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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

大河の流れ

大河に沿って故郷の風景が続く
その流れは首都圏のJR電源だ

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2017年2月 飯山線

日本一の大河の千曲川・信濃川だが、飯山線を旅すると、川の流れが一定しないことに気付く。特に水量が急に落ちるのが2枚目の写真の津南辺りだが、1枚目の上流の上境よりもかなり少なく、大河とは思えない水量だ。西大滝の西大滝ダムで取水されているためだ。その水は、年間発電量が電源開発佐久間発電所に次ぐ東京電力信濃川発電所に送られている。累計発電量では日本一の大河にある日本一の水力発電所だ。

JR東日本の年間総消費電力は、およそ60億kWhに上る。その4分の1の14億kWhを越える電力を、信濃川の国鉄譲りの自前の水力発電によって得ている。首都圏に限れば、約4割の電力を賄っていることになる。飯山線は越後鹿渡-越後田中間で信濃川を渡るが、その橋梁の袂にあるのが、津南町にある先の東京電力信濃川発電所になる。その放流口の直ぐ下流の十日町市に、今度はJR東日本の宮内取水ダムがある。

まず、1939年に十日町市の浅河原調整池を経由する千手発電所が開設され、戦後復興が進む1951年には、千手発電所の水を、小千谷市の山本山山麓にある山本調整池に引き入れた、小千谷発電所が始動した。さらに、1990年には宮内取水ダムに新たな取水口を設け、浅河原調整池の余剰水を合わせて、山本調整池に隣接した第二山本調整池に導いた、新小千谷発電所を落成させ、現在の3発電所の態勢が形作られた。

何れも、自然流を利用した調整池式自流の水力発電になっている。十日町の取水ダムから小千谷の二つの発電所まではおよそ30kmあるが、延々と導水管で繋がれている。この区間の信濃川も、津南と同様に流れは細くなっている。広大な山本調整池には、JR東日本と小千谷市が整備した学習・レジャー施設の「市民の家・小千谷信濃川水力発電館おぢゃ~る」があり、JR東日本の水利に対する地元振興が図られている。

当たり前の話だが、川の水には水利権が設定されている。農業や内水面漁業には川の流れは欠かせず、何人たりとも川を干上がらせることは許されない。そのため、JR東日本の発電所にも、厳格な取水量の上限と放水量の下限が設定された上で、水利が許可されている。ところが、取水・放流データの改ざんが行われ、過剰な発電がなされていた。監督官庁の国土交通省は、水利使用権を取り消す行政処分を下している。

その後、JR東日本は、サケの稚魚放流などの地域貢献の懺悔を続けることになった。小千谷市の「おぢゃ~る」もその一環で、飯山線に蒸気が復活したのもそのためだ。2010年には暫定的に水利権は復活したが、今も国交省と十日町市の厳しい監視下に置かれている。蒸気ファンとしては飯山線のC11は嬉しかったが、純粋な意味での町おこし、路線活性化であればよいが、少々後味の悪いものになったことは否めない。

国有企業が前身の公共交通を担う大企業であっても、このような悪質極まりない姑息な不正が起き、JR東日本のコンプライアンスとガバナンスの問題が露呈した。JRの傲りなのだろうか。発電が停まった2009年2月13日から2010年6月9日までの間、首都圏では夏の通勤時間帯の間引き運転も噂された。その昔、「順法闘争」が通勤通学の足を混乱させた。ただし、良き企業としての順法精神は決して失ってはいけない。


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  1. 2019/01/31(木) 00:00:00|
  2. 飯山線
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塩狩に挑む

上り最果て鈍行が塩狩へ挑む
稚内からの長旅の最後の難関だ

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1973年3月 宗谷本線 和寒

稚内を出発して既に6時間以上が経過している。322レ「最果て鈍行」旭川行きが和寒を発進した。C55に続くスユニ61、マニ60、2両のスハフ32の4両編成が、最果て鈍行の目印だ。丹念に宗谷、天塩の各駅に停車し、郵便と手荷物を捌いてきた。列車は和寒を勢いよく滑り出し、加速に集中する。直ぐに塩狩への峠道が始まるからだ。分水嶺の峠を越えれば石狩に入り、終着の旭川は近い。322レの旅はあと1時間ほどで終わる。最後の難関に向けて、北のC55の力走が始まる。

名寄で最果て鈍行同士の交換風景を撮影した後、814D急行「なよろ1号」で、322レを士別で追い越し、和寒で待ち受けた。下りの321レであれば、303D急行「天北」で追いかけると、音威子府で追いつく。この日は、道内で知り合った方に誘われて、塩狩ユースに泊まることになっていたので、和寒で322レ、士別でD51の394レの出発を撮って、夕飯に間に合うように塩狩へ向かっている。現役蒸気時代、宿に泊まることなど殆どなかったが、この日は数少ない例外の日だった。


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  1. 2019/01/29(火) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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冬の高原

晴天の放射冷却で厳しい寒さの朝となった
厳冬の白い八ヶ岳の稜線が青空に浮かんだ

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2013年2月 小海線

冬の高原は本当に静かだ。夏の間、大型トラクターが忙しく走り回っていた高原野菜の畑は、春が訪れるまで暫しの眠りにつく。冷涼な土地柄だけあって、一月前に降り積もった雪がまだ消えない。季節風が吹くと、決まって八ヶ岳の稜線に雪雲が絡み付く。この地域では、八ヶ岳の見える場所は、季節風が強いとされている。冬型の気圧配置が緩んだ一時、風が収まり高原特有の抜けるような青空が広がった。そんな朝は放射冷却の冷え込みが厳しい。季節風が吹いては寒く、晴れれば晴れたで寒く、何があっても寒さが先に立つのがこの高原の冬だ。


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  1. 2019/01/27(日) 00:00:00|
  2. 小海線
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みかん山を往く

みかん山の沢筋を在来線と新幹線が渡る
二つの大動脈に過密ダイヤで列車が行き交う

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2017年1月 東海道新幹線 小田原

温州蜜柑の代表的産地といえば、和歌山、愛媛、静岡の3県が挙げられる。その静岡県に隣接するのが神奈川県の西湘地区で、大規模産地の東端、北限とされている。この辺りのみかんは、地名をとって「早川みかん」と呼ばれる。海辺の傾斜地にみかん畑が広がり、細く曲がりくねった農道やモノレールが張り巡らされている。年を越えても残っているのは、普通種か青島温州などの晩性種となる。海が近いので、風害、塩害を被ることもしばしばで、今期は、昨年秋に襲来した台風の被害で、残念ながら不作となっている。

何とも長閑な海辺のみかん畑の風景だが、ここを通るのは日本の大動脈の東海道新幹線と東海道本線だ。両線ともに、ひっきりなしに列車が通過するので、短時間の滞在でも結構楽しめる。こあらま的には、小田原漁港などへの買い出しの際に、ここで昼飯を食うのがお決まりのコースだ。ちょうど、ロクヨンの相模貨物が来る時間でもあるので都合がいい。車輌のバリエーションからすれば在来線が面白いが、偶に見る新幹線も新鮮だ。有難いことに、ここは新幹線と在来線を同時に愛でることのできるハイブリッドな撮影地だ。


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東海道本線 早川


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  1. 2019/01/25(金) 00:00:00|
  2. 東海道新幹線
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北辺のキハ22

極寒、風雪の宗谷を北の守りのキハ22が往く
その耐寒、耐雪スペックは揺ぎ無いものだった

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1975年3月 宗谷本線 下沼

夜行列車を降りると、キハ22が、カランコロンとエンジンをアイドリングさせて、乗り換えの乗客を待っていた。ある時は支線のローカル線に入った。また、ある時は本線の小駅に向かうためだった。まだ夜が明けきらぬ冬の北海道の早朝はしばれる。仄かな室内灯の暖かな車内がなんとも有難かった。現役蒸気を撮っていた頃の、北海道での撮影の一日は毎日こうやって始まっていた。そして、凍える雪中の撮影を終えて、暖かい座席に座った時の安堵感といったらなかった。体が温まると眠気がさしてくる。キハ22のエンジン音が子守歌のようだった。雪対策の板張りの床の油の匂いも記憶に残る。何度となく多くの時間を共に過ごしたキハ22は、本当に思い出深い北辺のキハだ。

この日は、札幌から夜行急行の「利尻」で、南稚内折り返しでこの地にやって来た。この頃になると、C55は最果て鈍行からも去り、数少ないキューロクの貨物が残っているだけだった。フィルムには、キューロク貨物の他にも、キハ22の普通やキハ56の急行「宗谷」、DD51の牽く最果て鈍行なども1枚ずつ写っている。このキハ22の稚内行きは、撮影現場に向かう途中で遣り過ごしている。レールの間にある足跡はこあらまが残したものだ。足跡からも解るように、いつものように単独行動だった。列車は何と3両編成で、雪煙を巻き上げて颯爽とやって来た。キハ22の耐寒、耐雪設計の優秀さは、北海道での運用で十分に証明され、その後の国鉄、私鉄車輌に伝承されることとなった。


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  1. 2019/01/23(水) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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湿原の印象

ガスが流れる湿原に一筋の鉄路が伸びる
そこにはとびきり贅沢な車窓と時間がある

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2018年10月 根室本線 厚岸

別寒辺牛川の河口に広がる湿原は何処までも水平だ。その平原の彼方から、キハのヘッドライトがだんだんと近付いて来る。どうして道床が湿原に沈まないのか不思議に思えてくるような湿地の只中を列車が横切って往く。毎年の冬の凍結では、軌道は大きなダメージを受けることだろう。この湿原に鉄路を伸ばすことの困難さ、保線することの大変さは容易に想像できる。そんな贅沢至極の北海道の大自然を楽しんでもらうため、列車は徐行してゆるゆると通過して往く。

どうしてこの路線にグルメ列車が走っていないのだろうか。厚岸の牡蠣、根室の花咲蟹といえは、グルメの定番中の定番だ。「オレンジ食堂」、「TOHOKU EMOTION」等々、レストラン列車の人気は上々だ。旧江差線の道南いさりび鉄道にも、三セク化すると直ぐに「ながまれ号」が登場した。その安い改造費などから「日本一貧乏な観光列車」とも呼ばれている。別寒辺牛湿原を車窓に厚岸の牡蠣で一杯。落石の太平洋を愛でながら花咲蟹で一杯。こんな贅沢があるだろうか。


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  1. 2019/01/21(月) 00:00:00|
  2. 根室本線
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雪国の小さな駅

白い季節を乗り切り、春の気配がしてきた
行き来する雪国街道のキハも安堵の表情だ

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2017年2月 飯山線

雪国や北国で生きる人々は、春の気配にはとても敏感だ。まだまだ積雪は2m近くあるが、2月も終わりに近づいて、日差しが柔らかくなり、集落の雰囲気も明るさを増してきた。線路を覆っていた氷雪も大分解けて、道床が現れだした。行き来するキハも、春めいた日差しを浴びて心持暖かそうだ。厳しい冬を、肩寄せ合って乗り切った雪国の小さな集落に、待ちわびた春の気配が漂う。

この冬は暖冬傾向で始まったが、その後の寒波で冬らしい冬になった。新潟県津南のアメダスでは、今夜は雪で、積雪深は180cm近くになったようだ。この地域では、これから一月ほどが降雪のピークとなる。今頃は、飯山線のキハが雪ダルマになって、人々の生活を支えていることだろう。そろそろ、安穏と炬燵に何ぞ当たっていないで、雪深いのローカル線の活躍を応援しに行こう。


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  1. 2019/01/19(土) 00:00:00|
  2. 飯山線
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或る冬の日の大カーブ

この築堤との付き合いも半世紀になった
築堤と南アは今も変わらず迎えてくれる

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2018年11月 小海線

原画が思いっきりモノトーンなので、久し振りにモノクロームで仕立ててみた。こうして見ると、この眺めは高原のポニーが走っていた頃とあまり変わらない。大きな築堤と、バックの南アルプス。どちらも変わりようがない。カーブの内側も外側も、圃場整備は入ったものの相変わらず一面の田圃だ。蒸気が去って、築堤の草刈が少々疎かにはなっているが、それは時代の趨勢だ。初冬の築堤をキハ110がゆっくりと登ってきた。といっても、C56の鈍足に比べれば、いかにも軽快な足取りだ。キハから流れる2条の排気が、何となくあの日のポニーを思い出させる。


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  1. 2019/01/17(木) 00:00:00|
  2. 小海線
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最後の凸型DD街道

天井川気味の出来川橋梁に差し掛かった
列車は路線唯一の鳥谷坂隧道を抜けて往く

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2018年11月 石巻線 前谷地

国鉄の動力近代化計画、つまりは蒸気機関車を淘汰する無煙化の作業が1960年に始まった。手段は電化とディーゼル化の二通りがある。この計画によって、まず主要幹線の電化が急ピッチで進められ、大型旅客用蒸気があっと言う間に消えて行った。次のステップは、非電化として残る幹線、亜幹線のディーゼル化だった。この時代、ディーゼル機関車としては、既にDF50が導入されていたが、D51よりも非力という頼りなさだった。そこで開発されたのがDD51ということで、1962年に量産化が始まった。同時に客車から気動車への転換も進められた。さらに、亜幹線、ローカル線、入換の無煙化のためにDE10が1966年に投入された。仕上げは、1971年に導入された簡易線用のDD16だった。計画開始から17年目の1976年3月2日、追分のキューロクを最後に、国鉄から蒸気機関車が姿を消した。

蒸気機関車を追いやった憎き凸型DDは、蒸気ファンの目の敵にされたが、あれから半世紀が経ち、当時共存していた鉄道車両の殆どが姿を消し、今や最も古い部類となった。廿浦浦に張り巡らされていた鉄道貨物網は、幹線のコンテナ輸送に限定された。手荷物や郵便の輸送も無くなった。機関車を要する客車列車も風前の灯だ。ディーゼル機関車の用途が減っていったことが、逆にこの凸型一門の寿命を伸ばしたのかもしれない。ペラペラな車両ばかりになった昨今、仇であっても国鉄時代の重厚な凸型DDの方がまだマシかと、貴重な本線仕業の残る石巻線に立ち寄ってみた。もちろん貨物列車好きの好奇心もある。現在JRに残っているのは、高出力タイプの機関を搭載した1000番台以降の車になる。平坦な路線のため10両編成とそこそこの長さだ。やはり貨物は面白い。機会があれば再訪してみたい。


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  1. 2019/01/15(火) 00:00:00|
  2. 石巻線
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宗谷の牧草地を駆ける

刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ
風雪の季節を前に穏やかな時間が流れる

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2018年10月 宗谷本線 抜海

宗谷地方の農業と云えば酪農が中心だ。それも、広大な牧草地を使った放牧型の酪農となる。年間を通して気温が低く、夏の日照時間も少ない宗谷では、小麦などの農作物の栽培には適さない。何とか育てられるのは牧草くらいだというから、取捨選択的に残ったのが酪農ということだろう。道内各地のセイコーマートの店先に並んでいるセイコーマート牛乳は、お隣の豊富町の牛乳公社で生産されファンも多いという。

ここ抜海周辺にも広大な牧草地が広がり、酪農農家が点在する。隣家に行くにも車が必要となる土地柄だ。遮るもののない一面の牧草地の丘陵地帯を列車が行き来する。冬ともなれば、海から吹き付ける北東の季節風が、駅や鉄路に容赦なく襲い掛かる。風雪をじっと耐え忍ぶ厳冬の抜海駅の様子は印象的だ。冬を前に、刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ。氷雪の季節が近づく宗谷に流れる一時の穏やかな時間だ。


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  1. 2019/01/13(日) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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