駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

砂原線紀行 その4 渡島砂原

駅だというのに線路の先には森が続く
海沿いに続く集落以外は駒ヶ岳の広大な樹海だ

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2016年7月 函館本線 渡島砂原

昭和初期、国有鉄道の森から砂原に至る渡島海岸鉄道が開通した。沿岸の漁港から当時重要なタンパク源だったイワシを積み出すのが大きな目的で、順調に輸送量を増やしていたが、1945年に函館本線の勾配緩和の迂回路として国有化された。もし、その国有化が無かったら、渡島海岸鉄道が現在まで生き延びてこられただろうか。結果はやはり否だろう。現在北海道の私鉄は、釧路の太平洋石炭販売輸送のみで、それも貨物専用だ。その他のJR線以外は、今年発足した唯一の第三セクターの函館いさりび鉄道、札幌の市電・地下鉄、函館の市電だけだ。数多くの炭鉱鉄道も、兵どもが夢の跡となった。今もこの砂原一帯の主産業は、掛澗、砂原、沼尻の3漁港を持つ沿岸魚業とブルーベリー栽培だが、魚種はイワシから、時代とともにホタテ、サケ、バカガイ、スケトウダラなどに変遷している。

この区間も、今年の北海道新幹線の開業に合わせて、普通列車の本数が減らされている。JR北海道の説明では、キハ40の老朽化対策が出来ないための措置だそうだが、沿線住民の顰蹙を買っていることは確かだ。渡島砂原駅の時刻表をみても、日中に7~8時間の空白の時間帯があり、完全に通学時間帯に特化したダイヤ編成になっている。下りは朝1本という貧弱ぶりで、道立森高等学校の始業時間に合わせたものだ。買物や病院通いは函館なので、これで十分と判断されたようだ。時期が時期だけに、新幹線の赤字の穴埋めと思われてもしょうがあるまい。


[渡島砂原]

千葉県の水郷の街として知られ、小江戸とも呼ばれる佐原(現香取市佐原)には、成田線(旧成田鉄道)に1898年開業の佐原駅が在る。音読みが「さわら」と同じこちらの砂原(現森町砂原)は、頭に国名を付けて渡島砂原となった。元は渡島海岸鉄道の砂原駅で、現在の国道が線路跡だが、函館本線に編入される際に線路が山側に付け替えられ、駅名も改称された。こちらは鹿部とは違い市街地からそれ程離れていないので自転車通学が多くなる。駅前に停めてある自転車の数で、通学生徒の数は概ね察しがつく。夕方、森の高校から生徒たちが帰ってきたが、全国どこへ行っても同じような風体の生徒たちが降りてくる。良きにつけ悪しきにつけ、日本が平準化したということだろう。何回か長万部から函館に向かう砂原廻りの普通列車で、この生徒たちに遭遇したことがあるが、一般客がほとんどいない車内は、さながら彼らの遊び場と化していた。スクールバスならぬスクール電車といった様相だった。もちろん、静かに読書や勉強をする生徒もいるにはいたのだが、概してはしゃいでいるのは男子生徒ばかりだ。一日乗降客数は1992年には228人あったが、20年程で4分の1の52人になっている。人口が拮抗する鹿部の半数だ。駅の花いっぱい運動も寂しげだ。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/09/14(水) 00:30:00|
  2. 函館本線
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  4. | コメント:2
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コメント

巨大な矛盾

ほとんど廃屋のような駅舎にも乗り降りする高校生が居るんだなあと感慨があります。
まあ彼らのためだけに走るようなダイヤですからねえ。
閑散線区の赤字ばかり強調されますが、札幌近郊を含む、
最後まで残るであろう線路が生み出している大赤字にも慄然とさせられます。
つまり閑散線区を廃止したところで何の解決にもならないのです。
これは終末期の国鉄とダブリますね。
誰もが分かる巨大な矛盾を指摘しない施政者達は一体何をしているのでしょうか。
  1. 2016/09/16(金) 21:42:11 |
  2. URL |
  3. 風太郎 #ORZvdv76
  4. [ 編集 ]

街が在って、人が居て、鉄道が走る。

街が在って、人が居て、鉄道が走る。これが基本ですよね。
自家用車時代になって、地方路線では「鉄道を愛する人が居て」というのも加わりました。
こんな年季の入った古びた駅舎でも、町の顔であったり、心の拠り所であったりします。
待合室の様子をじっと眺めていると、そんな町の人々の思いが聞こえてきます。
今、都会の生活に疲れた若者が、地方に戻る機運が少しずつ力を増してきたような気がします。
何時しか、地方の町々に活気とまでは行かなくても、細やかであっても安定したコミュニティーが復活した時。
その町に駅があれば、どんなに心強いことでしょう。多分、彼らはこの駅から旅立って行ったはずですから。
人が居なくなり、旅人も来なくなった場所に鉄道など要りません。
まずは、人が地方で暮らし続けていけるような社会になることが先決でしょう。
そんな日が来るまで、細々とでも地域の鉄道と駅が残っていて欲しいものです。
少しだけ、そのための出費を許す気持ちの余裕が、社会にあってもいいと思います。
  1. 2016/09/17(土) 10:09:39 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

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こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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