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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

Fの時代

題名をご覧頂いただけで、何の話かはお見通しだと思う。『Fの時代』は2009年発売の広田尚敬さんの写真集で、同名の企画展が2018年にニコンミュージアムで催されている。会場の入口には特徴ある『F』のロゴが誇らしく掲げられていた。現役蒸気の時代とニコンFの時代は、不思議なくらい一致する。その名を冠した鉄道写真集が現れるのにも必然性があり、その時代をリードしたお一人が広田さんだった。写真集の表紙を飾る雪のシロクニのごとく、ニコンFも激動の時代を駆け抜けていった。ただし、こあらまの「Fの時代」では、敢えて鉄道写真は除外し、普段お目に掛けられないジャンルの写真をお見せしようと思うので、予めご了承願いたい。

初めてのニコン機はニコマートFTNだった。友達と三人で蒸気機関車を撮り始めたが、一人は親父さんの持っていたアサヒペンタックスを継承し、もう一人はミノルタのSR-T101を選択した。こあらまは単純に堅牢性と信頼性のニコンをチョイスした。壊れなければ結果安上がりという発想だった。もう半世紀以上も前の話だ。そうこうしているうちに、一眼レフでカラーとモノクロを取り分けたくなり、もう一台ニコンのボディーが欲しくなった。狙いはどうしてもFだった。カメラ知識も大分深まり、Fが不動の名機であることも知った。アルバイトなどもやって、やっとのことで手にしたFは、何もかもが素晴らしく思えた。

それ以来、他社のカメラには目もくれずとは言わないが、ニコン党を通してきた。ある時、動物写真家を目指していた友達のキャノンF-1を見せてもらったことがあるが、なかなか頑丈そうなカッコいい奴だなとは思ったが、気持ちは持ち堪えた。その後も、隣の芝生のキャノンには悩まされることも度々だが、Fマウントを手放せないほどにニッコールが増殖していった。そうして、こあらまのライカ判銀塩時代はFからF2、F3へと、周りが気になりつつも引き継がれていった。F一桁の傍らで、FM、FM2、FEなどのニコン小型汎用機も併用していたが、その辺りは今回の話からは割愛する。F3で銀塩は終了し、「Dの時代」に突入するが、現在も3台目のデジタルニコンがメイン機になっている。やはりFマウントの呪縛は「Dの時代」にも持ち越された。


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中央がF、左がF2、右がF3。


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軍艦部。 左からF2、F3、F。 シャッターボタン位置が各々異なっているが、押し易さはF2だろう。


第1幕 Fの時代

こあらまの場合もニコンFの時代は現役蒸気の時代と見事にダブる。しかし、同時並行的に山岳や風景、寺社、紀行写真などを撮っていたことも確かで、ニコンFの購入には山岳写真の影響が大きかった。極寒の世界で最後まで動き続けるのはFで、やったことはないが、油抜きが出来るのもFだけとされていた。モータードライブの装着や各種のファインダーやスクリーンが交換できるシステム性の高さも群を抜いていた。ニコン党でなくても、新しい一眼レフの境地を切り開いた金字塔であることは、誰もが認めるところだろう。しかし、フォトミックファインダーはやはりデカ過ぎで、邪魔なので殆ど使わず仕舞いだった。ニコマートと2台体制の時は、ニコマートで測光すればいいことで、その方がFの機動性も失われずに済んだ。測光機能のコンパクト化は、F3まで待たなければならなかった。


70025252.jpg
左のFは国鉄マンだった叔父の形見で、余命宣告された際にこあらまの手元に来た。レンズはAi改造されていない。


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ウェストレベルファインダーとフォトミックファインダーFTNを装着したところ。


この時代の作例を2枚お見せする。この頃、近場からはどんどん蒸気が消えて行っていたので、長い休みでないと、おいそれとは撮りに行けなくなっていた。普段の週末は夜行日帰りが可能な八ヶ岳や谷川岳で山岳写真、鎌倉や秩父で寺社や石仏を撮っていた。1枚目はそんな八ヶ岳から。オレンジや赤のフィルターを使って、青空を思いっきり沈み込ませるのは山岳写真の常套手段になる。現在の「天空時間」のルーツはこんなところにあるのかもしれない。2枚目は夕日の漁港での一コマ。夫婦だろうか、夜のイカ釣り漁の準備をしている。こういう雰囲気は、銀塩の素晴らしいところだ。デジタル画をモノクロ化してもこうはならない。


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1974年10月 八ヶ岳 赤岳 Nikon F  Nikkor 28mm F3.5 O2 Filter


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1976年7月 三陸 田老港 Nikon F Nikkor 50mm F2


第2幕 F2の時代

Fを入手した時点で、間もなくF2が出てくることが分かっていたが、値段の問題などもあってFとしている。Fで現役蒸気を撮り終え、ある意味過渡期に入り、心機一転、気分転換にとF2を購入した。F2はフォトミックを標準にしているので、タイプの異なる何種類ものフォトミックファインダーが生まれている。大きな一線は、レンズのF値の扱いになる。いわゆる「ガチャガチャ」と呼ばれる連動爪による設定か、次世代のAi方式と呼ばれる絞りリングを用いての連動かである。当然、Ai方式の方がスマートなやり方で、レンズもボディもスッキリとしたスタイルになる。過渡期には、旧タイプのレンズを無料または安価でAi方式の絞りリングに交換するサービスが行われていた。後悔したのは、「ガチャガチャ」タイプのフォトミックSBにしてしまったことだ。もう少し待って、Ai方式のASにすべきだった。さらには、アイレベルファインダーを入手しなかったことだ。F2においても基本はアイレベルだと気付いたが、そのままフォトミックを使い続けてしまった。

色々と後悔もしたが、結果的に機械式シャッター機の最高峰となったF2は、Fを大きく凌ぐ出来であったことは確かだ。角を落として丸味を帯びた外観は、基本的には自社内デザインのFを継承しているが、中身は全てで進化していた。F3までの10年以上をこのF2と付き合うこととなった。しかし、その後も、厳冬期の冬山などでは、やはりF2の出番となる。電子制御式シャッターのF3よりも、機械式のF2の方が遥かに信頼性は高かった。現在のD機が何処まで耐えられるかは知らないが、F2を使い続ける極地プロカメラマンが多いことからも、機械式の優位は変わらないことが伺える。


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フォトミックSB。 F2はブラックボディにしてみた。 ただし、フォトミックファインダーはブラックのみ。


70025255.jpg
『F』のロゴは消えてしまった。 このフォトミックファインダーの大きさも微妙なところだ。


こちらも作例を二つばかりお見せする。例によって1枚は山岳写真で、谷川岳は一ノ倉沢になる。この時は岩壁には取り付かず、マチガ沢、幽ノ沢、一ノ倉沢の岩壁撮影に集中した。冬には滅多に晴れない谷川岳だが、幸運にも一瞬だけ一ノ倉沢に光が降りてきた。ここ谷川岳は遭難事故死者数が多いことで世界的に有名で、「世界の山のワースト記録」としてギネス記録になっている。


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1978年1月 谷川岳 一ノ倉沢 Nikon F2 50mm F2


2枚目は寺社部門から、鎌倉は杉本寺になる。杉本寺は鎌倉最古の寺で、731年に行基がこの地に観音様を祀ったことに始まるとされる。本堂は度重なる焼失で、現在のものは棟札から1678年の建立であることが判明している。この本堂の中に、本尊の十一面観音立像が安置され、国指定の重要文化財になっている。何とも鎌倉らしい茅葺の質素な作りの本堂と、林立する十一面杉本観音の奉納旗は、絶好のモノクロ題材だろう。自分で言うのも何だが、モノクロームの良さを再認識する。この頃の鎌倉の街角には、まだ古き良き時代の文学的とも云える風情が残っていたが、その後の何処にでもある観光地化で、どんどんらしさは失われて行った。


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1978年4月 鎌倉 杉本寺 Nikon F2 35mm F2.8


第3幕 F3の時代

F3が登場したのは1980年のことだが、20年に渡って販売が続いたロングセラーモデルだ。こあらまが購入したのは販売期間の半ばで、F4が出るか出ないかの頃だった。F一桁機の販売上の特徴は、同時に2機種が並売される期間があったことだ。夫々の機種で得手不得手があり、多様なプロカメラマンのニーズに応えるには複数のFを並売する必要があった。F4以降はオートフォーカス機だったので、マニュアルフォーカスのF3の需要は続き、一時期、F3、F4、F5の3機種がカタログに載ったこともあった。さらには、F3の販売中止の理由は使用部品の枯渇にあり、ニーズが無くなったからではないという。

こあらまの購入動機は、F3の測光機能にある。F、F2と測光はフォトミックファインダーで行われたが、F3ではボディ本体内で行われる。つまりはファインダーはアイレベルで使えるので、フォトミックファインダーの邪魔くささがない。この頃は、ブローニー判とライカ判一眼レフの各1台が標準装備で、ライカ判には測光機能が必須でF2を持ち歩いていたが、ここを何とかしたかった。「ガチャガチャ」にも少々嫌気が差してきていたので、F3の出番となった。

F3の電子制御式シャッターは気に食わなかったが、時代の流れと諦めた。Ai方式のF値設定は楽ちんで、使い勝手は悪くはなかった。F、F2は自社内デザインだったが、F3からはデザイナーにイタリアのジウジアーロが起用され、ボディのシャッターボタン側にはグリップが付き赤線が入った。現在のD機へと続くデザインの進化が始まったということだ。便利の代償として、電池が切れると使い物にならないので、予備の電池が必携となった。

このF3の時代は、2007年発売のD700をメイン機に据えるまでの実に20年近くに及んだ。D700に先立ってD200も使ってみたが、まだまだ半信半疑のところがあり、メイン機の完全デジタル化には至らなかった。当時はオートフォーカスの必要性が低かったので、F3が壊れない限り更新する気は毛頭なかった。使ったフィルムはフジクロームベルビア(RVP)のみで、モノクロにはF2を使っていた。完全に気持ちの問題だが、モノクロームは機械式の方がよく写るように思えたし、F2は相変わらず可愛い相棒だった。そうしてF3は遂にD700に置き換わり、40年に及ぶこあらまの銀塩時代、つまり「Fの時代」に幕が下りた。


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ファインダーはHigh-eye Pointというアイレリーフを長めにしたタイプで、ローアングル接写時に威力を発揮する


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『F』のロゴが復活している。 レンズ横は緊急用シャッターレバーで、電池無しでも1/60秒で動作する。ニコンの良心か。


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デザイン一新で無骨さは消えた。 ファインダー接眼窓横のレバーで接眼窓のシャッターが開閉する。


最後に、この時期らしいF3の作例を3点。F3ではネーチャー系が多く、フィルムはベルビアばかりを使っていた。後から関係者から聞いたことなのだが、ニコンではこの頃から開発上ベルビアを標準フィルムとしていたようだ。ということで、ここからはカラーが主体となる。標準レンズ領域はブローニー判を用いていたので、ライカ判はブローニー判ではカバーできないより広角や望遠、接写のアングルを担当した。こうしてみると、またまた銀塩の奥深さを感じる。色に深みと艶があるような、鮮やかなような。明らかにデジタル機とは異なる発色だ。ちなみに、富士のデジカメには、ベルビアの発色特性を再現したフィルムシミュレーションモードがあるようだ。今もベルビアシリーズは販売を続けている。一度、ベルビア装填でF3を復活させてみたくなった。


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2002年5月 栃木県栗山村 五十里湖 Nikon F3 Micro-Nikkor 105mm F2.8


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2000年5月 尾瀬ヶ原と燧岳 Nikon F3 Nikkor 24mm F2.8


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2002年5月 新潟県 山古志村 Nikon F3 Micro-Nikkor 105mm F2.8


今も歴代の銀塩ニコンを大切に使われている方、保管されている方は多いと聞く。ニコンでは現在そんなニコン党のためのマニュアルフォーカスのボディとレンズの「【期間限定】MF旧製品メンテナンスサービス」を行っている。どこまで手入れしてくれるかは分からないが、愛機の健康診断にはいいチャンスだろう。申込期限は2021年5月14日まで。気になる方はこちらへ


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2021/04/01(木) 00:00:00|
  2. 写真機材
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

目の毒

この手の記事、待ってました!流石、正真正銘のニコン党。
それにしてもMFニコンは、目の毒この上ない。特に70年代のデザインは、同時代の二輪四輪車共々、80年代とは一線を画す無骨な中にも妖艶な魅力を感じます。

加えて、非鉄写真という切り口が、またいいですね。青空を沈ませ、厳冬の岩峰と対比させた山岳モノクロ写真には、蒸機という唯一無二の被写体を失った後、随分と憧れたものです。

で、当方の手元にあるMFニコンはと言えば、50年前に憧れたニコマートFTn後期のブラックのみ。ブログを始めた後に手に入れたという軟弱な経緯でお恥ずかしい限りですが、(フォトミックSBに装着されている)135F2.8共々前回のメンテサービスで、好調になって戻ってきましたヨ。

さて、続編Dの時代(所謂マイノリティ?)も期待していますね!
  1. 2021/04/01(木) 22:33:11 |
  2. URL |
  3. ぜっきあいず #djaKVQjc
  4. [ 編集 ]

機械式メカの美

ぜっきあいずさん、

お楽しみ頂けましたでしょうか。やはり、完全なる機械式には、郷愁のようなものを感じます。
二輪も四輪も追及され尽くしたメカは美しいものです。そんなエンジンを眺めるのも楽しいものです。
それが電子化で機能の見えないメカになり、メカの反映ではないデザインの追求に走って行きました。
シャッターが電子制御化されたように、エンジンのキャブレターも電子化。SOLEXやSU、WEBERは面白かったのに。

動かさないと壊れますから、年に数回、全ての保管機をいじくって遊んでいます。ついでに写真を撮って記事に。
一緒に、単焦点のMFレンズも撮りましたから、次回はまずはそちらで。銀塩ボディは動態保存ですが、レンズは現役です。
巷の噂では、銀塩MFカメラ趣味の女史が結構いるそうで、ごついF一桁よりもFMやFEの方が人気があるとか。
それが中古機相場に反映されて、F一桁の方が安いようです。ちょっと複雑ですね。

そうそう、ニコマートはニコンFよりも頑丈と言われていますね。当方のニコマートも精度はともかく動いています。
ニコマートだけでなく全機動いていますし、過去修理歴はありません。結果安上がりだったと思います。
本当に精度が出ているのか、試しにどれかをメンテナンスサービスに出してみようと思ってます。
一度、現在のベルビアを試して見るつもりです。調度F3を購入したころRVPも発売になっています。
ネオパン以降ずっとコダック一辺倒だったところの富士です。ネイチャー以外はやはりコダクロームでしたが。

デジタル機も何だかんだと手元に5台あります。メインはニコンですが、ソニーとオリンパスもあります。
連写は必要ないので、D一桁機は使っていません。それでも、デカくて重くて高くて、そろそろ限界ですかね。
技術力で小さく安くなるのが普通ですが、どんどん大きく高価になったのが、ニコンとキャノンの低迷の原因じゃないでしょうか。
Fの時代は感慨深いものがありますが、Dの時代はそうはならないような気がします。機材に愛着がもてないのも寂しいですね。
  1. 2021/04/02(金) 21:55:43 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

私のFの時代

私もニコンFフォトミックに50mmf2.0と135mmf2.8で残された蒸気機関車を追いかけていました。

一度、室蘭本線の栗丘の国道と交差するコンクリート橋の地点で三脚ごと倒れたことがありますが、何事もなくカメラのフォトミックファインダーに少し傷がついただけですみました。
ラッキーだったのかも知れませんが、ニコンカメラの堅牢性と信頼性を改めて確認した事を覚えています。

最近のニュースでニコンがカメラ生産を国内から撤退すると聞き、デジカメ時代も変わりつつあり
少し寂しく思っています。
  1. 2021/04/04(日) 14:36:11 |
  2. URL |
  3. yba-d51 #-
  4. [ 編集 ]

写真も世につれ

yba-d51さん、

そうですか。yba-d51さんもニコンFでしたか。やっぱり、苦労して手に入れられたんでしょうね。
三脚ごとっていうのはよくある話です。壊れなくて幸いでしたね。当たり所がよかったんでしょう。
これまで、人間ごとというのが、同行者に二人いますが、さすがに水没の一人は大泣きでした。

レンズの50と135は基本セットでした。本当は、これに広角の3点セットで十分なんですよね。
当時の単焦点MF3本セットよりも、今の大三元1本の方が大きくて重いんじゃないですか。値段差は計り知れません。
こういう正当な進化に逆行するようなことになったのが、今のカメラ不振だと思います。

多分、高級一眼レフでも普通のスマホでも、SNSアップじゃ違いは判らないと思います。
目的が「インスタ映え」だとすれば、スマホで十分で、カメラに進むのは一部のマニアだけでしょう。
「ニコン、カメラから撤退する日」が、あちこちで噂されていますが、赤字の大きさから、俄かに現実味も。
レンズは一工場に集約して国内生産を続けるようですが、ボディは全て海外生産とか。
オリンパスに続いてニコンもということになれば、自ずと「Fマウントの呪縛」からは解放されます。
とんでもないことです。そうなったら、スマホでいきますか。
  1. 2021/04/04(日) 23:19:36 |
  2. URL |
  3. こあらま #bhV1oT4A
  4. [ 編集 ]

Fとの出会い

こあらまさんに「ニコンFを苦労して手に入れたのでしょうね」と言ってもらいましたが、実はニコンFは高校入学祝いなのです。

はじめは「ニコマートを合格祝いとして買ってあげる」と言われていましたが、入試の時私立高校のすべり止めに不合格となり、私立高校の入学金を収めなくても良くなり、それでニコンFフォトミックに昇格したのです。(本命の都立高校には無事に合格しました)

でも、135mmズームレンズはバイトで買いましたよ。
日給1800円のフライパン工場でしたが、日給から昼食代その他引かれて手取りで1400円ぐらいでした。
そこから旅費も出すので、大変でしたが楽しみが後に待っているので充実していました。


最近の復活蒸気撮影のカメラを見ると、皆さんバズーカ砲のようなズームレンズで撮影をしていて「そんなに機関車をアップで撮っても面白いのかな」と思っています。そんなズームレンズを買えない負け惜しみも入っていますが・・・
  1. 2021/04/06(火) 18:27:21 |
  2. URL |
  3. yba-d51 #-
  4. [ 編集 ]

羨ましい!

yba-d51さん、

ニコンFフォトミックが入学祝とは羨ましい次第です。
こあらまの実家はあまり金回りが宜しくなかったので、そういうことはほぼ無かったです。
最初のニコマートは少し援助してもらいましたが、そこから先は全てバイトで稼ぎました。
カメラばかりでなく、大学の授業料なども自分でどうにかしましたから、随分働きましたよ。
就職した時には、やっと非正規から正規になれたぞと思ったくらいです。(笑)
ちなみに、こあらまは練馬ですから、34群の都立高校に行きました。
第一志望の私立に落ちましてね。受かっていたら人生が変わっていたはずです。

現在の写真のレベルは、現役蒸気の時代とは比べ物にならないくらい進化していると思います。
機材も腕も上がっているでしょうし、情報化時代で目も肥えてきていると思います。
皆さんのブログを眺めていると、随分とレベルが上がったものだと感心しきりです。
ただ、逆に均質化してるような気もします。個性的な写真が撮れるようになるといいんですが。
  1. 2021/04/07(水) 00:03:31 |
  2. URL |
  3. こあらま #opRMTbh2
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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