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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

落日

一日を締め括る時間がやって来た
沈みゆく日に一条の鉄路が輝いた

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2020年10月 山陰本線

毎日夕暮れはやって来るが、しげしげと眺めることは少ない
こうやって旅の道すがらに、その美しさと儚さに気付かされる
列車とは絡められないが、この場所で落日を愛でることにした
時間にすれば30分位だろうか、この日の貴重な一時となった
こうして見ると心許なくか細いレールの先に日が沈んでいった

年の瀬に今年の旅を振り返れば、色々と制約の多い年だった
それでも、沢山の忘れ難い風景や人との出会いにも恵まれた
絶景も悪くないが、小さな日常の中にこそ心に響く情景がある
小駅に流れる時間には、忘れかけていた遠い日の優しさがある
そんな失われゆくコードを求めて巡る「駅舎の灯」の旅は続く


2020年の「駅舎の灯」も最終話となりました
今年もお付き合いいただきありがとうございました
寒い年越しになりそうですか、良い年をお迎えください


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  1. 2020/12/30(水) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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師走の山並み

師走の南アに日が落ちた
冬の単行が高原へと向かう

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2019年12月 小海線

今年もあと僅かとなった。もうひとつ記事を考えれば、今年の駅舎の灯も終わりだ。思えば、子供の頃は、年末大晦日から正月三が日に掛けてはワクワクしたものだった。これと云った娯楽の無かった時代、年末年始は非日常的な特別な時間だった。その感動はだんだん薄れて、60回以上も年越しをしてくると、感動は後悔へと変わって行く。大したことも出来ずに一年が終わってしまう罪悪感のようなものもあれば、年老いていく不安感のようなものもある。前を見ていれば良かった若かりし頃から、年と共に歩んだ人生を振り返るようになる。それが年をとるということだろうし、それだけの道程を歩いてきたことになる。そうして人間も丸くなっていくが、決して悪いことではあるまい。

さて、今年はと云うと、世の中はコロナに明け暮れた記憶に残る年だった。コロナを言い訳にしたくはなるが、またしても馬齢を重ねてしまったという後悔の念は否めない。そういう後ろめたさが在るだけマシだと、訳の分からぬ自己弁護が頭を過る2020年の年末だ。


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  1. 2020/12/28(月) 00:00:00|
  2. 小海線
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夕日の郷川橋梁

江の川のトラス橋を夕日が照らす
まつかぜが子気味良く加速していく

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2020年10月 山陰本線 江津

正月を前にコロナ感染拡大が止まらない。大都市から地方へと飛び火し、とうとう手が付けられない全国炎上に陥ってしまった。さらには、変異ウィルスの国内持ち込みも確認され、状況は厳しさを増すばかりだ。そんな緊急事態下で興味深いのは、各国のリーダーが発する国民へのメッセージだ。コロナへの対応で支持率を急上昇させたのはドイツのメルケルさんだ。真摯かつ積極的な対応で国民の信頼を得ている。それとは逆に、不誠実な対応で民意が離れてしまったのは、紛れもない本邦の桜を見る会とガースーだ。おまけに、与党を批判するしか能のない野党陣営に、国民の心に響くメッセージなど望むべくもない。それでも、金だけはしっかり使い込んで、借金の山は一気に膨らみ、押しも押されもしない世界最貧国の座を不動のものにしている。こういう時、明日に向けての希望を語り、国民を励ますのがリーダーの役割だろうと思うが、本邦では綺麗ごとに過ぎず、「同情するなら金をくれ」なのだろうか。

一方、年末年始に掛けて強い寒波がやって来る予報だ。先の寒波で大きな交通障害があったせいだろうか、気象庁は厳重注意を呼び掛けている。コロナ禍に荒れ模様の天気の正月となれば、家の炬燵でYouTube でも肴にして酒でも煽ってのんびり過ごすのが得策のようだ。

写真は、夕日を背に江津を出て鳥取に向かう山陰線のスーパーまつかぜだ。後ろのトラス橋は1920年竣工の郷川橋梁だが、建設中の鋼材高騰や台風災害で、工費は余部橋梁の7倍、工期も倍以上掛かっている。少し前まで、この江の川の対岸を三江線が上流へと走っていたが、残念ながら通らずになってしまった。三江線で用済みとなったキハ120が、山陰線のヨンマルの筋に投入されるという思わぬ影響も出ている。


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  1. 2020/12/26(土) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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季節外れの雪国

雪の便りが気になる季節になった
今冬はどんな雪国になるのだろう

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2020年3月 只見線 入広瀬

雪の季節となって、今冬も飯山線や只見線小出口のアメダスの積雪深が気になるようになった。積雪のない暖かい12月の入りだったが、先日の大雪で一挙に1m越えの積雪となり、その後徐々に減りはしたものの、現在1m前後の積雪深となっている。思えば、今年3月の入広瀬はご覧の通りだった。3月と云っても、月が変わって直ぐの時期で、月末などではない。長いことこの地に通っているが、こんなに雪の少ないのは初めてのことだった。気象が激化して、降れば大雪ということなのだろうが、全体的な流れは間違えなく温暖化だ。この地域の古い家屋の2階には冬の出入り口があるが、融雪技の進化も手伝って近年は出番がないという。先日クラスの大雪が何度も降らなければ、積雪が2階にまで達することはない。今すぐ向かえばいい雪景色が撮れそうだが、どうにもこの冬はモチベーションが上がらない。写真のヨンマルがJRキハに置き換わった情景を思い浮かべるが、どうもぴんと来ない。


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  1. 2020/12/24(木) 00:00:00|
  2. 只見線・小出口
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海の街道Ⅱ

水面近くを一条の鉄路が渡って行く
橋が歩道を兼ねていた頃が懐かしい

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2020年10月 京丹後鉄道 宮津線 丹後神崎

写真向って左手の由良川左岸には由良の集落があり、1924年の宮津線開通時に丹後由良駅が設置された。一方、由良川右岸にある神崎集落には駅は設けられず、神崎の住民はこの由良川橋梁を徒歩で渡って丹後由良の駅を利用していた。由良川河口部にあるのは宮津線の橋梁だけで、次の橋は何キロも上流に遡らなければならなかった。写真のように天気が良い日には、渡るのも気持ち良かったかもしれないが、冬の季節風がびゅんびゅんの日などは生きた心地がしなかったはずだ。住民の請願によって、やっと丹後神崎駅が開業したのは開通から33年後の1957年のことだった。

同じような話は山陰本線の余部にもある。住民請願によって餘部駅が設置されるまで、余部の住民は天下の余部橋梁を渡り、隧道を2本抜けて、鎧駅まで歩いていた。車道を辿ると鉄道の何倍も遠回りになる。こちらも、橋梁の眼下に打ち寄せる日本海の冬の荒波はさぞかし恐ろしかったに違いない。鉄道を利用する目的ではなく、単なる移動ルートとして鉄道を拝借する例も至る所にあった。高森線の白川橋梁を鍬を担いだ一群が渡って行くのを見たことがある。橋梁の向こうにはトンネルが待ち構えている。確かにこのルートには道はなく、鉄道を歩く前提で開墾が為されたのだろう。

今や鉄道施設内に立ち入るのはご法度だ。それでも、ローカル鉄道の小駅では、構内が近道にされていることはしばしばある。しかし、由良川橋梁や余部橋梁のようなことはもうない。車道が整備され、自家用車が当たり前の時代、わざわざ線路を延々と歩く必要もなく、鉄道を利用することすら希になった。現役蒸気を撮っていた頃は、線路を歩道代わりにしても許された時代だ。線路端の際どい位置からの撮影も日常茶飯事だった。皮肉なことに、線路から人が排除されるとともに、鉄道は衰退していった。もちろん、関係はないだろうが、そんな気がするのは線路歩きの記憶からだろうか。


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  1. 2020/12/22(火) 00:00:00|
  2. 宮津線
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50年前のあの日

50年前八高線が無煙化された
これがSLブームの幕開けとなった

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1970年9月27日 八高線 折原

ちょうど50年前の秋、八高線が無煙化された。春先から姿を現したDD51は、次第に勢力を拡大し、夏頃には既に蒸気の姿はかなり少なくなっていた。そして、9月27日に北部の高崎-高麗川間にさよなら列車が運行された。翌週の10月4日には南部の八王子-高麗川間でもさよなら運転が行われ、八高線の現役蒸気の時代に幕が降りた。こあらまにとって蒸気機関車撮影の事始めとなった八高線にはかなり多くの思い出がある。西武池袋線一本で行ける八高線には、足繁く何度となく通った。日曜日が来るのが待ち遠しかった。小学生だった時、小児のきっぷを買おうとして疑われたこともあった。友達の親父さんが、当時は珍しかった自家用車で連れて行ってくれたこともあるが、その親父さんも嵌ってしまったとか。お袋に弁当を作ってもらって、弟を連れて行ったこともある。色々な思い出が走馬灯のように駆け巡る八高線だが、無煙化は容赦なくやって来た。

八高線は八王子機関区、高崎第一機関区、大宮機関区の罐が担当していたが、川越線から乗り入れる大宮のキューロクは一足早く無煙化されていた。そして、この年、残る二つの機関区も無煙化となった。写真は9月27日の高崎第一機関区のおわかれ運転の模様だ。高麗川に向かう往路で、本務機はC58309でD51631が前補機に付いている。帰りは逆にD51が本務機でC58が前補機となった。この日は今では考えられないようなハチャメチャなファン無礼講の一日になっている。客車のデッキには一応鉄道公安員が立ち、その横では録音に励むファンの姿も見られる。この日は、晴天に恵まれ気持ちのいい秋の日だったが、翌週の八王子機関区のおわかれは生憎の雨模様となった。


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この日は、名門高崎第一機関区から蒸気が消える日でもあり、機関区で蒸気の展示会が行われた。国鉄時代、北関東の要衝の高崎には二つの機関区が置かれていた。蒸気とディーゼル機関車の第一機関区と、電気機関車の第二機関区となる。現在の第一は、JR東日本の高崎車両センターの高崎支所になっており、D51498、C6220、C58363が在籍していることは周知のとおりだ。一方、第二の方は、JR貨物の高崎機関区になっている。

写真は扇形庫になるが、さすがは要衝機関区で何と16番まである。中央のC12は47号機で足尾線を走っていた。足尾線も同時期に無煙化されており、この罐は既に廃車になっていたものを、展示のため引っ張り出したものだ。右はさよなら列車のC58309だが、この後、陸羽東線で使われたが半年余りの余生だった。


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帰区したさよなら運転のD51631が扇形庫に戻るところだが、このまま火を落とし帰らぬ罐となった。このD51631は高島線の無煙化に先立って新鶴見から移籍してきたため、八高線では数回撮っただけの馴染みの薄い罐だった。その高島線も同時期に無煙化になっている。こちらは、10月10・11・18と東京-横浜間で盛大なさよなら運転が執り行われた。この頃の一連のさよなら運転が起爆剤となって、SL狂騒曲へと繋がって行った。写真左下に隣の方のカメラがちょこっと写っているが、何とも時代を感じさせるシャッターを押す仕草だ。


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機関区全体の様子はこんな感じだ。多くの人が見学しているが、若いカップルが居たりして、ファンに占領されていないのがこの時代だ。左の方は、当時の蒸気ファンの典型的な出で立ちになる。一眼レフ1台に華奢な三脚の身軽な装備が標準だった。既に機関区の主となったDD51の向こうに並べられている罐はと云えば、殆どが火を落として休車か廃車になったものだ。火が入っていたのはおわかれ列車の2両の牽引機ぐらいで、冷たくなった罐を眺めるのも一抹の寂しさがあった。長々と続くアッシュピット、巨大な給炭設備、多くの罐たちが屯った高崎第一機関区のひとつの時代が終わろうとしていた。

しかし、こあらまにとってこの日は終わりであり始まりでもあった。この時を境に関東から蒸気機関車は消えて、日帰りで行けるところは無くなり、瞬く間に周遊券による無宿旅へと突き進んで行った。この先5年間、北へ南へと蒸気を求めての全国行脚の始まりでもあった。


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  1. 2020/12/20(日) 00:00:00|
  2. 八高線
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雪の降るまちを

北風が白い世界を連れて来た
安全確認の頬に雪が降る

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2020年3月 只見線 入広瀬

「雪の降るまちを」は1952年にヒットした歌だ。山形県鶴岡市の雪景色に触発された中田喜直の曲に、内村直也が歌詞を付けたものだ。音楽の教科書にも載っていたので、合唱した思い出をお持ちの方も居られるだろう。さすがに、この歌が流行った時には生まれてなかったが、「なごり雪」、「外は白い雪の夜」、「雪が降る」などの雪が詠まれた歌のヒットを経験した。

切ない歌によく登場する雪だが、降り過ぎると洒落にならない。突然の年末寒波の大雪で、魚沼地方の交通はマヒ状態に陥ってしまった。長いこと暖冬傾向が続いていたところのドカ雪に、不意打ちを食らってしまった格好だ。例によって、幹線道路が数珠繋ぎで身動きが取れなくなり、自衛隊の派遣と相成った。計画運休だろうか、只見線や飯山線に運休や遅延が生じている。

写真は昨冬のものだが、雪が極端に少ない暖冬で、粘りに粘ってやっとゲットした雪景色だ。今年はというと、コロナ感染拡大で年末年始のGo To は中止となった。首都圏の大晦日の鉄道各社の終夜運転もなくなりそうだ。さらには、大雪で車での帰省も覚束なくなってきた。何ともツキに見放されてしまった状況だが、「この空しさを いつの日か祈らん 新しき光降る鐘の音」だ。


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  1. 2020/12/18(金) 00:00:00|
  2. 只見線・小出口
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タマネギ列車が往く

蒸気の機関士がそうであったように
現代の運転士も頼りは人心の協調だ

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2018年10月 石北本線 安国

鉄道車両への興味は失せる一方だが、貨物列車となると、ちょっとばかり事情が違ってくる。こあらまにとって貨物列車は特別な存在で、列車自体に興味を感じる数少ない存在だ。貨車のバリエーションはなくなり、コンテナばかりの単調な編成になってしまったが、明らかに重量感は増している。その重量感こそが、貨物列車の魅力であり迫力だ。今時の高出力の電車や気動車のようにはキビキビとは走れない。直ぐには加速できないし、直ぐには止まれない。かつての長大編成の客車列車がそうだったように、連結器を軋ませながら、ゆっくりとホームを離れる長距離列車にこそ旅情を感じたものだ。そんな記憶を蘇られてくれるのも貨物列車だ。

写真は石北本線のプッシュプル運転の下りのコンテナ貨物列車だ。機関車の高性能化で、JR貨物でもPP運転を行っているのは二カ所だけになった。かつては、補機にキューロクを従えたデゴイチの貨物列車が行き交った石北線の貨物列車だが、現在は「タマネギ列車」として走り続けている。遠軽での方向転換もあり、北旭川-北見間の全仕業をPP態勢で走り抜ける。現役蒸気時代と同様に、前後のDF200は機械的な協調はしていない。無線で連絡を取り合う二人の運転士が、助け合いながら常紋峠と北見峠を越えていく。秋は落ち葉で空転が起きやすい厄介な季節だ。遠軽を出た列車は、安国、生野、生田原と、秋の石北線を常紋越えへと向かう。


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  1. 2020/12/16(水) 00:00:00|
  2. 石北本線
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東六線の朝

北の小駅は今頃雪の中だろう
間もなく記憶の中だけの駅となる

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2018年10月 宗谷本線 東六線

今年も残すところ半月ほどになったが、コロナに明け暮れた一年だった。第3波においては、案の定、政府はバラ撒き経済対策の事しか頭になく、高齢者を除けば、市民はどうにでもなれと言わんばかりにタガが外れてしまった。医療関係者の悲痛な叫びは、そんな社会風潮を前に空回りしている。一方で、ワクチンビジネスは国威も絡んで熾烈な戦いになっているが、その戦列には技術立国を自負する日本の影も形もない。日本は「新薬・創薬」分野では後進国、いや、先進国から相手にもされない国になってしまった。硬直的な医療体制と、何を守っているのか分からない薬事行政の賜物と言っていい。ワクチンの緊急輸入も人命などより、オリンピック開催か何かが念頭にあるのだろう。

さて、今回の写真はお気に入りの宗谷本線だが、来春には多くの小駅が廃止の予定だ。この東六線もその一つで、来春の雪解けを待たずに役割を終えそうだ。「車両のない鉄道写真」の原点ともなった東六線だが、哀しいかな、どうやら終焉の時がやって来たようだ。どうしても、その最後を見届けたかったが、コロナもあり諸事情で今秋の渡道は叶わなかった。今年も暖冬で始まり、12月に入っても積雪がなかった北海道各地だが、ここに来て年末寒波が入ってきた。今頃は東六線も雪の中に人知れず佇んでいるはずだ。コロナはまだまだ感染拡大の一途だろう。寂しい年末年始になり、鉄道各社の苦悩は増々深刻になりそうだ。小駅は更に消えていくかもしれないが、じっと堪えるほかない。


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  1. 2020/12/14(月) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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微妙な大御所木造駅舎

見るからに微妙な傷み具合だ
雪国の木造駅舎を守るのも大変だ

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2020年11月 富山地方鉄道 本線 舌山

風情ある木造駅舎と、ただボロいだけの駅舎とは紙一重のようにも思えてくる。この駅舎は、1922年に黒部鉄道の駅として開業した当時からのもので、御年98歳ということで木造駅舎としては大御所の部類に入る。2010年に現在の塗装となったが、それ以前は下見板張りの木肌が見て取れる素朴な外観だった。この色の被膜塗装の方が、木材を保護するのには良いのだろうが、塗膜が劣化した際の荒廃感は半端でない。同様の状態の駅舎を近在に見ることが出来る。施設維持の資金に窮する地方鉄道の台所事情が透けて見えるような駅舎の外観だ。この舌山以外にも、富山地方鉄道には統合前の各社各様の色々なタイプの古い木造駅舎が目白押しで、駅舎を見て回るだけでも面白い鉄道だ。

さて、この舌山駅から徒歩10分足らずの400m程西に、新黒部という駅が2015年に新設されている。北陸新幹線の金沢開業の際に、黒部市内に新黒部宇奈月温泉駅が新設されたが、交差する富山地方鉄道本線には接続駅としてコンクリートの新黒部駅が整備された。その経費は国、富山県、黒部市が全額を負担している。富山地方鉄道は私鉄扱いだが、実態は富山県と電力会社が主体の第三セクターのため、こうして公金を注ぎ込みやすい環境にある。新黒部の開業で舌山は廃止かと囁かれたが、どっこいしぶとく生き残っている。周囲に民家もない新駅に100年来の由緒ある駅を移動できる筈もなく、新黒部に交換設備を造らなかったことからも初めから移設という前提は無かったようだ。


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この鉄道の車両は、1980年前後に自社発注で新造された14760形がメインだが、その後の老朽車両の置き換えでは大手私鉄のお下がりで凌いでいる。もっとも幅を利かせているのは、このカボチャ色の元京阪の10030形になり、京阪時代を彷彿させるダブルデッカー編成もあるようだ。列車は宇奈月温泉から戻ってきた上りの電鉄富山行きで、駅舎の向かいのホームには小さな待合所がある。


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ホームにある待合所の中を覗いてみよう。例によって、地元の世話好きなおばさんの手によると思われる座布団が並んでいる。その上には少々理解に苦しむ張り紙がある。富山県は文化水準の高い地域だと勝手に思い込んでいたが、必ずしもそうではなさそうだ。悪ふざけの通学生徒か、酔っぱらった仕事帰りのおっさんの仕業だかは知らないが、同様の張り紙が何枚かある。思わずアンモニア臭がしてきそうだ。


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そうこうしていると、今度は宇奈月行きの下りの列車が到着した。こちらは、どう見ても元東急だろう。また同じホームに入線した。どうやら駅舎側のホームは交換時のみの使用で待避線扱いのようだ。京阪、東急と来て残るは西武だ。元西武池袋線沿線民としては、あまり好きな顔付ではなかったが、日頃馴染みにしていた「レッドアロー号」を見てみたかったが、それは次回のお楽しみということになった。


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  1. 2020/12/12(土) 00:00:00|
  2. 富山地方鉄道
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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