駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

Sohya NORTH LINE

多くのファンが上り下りの最果て鈍行を待ち受ける
その最果ての地が今揺らいでいる

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1973年3月 宗谷本線 名寄

宗谷本線321列車稚内行きがC5530に引かれて、春浅き名寄駅のホームに滑り込んできた。反対側のホームには、同じく宗谷本線322列車旭川行きのC5547が既に待機している。13時、上り下りの「最果て鈍行」と呼ばれる宗谷本線を縦貫する普通列車がここ名寄駅で交換する。当時すでに殆どの旅客列車がDC化されていたが、荷物と郵便の輸送のために、全線を走破する各駅停車の客車列車が1往復だけ残されていた。それが「最果て鈍行」だった。

このC55同士の交換は、「最果て鈍行」同士ということもあって、当時多くの蒸気ファンに注目されていた。この日の午前中は、名寄本線一の橋で、天北峠を往くキューロクを撮るのに充てていたが、運悪く補機にDDが入っていたので、名寄本線を早々に切り上げ、ここ名寄にその交換を狙いにやって来た。2輌のC55をカメラに収めようと、あちこちにファンが固唾をのんで待ち構えていた。

さて、注目は2輌の機関車の間に見える雪山に並んで、こちらを窺う4名の方々だ。左端の方はビシッとトレンチコートを着込んでいる。当時は、こうしたダンディーな出で立ちのファンも結構おられた。もし、このブログをご覧になっている方が居られれば、是非ご一報をお願いしたい。写真を交換させて欲しい。反対側のシーンが何時までも気になっているし、そこにはみすぼらしい格好の若かりし頃のこあらまが写っているはずだ。


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2013年11月 名寄

2013年に宗谷本線を普通列車で乗り鉄したことがある。始発で稚内を発ち、抜海でのたった1駅の途中下車だったが、名寄到着時には既に日が傾き出していた。ホームには、旭川と行き来する快速なよろ号が停車している。かつては旭川側の先で、西に名寄本線、東に深名線が分岐し、名寄機関区も設置された要衝の駅であったが、今は名寄をはじめ、宗谷本線から分岐する鉄道はその全てが廃線になり、宗谷本線がたった1本の北への鉄路となっている。一方、なよろ号の向こうに鉄道コンテナが見えるが、この駅には定期貨物列車はもう来ない。名寄はJR貨物の駅でもあるが、コンテナはトラックで北旭川へと運ばれる。「名寄オフレールステーション」なる奇妙な名称がつけられている。


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キハ54の「宗谷北線運輸営業所」のシンボルマーク『Sohya NORTH LINE』

この宗谷北線シンボルマークに綴られた一つ一つの地名を思い起こしてほしい。決して剥がしてはならない鉄路であるという思いが込み上げてくるはずだ。それは鉄道ファンとしての単なる感傷から来るものではない。先人たちが遠く樺太を目指して北へ伸ばしていった道標であり、紛れもない第一級のレガシーだ。それと同時に、類い希な四季の景観をもつ観光路線としての大きな可能性も秘めている。北辺の最後の砦であり、何としても後世に譲り渡さなければならない大切な資産だ。

先日、宗谷北線が『自社単独では老朽土木構造物の更新を含め「安全な鉄道サービス」を持続的に維持するための費用を確保できない線区』という長ったらしい線区に指定され、沿線自治体との協議に入ることになっているが、地元が了承すれば廃止というのはあまりにも早計だ。国の財産という見地からは、国民目線の議論も必要だ。そもそも、赤字線を廃止するということであれば、黒字線のないJR北海道自体が廃止ということになる。赤字額から言えば函館本線の函館―長万部間が筆頭だ。路線を維持しつつ全体の赤字額の削減を模索するというのが真っ当な道だ。それでも残った赤字は、ユニセフの真似ではないが、国民一人一人が年間25円を出せば宗谷北線は維持できますが、どうしましょうかということになる。結果、国民のコンセンサスが得られなければ、その時は万事休すだ。ただ、それとは別に国鉄時代からの因習に終止符を打ち、営業権だけを民間に貸し出すという手もある。日本にも大実業家が現れだした。ビジネス感覚で社会貢献してもらうのも一興だ。


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名寄駅 駅舎

よく見ると駅前にANAとJALの看板がある。これは宗谷本線にとって非常に有難いことなのだが、起点の旭川にも、終点の稚内にも空港がある。実は小生の2013年の乗り鉄の旅も、稚内空港に始まり函館空港で終わっている。北海道内の観光を考える時、最大の拠点は空港であり、新幹線などではない。稚内空港に降り立ち、利尻を遠望しつつ、風雪に耐える抜海の木造駅舎を愛で、果てしない豊富のサロベツに目を奪われる。幌延のトナカイ牧場とメグミルク工場の見学もいいかもしれない。大いなる流れの天塩川をさかなに中川温泉につかり、音威子府の黒いそばを賞味しつつ、美深の美幸線跡のトロッコ王国で遊ぶ。最後は旭山動物園と旭川ラーメンで締め括る。帰りはもちろん旭川空港だ。逆コースも作れば車輌の運行効率も上がる。美瑛のオプションもありかも知れない。ツアーにはJR東から「リゾートしらかみ」のお古でも貰い受ければいい。もちろん航空2社には冬の需要喚起のお礼に、路線の維持にも協力してもらおう。宗谷北線のシンボルマークだって、地元だけで使っていても役には立たない。東京や大阪、東南アジアの都市にばら撒かなくては意味がない。存続募金を兼ねたステッカーも売り出そう。勿論、これは絵に描いた餅かもしれない。ただ、何事も初めの小さな一歩からだ。

長々と書いてしまったが、宗谷本線の存続を切に願う者の戯言なのだろうか。鉄道ブームとやらが続いているが、多くは鉄道車輌ファンか葬式屋なのかもしれない。小生的にはちょっと寂しいところだ。宗谷北線が消えることにでもなれば、驚くほどの人々が我先に訪れることになるだろう。しかし、それまでは只の閑散路線だ。仮に、この線区を保存鉄道に出来るようになったとしよう。その時、どれだけの好き者が集まるのか。まあ、趣味の世界の話なので、他人がとやかく言うことではないが、とにかく「宗谷本線を守ろう」という世間の声が高まってほしいと願う年の瀬だ。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/12/29(木) 00:30:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

こあらま様
今年上がった、基幹線である宗谷本線の予備的廃止議論は、衝撃でありました。
国土末端部の国防上でも、重要な路線ですので、廃止は避けるべきですね。
また、はっきりとした国の方針と新たな基金などの施策も必要と思います。
本年は、お世話になりました。良いお年をお迎えくださいませ。

  1. 2016/12/30(金) 12:32:08 |
  2. URL |
  3. hmd #-
  4. [ 編集 ]

ブツギレ

こあらまさま

元々東会社の子会社のような存在なのですから、東の儲けで何とか繋ぎ続けるのが鉄道会社としての面目なのではないのでしょうかね。
まぁそんなことはさておき、C55同士の出逢いの一枚、痺れます!
かつての鉄先輩方の服装は冬だとトレンチやステンカラーコートを着ていて、やはり一眼レフを買えること自体がある程度裕福だったでしょうから、身なりもきちっとしている人が多かったのではないかと推察いたします。
  1. 2016/12/30(金) 17:27:30 |
  2. URL |
  3. 狂電関人 #vqoLnCUQ
  4. [ 編集 ]

JR札幌

hmdさん、

これは何処かのエコノミストが書いていましたが、JR北海道はJR札幌になってしまうかもしれません。
JR貨物が走っている線区は、場合によっては貨物専用線になることも考えられます。
東北本線や信越本線、鹿児島本線ですら一部が三セク化していますから、宗谷、石北などは吹けば飛ぶようなものです。
悲しいかな、国は土建屋ですから、赤字の鉄道をどうするかなんて、興味はなさそうです。
「国破れて新幹線あり」なんて状況になってしまうんでしょうね。
こちらこそ、お世話になりました。よいお年をお迎えください。
  1. 2016/12/30(金) 23:45:42 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

憧れの一眼

狂電関人さん、

北海道新幹線のショバ代は、大半をJR東が被っていますが、さすがに宗谷本線は無理でしょう。
国はガッツリ建設費を注ぎ込める新幹線以外は興味ないようですから、世論が盛り上がらなければ廃止ですね。
何時の時代も一緒ですよ。金の有る奴もいれば、無い奴もいる。確かに一眼を持つ方には貧乏人は少ないでしょう。
ただ、多くの学生・生徒は夜行列車を塒にする無宿者ばかりでしたから、寝心地の悪いトレンチは少数派だったように記憶しています。
私の場合、最初はオヤジのペトリの距離計連動で撮ってましたが、中学の時、一眼が欲しくて半年ばかり新聞配達をしましたよ。
現役蒸気の頃は、学校、バイト、旅。この三つだけでした。旅費、フィルム、機材が優先で、食い物も、着る物も貧弱でした。
  1. 2016/12/30(金) 23:53:53 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

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こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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