駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

続・青葉の山陰線を往く その20 春うらら

リアスの小さな峠を越えながら列車は入江を巡って往く
春麗らかな粟野川を軽やかに渡る朱色のキハが青空に映える

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2017年4月 山陰本線 長門粟野

深川湾を望む長門市を出た西行きの列車は、黄波戸の先の黄波戸トンネルで深川湾に別れを告げる。湾を隔てる半島の付け根にある田園風景の長門古市、人丸と停車し、伊上で次の油谷湾岸に出る。山陰線と北浦街道の国道191号線が絡み合いながらに西へと進むが、なかなか上手く海が捕らえられない。そうこうするうちに、長門市から下関市に入り長門粟野に着く。以前、ここは豊浦郡の豊北町というところだったが、郡が下関市と合併し、今は下関市になっている。ここから先、終点までずっと下関市が続くことになる。

1889年に法律第一号として市制および町村制が公布され、翌1890年に初めて全国に31の市が誕生した。下関市はその一つだったが、当時は赤間関市という名称だった。萩から下関に通じる赤間関街道というのがあり、その北浦道筋に沿って山陰線が走るが、この赤間関というのは下関のことだ。下関には、この赤間関以外にも、長門関、馬関や関という呼び名も存在した。1901年の山陽鉄道の開業時の駅名は馬関だった。呼び名を統一する意味合いもあって、1902年に最も通りの良かった下関に市名が改称された。

一方、この長門粟野は美禰線の駅として開業している。現山陰線の宇田郷-阿川間と仙崎支線は美禰線の本支線として建設された。阿川は長門粟野の西隣だ。西から延びて来ていた小串線の阿川に美禰線が繋がるのが1930年、東からの山陰線が美禰線の宇田郷に達したのが1933年。その年、厚狭―正明市間を除く美禰線と小串線が山陰線に編入され、目出度く山陰線が全通となった。つまり、最後の未成区間は、山陰線最長の2,215mの大刈トンネルと、189mの惣郷川橋梁のある須佐-宇田郷間ということになる。


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春の油谷湾の眺め


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/08/27(日) 00:30:00|
  2. 山陰本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

粟野川橋梁

ここは朝の光線が素晴らしく、思わずエクタクロームを使ったのが思い出されます。
午後になると光線具合も良くなく、夏のドン曇りで天を仰ぐ羽目に陥りました。
今は道路事情が改善したのだと思いますが、1974年当時は油谷島まで粟野港から渡船が出ていて、粟野駅には「油谷島渡船乗り換え駅」の表示がありました。
  1. 2017/08/27(日) 10:48:21 |
  2. URL |
  3. マイオ@撮り鉄夏休み中 #pcU4xDNY
  4. [ 編集 ]

惣郷川橋梁界隈

こあらまさま

お写真と直接つながらないコメで失礼します。
山陰西線エリアは、今も線形が複雑でかつて敷設時の苦労が偲ばれます。
歴史を紐解いたことはなかったのですが須佐~宇田郷が最後に開通したんだったのですね。
頷ける線形ですし、先だっての島根豪雨でも不通区間になったし、その痕を代行バスから見た時の
凄惨さが未だに瞼に焼き付いてます。
  1. 2017/08/27(日) 11:40:33 |
  2. URL |
  3. 狂電関人 #vqoLnCUQ
  4. [ 編集 ]

やっぱりもう一度

マイオさん、

複雑な地形の地域でしたから、昔はぽつぽつと渡船がありましたが、よくそこまで覚えておいでで。
粟野港から久津港への旧油谷町の渡船も消え、今では油谷島へは長門市から黄波戸、人丸経由の路線バスが走っています。
この粟野川の橋梁は、何ともつかみどころのない被写体ですから、光線状態次第といったところですね。
マイオさんの朝日の粟野川橋梁のD51客ㇾは、しっかり記憶されていますよ。エクタらしい調子でいい感じです。
あの頃の長い客レは如何にも本線筋の列車という風情ですが、今は単車ですからね。筋金入りのローカル線です。
この写真も結構上手く行ったとは思っていますが、マイオさんの作を思い浮かべると、色褪せてしまいます。
マイオさんに怒られそうですが、やっぱり、現役蒸気をもう一度撮りたくなってしまいます。
  1. 2017/08/27(日) 22:59:22 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

今また縦貫列車

狂電関人さん、

山陰線のような長大路線がどういう順序で建設されたかを調べると面白いものです。
とにかく山陰の町へ山陽側から鉄道で行けるようにするのが第一のようでした。
東部では、鳥取、米子、松江、出雲市といった町へ、縦と横から詰め寄って行ったわけですね。
西部では、やはり萩が一番の射程だったのでしょう。最短ルートの美禰線ルートが早かったのはそのせいでしょう。
そう考えると、地形の厳しい須佐-宇田郷が最後になってしまったのにも頷けます。
今また、山陰線での運用が細切れになっているのは先祖返りでしょうか。
せめて、庶民の乗れる観光用の縦貫列車を走らせて欲しいものです。ちょっとその兆候が見られ始めましたね。
  1. 2017/08/27(日) 23:01:20 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

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こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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