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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

魚沼へ 雪国に住まう

豪雪地帯の民家は見るからに頑丈そうだ
そこには田圃と生きる素朴な生活があった

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1977年6月 只見線 上条

豪雪地帯の民家は頑丈に建てられています。雪の重みに耐え、湿気にも腐りにくい木材が用いられています。魚沼の民家は多くが二階家でした。冬の間、一階は雪の中に没してしまいます。そのため、多くで生活空間は二階にあり、一階は納屋や物置として使われていました。二階にも掃き出しの戸があるのは、そこが冬の出入り口になるからです。見るからに古そうな家ばかりですが、何れもが現役の民家で、そこには農家一家の生活がありました。私が小さいころ住んでいた東京都区内の家は、吹けば飛ぶようなマッチ箱のボロ屋でした。水道も都市ガスも、もちろん下水もなく、社会インフラであるのは電気だけでした。地方を廻っていて何時も思うのは、地方の住宅が立派で大きいことです。この魚沼の民家も大きいです。住宅事情という点では、都市部のウサギ小屋とは比較になりません。

現在の魚沼の民家は、一層がコンクリート造りの車庫兼物置で、その上に木造の二階屋が建てられることが多くなっています。コンクリート基礎を高くした高床式の構造になっています。現代は車社会ですから、一層の車庫が雪に埋もれてもらっては困ります。そのため、地下水等を利用した融雪システムが発達しています。沢水を引き込み、集落中に水を流しているところもあります。住宅廻りと道路はこうやって雪から守られるようになりましたから、二階から出入りするようなことは希になっています。今ではこの写真の時代に比べて積雪はずっと少なくなっていますが、温暖化の影響なのか、最近また雪が増えてきたという話も聞きます。只見線沿線では、広神、守門、入広瀬と奥地に進むほど、積雪量が増えて行きます。そして、世界屈指の積深雪を記録する入広瀬の大白川が最終集落となります。


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こんな娯楽の少ない場所に暮らすことは、多くの人にとっては、やはり楽しくないのでしょう。ましてや、冬は雪に閉ざされます。若者は街の灯りを求めて、村から出ていきました。この時代の現役世代が高齢化する頃になると、この地域でもパチンコ屋が次々と出現しました。冬になると村の男たちはパチンコに通い、年金を注ぎ込んでいました。低成長期の世知辛い時代を迎えると、さすがに賭け事からは足が遠のいたのか、パチンコ屋は淘汰されていきました。人が暮らしていくためには、色々なものが必要ということでしょう。


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この地に何度も足を運ぶうちに、地元の少年たちと仲良くなりました。大人は皆畑仕事に出ていますから、近所の子供たちが集まって遊んでいました。それが縁で、親御さんに民家の中を見せてもらったりもしました。子供たちに秘密の場所などにも連れて行ってもらいました。当時は、殺人事件などが起きれば大ニュースになった時代でした。今なら、そんなことをしていれば、すぐに不審者扱いされ、警察に通報されてしまうことでしょう。不幸な世の中になってしまったものです。


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上条の駅は当時の守門村にありました。隣駅の須原が村の中心で、「魚沼玉風味」の玉川酒造などもあります。上条の駅前で、国道は池ノ峠を越えて入広瀬、そして会津若松へ向かう252号線と、栃尾方面に伸びる290号線に分かれます。252号線の六十里越は1973年に開通しましたが、現在も冬季は閉鎖されます。積雪期は、先だって1971年に開通した只見線が唯一の交通手段になります。290号線は石峠に全長1045mの石峠トンネルが1992年に開通してからは通年通行ですが、それまではこちらも冬季閉鎖でした。そのため、守門村と入広瀬村は、袋小路のような状態が長く続きました。

地勢的な六十里越の厳しさ故に、新潟県側と福島県側との間には、歴史的にほとんど交流の無い時代が続いてきました。いきなり、政治力で六十里越を鉄道が越えましたが、急に人の往来が生まれるわけでもなく、巨額の税金を注ぎ込んだものの、あまりにも閑散とした線区になってしまっています。今更、「縁結び列車」なるラッピング車を走らせなくてはならないことこそが、その長い隔絶の現れです。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/08/03(金) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

バブル前

写真の記録性というものを改めて。
1977年という事にまず驚きますね。
茅葺がトタン葺になったような変化はあるのかもしれませんが、その数十年前から変わっていないような。
バブルで一気に変わったというのはやはり真実なのでしょうか。
上条駅の駅舎に泣かされますね。
今の薄っぺらい駅舎に年輪が刻まれる事はあるや。
  1. 2018/08/05(日) 23:41:44 |
  2. URL |
  3. 風太郎 #ORZvdv76
  4. [ 編集 ]

日本列島改造

風太郎さん、

1972年の田中角栄の『日本列島改造論』を起爆剤として、1973年からバブル景気が始まりました。
特に越後はドンのお膝元ですから、魚沼でも凄まじい建設ラッシュに見舞われていたはです。
政治力で、只見線が六十里越を抜け、上越新幹線が東京と新潟を結びました。浦佐駅前の銅像はその象徴でしょう。
そんな建設ラッシュで、農家では、冬には建設現場に出稼ぎに出るのが、当たり前になっていました。
外貨獲得じゃありませんが、村の家も徐々に建て替わっていくことになりました。バブル期が過渡期だったと思います。
この沿線では、今では、1~2割の人が、小出や六日町、長岡などに勤めに出ているそうです。
良きにつけ悪しきにつけ、こんな山間の集落が生き残っているのは、近くに大きな町があったからだと思います。

今の上条のプレハブの待合室はいただけませんね。
オリジナルの時代掛かった木造建造物を大切に綺麗に残しておけば、それだけで話題になる時代になったんですけどね。
  1. 2018/08/06(月) 17:39:30 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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