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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

帰路

川口発車の後には緩い登りが始まる
大志集落を後にしてC11が帰路につく

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2017年5月 只見線 会津中川

只見線にC11が走らなくなって早2年となった。復活蒸気にあまり熱心でないこあらまだが、只見線には毎年のように通っていたから、個人的には特別な路線だ。蒸気の在る無しに拘らず、小出口、会津口ともに興味は尽きないが、特に小出口の魚沼は気に入っている。蒸気が走らなくなった会津口にも今も通っているが、やはり蒸気が見られないのは寂しいものだ。JR東にはC11、C12、C56の何れかを、とっとと復活させてもらいたいものだ。

一方、只見線の不通区間の復旧だが、昨年復旧工事の起工式が行われ、2021年の運転再開を目指している。不通区間には多くの名だたる名所があったが、どんな姿で戻って来るのだろうか。もちろん、従来工法で復元するという訳ではないだろうから、大きな期待は禁物だ。車輌だって蒸気はおろか、何時までもヨンマルが走っているはずもない。ひょっとしたら、今風のコンクリート橋の八橋を渡るステンレス車を拝むことになるかもしれない。


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  1. 2019/04/29(月) 00:00:00|
  2. 只見線
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春宵

夕靄の菜の花街道を九州のヨンマルが往く
雨降り続きの春の一日が暮れようとしていた

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2017年4月 唐津線 東多久

今日から10連休という方も多く居られることだろう。昨日は銀行ATMが混雑して、現金が底を尽いてしまった支店もあったとのこと。長い連休を前にして、まずは先立つものということだろう。海外旅行はかなりの盛況のようで、国内各地の観光地も皮算用に余念がない。JR各社の指定席の売れ行きもまずまずらしい。ただし、70%の方々は家でのんびりしたいというから、休みが長くなれば、その分景気を押し上げるという政治的思惑が、必ずしも通用しなくなってきている。そもそも、休みには物見遊山という発想自体が、前時代的になりつつある。従来型の土産物屋やドライブインに廃屋が目立つのも時代の流れだ。

写真の年の九州の春は菜種梅雨の様相だった。旅程の半分以上が雨だったような気がする。雨降りの車中泊はあまりいいものではない。家なら閉じこもっていればいいが、車生活ではそうはいかない。朝夕だけでも止んでくれることを願って旅していた。この日も、どんよりした雨模様の一日が暮れようとしていた。どういうわけか、九州では線路端によく菜の花が咲いている。そんな菜の花街道を九州のヨンマルがやって来た。貫通扉の窓から座席の並びが見えるが乗客は少なさそうだ。桜祭りのライトアップは、春の季節の日本の風物詩のようになっているが、キハのヘッドライトに照らし出された菜の花もまた乙なものだ。


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  1. 2019/04/27(土) 00:00:00|
  2. 唐津線
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阿蘇外輪山を抜く

トンネルを抜けると再び白川に出会う
外輪山越えにC12の混合列車が喘ぐ

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1973年8月 高森線 長陽

豊肥本線の立野は外輪山が唯一口を開いた場所だ。豊肥本線はスイッチバックによってカルデラ内の赤水へと向かう。一方、立野で分岐して高森に向かう高森線はというと、白川に沿ってカルデラ内へと進む。立野を出た列車は、白川支流の橋梁を二本渡ると短いトンネルに入る。この隧道を抜けたところが、高森線随一の撮影名所の第一白川橋梁となる。今無き戸下温泉の河原で、C12の混合列車を固唾をのんで待ったものだ。何時だったか、白川橋梁を歩いて渡る人を目撃したことがある。鍬を担いだ3人が橋梁を渡り、その先のトンネルに消えて行った。立野の集落から歩いて来たようだが、トンネルの先に畑でもあるのだろうか。

そのトンネルの出口が見たくて、歩きが短かそうな長陽側からアプローチしてみた。今思えば、立野から線路を歩いてみればよかった。白川橋梁からの眺めはどんなだっただろうか。トンネルは900m程だがほぼ直線なので問題はなかったはずだ。何より、今ではご法度なのでリベンジすることもできない。そのトンネルの出口は意外にも白川沿いだった。白川は尾根を大きく迂回しているが、落差が大きく、途中には鮎返ノ滝がある。さて、畑はというと、写真の上端に小さな畑が写っている。そんな畑が点在していたが何の畑なのだろうか。それにしても凄い斜面を開墾したものだ。日本の人口が増えていた時代の土地への執念を感じる。

南阿蘇鉄道では、2022年の全面復旧を目指して、2018年3月に立野-中松間の復旧工事に着手している。70億円とされる復旧費の97.8%を実質的に国が負担する。何らかの政治的忖度があったかは定かでないが、運よく復旧する路線と無視されて消え去る路線、その根拠はやはり何も見えてこない。一方、豊肥線は一足早い2020年の復旧見通しが報道されている。


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  1. 2019/04/25(木) 00:00:00|
  2. 高森線
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JR西日本 キハ41

春の眩しい陽光に木々の芽吹きが始まった
下りてきたヨンマルの顔付が何やらおかしい

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2018年4月 山陰本線 久谷

鄙びた山陰地方の農村風景に現れた単行タラコのヨンマル一族だが、どうも様子がおかしい車輛だ。向かって左の進行方向側の運転台は、見慣れたヨンマルの顔付だが、右側の運転台は俄作りのぺしゃんこ顔だ。そう、キハ47が単行運転が可能なように両運転台に改造されたキハ41だ。その証拠に、乗降扉は二枚引き戸だ。その増設運転台は、根室本線幾寅のぽっぽやのキハ20を模したキハ40 230の顔をさらに押しつぶしたような容姿だ。つまり、はっきり言って醜いということだ。JR西日本では、時としてこんなゲテモノにぶち当たる。播但線には、さらにラッピングが加わったものまであり、遭遇すればあまりの感動に涙ものだ。たまたま、この写真では真横狙いだったので事なきを得た。この列車はお隣の浜坂で折返しとなるが、当然のことながら、後追いの構図で待ち構えたことは言うまでもない。


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  1. 2019/04/23(火) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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懐かしの宮津線

宮津線は宮豊線という名に変わってしまった
在りし日のはしだてビーチ号の名が懐かしい

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2018年4月 京都丹後鉄道宮豊線 京丹後大宮

この路線が半世紀前の国鉄宮津線だった頃、春には「チューリップ号」、夏には「はしだてビーチ号」という蒸気牽引の臨時観光列車が走っていた。「チューリップ号」は当時の丹後木津近くのチューリップ畑に観光客を運ぶ目的で、「はちだてビーチ号」はその名の通り海水浴客のための列車だった。共に西舞鶴機関区のC58や9600がその任に当たっていた。八高線と同じようにクルクルパーが付いた、あまり格好の良い罐ではなく、形式的にも少々地味な路線だった。由良川橋梁を除けば撮影地情報にも乏しく、半世紀たった今も相変わらず場所選びには苦労させられる。ちょうど丹後半島の付け根に位置しているので、鉄道に見切りをつけて、舟屋で有名な伊根辺りに流れてしまったりもする。ただし、そちらは観光地化が進み過ぎて、まったりとは行かなくなってしまった。


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  1. 2019/04/21(日) 00:00:00|
  2. 宮津線
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八ヶ岳に春が来た

残雪の八ヶ岳をバックに桜が満開になった
一足早い新緑色のタンカーが高原を抜けて往く

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2019年4月 中央東線 長坂

例年であれば、今時分は桜を求めてロケハン車での生活が続いているはずだが、今春は諸般の事情で遠出が出来ないでいる。色々用事があってブログの更新も辛いところだ。先日、長坂の町中に所用があったが、山がスッキリ見えていたので、鉄分補給のため、久しぶりにこのお立ち台に寄ってみた。下りのスーパーあずさと上り返却のタンカーが来る時刻だったが、ダイヤ改正でどうなったかは調べていなかった。とにかく待ってみることにしたが、幸いにも昨年と変わらぬ時刻に警報機が鳴りだし、ブルーサンダーのヘッドライトが見えてきた。遠方のローカル線に気を取られて、この地域での桜は何年振りだろうか。現在、当地の桜満開全線は標高700m程まで来た。間もなく小海線沿線に到達する。長期ロケは秋に集約するとして、今春は近場の掘り起こしと行きたい。


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  1. 2019/04/19(金) 00:00:00|
  2. 中央東線
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町が先か鉄道が先か

西条の瓦屋根の家並を列車が横切る
鉄道好きには良い眺めだがその功罪は

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2016年4月 芸備線 備後西条

列車が西条の町中を横切って行く。町並みが先か、それとも鉄道が先なのか。西条は少なくとも南北朝時代からの歴史があり、戦国時代には宮氏の大富山城の城下町だった。庄原線が備後西城まで延伸されたのが1934年、備後落合に達したのは翌1935年だ。つまり、町並みの方が遥かに長い歴史があり、そこに鉄道が割り込んできたことになる。しかし、家並の建築年代は大正、昭和というから、鉄道開通の前後だ。鉄道とともに町並みもリニューアルされたということになる。そこには、鉄道開通への期待があったのかもしれない。しかし、かつての賑わいを取り戻すことなく現在に至っている。

日本は懲りることのない土木屋国家であり、何時だって建設第一で、景観は二の次だ。日本橋を覆うように首都高が走るなど狂気の沙汰だが、オリンピックの大義名分の前には、日本橋とてただの橋でしかない。大枚を叩いて景観を取り戻そうという計画があるが、土木屋にとっては二度おいしいということになりかねない。さて、ここ西条がどうだったかは分からないが、なかなか微妙な景観だ。鉄道好きにとっては一度は訪れてみたい場所だが、古い町並みという観点からは、鉄道が大胆に横切るのは如何なものだろう。一日数往復の鄙びたローカル線だからと云うのは、撮り鉄の勝手な言い分か。


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  1. 2019/04/17(水) 00:00:00|
  2. 芸備線
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桜の日に 大隅横川

はやとの風が大勢の観光客を連れてきた
一瞬の賑わいが去り、駅舎はまた我に返った

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2018年4月 肥薩線 大隅横川

肥薩線と云うのは本当に稀有な路線だ。鹿児島本線として時代に先駆けて開通した鉄路でありながら、海沿いの新線にその役割が移ってからは、根っからのローカル線に凋落した肥薩線として時を重ねてきた。幹線用の年代物の重厚な駅舎は、時間が停まってしまったかのようにひっそりと立ち続け今に至った。鹿児島線が隼人から横川まで延伸されたのは明治36年、1903年のことだ。同年さらに吉松まで開通している。この区間には、開業時からの木造駅舎の駅が二つ残されている。嘉例川とここ大隅横川だ。両駅とも無人駅だが、地域住民と自治体によって手厚く保護され、2006年には国の登録有形文化財に指定されている。

全国区で有名駅となった人気の嘉例川の駅舎は、逓信省鉄道作業局の最小規格の五等停車場が基となっているとされているが、大隅横川はそれよりは大型のもので、横川町の玄関口としてより堂々とした構えになっている。内部は殆ど改装されておらず、建築当時の内装が色濃く残されている。終戦の年の1945年、駅周辺は米軍の空襲で焼け野原になったが奇跡的に駅舎は残った。駅舎のホーム側の柱には機銃掃射の傷跡が残っている。因みに、川線の八代-人吉間の開通は1908年、山線の人吉-吉松間は1909年のことだ。沿線には古い木造駅舎が散在するが、年式、保存状態の何れもから、嘉例川と大隅横川が横綱格と言えるだろう。


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大隅横川は桜の名所でもある。満開の桜を見ようと、満員の観光客を乗せた特急「はやとの風」が到着した。この列車、鹿児島中央と吉松を結んでいるが、途中停車駅は鹿児島、隼人、嘉例川、霧島温泉、大隅横川、栗野と完全に鉄道遺産観光列車だ。勿論、その先、山線の「いさぶろう・しんぺい」、川線の「かわせみ やませみ」の各特急に連絡している。さらに「SL人吉」もあり、肥薩線の鉄道遺産と観光地を巡る旅を演出している。JR九州の最貧路線の生きる道は、やはり観光路線化にあるのだろう。愛すべき肥薩線が末永く地図上に残ることを祈りたい。


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昔は2面3線で貨物列車などが退避するのが見られたが、今は真ん中の1線が撤去され島式ホームの1線が遊んでいる。黒と白の列車交換となったが、どちらもヨンマルだ。桜が満開を迎え、如何にも南国九州の大らかな空気が漂っている。黒い「はやとの風」の雑踏の撮影タイムも終わり発車の時間になった。白い普通列車では数人の乗降があった。どう見ても、観光列車の方が断然優勢だ。


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  1. 2019/04/15(月) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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日向の風

シゴナナが飫肥杉の木立を駆け抜ける
もう一度見てみたい日向路の美しい風だ

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1973年8月 日豊本線 日向沓掛

C57というのは本当に美しい罐だ。こあらまとしては、C57で真っ先に頭に浮かぶのは日豊本線だ。旅客はC57、貨物はD51という路線が多かったが、日豊線の宮崎以南はD51が入線できず、旅客も貨物もC57、運が良ければC55が拝めた。それも、現役蒸気末期には門デフの名機たちが集った宮崎機関区は役者揃いだった。機関士のシゴナナへの信頼も厚く、青森から転属してきた新参者のC61一族は、もっぱら貨物の運用に回されていた。

そんな南国宮崎のシゴナナたちが走る日向路は、飫肥杉の木立が美しい。夕日の杉木立から112号機が勢いよく飛び出して来た。一次形の優美なボディに装着された小倉工式K-7型デフがこの罐の持ち味だ。LP403の一灯式の前照灯は、九州の伸びやかなスタイルを醸し出す。低く構えた前傾姿勢は、Models IMONで製品化されたように、C57の名機の1台となっている。日豊線のC57を見ると当時に戻りたくなるのは、こあらまだけだろうか。


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  1. 2019/04/13(土) 00:00:00|
  2. 日豊本線
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山里の春

山里に遅い桜の季節がやって来た
田圃が春色になるのはもう少し先だ

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2018年4月 明知鉄道 山岡

残念ながら、現役のC12が走っていた頃の国鉄明知線に行ったことはない。中央西線の木曽のデゴイチの後を追うように明知線も無煙化されてしまった。急勾配路線のエキサイティングなC12の走りはとうとう拝めず仕舞いだった。19号線で明知鉄道のガードの下を潜る度にこの鉄路が気になっていたが、なかなか寄る機会がなかった。やっと無煙化から45年後の昨春に沿線を旅することが出来た。

その時、何やら女性の大顔がどてっ腹に描かれた青いラッピング車が来た。何の宣伝かは皆目見当がつかなかったが、岩村の古い町並みを歩いてみて初めてその正体が分かった。どうやら某放送協会の朝ドラの舞台になったようだ。家に帰って、写真を拡大してみると、確かに半分なんじゃらとか書いてある。その大顔はヒロインらしい。朝ドラなどはどうでもいいが、ラッピング車には辟易させられた。

写真は明知鉄道のアケチ100形気動車で基本カラーリングの車だ。この赤いラインが明鉄のイメージカラーになっているようだ。25km程のコンパクトな路線だが、二つの峠を越えていくので、山あり谷ありと変化に富んでいる。列車は小作りな山岡の町並みを後に二つ目の峠に向うところだが、なかなかのミニチュアチックな眺めだ。焼きの入った田圃の色合いが残念だが、また違う季節に訪ねてみたい。


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  1. 2019/04/11(木) 00:00:00|
  2. 明知鉄道
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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