駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

山線の秋 目名 峠路

細く頼りない鉄路が、目名峠へと続いている
2番列車が、もう日が傾きだした峠を越えて行く

80007634.jpg
2016年10月 函館本線 目名

国道5号線のライブカメラなどを見ると、20日夜の積雪量は目名峠56cm、倶知安峠72cm、稲穂峠40cmと、そこそこの積雪になっているが、路面はきれに除雪され、車は順調に流れている。噴火湾岸の長万部は薄らだが、目名峠から先の小樽、札幌方面は一面の銀世界だ。今頃は、山線のキハも、雪煙を上げ、雪まみれになって健気に走っていることだろう。いよいよ厳冬期に向けて、寒さが厳しくなっていくが、どうも今年は勝手が違うようだ。季節外れと付く寒さと暖かさが交互にやって来る。今週の週間天気予報には、札幌や釧路に雨印が付いている。さて、次にはどんな寒波がやって来るのだろうか。

今春のダイヤ改正で、長万部―蘭越間に7往復あった列車は、4.5往復に大幅削減され、通学特化の限界ダイヤとなってしまった。途中駅の2013年の一日乗降客数は、二股、蕨岱が0人、熱郛、目名が各4人、黒松内でも114人と、全部足してもニセコの256人の半数にも満たない。確かに存続が危ぶまれる厳しい状況だ。一方、道路の方に目を向けると、2009年に黒松内新道なる5.1kmの無料自動車専用道が、国道5号線の一部として、北海道縦貫自動車道から黒松内市街へ開通した。こちらの総費用は全額国費の225億円で、通行量は一日たったの367台(2010年)だが、評価書では対費用効果は問題なしになっている。まったくこの国の交通行政は、利権が蠢く伏魔殿だ。


80007623.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/21(水) 00:30:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

山線の秋 余市 琥珀の香り

かつてニシン漁で栄えた町は、ウイスキーの町へと変わった
フルーツランド二木町を過ぎれば下り列車は余市へと入る

70011122.jpg
2016年10月 函館本線 二木 余市川橋梁

日本のウイスキーの父と呼ばれるマッサンこと竹鶴政孝が、1934年に創業した「大日本果汁株式会社」が、このニッカウヰスキー北海道工場・余市蒸留所の出発点になる。気候が適していたとも、安価な土地と労働力のためとも言われている。社名は「日果」が「ニッカ」に転じたということだ。一方、この余市に北海道鉄道の鉄路が敷かれたのは1902年のことで、1905年には現在の函館本線に相当する函館-旭川間が開通している。さらに青函連絡船が就航したのが1908年なので、マッサンの時代には、既に東京、大阪から鉄道を辿って余市まで行くことが出来た。日本のスコッチウイスキーの蒸留の歴史は意外と浅く、日本初の蒸留所は、鳥居信治郎が竹鶴とともに1924年に完成させた大阪の山﨑蒸留所だ。

ニッカと言えば、あのブラックニッカのグラスをもって微笑む恰幅のいい髭のおじさんだが、いったい何者なのだろうか。どうやら、ニッカのデザインを一貫して手がけた大高重治の「キング・オブ・ブレンダ―ズ」という作のようだ。愛好家からは「ローリー卿」と呼ばれ、17世紀のイングランドの冒険家ウォルター・ローリー(Sir Walter Raleigh)とされているが、以前公式サイトでは、ウイスキーのブレンドの重要性を説いた19世紀スコットランドのW・P.・ローリー(William Phaup Lowrie)という説をとっていたらしい。というのも、前者はスペイン入植地での略奪の罪で斬首刑になっているため、少々体裁が悪いのかもしれない。ところが、今はその記載は見当たらない。何れにしても分らないということだ。

それにしても、このところの日本ウイスキー人気は凄いことになっている。今や世界最高峰と言われるサントリーとニッカのウイスキーは海外で大人気だ。国内でのマッサン、ハイボール人気も加わり、とうとう品切れ品まで出る始末だ。蒸留所のキャパは限らており、正統なスコッチは蒸留から製品化まで最低でも数年は掛かる。直ぐには増産できず、じわじわと値段も上がっている。高値となった希少銘柄の多くは、隣の大国に流れているそうだ。竹鶴政孝という人は、根っからの生真面目職人で、一切の品質に関わる妥協を許さない堅物として伝えられている。そういう損得に惑わされない一途な人によって今の人気はつくられた。さて、マッサンはこの大人気をどうみるであろうか。小生の家の近くには、サントリーの白州蒸留所があるが、今年に入りウイスキーの工場見学が有料になってしまった。理由はツアーのリニューアルと言っているが、試飲もタダでは駄目ということだろうか。


70011127.jpg


70011131.jpg


70011132.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/17(土) 00:30:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山線の秋 倶知安峠 落葉舞う

ニセコ連山から続く尾根上にその峠はある
何時かこの峠に挑む第三のニセコを見たいものだ

80007591.jpg
2016年10月 函館本線 倶知安峠

山線に来ると、どうしてもこの場所に一度は足が向いてしまう。春編でもアップした倶知安峠のこの二つの見慣れた場所だ。何故か、羊蹄を背景に頂く峠の麓の踏切付近は、紅葉が終わり冬枯れの様相で、白樺の幹の白さが際立っていたが、峠の上では錦が盛りを迎えていた。何だかんだと、今年の紅葉もそれなりになった。列車が落葉を巻き上げて、ゆっくりと峠を越えて行く。何度見ても飽きの来ない光景だ。日本海からの冬の雲が、スポットライトの晴れ間とともに足早に流れていく。どんな写真になるかは、まさに風任せだ。

この北四線踏切は、C623ニセコの時代の最も有名な撮影地の一つだったが、C62重連時代の103レでは、夏の一時期を除き、日没後の暗闇で撮影どころではなかった。頑張っても上目名辺りまでで、倶知安では停車中のかま替えをバルブで撮るのがお決まりだった。二つの輝かしいニセコ時代をもつ山線のC62だが、その後C623は苗穂工場で眠りについたままだ。JR東日本に譲渡されていれば、今頃は上越線辺りを走っていたのだろうが、北のJRは手放さなかった。山線経由、上野発札幌行き、函館本線内C62牽引なんて列車を運行すれば、恐ろしいほどの人気になるだろう。二つのJRの間でのそんな第三のニセコのコラボは夢物語なのだろうか。

一方、山線のキハ40は何所に行ってしまったのだろうか。山線での冬季積雪期の単行運転が厳しいこの車種は、やはりこの路線ではお荷物だったはずだ。列車本数の削減に際して、他線へと去って行ったのかも知れない。1年半前の春編の時には結構姿を見せてくれたが、秋編ではこの画がキハ40登場の唯一のシーンとなった。偶然にも後追いを狙っていたのが幸いだった。多分、これが山線でのキハ40との別れになるだろう。車輌という観点からは、また新しい時代となるが、もうそんなことを言ってられない局面だ。


80007575.jpg


80007582.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/13(火) 00:30:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山線の秋 小沢 トンネル餅は生きていた

小さな山間の駅を2両のキハが倶知安峠へと向かう
同じレールの上を、かつては大型蒸気が猛然とダッシュしていた

70011112.jpg
2016年10月 函館本線 小沢

0461816.jpg
1973年3月 小沢

現在の小沢は、稲穂峠と倶知安峠に挟まれた、静かな山峡の小駅の風情だが、かつては優等列車が停車する基幹駅で、駅弁も売られていた。この駅の大きな役目は、日本海へと延びる岩内線への接続にあった。岩内、黒松内、寿都は、ニシン漁や近隣の炭鉱、鉱山などで大いに活況を呈した町で、岩内線の黒松内への延伸も認可されていたが、起工式が行われるも着工されることなく、岩内線自体が1985年7月に終焉の時を迎えている。今も岩内は決して小さな町ではなく、主要な路線だけでも、ニセコバスが岩内-倶知安間に高校、役場、病院を経由する路線バスを9往復、中央バスが岩内-札幌間に高速いわない号を何と16往復も運行している。この圧倒的な運行本数と利便性の良さの前に、山線は太刀打ちできるはずもなく、一部の小樽方面への高校生など、この駅を利用する人は僅かになってしまった。昼間のこの列車の乗降客は皆無だった。

現存する跨線橋、ホーム跡、線路配置を見れば分かるように、この駅には多くの側線、待避線などが存在していた。論より証拠だ。当時の構内を窺える写真を探してみた。ちょっと見難いが、43年前に同じレールを走る倶知安の二つ目キューロクを撮っていた。左手には大型蒸気に燻された小沢名物の跨線橋が見える。大きな駅舎横には岩内線用の1番ホームもあった。この写真では見えないが、その先の側線には岩内線のキハ22が待機し、このすぐ前にはD51の荷物列車が倶知安峠へと向かっている。今となっては信じられないが、この立ち位置の後ろには、小学校があり、校庭から行き交う蒸気が眺められた。

この山線でC62重連やヤマのD51を追いかけたことのある方々にとっては、本当に目を疑うばかりの凋落ぶりだ。小樽築港機関区は、大規模なショッピングモールに変貌を遂げ、機関庫や転車台が在った場所すら想像がつかない。倶知安機関区は辛うじて昔が偲ばれるが、大部分が公園になり、その中に転車台がぽつんと残されている。上目名駅が消えたのは岩内線の廃止の前年だっただろうか。来春には蕨岱が廃止になる。すべては、時代の流れというものだろうが、朽ち果てていく山線を見るのは、やはり辛く寂しいものだ。それとも、この状況でよく生き延びていると喜ぶべきことなのだろうか。


70011117.jpg


話はガラッと変わるが、この小沢では、1904年から「トンネル餅」という菓子が売られている。現役蒸気の時代には、小生のような金欠放浪者には縁のない食べ物だったが、2012年に乗り鉄で小沢に途中下車した際に、たまたま国道沿いに末次商会の売店を見つけたので、初めて食してみた。昔は駅で売られていたが、今は国道をゆく車相手の商売だ。横川の「峠の釜めし」のようなものだ。この菓子は難工事の稲穂トンネルの開通記念として発売され、西村家2代でこの鉄路と同じ112年の歴史を誇っている。まだ、廃業したという話は聞いていないので、寄ってみると面白いかもしれない。店内にはC62重連の写真パネルなどが飾られている。また、C623のニセコの時代に、ファンの定宿として繁盛していた駅前の武田旅館の看板もあったので、営業を続けているようだ。


T06535.jpg
2012年10月 小沢

T06533.jpg


70001730.jpg



テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/09(金) 00:30:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山線の秋 比羅夫 霙模様

まもなくニセコ連峰に華やかなスキーシーズンがやってくる
対岸のこの駅は、その喧騒から隔離された別世界だ

70011091.jpg
2016年10月 函館本線 比羅夫

10月だというのに比羅夫は霙だった。この日は、国道5号線を長万部から小樽へと抜けたが、寒気を伴う冬型が強まる予報だったので、ニセコ辺りでの積雪を覚悟していたが、蘭越から雪が降りだし、ニセコを過ぎて5号線沿いは雪景色となった。国道から雪の小道を下って比羅夫の駅に向かうと、僅かな高低差で雪は消え、霙模様となり、雪景色はお預けになってしまった。この時期、積雪になるか否かは、本当に微妙なところだ。ちなみに気象観測では、その冬初めての雪か霙が「初雪」とされる。

さて、この比羅夫であるが、春編の際にもお話ししたが、尻別川を挟んだ対岸は、国際的なスキーリゾートになっている。駅から対岸へと続く小道の途中には、ラフティングの出発場もあり、この駅の風情からは想像できない景観になっている。この駅にも「駅の宿ひらふ」という駅舎を利用した宿泊施設があり、ホームでのバーベキューが売り物だが、残念ながら食事風景を見たことは無い。宿のホームページには、「相性診断テスト」なるものがある。対岸のリゾートをイメージしたお客さんに来られて、文句タラタラでは困ってしまうのだろう。設問がちょっと面白いので、気分転換にでも如何だろうか。田舎暮らし志向の小生は相性度100%という結果だった。相性テストはこちらへ。


70011092.jpg


70011098.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/05(月) 00:30:00|
  2. 函館本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
前のページ 次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

リンク

月別アーカイブ

最新トラックバック

カテゴリ

小海線 (99)
飯山線 (20)
宗谷本線 (13)
天北線 (1)
興浜北線 (1)
深名線 (1)
石北本線 (7)
渚滑線 (2)
湧網線 (1)
相生線 (2)
釧網本線 (3)
根室本線 (2)
池北線 (1)
広尾線 (2)
留萌本線 (7)
札沼線 (1)
函館本線 (36)
室蘭本線 (6)
千歳線 (1)
日高本線 (3)
江差線 (11)
大湊線 (4)
津軽鉄道 (1)
五能線 (2)
八戸線 (3)
花輪線 (1)
三陸鉄道 (2)
釜石線 (8)
秋田内陸縦貫鉄道 (2)
由利高原鉄道 (1)
米坂線 (2)
磐越西線 (1)
日中線 (3)
只見線 (41)
真岡鐡道 (14)
東北本線 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (3)
東海道本線 (2)
八高線 (8)
秩父鉄道 (7)
西武池袋線 (1)
西武山口線 (1)
江ノ島電鉄 (10)
箱根登山鉄道 (3)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (1)
関西本線 (2)
宮津線 (1)
山陰本線 (22)
播但線 (1)
姫新線 (3)
津山線 (1)
芸備線 (6)
木次線 (1)
三江線 (3)
山口線 (5)
日豊本線 (14)
筑豊本線 (5)
後藤寺線 (1)
唐津線 (3)
松浦線 (3)
大村線 (1)
長崎本線 (2)
久大本線 (2)
豊肥本線 (2)
高森線 (1)
肥薩線 (11)
日南線 (2)
写真集・書籍 (3)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR