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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

若葉の頃 白鳳を背に

好天で辺り一面に露が降りた
朝の築堤にエンジン音が響く

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2017年6月 小海線

周囲が若葉に包まれても、高地の朝晩はまだまだ冷える。ひんやりした空気が鳳凰三山を浮き立たせる。

★ 只今、自動更新で「若葉の頃」をお送りしています。


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  1. 2021/04/19(月) 00:00:00|
  2. 小海線
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若葉の頃 春うらら

麗やかな会津の里に淡い緑が眩しい
フッと立ち昇った白煙に春の日が注ぐ

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2017年5月 只見線 根岸

こんな中で列車待ちをしていると、汽車が来るのを忘れてしまいそうだ。盆地に響く汽笛の音に我に返る。

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  1. 2021/04/17(土) 00:00:00|
  2. 只見線・会津口
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若葉の頃 稜線の残雪

南アルプスの残雪も大分少なくなった
稜線に湧く白雲は早くも初夏の装いだ

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2017年6月 小海線

冬が長い高原の春は、駆け足でやって来る。一面の茶色の枯野が一気に緑に溢れた。

★ 只今、自動更新で「若葉の頃」をお送りしています。


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  1. 2021/04/15(木) 00:00:00|
  2. 小海線
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消えた砂浜

何とも長閑な山陰の海辺の風景だ
この眺めは電力と引き換えに消えた

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1973年7月 山陰本線 岡見

C57のテンダーが電柱と重なってしまっている。今なら、こんな初歩的なミスは滅多にないが、当時は若気の至りだったのだろう。逆に、現役蒸気の頃のような感動が無くなり、冷静になっているだけかもしれない。汽笛やブラストが聞こえ、立ち昇る煙も見えてくる。今か今かと姿を現すのを待ったあの日は、ついついシャッターのタイミングが早くなってしまったのも分らないこともない。デジタル時代であれば、電柱を抜けたところの次のコマが必ずあるはずだが、一発勝負のフィルム時代の次のコマは、早くも後追いになっている。

さて、今回の本題に入ろう。当時、何とも長閑で穏やかな砂浜を、弧を描いて山陰線は走っていた。その風光明媚な車窓は、中国電力三隅火力発電所の建設によって失われてしまった。現在のルートは山側に付け替えられたが、トンネルばかりで砂浜を愛でることは出来ず、一瞬三隅港を眺められるくらいだ。肝心のその白砂の浜辺も大半が埋め立てられている。


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2020年10月

旧ルートの岡見側は発電所の引込線として利用されているが、当然立ち入れないのでどうなっているかは分らない。旧線跡が初めて発電所関連企業の敷地外にでるのが、この橋梁になる。多分、岡見の松原という集落だと思う。それにしても何とも不思議な光景だ。旧山陰線ガーター橋の上に、わざわざ新しいガーター橋を架けている。関連企業の歩行者専用の非常通路と思われ、フェンスで施錠されている。どうしてよっぽど頑丈な鉄道橋をそのまま使わなかったのか。ここにも発電所マネーがうごめいていることが連想される。


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そのガーター橋の集落側はこうなっている。明らかに踏み分け路は旧ルート跡だろう。松原集落の中を突き抜けていたようだ。この集落の中に「佐渡村衣裳店」という、石見神楽に代表される金駒刺繍や立体刺繍の衣裳を作る店があり、その世界では全国的に有名らしい。創立14年というから、新ルートになってから出来た店で、現役蒸気時代には当然なかった。


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松原集落から少し先で、新線がトンネルを抜けてくる。背景には巨大な三隅火力発電所が見える。燃料の海外炭を直接ここで陸揚げしている。クリーンなイメージを醸そうとしているのか、周囲には太陽光発電のセルが並ぶ。C57客レの場所は発電所辺りで、何れにしても、あの長閑だった海辺は、こんなことになってしまっている。


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反対側に見えるのは三隅町市場の集落で、ここらで新ルートは終わりで、本来のルートに戻る。残念ながら、この辺りから山陰線は海から離れていく。つまり、海沿いを走っていた場所は全て山側のトンネルとなり、海の見える車窓は闇と化した。

都会で暮らしている方には分らないかもしれないが、都会のライフラインを確保するために、地方ではこんなことになっている。発電所で町も潤っただろうという見方もあるだろうが、山陰の美しい海岸風景が一つ消えたことは確かだ。多くの場合、便利さというのは、その裏で何かを犠牲にしているものだ。福島原発事故のように未曽有の大参事を引き起こすこともあれば、火力発電所のようにじわじわと温室効果ガスを排出し続けるものもある。暑い夏のエアコンは、さらなる暑さを呼ぶ悪循環だ。やせ我慢でもいいから、少し暑さ寒さに耐えてみようなどと考えてみるのも、今の時代の在り様だ。


お知らせ
何時もご来訪いただきありがとうございます。例によって、通常の更新を暫く休みます。その間の自動更新は、今回は「若葉の頃」をお送りします。コメントの返信も、通常更新の再開後になってしまうと思いますのでご了承ください。自動更新中は、ほぼ写真のみの記事となります。お楽しみいただければ幸いです。


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  1. 2021/04/13(火) 00:00:00|
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桜の日に タラコ色の春

春爛漫をタラコ色が駆け抜ける
不思議と里の春に馴染んでいる

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2020年4月 姫新線 美作追分

単純に、なかなかいい配色だなあと思ったので上梓してみた。桜と、菜の花と、青空と、タラコ。如何にも春爛漫と言った感じだ。色々なラッピング車が登場して、現れた列車に一喜一憂することが多くなった昨今だが、ゲテモノの来ないこの界隈は安心していられる。さらにはキハ120とキハ40/47の筋がきっちり分かれているので、それなりのアングルを考えて列車を待つことができる。老体ファンとしては、ツートンの国鉄色だったらなどと考えないことはないが、これが現在のここのベストプラクティスだろう。朱色一色であれば、本来ド派手になってしまうように思えるが、それなりに見えるのは国鉄マジックとでも言うべきか。


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  1. 2021/04/11(日) 00:00:00|
  2. 姫新線
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桜の日に 若桜のバイク顔

満開の桜の若桜駅にド派手な奴が着く
そう云えばピンクのC12も見たような

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2020年4月 若桜鉄道 若桜

何ともケバいラッピング車だ。風情のある古い駅舎には、到底似合うとは思えないが、桜と同系色というのがせめてもの救いだ。日本宝くじ協会が寄贈した「宝くじ号」だが、2016年からスズキの「GSX1300R ハヤブサ」のラッピング広告車両となっている。この鉄道には「隼」という駅が在ることは有名だが、「隼まつり」という催しがあるようで、その祭りには、全国から多くのバイク愛好者と鉄道ファンが集結するそうだ。そこで、協賛のスズキが祭りを盛り上げるために、このラッピング広告となったらしい。隼駅にはオロ12がライダーハウスになっているが、残念ながらJR九州の寝台特急「はやぶさ」の誘致は計画倒れに終わった。

バイクに興味が無い方には申し訳ないが、「GSX1300R ハヤブサ」は20世紀最強のバイクとなる。最高速は312km/h、ゼロヨン加速は9.9秒と10秒を切り、最大出力197PSのモンスターマシンだ。同種のバイクにはホンダの「CBR1100XX スーパーブラックバード」やカワサキの「ZZR1100」などがある。こあらまは、結構バイクにも関心があるが、この手のレーサーレプリカのメカには興味はあるが乗ろうとは思わない。乗るならば、ハーレーに代表される、ロングストロークエンジンのドカドカ音を立てて走るやつだ。蒸気機関車のブラスト音に繋がるものがある。年代物になるがカワサキの「W1」やトライアンフのエンジン音は最高だ。

この若桜駅は2008年に国の登録有形文化財に指定されている。隼を含む若桜鉄道6駅の施設が一括登録されている。国鉄分割民営化の1987年の三セク化以降も、施設は良く温存され、1930年開業の若桜駅の桜も、相変わらず美しい。期待薄だが下り列車から降りる乗客を待っていた。やはり降りてきたのは男子高校生らしき一人だけだ。風情ある駅舎だけでは存続は覚束ない。派手なラッピング車両も経営資源の一つと言うのなら目を瞑るほかない。このラッピング第2弾が走るのは、今日4月9日までのようだ。第3弾のデザインが発表されているが、やはりバイク顔だ。スズキのバイクはまあいいとして、C12の方はどうなったんだろう。


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  1. 2021/04/09(金) 00:00:00|
  2. 若桜鉄道
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江ノ電の走る街 受難の時

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2021年3月 江ノ島電鉄

コロナ蔓延で飲食店も電車も受難の時代
人気のレストランからも賑わいが消えた
空席ばかりの店先を空いた電車が掠める
時短営業のお知らせが空しく風になびく


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おまけ

ここは大町停留所跡にあるレストランだ。藤沢から伸びてきた江之島電氣鐵道が、ここ大町まで来たのが1907年。終点の小町まで全通したのが1910年のことになる。当時は39の停留所があったが、現在は15駅だ。開通当時は、ままさに路面電車だったわけだ。大町停留所の次が蔵屋敷、その次が終点の小町だった。この鉄道は、1902年9月1日の営業初日に鵠沼で脱線事故を起こしている。縁起でもない話だが、それ以来118年を、一貫して優良な営業成績で歴史を重ねている。

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  1. 2021/04/07(水) 00:00:00|
  2. 江ノ島電鉄
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夜のしじまに憩う

罐から漏れる蒸気がゆっくりと漂う
霧島越えを終えてひと時の憩いの時

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1973年8月 日豊本線 霧島神宮

背景の暗闇は何処までも深い。罐の向こうには、いい塩梅に鬱蒼とした森が広がり、街の灯は反対側にある。Web地図で覗いてみると、今も駅の周辺はあまり変わっていないようだ。変わったことと言えば、日豊線が電化されたくらいだろうか。日中であればコントラストのない冴えない写真になっていたはずだが、夜は別世界だ。夜間撮影がやめられない理由は、まさにその別世界にある。C59を連想させる4次型C57のナンバープレートがギョロッと闇に浮かび上がる。

この列車はC57重連の貨物と思っていたが、どうやら記憶が間違っていたようだ。よくよく観察すると、次位の罐はD51だろう。ランボードの高さがC57より低いのは明らかだ。明かりも漏れる蒸気もないので無火回送だろう。この時期、全検入りというのは考え難く、廃車のために鹿児島工場に向かうところだろう。この頃、何処から来るのか日豊線を南に回送されるD51を何度か見たことがあるが、北の小倉工場では廃車機が満杯になってしまっていたのだろうか。


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  1. 2021/04/05(月) 00:00:00|
  2. 日豊本線
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桜は咲いたが

今年も桜は咲いたが
何とも憂鬱な世の中だ

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2020年4月 姫新線 月田

いやいや、コロナは第4波に入ったようだ。変異株もあれこれ出てきて、大阪と東京とでは異なる変異種という。関西のウィルスは感染力が強く、それが感染爆発の原因らしい。あまり話題になることのない山梨県だが、「グリーンゾーン」の取り組みが注目を集めている。その山梨のゼロ行進も途絶えて急に二桁となり、不気味な兆しが出てきた。ワクチン接種の情報提供も下火になり、どこまで進んでいるのやら。オリンピック・パラリンピックの観光地巡りの聖火リレーも始まったようだが、走者の辞退者が続出し、中止の自治体も現れて、盛り上がるどころではない。海外からのゲストを受け入れられないような大会に、どんな意義を見い出すのか。世論など無視して突っ走るのだろうが、そのツケは誰が払うのか。国民の憂鬱をよそに、国会では解散がどうのこうのと浮世離れは相変わらずだ。そんな政治家に呆れた厚生省官僚は、会食を自粛させたいのか、それとも推奨しているのか血迷っている。それどころか、法案を作ることが嫌になってしまった官僚が続出。海外に目を向ければ、ミャンマーのクーデターは、無血の予想がとんでもない事態に。ミャンマー軍の金蔓役を果たしてきた日本政府と日本企業は、自由主義陣営にどんな言い訳をするのか。それ以前に、ミャンマー市民の命を守る気が在るのか。桜は咲いたが、何ともスッキリしない悶々とした世の中だ。この試練が何らかの薬になればいいのだが、どうやらそれも期待できそうもない。


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  1. 2021/04/03(土) 00:00:00|
  2. 姫新線
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Fの時代

題名をご覧頂いただけで、何の話かはお見通しだと思う。『Fの時代』は2009年発売の広田尚敬さんの写真集で、同名の企画展が2018年にニコンミュージアムで催されている。会場の入口には特徴ある『F』のロゴが誇らしく掲げられていた。現役蒸気の時代とニコンFの時代は、不思議なくらい一致する。その名を冠した鉄道写真集が現れるのにも必然性があり、その時代をリードしたお一人が広田さんだった。写真集の表紙を飾る雪のシロクニのごとく、ニコンFも激動の時代を駆け抜けていった。ただし、こあらまの「Fの時代」では、敢えて鉄道写真は除外し、普段お目に掛けられないジャンルの写真をお見せしようと思うので、予めご了承願いたい。

初めてのニコン機はニコマートFTNだった。友達と三人で蒸気機関車を撮り始めたが、一人は親父さんの持っていたアサヒペンタックスを継承し、もう一人はミノルタのSR-T101を選択した。こあらまは単純に堅牢性と信頼性のニコンをチョイスした。壊れなければ結果安上がりという発想だった。もう半世紀以上も前の話だ。そうこうしているうちに、一眼レフでカラーとモノクロを取り分けたくなり、もう一台ニコンのボディーが欲しくなった。狙いはどうしてもFだった。カメラ知識も大分深まり、Fが不動の名機であることも知った。アルバイトなどもやって、やっとのことで手にしたFは、何もかもが素晴らしく思えた。

それ以来、他社のカメラには目もくれずとは言わないが、ニコン党を通してきた。ある時、動物写真家を目指していた友達のキャノンF-1を見せてもらったことがあるが、なかなか頑丈そうなカッコいい奴だなとは思ったが、気持ちは持ち堪えた。その後も、隣の芝生のキャノンには悩まされることも度々だが、Fマウントを手放せないほどにニッコールが増殖していった。そうして、こあらまのライカ判銀塩時代はFからF2、F3へと、周りが気になりつつも引き継がれていった。F一桁の傍らで、FM、FM2、FEなどのニコン小型汎用機も併用していたが、その辺りは今回の話からは割愛する。F3で銀塩は終了し、「Dの時代」に突入するが、現在も3台目のデジタルニコンがメイン機になっている。やはりFマウントの呪縛は「Dの時代」にも持ち越された。


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中央がF、左がF2、右がF3。


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軍艦部。 左からF2、F3、F。 シャッターボタン位置が各々異なっているが、押し易さはF2だろう。


第1幕 Fの時代

こあらまの場合もニコンFの時代は現役蒸気の時代と見事にダブる。しかし、同時並行的に山岳や風景、寺社、紀行写真などを撮っていたことも確かで、ニコンFの購入には山岳写真の影響が大きかった。極寒の世界で最後まで動き続けるのはFで、やったことはないが、油抜きが出来るのもFだけとされていた。モータードライブの装着や各種のファインダーやスクリーンが交換できるシステム性の高さも群を抜いていた。ニコン党でなくても、新しい一眼レフの境地を切り開いた金字塔であることは、誰もが認めるところだろう。しかし、フォトミックファインダーはやはりデカ過ぎで、邪魔なので殆ど使わず仕舞いだった。ニコマートと2台体制の時は、ニコマートで測光すればいいことで、その方がFの機動性も失われずに済んだ。測光機能のコンパクト化は、F3まで待たなければならなかった。


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左のFは国鉄マンだった叔父の形見で、余命宣告された際にこあらまの手元に来た。レンズはAi改造されていない。


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ウェストレベルファインダーとフォトミックファインダーFTNを装着したところ。


この時代の作例を2枚お見せする。この頃、近場からはどんどん蒸気が消えて行っていたので、長い休みでないと、おいそれとは撮りに行けなくなっていた。普段の週末は夜行日帰りが可能な八ヶ岳や谷川岳で山岳写真、鎌倉や秩父で寺社や石仏を撮っていた。1枚目はそんな八ヶ岳から。オレンジや赤のフィルターを使って、青空を思いっきり沈み込ませるのは山岳写真の常套手段になる。現在の「天空時間」のルーツはこんなところにあるのかもしれない。2枚目は夕日の漁港での一コマ。夫婦だろうか、夜のイカ釣り漁の準備をしている。こういう雰囲気は、銀塩の素晴らしいところだ。デジタル画をモノクロ化してもこうはならない。


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1974年10月 八ヶ岳 赤岳 Nikon F  Nikkor 28mm F3.5 O2 Filter


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1976年7月 三陸 田老港 Nikon F Nikkor 50mm F2


第2幕 F2の時代

Fを入手した時点で、間もなくF2が出てくることが分かっていたが、値段の問題などもあってFとしている。Fで現役蒸気を撮り終え、ある意味過渡期に入り、心機一転、気分転換にとF2を購入した。F2はフォトミックを標準にしているので、タイプの異なる何種類ものフォトミックファインダーが生まれている。大きな一線は、レンズのF値の扱いになる。いわゆる「ガチャガチャ」と呼ばれる連動爪による設定か、次世代のAi方式と呼ばれる絞りリングを用いての連動かである。当然、Ai方式の方がスマートなやり方で、レンズもボディもスッキリとしたスタイルになる。過渡期には、旧タイプのレンズを無料または安価でAi方式の絞りリングに交換するサービスが行われていた。後悔したのは、「ガチャガチャ」タイプのフォトミックSBにしてしまったことだ。もう少し待って、Ai方式のASにすべきだった。さらには、アイレベルファインダーを入手しなかったことだ。F2においても基本はアイレベルだと気付いたが、そのままフォトミックを使い続けてしまった。

色々と後悔もしたが、結果的に機械式シャッター機の最高峰となったF2は、Fを大きく凌ぐ出来であったことは確かだ。角を落として丸味を帯びた外観は、基本的には自社内デザインのFを継承しているが、中身は全てで進化していた。F3までの10年以上をこのF2と付き合うこととなった。しかし、その後も、厳冬期の冬山などでは、やはりF2の出番となる。電子制御式シャッターのF3よりも、機械式のF2の方が遥かに信頼性は高かった。現在のD機が何処まで耐えられるかは知らないが、F2を使い続ける極地プロカメラマンが多いことからも、機械式の優位は変わらないことが伺える。


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フォトミックSB。 F2はブラックボディにしてみた。 ただし、フォトミックファインダーはブラックのみ。


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『F』のロゴは消えてしまった。 このフォトミックファインダーの大きさも微妙なところだ。


こちらも作例を二つばかりお見せする。例によって1枚は山岳写真で、谷川岳は一ノ倉沢になる。この時は岩壁には取り付かず、マチガ沢、幽ノ沢、一ノ倉沢の岩壁撮影に集中した。冬には滅多に晴れない谷川岳だが、幸運にも一瞬だけ一ノ倉沢に光が降りてきた。ここ谷川岳は遭難事故死者数が多いことで世界的に有名で、「世界の山のワースト記録」としてギネス記録になっている。


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1978年1月 谷川岳 一ノ倉沢 Nikon F2 50mm F2


2枚目は寺社部門から、鎌倉は杉本寺になる。杉本寺は鎌倉最古の寺で、731年に行基がこの地に観音様を祀ったことに始まるとされる。本堂は度重なる焼失で、現在のものは棟札から1678年の建立であることが判明している。この本堂の中に、本尊の十一面観音立像が安置され、国指定の重要文化財になっている。何とも鎌倉らしい茅葺の質素な作りの本堂と、林立する十一面杉本観音の奉納旗は、絶好のモノクロ題材だろう。自分で言うのも何だが、モノクロームの良さを再認識する。この頃の鎌倉の街角には、まだ古き良き時代の文学的とも云える風情が残っていたが、その後の何処にでもある観光地化で、どんどんらしさは失われて行った。


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1978年4月 鎌倉 杉本寺 Nikon F2 35mm F2.8


第3幕 F3の時代

F3が登場したのは1980年のことだが、20年に渡って販売が続いたロングセラーモデルだ。こあらまが購入したのは販売期間の半ばで、F4が出るか出ないかの頃だった。F一桁機の販売上の特徴は、同時に2機種が並売される期間があったことだ。夫々の機種で得手不得手があり、多様なプロカメラマンのニーズに応えるには複数のFを並売する必要があった。F4以降はオートフォーカス機だったので、マニュアルフォーカスのF3の需要は続き、一時期、F3、F4、F5の3機種がカタログに載ったこともあった。さらには、F3の販売中止の理由は使用部品の枯渇にあり、ニーズが無くなったからではないという。

こあらまの購入動機は、F3の測光機能にある。F、F2と測光はフォトミックファインダーで行われたが、F3ではボディ本体内で行われる。つまりはファインダーはアイレベルで使えるので、フォトミックファインダーの邪魔くささがない。この頃は、ブローニー判とライカ判一眼レフの各1台が標準装備で、ライカ判には測光機能が必須でF2を持ち歩いていたが、ここを何とかしたかった。「ガチャガチャ」にも少々嫌気が差してきていたので、F3の出番となった。

F3の電子制御式シャッターは気に食わなかったが、時代の流れと諦めた。Ai方式のF値設定は楽ちんで、使い勝手は悪くはなかった。F、F2は自社内デザインだったが、F3からはデザイナーにイタリアのジウジアーロが起用され、ボディのシャッターボタン側にはグリップが付き赤線が入った。現在のD機へと続くデザインの進化が始まったということだ。便利の代償として、電池が切れると使い物にならないので、予備の電池が必携となった。

このF3の時代は、2007年発売のD700をメイン機に据えるまでの実に20年近くに及んだ。D700に先立ってD200も使ってみたが、まだまだ半信半疑のところがあり、メイン機の完全デジタル化には至らなかった。当時はオートフォーカスの必要性が低かったので、F3が壊れない限り更新する気は毛頭なかった。使ったフィルムはフジクロームベルビア(RVP)のみで、モノクロにはF2を使っていた。完全に気持ちの問題だが、モノクロームは機械式の方がよく写るように思えたし、F2は相変わらず可愛い相棒だった。そうしてF3は遂にD700に置き換わり、40年に及ぶこあらまの銀塩時代、つまり「Fの時代」に幕が下りた。


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ファインダーはHigh-eye Pointというアイレリーフを長めにしたタイプで、ローアングル接写時に威力を発揮する


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『F』のロゴが復活している。 レンズ横は緊急用シャッターレバーで、電池無しでも1/60秒で動作する。ニコンの良心か。


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デザイン一新で無骨さは消えた。 ファインダー接眼窓横のレバーで接眼窓のシャッターが開閉する。


最後に、この時期らしいF3の作例を3点。F3ではネーチャー系が多く、フィルムはベルビアばかりを使っていた。後から関係者から聞いたことなのだが、ニコンではこの頃から開発上ベルビアを標準フィルムとしていたようだ。ということで、ここからはカラーが主体となる。標準レンズ領域はブローニー判を用いていたので、ライカ判はブローニー判ではカバーできないより広角や望遠、接写のアングルを担当した。こうしてみると、またまた銀塩の奥深さを感じる。色に深みと艶があるような、鮮やかなような。明らかにデジタル機とは異なる発色だ。ちなみに、富士のデジカメには、ベルビアの発色特性を再現したフィルムシミュレーションモードがあるようだ。今もベルビアシリーズは販売を続けている。一度、ベルビア装填でF3を復活させてみたくなった。


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2002年5月 栃木県栗山村 五十里湖 Nikon F3 Micro-Nikkor 105mm F2.8


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2000年5月 尾瀬ヶ原と燧岳 Nikon F3 Nikkor 24mm F2.8


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2002年5月 新潟県 山古志村 Nikon F3 Micro-Nikkor 105mm F2.8


今も歴代の銀塩ニコンを大切に使われている方、保管されている方は多いと聞く。ニコンでは現在そんなニコン党のためのマニュアルフォーカスのボディとレンズの「【期間限定】MF旧製品メンテナンスサービス」を行っている。どこまで手入れしてくれるかは分からないが、愛機の健康診断にはいいチャンスだろう。申込期限は2021年5月14日まで。気になる方はこちらへ


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  1. 2021/04/01(木) 00:00:00|
  2. 写真機材
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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