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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

夜へ

今日もまた夜の帳が降りてくる
鬱蒼とした山間に灯りがひとつ

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2017年10月 飯山線

一日の半分は昼で残りの半分は夜だ
毎日必ず日暮れが訪れ夜がやって来る
田舎暮らしをしていると気付くことがある
人の屋外での活動は日出から日没までだ
誰が教えるでなく暗くなったら家から出ない
闇世界は夜を愛する獣たちのためにある
ところが不夜城と化した街に闇夜はない
それを文化というなら随分と忙しい話だ
傍らの暗がりには見えない闇をつくった
さて夜を駆けるその行き着く先は
今日もまた夜へ


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  1. 2020/08/30(日) 00:00:00|
  2. 飯山線
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820D 噴火湾を往く

その日の噴火湾は穏やかだった
快速アイリス代わりし820Dが往く

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2017年10月 函館本線 落部

噴火湾とも呼ばれる内浦湾だが、周辺の地質調査などから火山活動によるカルデラが起源ではないというのが定説だ。湾の形が余りに綺麗な円形のためカルデラが連想され、噴火湾という呼び名が派生したようだ。室蘭市のチキウ岬と森町の松屋崎を繋ぐ開口部は約30kmだが、陸路を辿ると何と165kmにもなる。森からは海上に浮かぶ室蘭の市街は直ぐそこに見えるが、行くとなるとなかなかの難儀な距離になる。一方、写真の対岸に見えるの街は、50km程先の蟹の街の長万部だが、そこで鉄路は二手に分かれる。函館本線は山線となって、背景の山並みに分け入り、三つの峠を越えて小樽を目指す。かつて、少し左手の国縫からは、日本海側の当時の瀬棚町に向けて瀬棚線が伸びていた。

この820Dは、前年2016年春の北海道新幹線開業までは、快速「アイリス」という列車だった。瀬棚線在りし頃の急行「せたな」の末裔となる。瀬棚線廃止時には快速「せたな」に格下げされていたが、廃止後は函館-長万部間の筋が快速「アイリス」に引き継がれた。2000年に下りが普通列車に格下げされ、上り函館行のみで運行されていた。そして、その上りも格下げされ、1966年に運行が始まった急行「せたな」の系譜に終止符が打たれた。快速が普通になったからと云って利便性に大きな違いが在るわけではないが、列車名が無くなるのはやはり寂しいものだ。特急やコンテナ貨物が行き交う立派な複線区間を、快速時代から変わらぬキハ40の単行が、ダイヤの隙間を掻い潜って函館を目指す。


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  1. 2020/08/28(金) 00:00:00|
  2. 函館本線
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夏の終わりの白煙

8月も月末で早くも秋の気配だ
夏の終わりの白煙がやって来た

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1974年8月 室蘭本線 栗山

8月も最終日になり、この年の夏の北海道の旅もそろそろ終わりが近付いていた。この時は、蒸気撮影は程々に風景写真ばかりを撮っていた。知られた線路端は、何処へ行っても人集りで、無名の場所をほっつき歩いていた。それでも、北海道を去る前に、早朝に鉄分の多い室蘭本線を訪ねている。さすがに、夏休みぎりぎりまで粘る同胞は少なく、ひとりでゆっくり出来たことを覚えている。この後札幌に移動し、「らいでん2号・いぶり」で倶知安に向かい、道内最後の撮影を行っている。そして、「宗谷」で函館、十和田丸で青森、「八甲田」で一ノ関、「もりおか2号」で9月1日の20:34に上野に着いている。自宅には山手線と西武線でその1時間後くらいだろうか。こうしてこあらまの46年前の夏は終わった。翌朝の月曜日にはペダルを漕いで学校へと向かった。

何の変哲もないD51重連の客レだが、朝日を浴びて白煙でやって来た。この時、北海道の朝は早くも秋の気配に包まれていた。何の面白みもない在り来たりの怠慢な構図だが、何となく北海道の空気感が蘇ってくるようで、こあらま的には案外気に入っている。


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  1. 2020/08/26(水) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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秋の六地蔵

集落の一年を六地蔵が見守る
日本の故郷の原風景のひとつだ

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2015年10月 飯山線

地蔵菩薩は六道の全ての世界で衆生を救う菩薩とされる。その六道輪廻の思想から地蔵菩薩像を6体並べて祀ったのが六地蔵というわけだ。また、日本では子供の守護尊ともされ、小僧姿のお地蔵さんも多い。そんなこともあり、お地蔵さんは優しい面持ちの像が殆どと思っていたが、ここの六地蔵様はなかなか苦しそうなご様子だ。人の苦難の身代わりとなって受け救うとされるので、こんな面持ちになってしまったのかもしれない。

そんな地蔵菩薩だが、各地の路傍で過ごすうちに、次第に仏教の教義から離れ、地域独自の民間信仰的な存在になって行った。いつしか、冬の雪は寒かろうと帽子まで被るようになった。集落の人々に願を掛けられながら、地域の守り神として過ごして来た。秋の好日に、周りでは稲束が天日干しされている。その光景を六地蔵はずっと見守って来たはずだ。これからも、集落の人々の身代わりの傍らで飯山線も見守ってやって欲しい。


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  1. 2020/08/24(月) 00:00:00|
  2. 飯山線
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確かにそこに駅は在った 鹿児島交通枕崎線 枕崎

何とも荒廃感のある駅だ。この頃、鹿児島交通枕崎線は赤字に喘いでいた。経営状況は悪化の一途で、国鉄ローカル線と同様に、沿線の人口減少と自動車の普及による乗客の減少に直面していた。その苦しい台所事情が、そのまま駅の表情に出てしまっていたようだ。貨物輸送はこの6年前に合理化のため廃止され、引き込み線は雑草に覆われていた。ホームの駅名票は朽ちて傾き、構内には空き缶などが散乱していた。

この駅は南薩鉄道の駅として1931年に開業した。伊集院から南進してきた南薩鉄道が、この年に枕崎に到達し、伊集院-枕崎間が全通した。1963年には、国鉄の指宿枕崎線が延伸開業し、南薩鉄道の枕崎駅に間借りする形で乗り入れた。1964年に鹿児島交通の社名になり、同社の枕崎線となったが、地元では南薩線の愛称で親しまれた。1982年には、車輌や設備も老朽化し廃止方針が決まり、豪雨災害の不通を契機に、1984年に南薩線は全線廃止となった。

写真には国鉄の列車が写っているが、駅の設備は全て鹿児島交通の所有だ。国鉄周遊券の旅のため、指宿枕崎線で枕崎入りしたが、街を見物して早々に引き返している。何故、鹿児島交通のキハ100の到着を見届けなかったのか。鉄への興味が薄れていた時期とはいえ、今となっては痛恨の失態だ。南薩線の廃止の後も、駅舎は鹿児島交通のバス事業に使われていたが、2006年に再開発事業のため鹿児島交通の所有地は売却され、枕崎駅は現在の位置に100mほど移動した。


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1977年8月 鹿児島交通 枕崎線(南薩線) 枕崎

ホームは島式1面2線のみで、手前が南薩線、向こうを国鉄線が使っていた。キハ100が停まっている写真が欲しいところだが、全く持って残念だ。駅舎とホームの間には貨物用の引き込み線が何線かあるが、雑草に覆われてしまっていた。夕立ちが来たので、駅舎の軒下から撮っている。何ともうらぶれた感じが漂う。


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停車するのは国鉄指宿枕崎線のキハ20だが、隣の車輌はキハ55と思われる。ボロくなった駅名票の標記は明らかに国鉄文字体ではなく、国鉄の駅ではないことが分かる。当時の枕崎は国鉄には駅として登録すらされていなかった。左方向が南薩線の鹿籠、右方向が国鉄線の薩摩板敷となる。現在のJR九州の枕崎駅は、右方向に100mほどの処に移動している。


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国鉄の列車はここまでとなる。左手にはカトリック枕崎教会の十字架とその幼稚園の看板が見える。この教会は現存するが、幼稚園の方はなくなったようだ。列車の発車時刻が近付いたのか、ホームには人影がある。右手の三角屋根が駅舎になる。


さて、ここからは現在の枕崎駅の様子をお伝えしよう。ちょうど40年の年月が過ぎて、駅周辺の様子も一変した。南国鹿児島の明るいイメージの駅に生まれ変わっていた。移転時はホームだけの棒線駅だったが、枕崎市により駅前広場が造られ、多目的トイレも整備された。珍しいケースだが、駅舎は市民の寄付などで建てられ、駅としての体裁が整った。


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2017年4月 指宿枕崎線 枕崎

すっかり小奇麗な駅に生まれ変わっている。魚の意匠の目隠しの建物は多目的トイレで、屋根には6尾のカツオのオブジェが泳いでいる。カツオの町をイメージさせる作りだ。左上には、至って小振りの駅舎が見えるが、残念ながら無人駅で券売機も設置されていない。


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旧枕崎駅はこの先100m程のところにあった。ちょこっと看板が見えるが、現在は茨城県発祥のスーパーマーケットのタイヨーの店舗と駐車場になっている。カツオのオブジェに刺激されて、物は試しでタイヨーでカツオのタタキなどを買ってみた。現地で食べる気分がプラスされているだろうが、美味かったことは覚えている。


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こんな繋がりで、枕崎と稚内が友好都市になっているとは知らなかった。2005年の放送になるが、関口知宏の「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅」というテレビ番組があった。2005年3月に枕崎駅を出発しているが、その時の国鉄枕崎駅は移転前で、先のホームの一線だけを使用した、駅舎なしの棒線駅だった。その番組の終着駅は根室だった。「乗りつくし」の前作として「最長片道切符」というのもあった。こちらの出発駅は稚内だったが、どちらも結構高視聴率だったようだ。こういったテレビ番組が友好を取り結んだのかもしれない。


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駅前広場には鹿児島の地図が。立体的に見えるが勿論平面だ。書かれているのは鹿児島本線、日豊本線、指宿枕崎線の3線になる。大隅半島は鉄道空白地帯に逆戻りしている。おや、肥薩線がない。廃線になるのを見越しているのか。縁起でもないので、省略しないで欲しかった。


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「新駅舎概要」にあるように、新駅舎は市民の浄財によって建てられた。グッドデザイン賞も受賞している。駅の移設から7年の時間を要している。コンセプトとして「レトロ感」を挙げているが、さすがに40年前の旧駅をご覧いただいた直後では、「レトロ感」には少々酷かもしれない。


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終着駅の象徴の車止め。駅舎の駅名標は枕崎出身の立行司の第36代木村庄之助の書ということだ。確かに駅は綺麗になったが、御多分に漏れず、今度は少子高齢化という難題を抱えることになった。この駅に発着するのは日に6往復の普通列車のみで、レールは赤錆に覆われてしまった。辛うじて、列車停車位置の赤いバラストが列車の往来を感じさせるが、駅そのものがオブジェになってしまわないことを祈るばかりだ。


新旧の枕崎駅をご覧いただいたが、40年という時間は駅や街の様子を大きく変えるものだ。良きにつけ悪しきにつけ、時間は人も社会も絶えず変えて行く。その時代時代を記録することも、写真の大切な役割だとこあらまは考えている。勿論、感動的な1枚を撮りたいというのは、写真をやる者の偽りのない願望だが、時代を記録する地道な作業もまた忘れてはならないと思う。その記録写真の中に、記録以上のものを封じ込めることが出来ればしめたものだ。


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  1. 2020/08/22(土) 00:00:00|
  2. 鹿児島交通枕崎線
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このまま巣籠か

今年の秋はどうなるのだろう
秋の好日に急行よりもりが往く

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2016年10月 秋田内陸縦貫鉄道 荒瀬

それにしても暑い。標高1,000mのこあらまの避暑地も、連日、最高気温が35℃を越える猛暑続きだ。元々、30℃以上になることが希な地域だったが、10年くらい前からそうは行かなくなった。そして、今年の35℃越えの異常事態だ。こうしてみると、温暖化は垂直方向に凄い速さで進んでいるように感じる。長雨で大打撃の畑の野菜だが、今度は高温と少雨で実物の生りが悪くなった。真夏の東京でのオリンピックなど命が惜しけりゃやめた方がいい。夏の盛りの都市で大停電でも起きたら。今や、エアコンは都市生活での生命維持装置だ。

異例尽くめのお盆も過ぎて、そろそろ、秋の長期ロケのことが気になって来た。当初、九州を考えていたが、先の大水害での肥薩線の状況を思うに、少しずつ気持ちが北の方に動いている。8日には、熊本地震から4年4ヵ月ぶりに豊肥本線が全通したという嬉しいニュースがあり、思案のしどころだ。ところが、新型コロナの再流行は全国で拡大の一途だ。1、2ヵ月で下火になるとも考えられず、秋のロケはコロナ情勢的には厳しそうだ。オタク的な趣味家としては、家でも退屈することはないが、巣籠も癖になりそうで、それはそれで問題だ。


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  1. 2020/08/20(木) 00:00:00|
  2. 秋田内陸縦貫鉄道
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こちらも見納め

やはり終焉の時はやって来る
風雪の日本海の風物詩が消える

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2016年10月 五能線 風合瀬

今春には、新潟と郡山のキハ40が打ち止めとなり、只見線、磐越西線、羽越線から旧国鉄車両が消えた。そして、次のターゲットの秋田に、刺客が送り込まれ出したようだ。これで、年内か年度内には、JR東日本のヨンマルは、改造車を除いて全ての定期運行を終えるはずだ。なかなか、あっけない幕引きとなる。五能線には、日本海の荒波を耐えてきたこの面構えこそが相応しいと考えてきたが、それも時間の問題となった。思えば、五能線のハチロクは、あの冬の広戸での機関車海中転落事故を切っ掛けにして、早々にその生命線が絶たれてしまった。さて、今度はどういうことになるのか。ハチロクの時もそうだったが、無くなってしまえば撮り直しは効かない。何時だって真剣勝負で行かないと、後悔ばかりが募ることになる。


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  1. 2020/08/18(火) 00:00:00|
  2. 五能線
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涼を求めて

夏の避暑地の穏やかな一日が始まる
間もなくアンノン族が大挙して押し寄せる

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1970年8月 小海線 清里

清里開拓は、東京都水道局の小河内ダム建設によって水没した東京都の小河内村、山梨県の丹波山村・小菅村などの移住地とされたことに始まる。寒冷地の荒野のため、開拓は困難を極め、苦闘の歴史だったという。その開拓に大きく寄与したのが、立教大学の教授であったアメリカ人牧師のポール・ラッシュで、清里開拓の父とされることは、あまりにも有名な話だ。毎年10月に清泉寮で盛大に開催される「ポール・ラッシュ祭」は、残念ながら今年は新型コロナで中止になった。

そのポールラッシュの清泉寮と、企業の保養所や、東京や神奈川の林間学校が点在する夏の避暑地でしかなかった清里高原に、アンノン族が大挙して押し寄せたのは、1970年代中ごろから1990年代初頭のバブル崩壊のころまでとされる。この「清里ブーム」により、高原には多くのペンションが乱立し、清里駅前通りにはタレントショップやファンシーショップが立ち並ぶ、俄作りのけばい店舗群が出現した。駅周辺の地価は、200倍にも300倍にも跳ね上がり、土地成金を生んだ。

その切っ掛けを作ったのが、1970年創刊の『an・an』と、1971年創刊の『non-non』という二つの女性ファッション雑誌だ。時は個人旅行黎明期で、1970年の大阪万博、それに続く国鉄の『DISCOVER JAPAN』キャンペーンと相まって、若者の旅行意欲を刺激した。1978年に国鉄が山口百恵の『いい日旅立ち』をコマーシャルに使ったのは、女性旅行者を意識したものとされる。旅先も従来の古典的観光地は避けられ、より小規模な隠れ家的な場所にスポットが当てられた。

その際に、長らく観光地に付き物だった歓楽色を廃し、時代に即した新しい旅と宿のかたちを模索した地域は生き残ることも出来たが、安直に女性を意識したメルヘン調の路線に走った地域は、軒並みブーム後に廃墟化した。その典型がまさしく「清里高原」だった。人を押し込むだけの狭い監獄ペンションや流行だけを追った土産物屋はあっと言う間に廃屋となった。そして今、因果なもので、50~60代となった自由闊達なアンノン族が、再び旅行の担い手として脚光を浴びている。

写真は、「清里ブーム」が勃発する前の1970年の夏になる。小淵沢からの乗客が降りているが、清里駅の穏やかな一日の始まりが伝わってくる。8月も終わりが近づき早くも皆長袖だ。キハ52同士の交換風景が懐かしい。少しだけ見える初代木造駅舎は質素なものだったが、ブーム到来の1976年に、らしくない白亜のコンクリート造りになり、ブームの生き証人となっている。地元では、ブーム再来を期待している人も少なくない。なかなか派手な時代のことが忘れられないようだ。


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  1. 2020/08/16(日) 00:00:00|
  2. 小海線
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もう一つの「つばめ」マーク

夏の加太にブラストが響き渡った
奈良のつばめが猛然とダッシュする

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1973年7月 関西本線 加太

「つばめ」マークと云えば、すなわち「スワローエンジェル」の愛称を持つC622という公式になる。1951年に鷹取工場と宮原機関区の要望で、ステンレス板で作られたツバメのシルエットが左右のデフレクターに取り付けられた。その姿は小樽築港に移っても変わることなく、急行「ニセコ」の象徴的な存在でもあった。

その一方で、現役蒸気末期には、もう一両の「つばめ」マークが存在した。奈良機関区のD51831になる。かつての奈良機関区には、「つばめ」以外にも「月と鹿」、「はと」、「かもめ」のデフマークが存在した。何れも、加太越えの鷹取式集煙装置と重油併燃装置の重装備のD51に取り付けられていた。「つばめ」は元々944号機に付いていたが、廃車に伴い831号機に移植されている。この装飾は1971年から1972年にかけて施されたもので、当時のSLブームの中での「スワローエンジェル」の圧倒的な人気に肖ったものだろう。そんな出自の違いからしても、これらは元祖と比較するようなものではない。

それと、忘れてはならないのが国鉄バスの「つばめ」マークで、現在でも一部のジェイアールバスに継承されている。さらには「国鉄スワローズ」というのもあった。特急「燕」は、「富士」、「櫻」に次ぐ3番目の特急列車として登場したが、東海道・山陽新幹線の延伸により西に追いやられた。博多開業時に一旦その名は消えたが、現在は九州新幹線の列車名として復活している。つまり、国鉄にとっても、JRにとっても、「つばめ」という名は特別な存在であることが伺える。

写真は加太を出発する荷41レだ。由緒ある「つばめ」が荷物列車とは少々情けないが、煙の方はなかなか盛大だ。勿論、人気取りの装飾はご遠慮頂きたいところだが、まあ、このくらいのワンポイントマークであれば、目くじらを立てるほどではあるまい。今年の夏は、コロナと猛暑でうだうだ過ごしているが、蒸気を追いかけていた頃の行動力が懐かしい。炎天下の線路を歩き回るのも決して楽ではなかったはずだ。


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  1. 2020/08/14(金) 00:00:00|
  2. 関西本線
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夏の思い出

観光客が涼を求めて大沼の水辺に集う
北の大地の短い夏が足早に過ぎて行く

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2016年7月 函館本線 大沼公園

お盆のこの頃、例年であれば、思い思いの旅があったはずだ。故郷への帰省を楽しみにしていた家族はどうしただろう。都会の雑踏から解放されて、大自然を満喫しようと考えていた方々も沢山居られよう。日本を離れて、異国情緒に浸ることが出来るのもこの時期ならではだ。それらがみんな、コロナ禍で狂わされてしまった。しかし、夏の思い出は、すぐ目の前の足元にだって転がっている。我が家の前のお宅では、炎天下にも拘わらず、汗だくになって、親子で職人顔負けの本格的なDIYに挑戦している。旅に出られないことをぶつぶつ言っていても始まらない。何時もとは違うお盆休みを見つけることだ。そうは言っても、旅好きなこあらまにとっても、旅の思い出は掛け替えのないものだ。その楽しみは、もう少し先まで、大切にとっておこう。


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  1. 2020/08/12(水) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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