駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

桜の日に 後藤寺

かつて筑豊随一の炭都であった田川
後藤寺のホームは時間が止まったかのようだ

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2017年4月 日田彦山線 田川後藤寺

現役の蒸気機関車が消え去ろうとしていた1970年代初期、炭鉱もまた終焉の時を迎えていた。まさに、エネルギーが石炭から石油に移ろうとしていた。ここ筑豊でも閉山が相次ぎ、ヤマの火は次々と消えていった。筑豊は炭鉱として開けた地域だ。石炭輸送のため、複雑な鉄道網が築かれ、蒸気機関車がセキを連ねた石炭列車を、積出港である若松港へピストン輸送していた。良きにつけ悪しきにつけ、蒸気ファンにとって、筑豊は紛れもない聖地の一つであった。多くの方が筑豊へと足を運んだことだろう。あれから半世紀近くが経ったが、筑豊はいったいどうなっているのだろうか。微かな記憶を頼りに、その変貌を確かめるために、再び彼の地を旅してみた。

飯塚、直方、田川を筑豊三都というが、先ずは田川からいってみよう。田川というのは田川郡というようにかなり広い地域を指す名称で、中心となる町は後藤寺、伊田、香春などだが、1946年に後藤寺町と伊田町が合併して田川市が誕生している。この二つの駅名は誰もが記憶しているはずだ。この地を訪れる際には必ず立ち寄る場所だ。少し田川の鉄道事情をご説明しておこう。現在、日田彦山線、後藤寺線はJR九州、伊田線、糸田線、田川線は平成筑豊鉄道に引き継がれている。残る添田線、上山田線、漆生線は特定地方交通線として1980年代に廃止されている。へいちく線については後日ご紹介したい。現在、後藤寺と伊田は、駅名の頭に田川を頂いている。

飯塚、直方が、博多や北九州のベットタウンとして街が維持されているのに対し、筑豊最大の炭都であった田川は、地の利が悪く、苦戦を強いられている。炭鉱の閉山により急激な人口減少に見舞われ、人口は全盛期から半減している。田川後藤寺の駅周辺を歩いてみると、ちょっとした昭和レトロの雰囲気が残っているが、これも、その後の発展が厳しかったためだろう。一方、炭鉱町時代の面影は殆ど感じられない。何所にでもあるような、ちょっと古めかしい地方都市と云った感じだ。炭鉱長屋とボタ山、キューロクの牽く長い石炭列車というイメージは、もう完全に過去のものだ。その時代を窺い知れるのは、市内の石炭・歴史博物館くらいのものだ。

かつての名所の後藤寺線の中元寺川橋梁にも行ってみた。人口は半減し、当時あった起行の駅もなくなっているが、橋梁周辺の風景は一変している。あの長閑さは何処かに行ってしまった。やはりキハではピンと来ない。トンボのキューロクが牽く石炭列車のイメージが強すぎる場所だ。


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2017年4月 後藤寺線 中元寺川橋梁


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/05/05(金) 00:30:00|
  2. 後藤寺線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

筑豊

こあらまさま

いよいよロングラン遠征九州編の幕開けでしょうか?!
石炭から石灰へと産業変革も石炭ほどではなく、
ボタ山を潰して輸出用の国産車一時プールもそう長続きせずと産業の軸を失った筑豊はその後
再び栄華を極めることはありませんでしたね。
キューロク最晩年、級友と後藤寺まで撮影に出ましたが、
ペンFにカラー一本装填したのみで、夕方現地で
お会いした大学生の方からセキのトンボを撮りに
件の鉄橋へ行かないかと誘われるも、すでにフィルムが
残っていませんでした・・・。
今思うともったいないことをしたものです。
  1. 2017/05/05(金) 17:38:02 |
  2. URL |
  3. 狂電関人 #vqoLnCUQ
  4. [ 編集 ]

あの日の風景は何処に

「あの日の風景」をたどる旅・九州編、いよいよスタートですね。とても楽しみにしていました。
あのころの筑豊やその周辺は、輸送量も多く、C11・C50・C55・9600・8620・D50・D60・D51など、8形式もの蒸気を楽しめた蒸気の「聖地」でした。
ただ、北九州の鉄道は、筑豊の炭鉱の発展と深く結びつきながら発展してきただけに、炭鉱の衰退、閉山は、鉄道にも多大な影響を与えてしまったようです。
シャッター通りという表現すら使うことがはばかれるほどのかつての商店街の衰退をみると、キューロクが補機を従えて長大な貨物を牽いていたあの頃の活気は、もはや微塵も残っていないのでしょう。
そんななか、中元寺川の橋梁周辺だけは、当時の面影がかろうじて残っているようにも身受けられます。
橋脚も、むかしのままですね。
もっとも、かつてのボタ山は緑の山にかわってしまったようですから、現地に立てば、そこはもう別世界なのかもしれません。
「あの日の風景」が、いまはどのように変化したのか、そして変化をしなかったものはなにか。
こあらまさんの旅記録をもとに、私自身も時空を超えた旅に出かけようと思います。
  1. 2017/05/05(金) 22:39:45 |
  2. URL |
  3. まこべえ #2XsKFzVg
  4. [ 編集 ]

盛者必衰

狂電関人さん、

殆どの地方都市が沈下していく時代に、往時の隆盛を取り戻すことは奇跡でしょう。
飯塚も直方も田川も多久も、それなりに街が残っているのはやはり九州です。
北海道の炭鉱町の凋落は、比べものにならないほど酷い状態です。
そのうちレポートしようと思ってますが、完全に人口ゼロになった炭鉱町もあります。
田川にしても、もっと深刻な状況かと思いきや、ちょっと安心すらした次第です。
電関人さんも、トンボキューロクを撮る機会があったんですね。
筑豊のキューロクの最晩年いえば、1973年から74年にかけてでしょうか。
そうですね。何とか間に合いますね。ただ、この1、2年で一気に消えてしまいましたね。
九州編を始めますが、もちろん炭鉱町ばかりではなく、美しい九州もアップしますからご安心を。
  1. 2017/05/05(金) 23:43:07 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

鉄道巡礼の旅

まこべえさん、

九州では、「あの日の風景」の場所を一通り巡ってきました。
ただ、立野の周辺だけは震災の傷跡が酷く、次回ということにしました。
半世紀という時間差は、結構インパクトのあるものです。
それはそうです。あの頃少年だった僕らが、いいおじさんになったわけですから。
当時は、純心にも蒸気を撮ることに夢中で、それ以外の雑念はありませんでした。
ところが、さすがに人生経験を積んだ今の旅は、色々と考えることだらけです。
変わらないもの。変わってしまったもの。変えてはいけないもの。雑念だらけですし、それが目的でもあります。
それは、僕らが歩んできた道と重なるような気がしますし、自らの反省でもあります。
ただ、こういった旅が出来るのも、少年時代のあの日があってこそです。
鉄道風景を通して、時代の流れと自己の半生に思いを馳せる。
あの頃散々夢中になって、今また楽しませてもらっている。素晴らしいことですね。
何処まで、まこべえさんのハートに迫れるかは、いささか自信がありませんが、眺めてやってください。
  1. 2017/05/06(土) 00:42:11 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

お疲れさまでした

長らく九州旅行を楽しまれたようで、なによりです。いきなり中元寺川橋梁のご登場ですか。向かって右だけ護岸工事を施したんですね。起行貨物駅が廃止されたので遠方信号機も消えたわけで。
今後の展開を期待しております。
  1. 2017/05/08(月) 11:57:07 |
  2. URL |
  3. マイオ #pcU4xDNY
  4. [ 編集 ]

九州場所

マイオさん、

順当に行くなら折尾辺りから始めるところですが、意表を突いて後藤寺から始めてみました。
というのも、筑豊線絡みは変化が大きくて、記事を作るのが大変でして、只今鋭意状況を分析中です。
中元寺川橋梁もこんなになっていました。当時は橋梁以外に人工物はそうは無かったように記憶してます。
田川の街は変わってしまいましたが、平成筑豊線の施設は旧国鉄のままです。
線路だけ見ていると、旧伊田線、旧田川線そのままで、今にもキューロクが現れそうな雰囲気です。
今後、油須原や多久もお送りする予定です。そうそう、SL人吉もありますよ。
乞うご期待と申し上げたいところですが、期待はせずにご覧ください。
  1. 2017/05/08(月) 22:33:17 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

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こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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