駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

塩狩への道 大雪を背に

峠のシェルパで賑わった蘭留も小さな無人駅となった
彼方に聳える白銀の大雪が冬の到来を告げる

80012015.jpg
2017年10月 宗谷本線 蘭留

旭川から始まる宗谷本線は、まずは上川盆地の田園地帯を北上することになるが、比布町蘭留で盆地の北の端に着く。前方に迫るのが石狩と天塩を分ける塩狩峠だ。比較的平坦な宗谷線の道中で、唯一峠の名を持つ分水界だ。蘭留からいきなりの登攀が始まり、ピークの塩狩を越えれば、和寒までの下りとなる。最大勾配は20‰と、小海線などの山岳路線に比べれば可愛いものだが、本線筋の貨物列車にとっては決して楽なものではなかった。そのため、蘭留、和寒間では、貨物列車を中心に後補機が推進役を務めた。その補機が屯っていたのが蘭留だ。現在は交換設備だけの駅だが、かつては機回し線や転車台を備えていた。周辺の広い跡地がかつての賑わいを伝える遺構だ。

蘭留駅の後方に聳えるのは大雪の山並みだ。宗谷線の車窓からの大雪の眺めはここまでとなる。富良野線沿線からの広がりのある山容とはまた異なる大雪の迫力ある眺めだ。10月ではあるが、北海道の高山らしく早くも度重なる降雪に雪山の様相を呈している。紅葉に彩られた里との美しいコントラストも、冬を前にした僅かな間の出来事だ。間もなく塩狩にも凍てつく雪の季節がやってくる。蘭留を出発した単行のキハ40は、紅葉に染まる5.6kmの山道を8分程でゆっくりと登り切り塩狩の駅に達する。特急列車は大した減速もなく峠を楽々と越えてゆく。C55の客レとD51の貨物列車が、補機に助けられて喘ぎながら通った塩狩の道は、今どんな姿を見せてくれるのだろうか。

以前、C55の走る蒸気機関車時代の雪の塩狩を連載したことがありますが、今回は現在の塩狩峠の秋をお送りしようと思います。何回かに分けて「塩狩への道」をアップしていきます。


80012020.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/11/09(木) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

大沼朝景

湖を隔てる築堤が真っすぐに伸びる
朝日を浴びて青い「FURICO 281」が往く

80011532.jpg
2017年10月 函館本線 大沼公園 

日中であればこの橋梁の下を観光船が引っ切り無しに行き交い、外国人観光客で賑わう大沼公園だが、早朝の大沼はまだ静けさの中だった。耳を澄ますと、佐原線経由の列車の走行音も聞こえてくる。函館市街から函館新道で30分程の大沼は、函館の奥座敷といったところだ。駒ヶ岳の火山活動によって造られた湖沼群だが、国道が水域を避けて外縁部を通っているのに対し、函館本線はその核心部を抜けている。景観保護などの認識がなかった時代の敷設だが、お陰でそこを往く列車は秀逸な車窓風景を手に入れることが出来た。湖畔には大沼公園駅が設けられ、有数の観光駅となった。

写真の辺りは、明治期に人力主体の工事手法で、一部大沼と小沼の狭戸を埋め立てて鉄路が開かれた。月見橋と呼ばれる橋梁部分は両沼の通水と観光船の通過のために、埋め立てられずに残された僅かな本来の水面だ。後日、並行して道道も付けられたが、ここの風景は不思議と本来の地形であったかのように違和感がない。絶景を往く列車は何故か観光資源となるという徳がある。道路ではそうはいかない、鉄道だけが持つ不思議な魅力だろう。この月見橋橋梁を中心に大沼が俯瞰できる日暮山(ひぐらしやま)では、列車の通過を待つ観光客も少なくない。こちらの眺めは後日ご紹介したい。

朝日を浴びて「FURICO 281」の1Dスーパー北斗1号が札幌に向けて旅立って行った。青函連絡船の時代、北海道の玄関口は函館であり、由緒ある1Dは「おおぞら」だった。長大編成の80系が遥か東の釧路へと向っていた。今では札幌中心のダイヤになり、原則全ての在来線特急は札幌が始発であり終着だ。函館、札幌間は「北斗」が往復しているが、近頃では新デザインの白いキハ261を見かけることが多くなった。この白には「誠実さ」、「清らかさ」をイメージしたJR北海道の「出直し」、「再生」、「信頼を取り戻す」といった期待も込められているようだが、意気込みの程は如何に。


80011538.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/11/07(火) 00:00:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

羽越暮情

赤い夕陽が沈み、その余韻が西の空に漂う
穏やかに暮れなずむ日本海をヨンマルが往く

80011094.jpg
2017年10月 羽越本線 勝木

何時ものように心躍る時間帯がやって来た。期待していた通りに、赤い夕陽が日本海の彼方に沈んでいった。待っていた列車は、特急「いなほ」でも、長大な日本海縦貫貨物でもなく、地物の2両編成のヨンマルだ。上部2灯の前照灯と古典的な車窓から漏れる車内灯の明かりが狙い目だ。新潟のヨンマルもいよいよ近々引退の時が来るようで、最後にその姿を記憶しておこうというわけだ。前方から車が来てしまえばオジャンになる極めて危ない構図だが、去り難く勝負してみた。大体は何とかの法則よろしく、頭を抱える結果となるものだが、この時ばかりはこちらにツキがあった。

気持ち良く日本海岸の北上を再開すると、今度は、夜の帳の港に灯りの点いた漁船があるのを見つけた。どうやら小型のトロール船のようだ。あまりの明るさに集魚灯でも点けているのかと思ったがそうではなさそうだ。船上では二人の漁師が次の漁に備えてか、漁網の繕いに余念がない。どうやらこの無口さは父親と息子の親子船のようだ。農業であれ、漁業であれ、働く人の姿は美しいというのがこあらまの美意識だ。これまた素晴らしい光景に出会うことが出来た。思わずしばらく遠目に作業を眺めていた。こういう道草が目的なので、大雑把な計画しかない気ままな旅が続く。


80011103.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/11/05(日) 00:00:00|
  2. 羽越本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

雨上がりの白煙

雨上がりの湿気に盛大な白煙が上がった
S字カーブを飯山線のロマン号が往く

70011739.jpg
2016年11月 飯山線

昨年は飯山線に44年ぶりに蒸気が走った。そのまま、春は只見線、秋は飯山線というパターンで行くのかと思いきや、この秋はどちらも無さそうな雰囲気だ。お祭り騒ぎは得意ではないが、蒸気仲間と会える機会でもあるので、無ければ無いで寂しいものだ。昨年の飯山祭りでは、沿線自治体はかなりの物入りだったそうだが、続けることに疑問符でも付いたのだろうか。今年は開業88周年の国鉄急行色が走ったので、これで良しとされたのか。昨年は新規入線路線の試運転回数を折角クリアーしたのだが、1回限りの営業運転で終わりというのは、何となくもったいないような気もするが、のっぴきならない事情があるのだろう。

写真は昨年のロマン号の人気ポイントのオーソドックスなアングルだ。どうせ手持ちなので何とかなるだろうと高を括っていたが、試運転だというのに、三脚林立の鮨詰めの観客が押し寄せていた。たまたま、知り合いが陣取っていたので、少々スペースを分けてもらい、定例の手持ち2台の撮影を敢行出来た。少々罐が綺麗過ぎるが旧客と相まって、何となく現役の臭いがしてこないでもない。今年は蒸気は無さそうだが、間もなく期待の雪の季節がやって来る。昨冬は不意のロケ車のオルタネーターの故障で、痛い目と寒い目に合った飯山線だが、当然のことながら、この冬のリベンジを目論みつつ、雪が降るのを待つ今日この頃だ。


80007990.jpg


前日夕刻の下見で撮ったキハ。本当はこのアングルで汽車の後追いを撮りたかったのだが、道路にびっしりの縦列駐車と点在するカメラマンにとても撮れる状態ではなかった。残念無念。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/11/03(金) 00:00:00|
  2. 飯山線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

神威岬の道

神威岬を巡るキューロク貨物は不定期運用だった
入線の情報が流れ、岬にファンが集結した

10606FT16.jpg
1975年3月 興浜北線 目梨泊

東京では木枯らし1号が吹き、北の北海道からは雪の便りが届くようになった。「木枯らし」という言葉は、日本独特の季節感を表すものだ。木枯らしは漢字一文字で「凩」と書く。和製漢字の一つだが、何とも言えない表意文字の妙味だ。季節の変化に敏感な農耕民族のDNAと情緒豊かな日本語表現が紡ぎ出した言葉と文字だ。ところが「木枯し1号」となると、ちょっと世知辛い。気象庁の基準に合致した風が吹くと、「木枯し1号」を認定する。東京地方と近畿地方に限定のため、札幌や福岡には「木枯し1号」は存在しない。2号や3号はなし。基準に合った風が吹かなければ、1号もウヤになる。ということで、ニュースでは「東京で木枯し1号が吹きました」となる。

さて、今回はご存知の北見神威岬だ。この日は風が弱く、岬の反対側で上がったキューロクの煙も尾根越しに見え、線路が岬の海岸線に沿って通っていることが良く分かる。当然、岬の先端は急カーブになっていた。今の土木技術ではトンネルで岬を回避するところだが、建設当時は鉄道も国道も岬を巡る他なかった。現在の国道はトンネルに付け替えられ、岬巡りの旧道は冬季閉鎖ということで、肝心の流氷シーズンには岬には自力で向かうしかない。この興浜北線と羽幌線は「北辺」の中でも行き難い処だったが、この岬は一度は見ておきたい場所として人気を博していた。今では、目梨泊駅付近には、観光のための「神威岬公園」が整備されている。

興浜北線の終点は枝幸町の北見枝幸だが、鉄道が無くなっても町は衰退しないという例として、よく引き合いに出される町だ。毛蟹、鮭、帆立といった海産物と流氷で知られる人口8,000余りの活気のある町だ。道内の天気予報にも登場する町なので、道民であればその名と位置は誰もが知っている。高速バスの特急えさし号が旭川から2往復が、札幌から1往復が音威子府経由で通っているので、興浜北線が走っていた時代より都市間交通の便は良くなっているはずだ。それでも、毎年100人以上のペースで人口が減り続け、この写真の頃からすれば半減してしまっている。大都市を中心に人口がシュリンクするのは、今の日本では避けられないことのようだ。


長らく予約更新でお送りしてきましたが、今回から通常運行に戻ります。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/11/01(水) 00:00:00|
  2. 興浜北線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:9
前のページ 次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

リンク

月別アーカイブ

最新トラックバック

カテゴリ

小海線 (109)
飯山線 (21)
宗谷本線 (16)
天北線 (1)
興浜北線 (2)
深名線 (1)
石北本線 (7)
渚滑線 (2)
湧網線 (1)
相生線 (3)
釧網本線 (3)
根室本線 (2)
池北線 (1)
広尾線 (2)
留萌本線 (8)
札沼線 (1)
函館本線 (40)
室蘭本線 (8)
千歳線 (1)
日高本線 (3)
江差線 (11)
函館市電 (1)
大湊線 (6)
津軽鉄道 (2)
五能線 (5)
八戸線 (5)
花輪線 (2)
三陸鉄道 (2)
釜石線 (8)
秋田内陸縦貫鉄道 (5)
由利高原鉄道 (2)
陸羽西線 (1)
米坂線 (4)
羽越本線 (2)
磐越西線 (2)
日中線 (3)
只見線 (47)
真岡鐡道 (14)
東北本線 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (3)
東海道本線 (2)
八高線 (11)
秩父鉄道 (7)
西武池袋線 (1)
西武山口線 (1)
江ノ島電鉄 (10)
箱根登山鉄道 (3)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (1)
関西本線 (2)
宮津線 (1)
山陰本線 (31)
播但線 (1)
姫新線 (3)
津山線 (1)
芸備線 (6)
木次線 (1)
三江線 (3)
山口線 (5)
日豊本線 (14)
筑豊本線 (9)
日田彦山線 (2)
伊田線 (1)
後藤寺線 (1)
田川線 (2)
唐津線 (3)
松浦線 (3)
佐世保線 (1)
大村線 (1)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (4)
豊肥本線 (3)
高森線 (2)
肥薩線 (18)
くま川鉄道 (1)
日南線 (3)
宮之城線 (1)
指宿枕崎線 (2)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR