきた。この車両のカラーリングは、青を基調に黄色帯をまとった配色になっている。高原のイメージを表現したそうだ。確かに、高原の青い空とは、なかなかの相性だ。


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  1. 2019/02/08(金) 00:00:00|
  2. 小海線
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夕張の攻防

札幌への時間短縮が2線で争われた
北の炭鉱でも官民の凌ぎ合いがあった

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1973年3月 夕張鉄道 栗山

その昔、夕張が炭鉱の町として活況を呈していた頃、道都の札幌との交通で、国鉄と夕張鉄道が張り合っていた。石勝線開通前の当時の国鉄ルートは、夕張線で紅葉山を通って室蘭本線の追分に出て、岩見沢経由の室蘭線・函館線で札幌に向かうというものだった。夕張地区の炭鉱が盛んに稼働していた時代には、夕張線は全線複線だったようで、札幌への直通列車の準急「夕張」が走っていた。一方、夕張鉄道は、夕張本町が起点で、鹿ノ谷で国鉄と別れ、室蘭本線の栗山を経由して、函館本線の野幌へ繋がっていた。国鉄の準急「夕張」に対抗すべく有料の急行列車が運行され、野幌-札幌間は連絡バスで結ばれていた。

両線とも石炭輸送が本分だが、旅客輸送では鍔迫り合いを繰り広げていた。そのため、夕張鉄道は、国鉄の新型車の投入に合わせて、同性能の車両を導入している。キハ07形に合わせてキハ200形、キハ10系に合わせてキハ250形、キハ22形に合わせてキハ300形を自社発注している。キハ250形については、国鉄に先行したため、道内初の液体式気動車となっている。1枚目の写真は、夕張鉄道初の気動車のキハ200形になる。仕様は国鉄キハ07形とほぼ同一だが、後に流体継手が設けられている。この頃までに、国鉄のキハ07形は、キハ10系に全て置き換えられていたので、夕張のキハ250形は貴重な存在だった。

しかし、ヤマの斜陽は著しく、車社会の進展も急速で、夕張鉄道は、写真の翌年の1974年には旅客が廃止され、1975年には鉄道自体が全線廃止になってしまった。そして、JRに引き継がれた夕張支線も風前の灯となった。現在は、バス会社に変身した夕張鉄道のバス便が札幌との間を往復している。両線が競い合った時代は、すでに遠い過去のものとなった。さらには、夕張、赤平、芦別、歌志内、美唄といった炭鉱から集められた石炭は、室蘭本線によって室蘭港などに運ばれたが、その室蘭本線も沼ノ端-岩見沢間は存続が危ぶまれ、かつての過密ダイヤが嘘のようにひっそりとし、名残りの複線跡は宛ら産業遺産のようだ。


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1973年3月 室蘭本線 栗山

列車は苫小牧方面に向かうC57牽引の客レで、室蘭本線を南下中だ。その先で、オーバークロスしているのが夕張鉄道で、写真奥が鹿ノ谷、夕張方面となる。室蘭線を跨いだ夕張鉄道の線路は栗山駅で一旦一緒になり、1枚目の写真のように室蘭線と並行するが、直ぐに東方向に別れ、函館線の野幌へと向かう。


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  1. 2019/02/06(水) 00:00:00|
  2. 夕張鉄道
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高原を駆け下る

どうやら高原には積雪があるようだ
巻き上がる雪の結晶が夕日に輝く

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2019年1月 小海線

早いもので、今日は立春だ。昨日の節分は、食品販売業者のご尽力により、近頃は恵方巻の日になってしまった感がある。我が家は豆まき派なので、「鬼は外!」「福は内!」とやって邪気を払う。家の中に豆をまくと、後が面倒なので、「福は腹!」と言って、家の中の分は食ってしまっている。そうすれば、ひもじい思いをせずに、一年間美味いものが食えるはずだと、勝手な解釈で豆まきをしている。

そもそも節分というのは、その名の通り、季節の分かれ目ということで、本来は立春、立夏、立秋、立夏の前日を指すらしい。特に、立春の頃は旧暦の新年に当たる重要な季節の分かれ目とされ、節分=立春の前日 ということになったようだ。節分には、厄除けを行い、行事食を食べて、一年の無病息災を祈願するようになったという。その一つが恵方巻というわけだが、起源は全くもって不明とされている。

何れにしても、暦の上では立春から立夏の前日までが「春」ということになる。立春とは、「冬が極まり春の気配が立ち始める日」とされる。確かに、もうこれ以上は寒くはならないぞといった時期だ。といっても、雪国では最も積雪が深くなる頃だ。そろそろ、春の長期ロケのことが頭をよぎってきたが、まずは残り少なくなった雪の季節を楽しんでおくべきだろう。小海線も、これから一番の積雪シーズンを迎える。


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  1. 2019/02/04(月) 00:00:00|
  2. 小海線
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入間川橋梁再び

蒸気全廃後、再び八高線に戻ってきた
何をどう撮るか、新たな迷走が始まった

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1976年3月 八高線 東飯能

1976年3月2日、北海道は追分機関区に入換機として残っていた39679、49648、79602の3両のキューロクが火を落とし、現役の蒸気機関車が全廃した。同時に、こあらまの蒸気機関車を追いかけた7年間にも終止符が打たれた。その頃の蒸気ロスの空虚感を胸に、蒸気を最初に撮り始めた思い出の八高線に再び足が向った。早々に無煙化されてしまった八高線を訪れるのは、実に6年振りだった。キハ17やキハ20は影を潜め、不細工な通勤型のキハ30やキハ35が幅を利かせていた。相変わらず、高麗川のセメント工場とを往復するセメント貨物は健在だったが、牽引するのは憎っくき赤ブタDD51だった。

その時のネガには、新たな鉄道写真を模索しようと、どうにもならない写真ばかりが並んでいる。車両の無い写真やゆる鉄風のものも数多く残されている。蒸気の去った鉄道に何を求めるかを探っていたのだろう。機会があれば迷走時代の写真もアップしたいが、今回はそんな中で記録されたオーソドックスな1枚をお届けしよう。何と長閑な入間川橋梁だろうか。その後、この辺りも東京のベットタウンとして開けて行った。この区間の八高線も電化され、架線の無いすっきりとした橋梁の眺めも過去のものとなった。結局、夕日に輝くDD51にも気持ちは動かず、暫しの休眠時代へと突入することになった。


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  1. 2019/02/02(土) 00:00:00|
  2. 八高線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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