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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

小さな春

白雪が舞う冬の名残の3月初め
月が変わる頃には初夏の陽気だ

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2020年3月 飯山線

3月だというのに初夏を思わせるような暖かさだ。早くも桜前線は新潟、仙台辺りを北上中だ。一方、アメダスの積雪深を見ると、積雪が残っているのは本州では14地点となった。いわゆる豪雪地帯と呼ばれる地域で、1mを越えているのは津南、守門、大井沢、肘折、湯田、酸ヶ湯の6地点で、雪の多いことで知られる地名がずらりと並ぶ。今まさに日本列島は衣替えの最中だ。年々、春秋は短くなるばかりで、そのうち四季という言葉は無くなり、夏冬の二季になってしまうかもしれない。今も、日本列島には3月の一月の間に冬と夏が同居している。うかうかしていると小さな春はあっと言う間に過ぎ去ってしまう。


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  1. 2021/03/30(火) 00:00:00|
  2. 飯山線
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キハ32が往く

国鉄型が次々と姿を消す昨今
こちらのキハはまだまだ健在だ

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2020年4月 予土線 真土

先のダイヤ改正で、JR東日本からキハ40系や「踊り子」185系の国鉄型車両が去った。国鉄分割民営化から34年が経ったわけだが、未だに国鉄型が走っているというのは、物持ちがいいのか、鉄道が衰退してしまったのか、なかなか悩ましいところだ。最後の国鉄型となったのは、民営化を控えて、苦境が予想される九州、四国、北海道の三島会社への餞別となった、ローカル線用の両運転台気動車の一群だ。キハ10系の更新用に導入されたのがキハ40系だが、次なるキハ20系の引退に対しては、確たる代替車両が準備されていなかった。そこで、民営化直前に国鉄によって両運転台気動車が急遽開発製造されるに至った。

JR四国には写真のキハ32が受け渡された。開発と言っても、中古部品やバス汎用品を組み合わせた廉価版になる。第三セクター御用達の新潟鉄鋼所の軽量小型気動車が参考にされているようで、国鉄史上最小の旅客車両となっている。パッと見は新潟トランシスだが、床下はバリバリの国鉄型だ。台車は国鉄気動車の定番のDT22・TR51のお古を改造している。さすがにエンジン本体は、新造品のDMF13HSを搭載している。連続定格出力は250PS/rpmで、キハ40のオリジナル機関を若干上回る。如何にキハ40が非力であることか。計21両が製造され、今も全車両が健在だ。仲間の1両は、なんちゃって新幹線に化けている。

さて、写真を流れるのは、四万十支流の広見川になる。愛媛県鬼北町に端を発し、江川崎で四万十川に合流する。見ての通りで、清流というイメージではない。工場排水と生活排水による汚濁の激しさが、当然のことながら四万十本流にも多大な影響を与え続けた経緯がある。四万十にはそういう支流がまだある。また、本流上流域の生活排水による水質悪化も否めない。人工物の少なさが「日本最後の清流」の発端だろうが、イメージの独り歩きというのは恐ろしい。お隣の仁淀川は、水質的には折り紙付きの清流だが、ダムだらけで水辺利用率は極めて高い。川の佇まいは見えるが、水質はおいそれとは見えない。難しいところだ。


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  1. 2021/03/28(日) 00:00:00|
  2. 予土線
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桜の日に 土師の一本桜

徐行区間をゆっくりと短尺キハが往く
桜の車窓には減速も悪くはないはずだ

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2020年4月 因美線 土師

土師駅は鳥取県八頭郡智頭町大字三吉字又衛門田に所在するが、駅の周囲に「土師」という地名は見当たらない。同様に、隣の那岐駅は智頭町大字大背字中河原に在るが、こちらも「那岐」の地名は見られない。どちらも、昔そこに在った村の名で、1935年に智頭町に編入されている。この2駅は、因美北線と因美南線が繋がった時の最後の敷設区間にあり、1932年の開業になる。その3年後に土師村と那岐村は消滅している。もし、もう少し開業が遅かったら、別の駅名になっていたかもしれない。現在の智頭町では、編入された旧村内の地名が行政地名として使われ、村の名が地区名として残されている。駅名の由来を調べるだけでも、その土地の歴史の一端が見えてくるようで面白い。ちなみに、こあらまが暮らす二つの市では、編入された村々の名が行政地名として使われている。レトロ好きとしては、歴史ある地域名が脈々と受け継がれて行くのを良しとする。どうにも、何とかヶ丘のような地名は苦手だ。


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  1. 2021/03/26(金) 00:00:00|
  2. 因美線
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芽吹きの頃

山間の委託駅も芽吹の季節を迎えた
春を感じる淡い緑が日に日に濃くなる

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2018年4月 木次線 下久野

何よりも春を感じるのは、やはり枯野が日に日に緑に変わっていくことだろう。周期的に降るようになる雨が、その勢いをより加速させる。今年は、例年に無くその勢いが強いように感じる。寒いところほど、雪の降るところほど、その変化は劇的なものだが、八ヶ岳南麓も唐突に芽吹きの時期を迎え、どんどん緑が増えている。その目まぐるしさに、春を楽しむのを通り越して、もう草刈の心配が頭を過り始めた。これから秋までの雑草との戦いが始まるわけだが、早春の頃くらいは緑を愛でる余裕が欲しいものだ。コロナ禍のテレワークの進展で、思いのほかUターンやIターンが盛んだという。その影響か、当地にも建設中の住宅が増えたような気がする。満員電車でコロナに罹るのを心配するくらいなら、草取りの心配をする方が、健康的ということだろうか。

この下久野駅は、「花ももステーション」という名の下久野地区の住民グループに簡易委託されている。元々は島式ホームの1面2線の構造だったが、駅舎寄りの1線が撤去、棒線化されている。その線路跡には駅ナカ農園があり、野菜や花が植えられている。線路に沿っては、グループ名の花桃が並んでいる。駅舎は、グループの方々の社交場の様になっているので、午前中くらいは有人駅のようだ。


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  1. 2021/03/24(水) 00:00:00|
  2. 木次線
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桜の日に 月田の花道

誰が植えたのか月田の桜並木
この時だけはかつての賑わいが

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2020年4月 姫新線 月田

今年の桜は滅法早い。桜前線は、太平洋岸では、東京を通過して南東北に差し掛かる勢いだ。単純に暖かいだけでは、こんなにも早まることはないらしい。寒さの後の暖かさが必要だというから、なかなか一筋縄にはいかない。日本人は無類の花見好きで、コロナのリバウンドを危惧する医療関係者達は、「魔性の花」などと言っている。桜の花そのものを鑑賞すると云うよりは、ワイワイガヤガヤ花見をするのが好きのようだ。「花より団子」という言葉があるくらいで、待ち望んだ春には持って来いの季節感のある飲み食いの肴なのだろう。誰しもが、何の心配も後ろめたさもなく、大いに酔っぱらいたいところだが、この春もまたしても苦しいところだ。こういう機会には、無言でしみじみと桜花を愛でる、お一人様花見もいいかもしれないが、それでは意味がないと石が飛んで来そうだ。


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  1. 2021/03/22(月) 00:00:00|
  2. 姫新線
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どうなる肥薩線

肥薩線が不通となって早8か月
何の進展もなく時間だけが流れる

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1971年7月 肥薩線 大畑

昨年2020年の「令和2年7月豪雨」で、甚大な被害を被った肥薩線は、その後はどうなったのだろうか。被災箇所は全くの手付かずで、依然として無期限で八代-吉松間の不通が続いている。JR九州の青柳社長も言葉少なげで、具体的なスケジュールは、本年度中の復旧費算出とだけで何ともつれない。それだけ被害が大きく、おいそれと将来像を語れないのが実情なのだろう。ただ、会社単独での復旧は非常に厳しいとも吐露している。つまりは、国や沿線自治体との費用負担の枠組みが折り合えば鉄道での復旧、そうでなければBRTということだろう。被害の大半は川線にあるが、川線無しの山線は考えられない。川線の復旧なくして山線の再開もない。

2017年7月の「九州北部豪雨」では日田彦山線が被災したが、先日、添田-夜明間の鉄道での復旧が断念されたばかりで、肥薩線の状況も似たようなものだろう。熊本県、宮崎県、鹿児島県、そして沿線市町村は、こぞって鉄道復旧をJRに要望している。しかし、応分の負担を迫られた時どう出るか。復旧費用は100億円を優に超えると予想されている。日田彦山線の例に従えば、設備の維持費も復旧費に上乗せされる。自治体は国に縋りつくだろうが、国は国でコロナ対策で四苦八苦で、第一にJR九州には金を出せない。民間会社となったJRも決して安請け合いの妥協は許されないだろう。そうなると、大畑は鉄道遺産公園か何かに化けてしまうのだろうか。

さて、写真のデゴイチは人吉区の170号機になる。山線用と一目で判る厳つい出で立ちだ。この罐が矢岳駅前の「人吉市SL展示館」で保存されていることは以前ご紹介した。隣にはハチロク58654が並んでいたが、現役復帰でその建屋を後にしている。ハチロクの次はデゴイチだと言わんばかりに、このD51170にも復活の狼煙が上がったものの、進展は見られなかった。さすがに、肥薩線山線での復活蒸気は厳し過ぎる。復活蒸気の基本は、十分に余力を残して安全に走ることだ。DLの補機の力を借りたにしても、連なるスイッチバックが難所であることに変わりはない。路線があっての物種だが、通らずとなった大畑や矢岳、真幸はどうなっているのだろうか。


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  1. 2021/03/20(土) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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鎌万と秀吉

目抜き通りの店は街の顔だ
若宮大路を横須賀線が往く

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2021年3月 横須賀線 鎌倉

「鎌万と秀吉」、何のこっちゃい。大変ローカルな話で申し訳ないが、鎌倉にある魚屋と焼き鳥屋の店の名だ。結構、テレビなどで紹介されているので、ご存知の方もおられると思う。横須賀線は、鎌倉の若宮大路と立体交差している。軍需路線の横須賀線が、若宮大路の段葛をブチ壊して進軍したことは、以前の記事でご説明した通りだ。そのガードを挟んだ対角線上に、この「鎌万」と「秀吉」が店を構えている。

まずは「鎌万」から。正式には「鎌万水産」という。昔は、街に一軒はこういう魚屋があったが、今では魚はスーパーから買って来るものとなった。とは言え、この「鎌万」は青果も扱っているので、スーパーの範疇らしい。相模湾の地場の魚が売りで、仲卸を通さずに独自のルートで仕入れているようだ。茅ケ崎のイセエビ、腰越のシラス、三浦のマグロなど、如何にも神奈川湘南の魚屋風情だ。お値段は土地柄お安くはないが、質と鮮度は悪くはない。一般のスーパーではお目に架かれない魚達が並んでいるのが嬉しい。こういう店構えだと、ついつい店内に吸い込まれてしまうが、魚を眺めるだけでも、ちょっと得した気分になる店だ。


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次は対角にある焼き鳥屋の「秀吉」だ。「レンバイ」と呼ばれる1928年設立の鎌倉市農協連即売所の隣にある鎌倉中央食品市場にある。この一角は何ともレトロな雰囲気の漂うところだ。ハッキリ言えば、年季の入った昔ながらのボロ屋ということだ。地上げとか開発とかが縁遠いこの街では、この手のボロ屋が温存され易い。店名は経営者のお名前で、大公秀吉と関係があるかは知らない。テイクアウトの焼き鳥屋のように見えるが、6~7名だろうか、小さな扉の中に、ウナギの寝床の狭いカウンター席の在る飲食店である。

店先の路上のベンチ席が人気で、必ず¥500の琥珀ビールを片手に焼き鳥を頬張っている観光客がいる。写真の左下にその琥珀ビールが写っている。鶏肉は全て国産だそうで、高級食材のメニューもあり、店の見た目とは随分と違う。上がりに、隣の「大新」のラーメンという常連さんが結構居られるようだが、健康がどうのこうのと思うのならやめといた方がいい。飽食の現代にあっては、美味いものほど体に毒だ。鉄道好きなら、店先で横須賀線を肴にという手もあるが、大したものは通らないので、気分だけということで。


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  1. 2021/03/18(木) 00:00:00|
  2. 横須賀線
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時刻表に遊ぶ

今回は趣向を変えて時刻表の話をしよう。こあらまは貧乏性なので、これまで使った時刻表は全て捨てずにとってある。鉄旅の必需品とも言える時刻表だが、一度鮮度が落ちてしまえば、当初の目的からすれば、あえなく用済みとなってしまう。しかしだ、20年、30年、そして半世紀も経れば、別の価値を持つようになる。現役蒸気時代の旅を、タイムマシンよろしく机上で再現できるのも、この貧乏性のお陰だ。当時の撮影記録には、移動に乗った列車程度のメモ書きしか残っていない。撮影した列車が何者なのかも判然としない。記憶は掠れていくばかりで、頼みの綱は、僅かな記録と当時の時刻表ということになる。乗った列車さえはっきりしていれば、遠いあの日の足取りを追うことだけは出来る。購入当初の旅の計画用としての時刻表は、今では旅の記憶の一端を担うことになった。

それでは、時系列的にこあらまの使った時刻表をお見せしよう。


その1 交通案内社 1966年4月号

手持ちの最も古い時刻表になる。祖母が使っていたものを貰ったもので、実際の旅には使っていない。これを眺めていて鉄道ファンになってしまったのかもしれない。残念ながら装丁はボロボロでご覧いただけない。そこで、汚くはなっているが、巻頭の鉄道地図の北海道部分をお見せしよう。どうやら祖母は、この時刻表で、洞爺、登別、摩周、阿寒辺りを旅したようだ。

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北海道にはこれだけの鉄道網があったということだ。根北線や寿都鉄道、雄別鉄道、留萌鉄道なども存在している。オホーツク沿岸路線はもう少しで全通だったことが分かる。逆に、石勝線、藤城線、白糠線の先端部などはまだ出来ていない。


その2 交通公社 1970年1月号

ここからは、実際にこあらまが購入し、鉄旅に使用したものになる。これも装丁が酷く、表紙も無くなってしまっているので、今度は中央西線のページをお見せしたい。この時代の中央西線の主力の優等列車は急行「きそ」で、「しなの」は一往復しかない。その後、電化を契機に「きそ」が゙「しなの」に統合されてL特急化する。

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どうやら、どの列車が蒸気列車かを色々と考えたようだ。当時は、情報が少なくどの列車が蒸気牽引かを突き止めるのも難しかった。この頃は「SLダイヤ情報」はまだ創刊前で、69年12月号と71年1月号の鉄道ファン臨時増刊号の「蒸気機関車撮影地ガイド」のダイヤを使っていたと思う。それ以前は現場聞き込みだったはずだ。しかし、この鉄道ファンのダイヤにしても、全ての路線が揃っていたわけではなく、誤りや変更が結構あったので、痛い目にも何度も遭っている。小海線の野菜列車等の臨時ダイヤは所管の鉄道管理局に問い合わせるしかなかった。


その3 弘済出版社 1970年7月号

余程熱心に眺めていたとみられ、これも表紙が無くなっているが、醜い姿をお見せしたい。

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何故この会社の時刻表を買っかには訳がある。時刻表にはお馴染みの多くの符号が用いられるが、この弘済出版社には他にはない符号があった。蒸気機関車のマークだ。説明には「蒸気機関車けん引列車」とある。蒸気筋の情報の少ない当時に在っては、これはいいものがあったとばかりに試しに買ってみた。

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まずは、奥羽本線の青森口を見てみよう。蒸気マークがあるはあるは。これらは青森区のC61の筋で、結構たくさんの区間列車を牽いていた。懐かしの「津軽」や「きたぐに」の列車名もある。「みちのく」はこの頃は弘前発着だったようだ。

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次に、函館本線函館口を見てみよう。何と、彼のシロクニの103レ「ニセコ3号」に蒸気マークがない。山線区間にマークを二つ付けろとは言わないが、何処にもマークがない。70年7月は正真正銘シロクニの筈だ。続く125レはD51で、同じホームに並んで発車を待っていたと記憶している。喜んだのも束の間、限られた路線にしか蒸気マークは付いていなかった。当時蒸気の旅客列車が走っていた路線を見て行ったが、蒸気マークが付いている路線の方が明らかに少なかった。さらには、蒸気マーク自体の信頼性にも疑問が生じるようなケースも多々見つかり、残念ながら糠喜びに終わってしまった。

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ちょっと視点を変えると、函館本線がそのまま時刻表になっている。現在は、室蘭廻りで札幌方面を記載している。当時は、まだまだ鉄道の栄華が残っていた時代で、札幌、小樽方面から函館や内地に向かう乗客のための列車を仕立てることが出来た。そうなると、距離の短い山線経由となる。軸重軽減した大型幹線用蒸気を重連にしてまで高速運転を堅持したのは、室蘭経由に負けるわけにはいかないという事情があったからだ。辣腕の機関士だけがハンドルを握ることが出来る怒涛の走りだった。ちなみに、103レの倶知安発は18:26、小沢発は18:42だ。この時刻を聞いただけでジ~ンと来る方が多いのではないだろうか。稚内間の急行「宗谷」も同じような発想だろうか、目指すは道北で寄り道は許されず、山線経由で先を急いでいた。そんな山線も、今では優等列車は全て室蘭廻りになり、寂しい時代となった。一方、長大編成の気動車長距離列車である「おおぞら」や「おおとり」は室蘭廻りになっている。この時代、「おおとり」は釧路・網走行きだった。


その4 交通公社 71年5月号 小型版

こちらも表紙が無くなっているので、巻頭の伊豆の観光案内部分をお見せする。特急「あまぎ」や急行「伊豆」「おくいず」等の直通列車増発云々とある。1981年に、この「あまぎ」と「伊豆」が統合されて生まれたのが、185系の「踊り子」になる。JR東日本の定期運用の最後の国鉄型電車となったが、先日のダイヤ改正で引退となった。

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広告にも注目してみよう。懐かしの「清酒一級」の級別。「太平山」は秋田の小玉醸造の酒で、今も健在だ。300mlが¥160というのは少々高め目のような。


その5 交通公社 72年4・8月号 小型版

ここからは表紙も含めてほぼ完全な形で残っている。八高線が無縁化され全国行脚となっていたため、時刻表はほぼ定期購入となっていた。ダイヤ改正と学校の休みの関係で、春号と秋号の年2冊を買っていた。ただし、携行性とお金の関係で、ここまでは小型版ばかりだ。値段は表紙に載っているが¥100とある。これが安かったのか高かったのかは難しいところだ。

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表紙から察するに、この頃、電車特急はボンネットのこだま型から貫通型に切り替えが始まったのだろう。国鉄の低迷からか、車体のデザインよりも、より編成を組み替え易い合理的な車体構造になったのは当然の流れだろう。4月号の「やまばと」は上野-山形間を85年まで結んでいたが、当初はキハ82系だった。8月号の初代「さざなみ」は、この年7月のデビューで館山、千倉まで行っていたが、現在は君津止まりになっている。

さてさて、北海道の函館本線函館口の時刻表をご紹介したので、公平を期するためにも、今度は4月号から九州は鹿児島本線門司口をお見せしよう。この頃になると、交通公社の時刻表の特徴である特急列車の太線が入るようになった。

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これは凄い。鉄道ファンなら溜息の出そうな豪華なダイヤだ。ぞくぞくと寝台列車が関門トンネルを潜って九州に上陸して来る。まずは、早朝から関西方面からの列車を中心に現れる。この時すでに鹿児島本線は完全電化されてしまっていたので、鹿児島本線内を往く「月光」、「明星」、「きりしま」は電車寝台で、長崎・佐世保の「あかつき」や、急行の「屋久島」、「雲仙」、「西海」は客車列車だ。その中に、こあらま御用達の「桜島」の筋がある。東京発10:00、西鹿児島着10:51の25時間近い長い長い鉄旅だ。さらに見ていくと、山陰から懐かしの「さんぺ3号」もやって来る。米子発21:48で、山陰線撮影で駅寝が出来なかった時の非常寝床の一つだった。

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ページを繰ると、今度は、8時頃から東京勢が押し寄せる。1レ「さくら」、3レ「はやぶさ」、5レ「みずほ」、9レ「あさかぜ1号」、11レ「あさかぜ2号」と国鉄の看板列車が続く。7レは「富士」で日豊線に入る。その中に、名古屋発の「金星」の列車名もある。この時、新幹線は岡山までだが、間近に博多開業を控えており、東海道・山陽路を往く寝台列車が最後の輝きを放っていた時代だ。この数年後、「ひかりは西へ」でこの豪華陣容は崩壊していくことになる。


その6 交通公社 73年3・7月号 74年3・7月号 75年3月号

いよいよ蒸気の全廃が見えてきた。ラストスパートとばかりに撮影にも力が入った。時刻表も大型の普通サイズに格上げされたが、高度成長期だったのか、値段も¥250、¥350、¥400とうなぎ上りに高くなっていった。このサイズになって邪魔になったことは確かだ。そもそも、この大きさは携行を目的としていない。普通は、駅や職場や家で見るもので、持ち歩くものではない。しかし、明日の行動も決めていない放浪旅では事情が違う。ましてや人知れずの小駅を目指し、無宿で通そうというのだから、列車と駅が生活の場となる。そうなると、時刻表は情報量が多いことに越したことはないと、このサイズに落ち着いた。

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1975年3月号をもって、こあらまの現役蒸気撮影は終了となった。デザインが一新された交通公社の時刻表だが、表紙は0系新幹線で、「新幹線博多開業 3月10日全国ダイヤ大改正」とある。蒸気は風前の灯、在来線長距離列車も先が見えてきた。新幹線だけがが増長する中、鉄道の地盤沈下が本格的に始まった。


その7 交通公社 76年3・7月号 77年3・7月号

蒸気全廃後も周遊券を使った鉄旅が続き、77年まで時刻表を買い続けた。価格は¥450とさらに高くなった。この頃は、蒸気全廃直後で鉄道ファンが極めて少ない時代で、今考えれば本当にいい鉄旅が出来た。無いのは蒸気だけで、古き良き鉄道風景がまだまだ残っていたし、ファンの姿は消えて、思いっきり撮影に没頭することが出来た。この頃の写真の一部に、当ブログでは「漂泊の道標」という題名を付けている。車両が中心でない写真で、どんな鉄道写真が撮れるか試していた頃になる。

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この後、移動手段は車に移っていくが、就職を境に、春夏の長期撮影旅は夢物語となった。何日かの車旅のためだけに時刻表を買うこともなく、次第に鉄道からも離れて行った。鉄道写真を目的とした長旅は、長い休眠期に入ることとなった。


その8 弘済出版社 87年4月号

鉄道休眠期にあってもこの時刻表だけは買い残している。JNRが編集したJR時刻表だ。価格は¥740。国鉄が消滅することとなった節目の時刻表になる。1987年3月31日が日本国有鉄道の最後の日となり、翌4月1日にJRグループが発足した。そうして、慣れ親しんだ国鉄時代に幕が下りた。

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表紙はとてもシンプルなデザインで、白いのが象徴的だ。6社のイメージカラーが右下に入っている。あれから34年が経ったが、政府の国鉄分割民営化の功罪の総括は聞いたことがない。JR東海が独自財源でリニア新幹線を造りだしたかと思えば、JR北海道とJR四国には多額の財政支援が必要となった。新幹線が出来る度に並行する在来線が見捨てられる。何故か、北海道新幹線の建設経費はJR北海道ではなく負担能力のあるJR東日本に担がせている。何か、変じゃありませんか。ちゃんと総括して、あるべき姿を模索すべきだろう。JR化されたといっても、その鉄路はそもそも国民の財産だ。国にはその財産を有効活用する義務があるはずだ。

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折角なので、JR紹介のページを貼っておこう。冒頭の「健全経営を目指して生まれかわります。」とは意味深なフレーズだ。国鉄からのご挨拶があるかと思いきや何もない。新会社に引き継がれるのでよろしくというだけだ。旅客時刻表なのでしょうがないが、JR貨物については一言も書かれていない。


その9 交通新聞社 2020年4・10月

鉄道写真に復活してからは、ネット上でぐるなびが運営する「えきから時刻表」を利用していたので、冊子の時刻表の必要性を感じなかった。必要な路線のものだけを印刷して持ち歩き、それを記録として残していた。しかし、2019年3月29日にサービスが終了してしまい、代わりとなるような使い勝手のいいサイトも見つからず、2020年からは冊子の時刻表に先祖返りした。例によって、春秋の購入ということになるが、昔は交通公社派だったが、今は交通新聞社派だ。選んだ理由は、単純にJR編集といういオリジナル感からだけだ。まあ、出費は嵩むが、やはり全国網羅の冊子は頼もしい。印刷の手間も掛らないし、保存価値も高い。デカくてもロケ車なので何の邪魔にもならない。持ち歩いていないので綺麗なものだ。

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さて、ここで新聞交通社なる会社について説明しておこう。弘済出版社が2001年に資本や合併の関係で改称したものだ。その弘済出版社は1958年に鉄道弘済会の出資で設立された会社だ。以前キヨスク事業を展開していたことで鉄道弘済会の名前はご存じだろう。黎明期の鉄道事業は非常に危険な職場で、鉄道弘済会は国鉄職員の負傷者や殉職者とその家族を救済するための公益財団法人として1932年に設立されている。つまり、国鉄、そしてJRグループの関連会社ということになる。一方、日本交通公社は、1912年に鉄道院が創立した東京駅内のジャパン・ツーリスト・ビューローが起源だ。つまりは、交通公社の時刻表も、交通新聞社のJR時刻表も、どちらも身内が出版しているもので、鉄道分野で使われるか、観光分野で使われるかで棲み分けをしているだけだ。


その10 交通新聞社 2021年3月号

こちらが最新の時刻表になる。春のロケシーズンが近づいてきたので、先日近くの書店から買ってきた。コロナ禍で大分ダイヤも縮減されていそうなので買わないわけにはいかない。速いもので表紙には「九州新幹線全線開業10周年!」とある。値段は¥1205と随分と高くなったものだ。さて、この時刻表をもって何処に行こうか。コロナの具合を勘案しつつ悩ましい今日この頃だ。

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その11 番外編 小田急電鉄 小田急時刻表 99・2000年ダイヤ改正号

こちらは長年通勤でお世話になった小田急線の時刻表になる。小田急線だけでこんなに立派な時刻表になるはずはなく、近在の関連するJR線や他社線の時刻表も収載されている。傘下の箱根登山鉄道や江ノ電の細かい時刻表もあり、列車番号などが分かるのは、この時刻表の有難いところだ。面白半分に2冊まで買ってみたが、その後はご無沙汰している。値段は¥750と¥740で、何故か新しいものの方が¥10安い。

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その12 番外編 弘済出版社 SLダイヤ情報 73年4月10日発行

最後は、72年創刊で年2回店頭に並んでいたSLファンのバイブルだった「SLダイヤ情報」だ。出版元は国鉄関連企業の弘済出版で、表紙には国鉄協力とあるが、まさに国鉄そのものだ。DISCOVER JAPANのロゴまで入っている。つまり、SLブームを先導したのは他ならぬ国鉄だったのだ。この記事の前の方に蒸気マークの時刻表があったが、それも弘済出版だった。ブームの火付け役に、とうとうSL時刻表まで作ってしまったのだ。どれだけのSLファンが周遊券を買って、全国を飛び回ったことだろうか。国鉄の衰退が続くなか、数少ない援軍だったに違いない。国鉄本社から各管理局に、ファンを丁重におもてなしするよう指示まで出ていたというから驚きだ。あの何でもありの時代は、そうした国鉄の台所事情が生んだと言えよう。見方を変えれば、まんまと国鉄に踊らされてしまったわけだ。そういう仕掛けなら、無煙化をもう数年遅らせて貰いたかった。お値段はマニアックな冊子であるにも拘わらずお手軽な¥380。最後は¥500だったと思う。こいつを買って、どしどし国鉄に乗ってもらえば、元は十分にとれると云わんばかりの、こませ効果を狙った価格設定だろう。

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その「SLダイヤ情報」から石北本線のダイヤグラムを見てみよう。今では考えられないような列車本数だ。瀬戸瀬、丸瀬布、白滝にもこんなに列車が走っていた。しかし、やはり普通列車は極めて少ない。どうやら上川-遠軽間は混合列車で凌いでいたようだ。ただし、当時は、常紋越えを止めにして、北見峠越えの補機付き混合列車を狙うという発想は、残念ながら無かった。

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いやいや、随分と長い記事になってしまった。このブログのダントツの最長記事となったことは間違いなしだ。本当は、まだ貨物の時刻表が残っているのだが、今回は旅客時刻表ということにして、貨物は貨物で色々あるので別の機会としたい。

こうして見ていくと、時刻表は立派な読み物で在り、その時代の語り部だ。国鉄を駆け抜けていった様々な列車の証人でもある。写真は写真の良さがあるが、時刻表には時刻表ならではの世界がある。数字の配列でしかないが、そこからは色々な思いが広がって行く。「あの日」がじわじわと蘇って来るのは、写真とは異なる楽しみだ。旅に出ることが出来なかった小さな頃、時刻表を眺めては、長距離列車の筋を追って、その列車に乗れる日を夢見ていた。ボロボロになった時刻表には、そんなこあらま少年の思いが籠っている。今また時間に余裕が出来た。あの頃のようにお金の心配をすることも少なくなった。ただ、あの頃の時刻表をワクワクして眺めた初心は忘れたくないものだ。

長い記事に最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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  1. 2021/03/16(火) 00:00:00|
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春の淡雪Ⅲ 突然の雪景色

季節は行ったり来たりで進んで行く
突然の雪景色にも淡い春の気配が

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2021年3月 小海線

昨日13日は関東沿岸などで、季節外れの大雨となり洪水騒ぎまであった。この時期の雨の名に「催花雨」というのがある。広島、福岡と、今年の桜の開花が始まった。東京も今日14日にも開花宣言があるかもしれない。春先の雨が桜の開花を促すという、なんとも風情のある呼び名だが、昨日の雨はそんな情緒に浸っていられるような降り方ではなかった。こあらまの居る八ヶ岳南麓では、明け方に雨が雪に変わり、一気に雪化粧した。朝起きてカーテンを開けて銀世界にびっくりだ。どうみても春の淡雪にしては積もり過ぎだ。


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当地は、5月の連休頃まで霜の降りる寒冷地だ。3月に雪が積もっても何の不思議もないが、このところ、かなり暖かくなって来ていたので予想外だった。雪化粧すると分かっていれば、早起きして早朝の撮影を行ったのだが、どうせ雨だろうと安息日を決め込み、起き出したのは7時だった。直ぐに雪は雨に変わり、着雪も落ちだした。1本だけでもと駅に向かったのが今回の写真で、撮りたてホヤホヤだ。この冬は晴天続きで雪があまり降らず、撮影も数える程だった。お蔭で、ハイレールのことを失念していて、撮り損なってしまった。

そうそう、昨年10月に棒線化されたこの駅だが、交換設備は剥がされる気配がない。ポイントの標識や場内踏切の警報機には立派なカバーが掛けられた。旧下り線には錆びも来ていない。観光シーズンの八ヶ岳高原列車が走り出す頃には、交換設備が再び使われるのかもしれない。ここの交換設備は冬眠することになったのかもしれない。


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  1. 2021/03/14(日) 00:00:00|
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巨大防潮堤の行末

あの大津波の日から復興の10年が経った
海辺の風景は巨大堤防に遮られてしまった

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2017年10月 三陸鉄道 リアス線 十府ヶ浦海岸

東日本大震災から早10年が過ぎ去った。3月11日は、例年に増して、大津波によって失われた多くの人命の鎮魂の日となった。被災の地には、巨大な防潮堤が築かれ、新たな宅地が造成された。三陸道も間もなく全線開通となるはずだ。巨額の税金が投入された公共工事は山を越え、潮が引くように特需は去ろうとしている。造成された宅地には何処も空き地が目立つ。三陸の市町村の人口減少は半端な数字ではない。その中には、津波で変わり果て、公共工事でさらに変わってしまった故郷に見切りをつけた方々も、少なからず居られるはずだ。以前、北海道では、立派な道路が完成すると、沿道の集落が消えると云われていた。その轍を踏むようなことになったら困りものだ。公共工事が悪いと言っているわけではない。ただ、もっと被災者や被災地域の将来に役に立つ金の使い方が在るはずだと。


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賛否を呼んだ巨大な防潮堤は、結局多くの地区で建設され、人の生活から海を切り離してしまった。防潮堤によって海の視界が遮られてしまった日常とは、一体どんなものだろうか。きっと、住民の方々は寂しい思いをされていることだろう。この防潮堤で、大きな津波からも守られるというのならまだしも、3.11クラスの大津波は防ぎようがないというからややこしい。どうしたものだろうか。街ごと高台に引っ越すのが理想的だが、どこまで現実的なものか。時間を掛けて議論を重ねれば名案が出てくるかもしれないが、街の復興は時間との戦いでもある。それでも、巨額の血税を後ろ盾に、力任せに巨大防潮堤とかさ上げ宅地を築いて復興だというのは、やはり早計で、安直過ぎるのではないか。立派な高規格道路が確たる地場産業を創出してくれる訳でもない。こんなハズじゃなかったとならないことを祈るばかりだ。


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何だかんだと三陸復興の象徴的な存在が三陸鉄道だ。山田線の一部も取り込んで、未曽有の長さの三セクとなった。とんでもない額の復興税を注ぎ込んでいる三陸道よりも、四苦八苦の経営の三鉄の方が話題に上るのは何故だろうか。鉄道の持つ役割は、単に人員や物資の輸送に留まらないということだ。震災後、逸早く立ち上がった三鉄に、どれだけ被災住民が元気づけられたことか。道路ではこうは行かないはずだ。これからも三鉄はさらに厳しい経営が続くだろう。もし復興と言うのなら、三陸道の予算を分けてやってでも、三鉄の灯は守るべきだろう。


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  1. 2021/03/12(金) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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