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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

武田菱が往くⅡ

甲斐路にはやっぱり武田菱がお似合いだ
その眺めもあずさの過去の一頁となった

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2015年6月 中央東線 初狩

このE257系のデビューは2001年12月1日のことで、昨年の2019年3月改正まで特急「あずさ」として走り続けた。同時期、振子のE351系が「ス―パーあずさ」として俊足を誇っていたが、あらま的にはE257の方が好みだった。サイドの中央に描かれたカラフルな武田菱のデザインが、結構気に入っていた。鉄道車輌には、なかなか難しいデザインだとは思うが、上手く納まっていた。写真写りも悪くはなかった。デザインコンセプトは「ふるさとのぬくもり」・「めぐりゆくふるさとの四季」ということで、武田菱の色は、四季の彩りを表しているそうだ。長野県の方々がどう感じていたかは分からないが、少なくとも山梨県民には好評だったはずだ。親方様の家紋は、甲斐の揺ぎ無いトレードマークだ。これを見慣れたせいか、現在のE353系はのっぺりとした白蛇のようで、コンセプトの「伝統の継承」・「未来への躍動」はピンと来ない。


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  1. 2020/06/29(月) 00:00:00|
  2. 中央東線
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大歩危駅前 「歩危マート」

その名はずばり「歩危マート」
ボケ封じとばかりに寄ってみた

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2020年4月 土讃線 大歩危

吉野川の絶壁の上に大歩危駅は在る。大歩危・小歩危は土讃線の難所でり、絶景ポイントでもある。岩壁を穿って鉄路が伸びているが、四国の幹線だけあって危険個所のトンネル化が進んでいる。長期的には、電化の計画もある。大歩危は、秘境祖谷渓の玄関口として、全ての特急列車が停車するが、完全な無人駅になっている。駅舎の事務室には三好市観光協会が入っているので、人の気配がないわけではない。特急は停まるが、普通列車は一流のローカル線といったところで、地域内の鉄道利用はかなり少ない。そして、駅前の小さなロータリーの向かいに、その店がある。


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「歩危マート」とは、思わず笑える店名だ。単に地名を冠しただけだが、なかなかユニークなゴロになっている。地元向けの小さなスーパーと、観光客向けの飲食のための2号店からなっている。以前来た時には、気にはなったが、店に寄ることなく祖谷渓へと向かったが、今回はしっかりと大歩危駅でのロケとなった。勿論、この店が目的で大歩危に来たわけではないが、楽しみにはしていた。地場の食材が豊富というのが魅力だ。その土地独特の食い物を食い歩くのが旅の大きな楽しみでもある。歩危マートで人気なのが、「ぼけあげ」というデカい油揚げだが、その大きさには驚く。車中泊でも食えそうなものをいくつか入手した。店先の文旦も買ったが、この先の愛媛で、農家から持ちきれないほどの柑橘を頂くことになった。この辺りが、四国のお接待文化なのだろう。有難いものだ。

それと、密かな目的として「ボケ封じ」があった。年と共に物忘れが多くなってきたが、何処までが正常範囲で、どこからが認知症なのかが判らない。取り敢えず、歩危マートで買い物でもすれば、ボケ封じにつながるのではないかと云った勝手なことも考えていた。そうこうしているうちに、特急列車の到着時間となった。夕日に輝く新緑の中から、岡山から高知に向かう「南風」が現れた。確か、「南風」は、山陽新幹線の岡山開業の際に登場した四国初の特急だったと記憶している。初代はキハ181だったはずだ。


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最後の写真は、駅横の吉野川に掛かる車道の橋から撮ったものだ。中央が駅舎で、屋根に大歩危駅とある。その右上に歩危マートの看板が見える。山の斜面には集落があるが、落っこちてきそうだ。年を取ったら住めそうもない坂道だ。池田に行けば大きなスーパーもあるが、こういう店が生命線になっている家も少なからずあるのだろう。歩危マートには立派なHPがある。ご興味のある方は、こちらへ


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  1. 2020/06/27(土) 00:00:00|
  2. 土讃線
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千曲川橋梁の四季 「目には青葉」

冬が去り安らぎの色に包まれた
千曲川の水面に深まる緑が映える

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2017年6月 小海線

なかなか美しいクロロフィルとカロチノイドの競演だ。理科系の人間は、大概そんな浮世離れしたことを考えている。クロロフィルの分子構造の巧妙さに感動できなければ、分子生物学何てやってられない。さて、青葉の素となるクロロフィルだが、その吸収スペクトラムは、短波長と長波長、視覚的には赤色と青色に二峰性の吸収バンドを持つ。つまり、緑色植物は、主に赤色と青色の光を利用して光合成を行っており、不要な中波長の緑が葉の色ということになる。緑は安らぎの色と云われる。見方を変えれば、葉緑素を励起することも出来ない、軟な色ということになる。安息を求めるにはいいかもしれないが、活力を貰おうというのならやめといた方がいい。カロチノイドの黄色で若葉は黄緑色だが、クロロフィルの増加によって緑が濃くなっていく。そういえば、別の世界にもライトグリーンとグリーンのイメージカラーがある。JR北海道はJR東日本に変化するってことか。


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  1. 2020/06/25(木) 00:00:00|
  2. 小海線
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確かにそこに駅は在った 高千穂線 高千穂

何とも、国鉄キハ20には似合わない雰囲気の駅だ。それもそのはずで、この駅の開業は1972年7月と新しい。この写真を撮ったのが1977年8月なので、開業満5年の姿になる。この鉄道は、熊本と延岡を結ぶ九州横断鉄道として建設が進められた。まずは豊肥線立野から高森線が開通し、次いで延岡からの日ノ影線が開業したが、太平洋戦争で横断計画は頓挫した。そして、1966年、あの鉄建公団こと日本鉄道建設公団により、日ノ影からの延伸工事が再開され、1972年に高千穂まで開通、残る高森までの区間にも着手した。

しかし、高森トンネル掘削工事で、調度写真の1977年に水脈を切断するという痛恨のミスを犯してしまい、高森町内の水利に大きな被害が出てしまった。そのため、工事は中断、公団は被害の救済と補償に当たらなくてはならなくなった。そうこうしているうちに、1980年に国鉄再建法が成立し、工事自体が凍結となってしまった。工事の進捗率はおよそ30%だった。20数キロ先の、駅の向こうに見える山並みを越えたところに、目指した高森がある。不自然に広々とした構内は、全線開通後の賑わいを想定していたのだろう。


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さて、そこまでが国鉄時代の話だ。大枚を叩いて高千穂まで延伸し、日ノ影線から高千穂線に名を変えたのも束の間、1984年には第2次特定地方交通線として廃止が承認されてしまう。1987年、国鉄分割民営化で一時JR九州にお預けになるが、1989年に第三セクターの高千穂鉄道に転換される。第三セクターは好調なスタートを切ったが、2005年の台風14号による増水で、二つの橋梁が流失。国、地元自治体ともに、復旧の財政出動に難色が示され、その年に早々に復旧断念が決定され、2008年、高千穂線は廃止された。

もし高森トンネルが無事に開通していたら、高森線、高千穂線はどうなっていたのだろうか。阿蘇と高千穂と云う2大観光地を結ぶ、風光明媚な車窓が楽しめる人気の鉄道となっていたかもしれない。乗り鉄趣味にはかなりランキングの高い路線になっていただろう。しかし、台風と地震を乗り越えられたかは甚だ疑問だ。台風であっさり廃線となった高千穂鉄道。地震で大被害となったが、国の支援で復旧を目指す南阿蘇鉄道。何が違ってこうなるのか。どうせなら立野-延岡間を復旧させた方が、先は明るいように思えるのだが。


余談になるが、知っている方がおられたら教えてほしい。「日之影」の「之」の標記はどうなっているのかということだ。こあらまが調べたところ、旧七折村と旧岩井川村の境辺りに、「日之影」と付く集落が幾つかある。現在の町役場がある一帯になる。1951年に両村が合併して「日の影」町が生まれた。多分、実在の「日之影」を使わなかったのは、住民感情を和らげるためだったのではないか。しかし、たった5年後の1956年の岩戸村見立地区の編入に際して、実在の「日之影」町に改名して、現在に至っている。ところが、1939年開業の国鉄の駅は「日ノ影」駅で、路線名も「日ノ影」線だった。「日ノ影」の標記が何処から出てきたのか全く分からない。「日ノ影」駅は、高千穂鉄道時代の1995年に「日之影」温泉駅に改称している。ネットには、「日之影線のC12」とかの妙な記述も目立つ。地名の謂れからすると、漢字の「之」でも、ひらがなの「の」でも、カタカナの「ノ」でも、どれでもよさそうなものだが、地名や町名、駅名や路線名ともなるとそうはいかない。国鉄の「日ノ影」はどこから来たのか。時代的背景からカタカナになってしまったのか。ご存知の方がおられたらご教示いただきたい。


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  1. 2020/06/23(火) 00:00:00|
  2. 高千穂線
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“RED BEAR” 浦幌を往く

小さな峠を越えて列車は十勝に入った
夏の夕日がコンテナ貨物を赤く染める

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2017年7月 根室本線 浦幌

気が付いてみれば、北海道の非電化貨物の先頭に立つのは、この”ECO-POWER RED BEAR”だけになっていた。この根室本線の釧路貨物駅の運用に投入されて、”赤ブタ”ことDD51の道内での貨物輸送は終焉となった。2013年のことだった。そして、JR北海道の青い「北斗星色」のDD51も、札幌行きの寝台特急の廃止と共に消えた。2016年のことだった。かくして、蒸気機関車駆逐の刺客として送り込まれたDD51は北海道から消えた。1966年、狩勝峠に道内初のDD51が配置されてから、ちょうど半世紀後のことだった。

こうしてDF200を眺めていると、勝手なもので、DD51の時代が懐かしく思えてくる。急行「ニセコ」がDD51重連の14系編成となった。宗谷本線の夜行急行の「利尻」や「最果て鈍行」もDD51になった。成り立ての頃は、失望以外の何物でもなかったが、そんな鉄旅を楽しむ列車自体が次々と消えていった。あの甲高いホイッスルは最後まで好きにはなれなかったが、決して華やかさはなかったが、「国鉄時代」の一コマで在ったことは確かだ。”RED BEAR”が、新しい伝説を生み出せるかは分からないが、着かず離れずで見守ろう。


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  1. 2020/06/21(日) 00:00:00|
  2. 根室本線
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青田

水と日差しが作る緑が美しい
今年もこの田は健在だろうか

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2018年7月 飯山線

なかなか鮮やかな青田だ。多分、圃場整備が入っているのだろう。整然とした畔が少々無骨のようにも見えるが、米どころ魚沼地方に接する北信地域の梅雨明け直後の7月の田圃だ。この後、稲穂の成長に連れて、緑から黄、そして金色へと移ろって往く。瑞穂国の美しい四季を演出するアイテムの一つだ。ところで、水稲栽培には水が欠かせないが、豪雪地帯である北信の水の供給源は、主に冬の積雪だ。ところが、2019年の冬は、これまで経験したことのないような雪の少なさだった。おまけに、春先には少雨傾向も続いた。いったい今年はどんな眺めになっているのだろうか。やっと、新型コロナの県境越えの自粛も解除されるようで、遠征ロケが再開できそうだ。やっぱり、まずは新潟方面だろうか。この写真の時は、梅雨明け十日の安定した晴天が続き、死ぬほど暑かった。今度は、梅雨明け前の潤いのある眺めを狙うのもいいかもしれない。


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  1. 2020/06/19(金) 00:00:00|
  2. 飯山線
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沈下橋のある風景

フルムーンの沈下橋だそうだ
そのポスターの俳優は誰だっけ

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2020年4月 予土線 土佐大正

この写真を見ていて、ふと、沈下橋が本当に沈むのかという、ちょっとした疑問が湧いてきた。これだけデカい川だ、沈下橋が沈むには相当な水量が要るだろう。そこで、ネットで探していくと、この沈下橋が濁流に飲み込まれている写真が見つかった。確かに沈むようだ。こういう時代だ、月並みに普段の川面を写してもインパクトは弱いとばかりに、濁流の沈下橋の写真も結構アップされている。写真は、四万十川本流に架かる通称「茅吹手沈下橋」と呼ばれる新谷橋になる。この橋名を検索してみると、「平成9年のJRのフルムーンのポスターに使われた云々」という説明が、枕詞のようにして書かれている。確かに、橋の袂の説明書きにもそう書いてある。しかし、こあらまには、どうしても「JR」と撮影に訪れた「香山雄三夫妻」というのが引っ掛かる。

まずは「JR」だが、こあらまの直感的な印象では「フルムーン」は国鉄時代だ。1982年の上原謙と高峰三枝子が法師温泉・長寿館の温泉に浸かっているテレビCMのシーンが真っ先に思い浮かぶ。高峰のふくよかさにうっとりとした殿方も多かったのではないだろうか。新しい時代を予感させるセンセーショナルな映像だったが、テーマは「セクシィ」だったようだ。演出は、先日お亡くなりになった尾道のあの大林宜彦監督だが、その話はまた別の機会にしたい。国鉄末期の宣伝広告は、「DISCOVER JAPAN」をはじめ、電通と決まっていた。この「フルムーン」も同じく電通生まれで、アートディレクターであった鈴木八朗のキャッチコピーであることは有名だ。同じく国鉄の「エキゾチックジャパン」も鈴木の作だ。アートなCMの先駆けとなった時代でもあった。

上原・高峰のCMは、1981年に発売された「フルムーン夫婦グリーンパス」のためのものだが、このきっぷはJRに引き継がれ、現在も販売が続けられている。CMキャラクターは、「ふたりの海編」の二谷英明・白川由美の二代目を経て、三代目の加山雄三・松本めぐみへと繋がっていく。そして、加山雄三夫妻の茅吹手沈下橋となるわけだ。どうにか、そのポスターの画像を探し出したが、暗く沈んだ沈下橋の1スパンの画角に、明るい服装のお二人が立つという趣向で、『若い頃は 見えなかった 日本へ。』のコピーが付く。このポスターだけから茅吹手沈下橋を言い当てられるのは、余程の通だろう。それにしても、「フルムーン」は世代を重ねる長期戦となっている。当時20代だったこあらまも、添えられたコピーがすんなり入ってくる年になってしまった。

次は「香山雄三夫妻」だ。どこが始まりだかは判らないが、この沈下橋を検索すると、この誤記が結構見つかる。多分、誰かが変換の間違えに気付かずにアップしてしまい、それを安易にコピペした結果だろう。こういう事態には、SNSの危うさを感じる。伝言ゲームよろしく、悪意のあるなしに拘わらず、誤った情報が拡散していくことになる。こあらまも、記事のチェックはしているつもりだが、間違えはなかなか無くならない。身の引き締まる思いだ。ちょっと見方を変えると、「香山雄三」が増えるのは、本物を知らない人がいかに多くなったかということだろう。茅ケ崎のサザンは知っていても、海の若大将とまではいかない。『幸せだなぁ』と言いながら、鼻の横をこする仕草をして、加山雄三の真似をして遊んだのは、遠い1960年代後半のことだ。


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  1. 2020/06/17(水) 00:00:00|
  2. 予土線
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江ノ電の走る街 セピア色の午後

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2020年5月 江ノ島電鉄

流行り病で何時もとちょっと違う海辺の風景
困りものの渋滞は何処へやらで車もスイスイ
空っぽの駐車場は地元若者の息抜きの場所に
おまけに今夏は海水浴場も海の家もお預けだ


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  1. 2020/06/15(月) 00:00:00|
  2. 江ノ島電鉄
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葉桜

散った桜花を偲んで花は葉に
桜若葉を愛でる初夏の風情だ

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2018年4月 樽見鉄道 日当

樽見鉄道には、桜の名所になっている駅が幾つかあるが、この日当駅もその一つだ。これだけ立派な桜が並んでいれば、さぞかし素晴らしい花見になることだろう。写真は満開から2週間くらいの葉桜だ。柔らかい緑もこれはこれでいいもんだが、人出のことを考えると少々憂鬱になるが、一度くらいは花の見頃にこの鉄道を訪れてみたいとも思っている。終点の樽見には、日本三大ザクラの「薄墨桜」があり、シーズンには特別ダイヤが組まれるほどの桜の一大観光スポットだが、日本人の三大なんじゃらやら百なんとやらの好きなのには呆れる。有名なものを見るということが満足感に繋がっているのなら、人混みが不可欠ということになる。となると、3密予防のコロナ時代には、観光地は成り立たなくなるということになる。今再び、DISCOVER JAPAN 時代の憧れだった「一人旅」、今風に言えば「ぼっち旅」の再来が求められているのかもしれない。

さて、樽見鉄道は旧国鉄樽見線が第三セクター化したものだが、国鉄時代の終点は神海だった。「こうみ」と読む。現在の神海-樽見間は、7割程出来ていた未成線を第三セクターが開通させたものだ。勿論、建設していたのは鉄建公団で、日本海まで抜けるつもりでいたというから、どこまでも造る気満々だった。鉄建公団の造り方は、金に糸目を付けずに、真っ直ぐに突き進むことにある。そのため、風情の無い直線的なコンクリート路線となるが、ここ日当駅は珍しくまずまずの眺めだ。ホームがコンクリート造りなのが味気ないが、短い片側ホームに小さな待合所のみという潔い構造がいい。何より周囲の長閑な雰囲気と、地元の地名からとった日当という駅名が、何気なく鄙びたイメージだ。日当の集落からはちょっと離れているので、至って静かで人気も少ない。もし、ここで一人で花見を楽しめたら、それはそれはいい一日になると思うのだが。


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  1. 2020/06/13(土) 00:00:00|
  2. 樽見鉄道
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「春雨じゃ」と言われても

北の白滝に先起こされた西の白滝
風情のある木造駅舎の駅に春の雨

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2020年4月 予讃線 伊予白滝

「春雨じゃ、濡れて参ろう」とは、新国劇は『月形半平太』で、土佐藩士の武市半平太こと武市瑞山が、三条の宿を出る時、舞子の雛菊が「月様、雨が・・・」と傘を差しかけたところで返す名セリフだ。ほろ酔い気分の、馴染みの芸子との春の夜の風流を描いたものとされる。こあらまもそうだが、こんな場面は一般大衆には縁のない浮世で、一生に一度くらいは「月様~」などと呼ばれてみたいものだ。一方、金田一晴彦さんの「ことばの歳時記」には、霧雨のような春雨では、傘を差しても役に立たなかったのでは、という実用的な解説もある。

ところで、現代の日本人は、どうしてここまで傘を差すのが好きになったのか。そんなにまでも濡れるのが嫌なのか。例えば、欧州人は殆ど傘を差さない。フードを被って足早に歩き去るというのが彼らの流儀だ。英国紳士の傘は、飾り物で差すためのものではない。雨の降り方の違いもあるだろうが、何か日本人の雨への潔癖感のようなものを感じる。東南アジアの国々は、降れば外に出ないか雨宿りというのが通例だったが、経済成長に連れて、日本製の傘が急速に広まっているとのこと。今や、のんびり雨宿りなど許されないようだ。

さて、写真に行くが、最近は「春雨じゃ」などと暢気なことを言っていられなくなった。写真には雨粒が見て取れる。写真をやっていれば、どの程度の雨だかは察しが付くだろうが、強風の中の大降りだ。しっぽり濡れる春の雨なんてとんでもない。風が後方からだったので、背中を盾にして撮れたが、正面からだったらどうにもならない。天候に一喜一憂しないで撮り続けることを課しているが、さすがに無理っぽい気象状況が増えて来た。これから先、傘が役に立たない場面が増えそうだ。「暴風雨じゃ、濡れて参ろう」じゃ洒落にならない。

巷では、今日11日には、北海道を除き、全国的に梅雨入りとなりそうだ。写真が撮れるだの撮れないだのはどうでもいいが、線路が流されるのはどうにもやるせない。ローカル鉄道の最大の敵となった、危険な雨の季節に入るが、もはや神頼みだけしかないのか。


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  1. 2020/06/11(木) 00:00:00|
  2. 予讃線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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