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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

城好き

特急「宇和海」が大洲の城下町に入った
平成の木造天守が行き交う列車を見守る

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2020年4月 予讃線 西大洲

撮影旅行を続けていて、何時しか必ず寄り道するようになったのがお城だ。理由は上手く説明できないが、何故か足が向いてしまう。城の象徴は天守だが、天守の在る無しはあまり関係ない。当時の石積みや地形などの遺構が残っていれば十分で、逆に史実に基づかないで再建されたコンクリート天守などはもっての外で、古の想像の邪魔になるだけで無い方がましだ。天守や天守台から城下町を眺めるのも格別で、その土地の歴史に思いを馳せることができる。さすがは天守だけあって、城下を往く鉄道が俯瞰できることも多く、そちらも楽しみの一つだ。

写真は大洲城になる。城の造営は、鎌倉時代末期の伊予宇都宮氏に始まる。その後、小早川隆景、戸田勝隆、藤堂景虎、脇坂安治、加藤貞泰と云った名大名らによって、近世城郭の姿が形成されていった。現存の4棟の櫓は明治維新後の破却を免れた国指定の重要文化財だが、同じく残された天守は老朽化のため1888年に解体されてしまう。2004年に大洲市市制施行50周年記念事業として、現在の木造天守がお目見えした。外観写真や天守雛型などの資料に従って、当時の工法で忠実に再現された日本100名城の一つだが、文化財指定は受けていない。


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  1. 2020/07/31(金) 00:00:00|
  2. 予讃線
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大村湾の Sea Side Liner

車窓には穏やかな大村湾が大きく広がる
湾岸を往く俊足国鉄型の引退が始まった

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2017年4月 大村線 松原

地図で大村湾を俯瞰すると、殆ど外洋に接していない閉鎖的な海域であることが分る。細い針尾瀬戸と早岐瀬戸の二つで佐世保湾に繋がっているだけだ。そのため、湾奥では湖のような波の静かなエメラルドグリーンの海面が広がっている。湾岸を往く大村線の護岸も、それ程堅固なものではなく、海との穏やかな関係が見て取れる。日本海の風雪の荒海を往く五能線などとは対照的な風景だ。

大村線を往くキハ66も、そろそろ引退の時期を迎えた。つい最近まで、製造された30両全てが健在だったが、今年の春の改正では20両での運用となった。製造時には、ターボ付き水平対向12気筒という、斬新な強力パワーユニットを搭載していたが、折からの国鉄凋落の煽りで、このタイプの気動車は増備されることなく終わった。キハ40を遥かに凌ぐ俊足の国鉄型が見られるのもあと僅かだ。


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  1. 2020/07/29(水) 00:00:00|
  2. 大村線
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夏草の廃駅

貨車駅舎に夏の夕暮れが訪れた
ホームの防雪柵に冬の厳しさを知る

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2016年7月 江差線 中須田跡

この駅にも、その昔、こぢんまりとした木造駅舎が在った。1955年に、仮乗降場から駅に昇格した時に建てられた。その30年後の1986年、翌年に分割民営化を控えて、国鉄の手によってこの貨車駅舎に差し換えられ、JRへと引き継がれた。そして、さらに30年後の2014年、廃線によってその貨車駅舎もお払い箱になり、中須田駅の歴史はあっけなく幕を閉じた。たった60年余りの短い時の流れの中に、この駅の栄枯盛衰が凝縮される。

廃線後3度目の夏を迎えた中須田には、貨車駅舎もホームもレールも放置されたままだった。日本海が近いせいか、夏草に覆われたレールの赤錆が、廃止後の虚ろな時間の経過を物語っていた。「国破れて山河在り 城春にして草木深し」よろしく、このまま朽ち果てていくのかと思いきや、そうは問屋が卸さない。その後、全てが解体撤去されて道床だけが残された。「時に感じて花にも涙を濺ぎ 別れを恨んで鳥にも心を驚かす」ことも儘ならない。


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  1. 2020/07/27(月) 00:00:00|
  2. 江差線
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次なる縁結び

雪国魚沼のヨンマルも海を渡る
南国での老後も楽ではなさそうだ

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2020年3月 只見線 入広瀬

先日、只見線小出口のキハ40が引退したことをお伝えしたが、早くも新津運輸区に残った最後の国鉄型6両が甲種輸送された。白新線の黒山を経由して新潟東港線の藤寄へと送られる。そこからトレーラーで新潟東港へ陸送、船積みされてミャンマーへと渡る手筈だ。新緑号などに使われた国鉄急行色やタラコ色も少し前に同じルートを辿って日本を去った。今回、「只見縁結び」ラッピング車もそのままの姿で藤寄に送られた。只見町と魚沼市の縁結びは、今度は日本とミャンマーの国際親善へと形を変えることになった。この形式に限らず、譲渡車両はまだまだ使えるということだが、もったいないと考えるのは、こあらまの貧乏性からか。それはさておいて、頑丈な国鉄型の海の向こうでの活躍を祈ろう。ミャンマーに行けば再会することだって出来る。

一方、会津口の郡山運輸区の緑のキハ40の方は、2両が小湊鐵道の五井機関区へと輸送された。老朽化したキハ200の後継になるようで、デビューの時期や塗装は未定ということだが、じきに房総での営業運転にお目見えするらしい。さらに両数を増やすという噂もある。キハ200のイメージで固まった上総の国の風景に、新たな風が吹くことになる。いすみ鉄道と合わせて、ちょっとした国鉄型保存鉄道になりそうだ。上総中野での国鉄型同士の連絡風景が見られるようになるかもしれない。そうは言っても、小湊鐵道は生粋の民間鉄道であり、国鉄キハ20がベースであっても、独自のスタイルのキハ200は自社発注のオリジナル車輛だ。キハ40もいいが、キハ200はそれ以上に大切な会社史そのもののはずだ。あまり国鉄型で騒ぐのは本末転倒だろう。


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2016年10月 磐越西線 尾登


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  1. 2020/07/25(土) 00:00:00|
  2. 只見線・小出口
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青空が戻る日まで

夏の日が傾き流れる雲に紅が差した
遊楽部山塊を背に北斗が北へと急ぐ

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2016年7月 室蘭本線 静狩

一体何時まで、このじめじめした梅雨が続くのだろうか。毎日のように、ゲリラ的に大雨が降り、日本の何処かで災害が起きている。鉄道ももう何線もで不通になっている。こあらまの畑はと言えば、もう荒れ放題になってしまった。長雨と日照不足で、葉野菜も実野菜も大不作になっている。折しも、ジャガイモの収穫期だが芋が腐っていないか心配なところだ。程度の違いこそあれ、プロの農家も状況は一緒で、野菜の値段が急騰し、家計を直撃している。

一方、新型コロナの方は、これだけの高温と湿気にも拘わらず、日本でも感染拡大が再燃している。どうやら、インフルエンザのようには行かないようだ。もう夜の街だの東京圏だのを悪者にしている場合ではない。今度は経済優先で、感染拡大に呼応するように、某幹事長の選挙対策とも噂される観光業向けのキャンペーンが本当に始まった。アメリカのような状態になってしまったら、果たして生真面目な日本人の精神状態がどうなるのか危惧される。

天候も世相も憂鬱な毎日で、夏の爽やかな北海道の大きな青空が恋しくなる。ところが、その北海道でも今年はおかしなことになっている。帯広では記録的な日照時間の少なさで、今後様々な影響が出てきそうだ。一早くコロナを抑え込んだとされる北海道だが、こちらも相変わらず燻り続けている。おまけに、感染者への誹謗・中傷も表面化している。もう、日本中が苦難の時代に突入したということだ。苦しい時代を明るく過ごす器量が求められている。


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  1. 2020/07/23(木) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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THE 国鉄特急形気動車

湾曲した函館のホームに佇む北の82系
何とか厳しい冬の自然を耐え偲んでいた

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1975年3月 函館本線 函館

何ともスタイリッシュな顔付だ。全国の非電化区間の華となったキハ82系の雄姿だ。蒸気機関車と正面対決することのなかったこの気動車は、蒸気ファンからも憎まれることもなく、多くの鉄道愛好家の記憶に残ることになった。この気動車の開発の発端は、1958年に鮮烈なデビューを飾った、昼行特急用の20系電車と寝台特急用の20系客車の「あさかぜ」に遡る。20系電車は、後の車両称号規程改正で151系となった「こだま形」だ。その「こだま形」をベースに設計された気動車がキハ81系で、1960年の「はつかり」で登場している。あの流麗なボンネット型の「こだま」が、どうして「ブルドック顔」になってしまったのかは知らないが、増減車が求められる亜幹線では使い勝手が悪かった。そこで、本生産とも言うべき82系の貫通式に落ち着いた。

しかし、極めて非力なパワーユニットと全体的な故障の多さは現場泣かせだった。奥羽本線の「つばさ」に導入された際には、板谷峠では補機を付けるほどの気配りで、パワーアップされた181系の時代でも単独走行は儘ならなかった。特に苦労が絶えなかったのが写真の北海道だ。従来車ではキハ22やキハ56と言った耐寒・耐雪仕様が北海道には投入されたが、キハ82系では特別な配慮はなく、現場での創意工夫が求められた。水回りの凍結防止などの対策は現場任せだった。主要駅では、吹雪の日には木槌を持った駅員が各車両に待機して、凍ったドアを叩き開いていたのを覚えている。そんなお困り車両ではあったが、長大編成を組んだキハ82が北の大地を駆け抜ける様は、まさに国鉄の威信を賭けた力強い走りで、それはそれは豪快なものだった。


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  1. 2020/07/21(火) 00:00:00|
  2. 函館本線
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ヨンマル 魚沼を去る

見慣れた国鉄型が入広瀬を発つ
その魚沼のヨンマルはもう来ない

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2016年5月 只見線 入広瀬

只見線小出口のキハ40が7月11日のラストランをもって引退したそうだ。長年通い続ける北魚沼の入広瀬だが、何となく寂しさを覚える。思えば、六十里越が開通する以前、只見線とは小出口の呼び名で、会津口は会津線と呼ばれていた。只見線と云えば、C11が旧客を牽いて、小出-大白川間を4往復する鄙びた盲腸線だった。全線の開通によって気動車化され、それから半世紀に渡り、国鉄型気動車が活躍してきた。

そのあまりに長かった国鉄型時代にも終止符が打たれた。次回からはキハ110となるが、なかなかイメージが湧いてこない。入広瀬や六十里越とキハ110が、どうにも結びつかない。小海線や飯山線がJR型となってしまってからは、只見線小出口の楽しみの一つが国鉄型だったことは確かだ。暫くはしっくり行きそうもないが、それも時間の問題だろう。そうそう、キハ110なら単行運転があっても良さそうなものだが。


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  1. 2020/07/19(日) 00:00:00|
  2. 只見線・小出口
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江ノ電の走る街 権五郎さまの紫陽花

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2020年6月 江ノ島電鉄

今年も権五郎さまの紫陽花が咲いた
巣籠が緩んだ境内に観光客が戻った
SNS時代になって皆がカメラマンだ
いい花の写真がアップ出来そうかな


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  1. 2020/07/17(金) 00:00:00|
  2. 江ノ島電鉄
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坂下の早朝

朝早くから坂下は賑わっていた
乗客の出で立ちに昭和が見える

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1972年7月 只見線 会津坂下

以前、只見線の「坂下の朝」をご紹介したことがある。朝8時半ごろに上下の列車が会津坂下で交換するが、現役蒸気時代には、共にC11が牽く423レと424レが交換していた。下り列車から降りた乗客が、ぞろぞろと構内踏切を渡って駅舎に向かう光景が見られた。その後も、この交換は変わらずで、車輌は気動車となり、乗客の大半は二つの高校に通う生徒となったが、依然として構内踏切の行列は続いている。

その「坂下の朝」より早い6時過ぎには、この駅の最初の交換があった。上野発の夜行から乗り換える下り始発の421Dと、宮下からのC11の牽く上りの始発の422レの交換となる。写真はその421Dから422レを撮ったものだ。この交換では、坂下の人が若松に向かう時間で、上りの422レに乗客がぞろぞろだ。列車の停車位置も、例の場内踏切に向かい合って上下の列車が停車するが、こちらが通常の位置だろう。

422レの停車時間は10分程で、C11は一旦客車を残して給水に向かう。写真には乗客に混じってナッパ服姿が見える。多分、このC11の機関士で、給水は助士に任せてトイレにでも行くのだろうか。この写真の原版はライカ版の縦構図だ。今なら、間違えなく横構図で、乗客の行列を狙っていたはずだ。蒸気に熱中していた当時は煙の方が大事だったようだ。切れてしまった駅員氏に申し訳ないことをしてしまった。


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  1. 2020/07/15(水) 00:00:00|
  2. 只見線・会津口
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坂本雨情

112年の歴史で最大のピンチだ
相当な難問だが再起を祈りたい

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2017年4月 肥薩線 坂本

この時も、球磨地方は、写真にはっきり写る程の激しい雨が、未明から降り続いていた。それでも、球磨川はかなり増水していたものの濁りはなく、氾濫などは全く念頭にはなかった。どれだけの雨が降ると、今回のような大惨事になってしまうのだろうか。これまで経験したことのない降りだったというから、想像を絶する事態だったのだろう。状況が急激に悪化したのが夜間だったのも災いした。今回も、集落全員で避難して難を逃れたケースがある。毎度のことながら、速やかな避難が命を守ることは明らかだ。

この坂本駅にも濁流が流れ込み、待合室が泥に埋まってしまった。この駅が開設されたのは1908年だが、112年間の駅の歴史にこんなことは記録されていない。駅は山側にあり、球磨川との間には小さな集落がある。集落がどうなったかは容易に想像できる。坂本は球磨川本支流に点在する多くの小さな集落からなっている。駅の傍の球磨川には坂本橋が架かっており、対岸の坂本中学校が避難場所になっているが、肝心のその坂本橋が流されてしまっては、逃げ遅れたら自らの判断で避難する場所を探すしかない。

悲しいことに、コロナ禍で県外のボランティアが被災地に入れない。災害救援のNPOの活動も制限されてしまっている。一方で、寄付金は予想以上の額になっているようだ。東京の熊本県のアンテナショップは大盛況らしい。世の中なかなか捨てたもんじゃないが、こんなご時世の中、「GO TO キャンペーン」が始まるそうだ。コロナさえ何とか出来れば、「GO TO ボランティア キャンペーン」に看板の掛け変えを迫りたいところだ。ちなみに、あるアンケート結果では、この機会に「旅行します」は18%だったそうだ。


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  1. 2020/07/13(月) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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