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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

シラルトロ沼遠望

シラルトロ湿原をキハが横切って行く
この鉄路こそが湿原の観光ロードだ

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2018年10月 釧網本線 塘路

釧網本線にシゴハチの牽く混合列車が走っていた頃、この地域は国立公園でも、ラムサール条約登録湿地でもなかった。当時の湿原は、開拓の行く手を阻む厄介ものでしかなかった。釧網線が囚人労働で建設されたことは、あまりにも有名な史実だが、裏を返せば、人跡未踏の辺境地での難工事だったということだ。明治時代に絶滅したとされていたタンチョウが、1924年に釧路で再発見された。1935年には、タンチョウとその繁殖地が国の天然記念物に指定された。それが、この地の観光の始まりかもしれない。タンチョウしか注目されなかった釧路湿原も、世の中の価値観の変化に伴い、手付かずの湿原の自然そのものが、観光の対象となって行った。

1987年に、釧路湿原が28番目の国立公園に指定された。釧路湿原の東部に隣接する塘路湖、シラルトロ沼、達古武湖も国立公園に取り込まれた。この三つの湖沼は、海岸の後退による海跡湖とされる。太古にはこの一帯は海だったということだ。観光名所であり、釧網線の撮影スポットでもあるサルボ、サルルン、コッタロの展望台が、古には海を臨む岬だったといわれれば、感覚的に何となく頷ける。素晴しい水辺の景観だが、鉄路を伸ばしていくのは苦難の連続だったことだろう。湿原は観光地として脚光を浴びるようになったが、鉄路の方は厳しいままだ。思いっきり、自然保護の観点から、公園内への車の乗り入れを禁止するというのはどうだろうか。


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シラルトロ沼


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  1. 2018/11/29(木) 00:00:00|
  2. 釧網本線
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釧路コールマイン

久しぶりに石炭列車を目にした
まるでタイムスリップしたかのようだ

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2018年10月 太平洋石炭販売輸送臨港線 春採

日本各地で石炭が盛んに掘られていた時代、鉄道はその陸路輸送を一手に担っていた。南の筑豊本線、北の室蘭本線には、長大編成の石炭列車が行き交っていた。網の目のように、ヤマへと支線が張り巡らされ、キューロクなどがその集積に当たっていた。そんな時代も、エネルギー政策が石炭から石油へシフトし、国の大号令で一気に終わりを告げた。そんな中、ただ一つ坑内掘りで石炭生産を続けている会社がある。釧路市の釧路コールマイン株式会社だ。太平洋炭礦が所有する設備を使って運営されている。株主は釧路の地場企業で構成され、メジャーには属さない独立系のエネルギー企業だ。

その釧路コールマインの石炭輸送を担当するのが、太平洋石炭販売輸送株式会社となる。選炭工場のある春採から、積出港で貯炭場のある知人を結ぶ臨港線を運営している。ディーゼル機関車4輌、貨車(セキ)28輌を有する小さな貨物鉄道会社だ。


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これが春採駅の駅舎ならぬ事業所の建屋だ。ここで、撮影の許しをもらったり、列車の運行情報などを入手する。太平洋炭礦時代は結構な本数が走っていたらしいが、現在は完全な不定期制。出炭があるときのみ運行される。この日は、「午後に1本走らせるかもしれない」という、何とも連れないお言葉に、走行写真は諦めることにした。


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待機中の編成だ。両端に機関車が付き、プッシュプル運転される。このD801は雄別鉄道、釧路開発埠頭線を経てここにやって来た。どう見ても国鉄のDD13だ。


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セキ6000形は連接車だ。2両が1組で3台車に乗っている。国鉄にもセキ6000形というのがあったが、関係はないようだ。


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春採の構内はこんな感じだ。中央が機関庫で、その横にD401とDE601が見える。


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1970年製の電気式のDE601。GEの機関車だが日本車輌で組み立てられている。片側エンドキャブの日本では珍しい独特の容姿だ。


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石炭輸送鉄道の必需品のホッパーが見える。積載しているのを見たかったのだが、静かそのものだった。昔は石炭施設と云えば黒く煤けたものばかりだったが、今の時代はこんなか。


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ちょっと見、産業遺跡のようだが、現役の施設だ。太平洋下320mの海底で採炭された良質の石炭が、ここまでベルトコンベアで運ばれてくる。国の「産炭国石炭産業高度化事業」の受託で成り立ってはいるものの、近年の石炭の高騰で業績は好調のようだ。原子力発電の思わぬ大参事で、火力発電用の石炭の需要も高まっている。石炭火力発電の二酸化炭素の排出量を減らす技術も、大きく進歩しているらしい。この鉄道が生きながらえるかは、何とも微妙なところだ。


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  1. 2018/11/27(火) 00:00:00|
  2. 太平洋石炭販売輸送臨港線
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常紋を去った日

D51の客レが静かに折返線へと後退る
この信号場跡を再び訪れるのは何時の日か

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1975年3月 石北本線 常紋

16時55分、石北本線の1529レ網走行が静かに後退を始めた。まず渡り線で左横の2番線に移り、さらに折返線へと進み行き止まる。進行方向を変えて、左端に僅かに見える金華へと下る本線へと進入する。後は、ほぼ絶気で常紋峠を駆け下るだけだ。5分前までは、1532レ上川行が並んで停車していたが、残念ながらDD51に引かれていたため写真は残っていない。蒸気列車を楽しむために乗車した1529レは、北見で牽引機をD51からC58に換えて、終着の網走には19時37分の到着となる。この日の宿となる札幌行518レ「大雪4号」は、北見まではC58牽引の普通列車1528レだ。網走発は1529レの到着の56分後の20時33分となる。

この時が、こあらまの常紋の最後となっている。この年、常紋が無煙化されるのに合わせて旅客扱いが終了し、本来の信号場に戻った。無煙化後も常紋信号場を何度も通ってはいるが、降り立つことは叶わない。2001年には交換設備の使用が停止され、信号場としての機能も失った。その後も、常紋は石北貨物の撮影聖地であり続けているが、撮影場所はキロポストで呼ばれるようになった。かつて、常紋トンネルを恐る恐る抜けて行ったあのS字カーブは、「146キロポスト」というお立ち台だそうだ。生田原から林道が通じているので、無雪期であれば、お手軽な場所なっている。あの常紋トンネル越えの武勇伝は遠い昔話になった。

今回の北海道の旅では、金華と生田原には寄ったが、常紋信号場の跡地にも146キロポストへも行かなかった。人気スポットにはあまり近づきたくないということもあるが、どうも、昔を偲ぶような場所ではなくなっているような気がしてならない。人里離れた山中に佇む風情あるスイッチバック信号場の記憶は消えることはない。現在の常紋がどうなっているかは知らないが、スノーシェイドに覆われたままなら、複雑な線路配置の痕跡を愛でることも出来まい。ひょっとすると、立ち入ることさえ拒絶されているかもしれない。国道にある常紋入口の標識は眺めるだけだった。何時の日か、怖いもの見たさで、必ずもう一度行ってみようと思う。


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  1. 2018/11/25(日) 00:00:00|
  2. 石北本線
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別寒辺牛湿原 雨の夜明け

鉄路以外には人工物は何もない
原始の自然の中にヘッドライトが輝く

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2018年10月 根室本線 厚岸

厚岸湾に注ぐ別寒辺牛川の河口に広がるのが別寒辺牛湿原だ。鉄道好きであれば、厚岸、糸魚沢、別寒辺牛湿原の名前を知らないことはないだろう。しかし、周辺に、釧路湿原、霧多布湿原、風連湖湿原といった名の知れた湿原が集中する場所柄のため、一般には知名度が低い湿原になっている。タンチョウの繁殖地であり、ハクチョウやカモなどの水鳥の飛来が多く、原始的な自然も手付かずで残されていることから、愛鳥家、カヌー愛好家などからの人気度が上昇中だ。

湿原故に、ここでの撮影場所は限られている。今回は最もポピュラーなお立ち台からの1枚を。露出度が高く、見飽きているだろうから、悪天候時のものを選んでみた。上りの始発列車はまだ明けやらぬ湿原を、コトコトとやって来た。よくぞこんなところに鉄路を敷いたものだ。今なら自然破壊と非難されそうだ。この場所、何てことない丘に登ることになるが、雨で斜面がつるつるで、意外と苦労することになった。さすがに、このままでは帰れず、晴天時の朝にもう一度丘に登ることになった。

根室本線の釧路-厚岸間の135.4km、花咲線と呼ばれる区間を、JR北海道は2016年に「単独では維持することの困難な線区」とした。冗談じゃないと、根室市は存続に向けた活動を展開している。ふるさと納税を活用したクラウドファンディングも行っている。目標の3千3百万円に対して、2億8千万円もの寄付が寄せられている。以前、由利高原鉄道の記事を書いた際に、ふるさと納税の活用にも触れたが、根室市は実際にふるさと納税で、「根室花咲線」の活性化事業の資金を得ている。寄付募集期間は今月末までだ。興味がおありの方は次のサイトへ。

日本最東端の鉄路「根室花咲線」を守ろう

この根室市の活性化事業には、鉄子の矢野直美さんが協力している。そのサイトはこちら。

地球探訪鉄道 花咲線


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  1. 2018/11/23(金) 00:00:00|
  2. 根室本線
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大湊線恐山二景

台風一過の風に白雲が流れる
恐山がすっくと陸奥湾に浮かぶ

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2018年10月 大湊線 下北

正確には恐山という名前の山はない。カルデラ湖の宇曽利山湖を囲う外輪山群と火山の総称だ。多量の火山性ガスの噴出により、独特の荒涼感のある風景が形成されている。古来よりこのような場所は地獄と呼ばれ、信仰の対象になってきた。恐山にも、延命地蔵尊を本尊とする恐山菩提寺が開かれ、日本三大霊場の一つになっている。この霊場は、死者が集まる山とされ、死者が巫女に憑依するイタコの口寄せが知られている。死者の憑依を信じるか信じないかは個人の自由だが、故人の言葉を借りて、何らかの道を諭しているということなら、それはそれで縋ろうとする人がいるのも分からなくもない。このイタコという職は寺院とは全く関係のない北東北地方の習俗だ。南方の沖縄や奄美群島にも、ユタという霊能力者とされる職がある。現代の町の手相占いもこの類のものだろうか。

この大湊線と付き合いも長くなった。その訳は北海道への道筋にあるためだ。津軽海峡を函館へと渡るフェリーは、青森と大間の2ルートがある。今回は、大間から函館に渡り、帰りは青森便を利用した。そうやって、行き帰りに北東北の路線も垣間見ようというわけだ。大間ルートでは八戸線が面白かったが、ヨンマルが終って当分は対象外路線になりそうだ。2001年までは、下北から大畑線が分岐していたが、こちらは敢え無く廃止になった。横浜の道の駅に車中泊し、午前中はのんびり大湊線を撮って、下北の老舗で南部煎餅を仕入れて、午後の便に乗るべく大間に向かうというのが恒例だ。これまで何度となく大湊線を撮っているが、これだけ恐山がくっきり見えるのは珍しい。直前に通過した台風24号の風が残っていたせいだろうか。大間からの船旅は少々揺れることになったのだが。


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2018年10月 大湊線 有畑


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  1. 2018/11/21(水) 00:00:00|
  2. 大湊線
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宗谷の彩

宗谷にも彩の季節がやって来た
か細い鉄路が稚内へと伸びる

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2018年10月 宗谷本線 恩根内

最果ての宗谷本線は、北海道高速鉄道開発が施設を所有する旭川-名寄間を過ぎれば、ローカル線の様相だ。こうして長玉で線路を覗いてみると、余計に線路脇に生い茂る雑草が目につく。レールも上下左右に波打っている。地域内輸送は減るばかりで、都市間輸送の特急列車の比重が高まっている。もう、列車の種別に拘っていられるような状況ではない。来るものは拒まず、去るものも狙う。ということになる。宗谷の秋は早い。特急「サロベツ」が、夕日に燃える紅葉をバックに、草をかき分けて、身を揺らしてやって来た。

この写真には単焦点レンズを用いている。ロケの際には、大三元と呼ばれる広角系、標準系、望遠系のズームレンズを付けたカメラを、その場に合わせて使い分けている。別に10本程の単焦点レンズも用意しているが、横着にもズームのまま本番ということが多くなった。ズームの性能が良くなったためだが、解像度という面からは、今でもズームがかなり劣るということは十分承知している。比較もしたことがあるが、明らかに差がある。そうはいっても、ズームの便利さに慣れてしまうと、なかなか離せなくなる。ちょっとした解像度に拘らなくてもという声も聞こえてくる。

今回の北海道では、そんな横着心を戒めようと、なるべく単焦点を使ってみた。ズームでだらだら追尾することへの反省もある。とは言え、列車が少ない場所だけに、チャンスは広げたい。かくして、単焦点とズームの二刀流ということになった。この写真、拡大してみると運転士の表情まで読み取れる。やはりズームではそうはいかない。解像度を落とせるだけ落としたブログ写真では、その辺りはお伝えできないが、パッと見でも引き締まって見えなくもない。だんだん、機材への拘りは薄れて行くばかりだ。どんなカメラでも、レンズでも、撮れるときは撮れるし、撮れないときは撮れない。そんな中、ちょっと単焦点に拘りたい今日この頃だ。


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  1. 2018/11/19(月) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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落石の落日

太平洋の夕日は敢え無く雲間に消えた
諦めかけていた一瞬の輝きに救われた

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2018年10月 根室本線 落石

午後3時半、根室行の5631Dがこの場所に現れた。ここは、てっきりキハ54の生息域かと思っていたが、やって来たのはキハ40だった。それも、緑色のラッピング車で、おまけに丸いヘッドマークまでついている。この風景には極めて不利な車体色だ。この前日にも、花咲線でキハ40を何度も見かけた。財政難から車両の更新が出来ず、ご老体のキハ40が、また勢力範囲を広げているようだ。国鉄時代の車輌は、とびきり頑丈のようで、どうやらJRへの置き土産のキハ54よりも長持ちのようだ。

ここでの狙い目は、この根室行が折り返してくる5632D釧路行で、午後4時半過ぎに再びここを通過する。事前の調べでは、日没のおよそ10分前に通過することになっていた。太平洋の夕日と輝く列車が、思い描いた写真だ。どうせピッカピカが狙いだから、ラッピングも何のそのだと自分に言い聞かせる。ステンレス車の方が光るだろうなということは考えないようにして、海風の中を空模様を気にしながらひたすら待つ。暮れ往く太平洋の大海原はなかなか壮観で、贅沢な時間と思えば苦にならない。

30分前、上空は青空で、西の水平線には大した雲もない。例によって、ハラハラ時計の待ち時間が始まる。空の様子は、5分もあれば一変することは、小海線の天空時間で痛いほど思い知らされている。通過15分前、不吉な雲が流れ始めるが、太陽は水平線上にまだ見えている。5分前、上空には厚い雲が広がり、太陽も雲間に消えた。運も尽きたかと消沈した中を、定刻に5632Dが姿を現したが、ラッピング車は大地に沈んで冴えなく過ぎて往く。諦めかけたその一瞬、夕日が零れ、列車が輝いた。

先日、中井精也さんの鉄道写真のテレビ番組を見ていると、この場所で全く同じようなことになっていた。こあらまと同じように、諦めの中での列車の一瞬の輝きに、精也さんも大喜びしていた。その様子を見て、苦笑するしかなかった。


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  1. 2018/11/17(土) 00:00:00|
  2. 根室本線
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ぽっぽやの駅は今

この駅は現実と映画の二つの顔を持つ
列車の来ない幾寅は幌舞として生きている

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2018年10月 根室本線 幾寅

この線路はJR北海道最長路線の根室本線の鉄路だ。この先150m程のところに幾寅駅がある。線路左側には幾寅の駅標識も見える。かつては、急行「狩勝」が停車していた南富良野町の玄関駅だ。2016年8月31日の台風10号の大雨災害で不通となり、今も東鹿越-新得間は通らずのままだ。列車が通わなくなって3度目の秋を迎えた。線路はススキに覆われ、ちょっと先の駅すら見えなくなっていた。


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幌舞線 幌舞

根室本線の幾寅駅は、同時に幌舞線の終着駅の幌舞でもある。1995年に「小説すばる」に掲載された、浅田次郎のベストセラーで直木賞受賞作でもある「鉄道員(ほっぽや)」が映画化された際のロケ地だ。1999年に降旗康男監督、高倉健主演で映画化され、日本アカデミー賞の主要部門をほぼ独占している。あまりにも有名な映画なので、能書きは野暮だろう。


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この駅舎は幾寅駅を改装したものだ。40数年前にオリジナル駅舎の幾寅に降り立ったことがあるが、その時代はその時代で、風情のある木造駅舎だった。その後、色々と不細工な補修がなされたのだろう。かなり手が入れられて、この幌舞に生まれ変わっている。駅舎正面の駅名票は幌舞のままで、目立たない場所に「JR北海道 幾寅駅」の表示がある。


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駅舎の周りには、ロケーションのセットが展示されている。廃車後ここで保存されているキハは残念ながら半身だが、だるま食堂とのツーショットは、映画のシーンを思い出させる。このキハ40 764はキハ12を摸して、映画用にキハ40 230が改造されたものだが、よく見ると何とも奇妙な顔つきだ。「ぽっぽや号」として観光列車に起用されていたらしいが、この改造が祟って、早々に廃車となってしまった。


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駅舎内は、まさに「ぽっぽや」一色だ。幌舞駅長の机だろうか、机上は高倉健を偲ぶ祭壇のようになっている。早いもので、お亡くなりになってちょうど4年になった。この映画では、雪子が現れた翌朝、ラッセル車の乗員が、ホームで冷たくなった乙松が雪に埋もれているのを発見して終わる。


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スチール写真展示コーナーには、なかなか懐かしいシーンが並んでいる。志村けんの顔も見える。筑豊から流れてきた酒癖の悪い吉岡肇だが、幌舞炭鉱の事故で帰らぬ人となっている。

私事になるが、こあらまが好きな登場人物は、高倉健の佐藤乙松でも、大竹しのぶの佐藤静江でも、広末涼子の雪子でもなく、乙松の同僚の小林稔侍の「仙ちゃん」こと杉浦仙次だ。なかなか人情味のあるキャラクターでありながら、こちらも根っからの「鉄道員」で、この物語をしっかり支えている。


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駅舎のホーム側に出てみると、あの時と同じようにホームへは階段になっている。幾寅駅としての機能は停止しているが、幌舞駅として訪れる人が多い。ひょっとすると、幾寅よりも幌舞の方が、乗客が多いのではないだろうか。ふと、そんな他愛もないことが頭を過った。


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落合側、いや幌舞の美寄側には、これまたロケーションのための腕木式信号機が残されている。前掲のスチール写真展示コーナーの右上の写真に写っているやつだ。ただし、積雪地帯にしては非現実的なくらいに背丈が縮んでいる。幌舞の信号機が、幾寅のものと混同されないような配慮なのか。バッテンが付けられていないのは粋な配慮だ。


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ホームには、数少ない幾寅の駅名票が鎮座している。本物の駅の証拠だが、名所案内は幾寅の明日を象徴しているかのようだ。不通区間の東鹿越-新得間には、幾寅と落合の二駅が存在する。被害は落合から先に集中している。ここ幾寅までなら何とか通すことが出来そうだが、そうならないのがJR北海道だ。この富良野-新得間は、災害があろうとなかろうと廃止区間と決まっているようだ。機会があれば、お隣の落合の今もご紹介したい。こちらは、人気のない寂寥の趣だ。


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幌舞線は北海道の炭鉱に伸びた、廃止予定のローカル線だった。北海道でローカル線の廃止が相次いだのは、国鉄末期、JR発足前夜の80年代半ばだった。そんな時代背景から「ぽっぽや」の発想が湧いてきたのだろう。幌舞の廃止から20年、今度は幾寅が危機に瀕している。それも、ローカル線ではなく、本線と名の付くかつての幹線だ。高倉健扮する佐藤乙松は小駅を守り抜くことに生涯を捧げた。今、鉄道員を失った駅は、静かに時の流れに身を任せている。

秋も深まり、錆びたレールに落葉が降り積もる。
列車の途絶えた鉄路に3度目の冬が来る。


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  1. 2018/11/15(木) 00:00:00|
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籾殻焼き

平原は開設以来ずっと無人駅だ
駅脇の田圃には籾殻焼きの煙が流れる

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2017年11月 しなの鉄道 しなの鉄道線 平原

稲わら焼きや籾殻焼きは、風情ある晩秋の風物詩かと思っていたが、米どころの秋田県などでは県条例で原則禁止されている。理由は二つ。煙による視界不良が、交通に重大な事故を引き起こす。煙が目やのどを痛め、特に体が弱い方や病気の方に被害が及ぶ。そう言われればそうだが、何とも世知辛い世の中だ。思うに、米作地帯に住宅地が入り込んだためと、住民の権利意識が高まったためかと。

秋田では、昭和40年代後半には「稲わらスモッグ」が発生し、苦情も絶えなかったらしい。列車が止まるという事態にもなったそうだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しといったところだが、晩秋の田園の風物詩も、公害呼ばわりされることになってしまった。多くの地域では、そこまでは目の敵にされてはいないようだが、野焼きは法律で原則禁止だ。農業といえども、苦情が出れば、やはりアウトということだ。

写真は長野県小諸市だが、列車を待っていると、農道に軽トラが停まり、荷台から脱穀機が降りてきた。直ぐに夫婦による二人三脚の脱穀と籾殻焼きが始まった。なかなかの早業だ。点在する小さな田圃を巡回して脱穀を行っているのだろう。まあ、この場所でこのくらいの煙なら、電車にも影響はないだろうし、住民から苦情も出ないだろう。晩秋の田圃から煙が全く無くなってしまうのも、それはそれで問題だ。


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  1. 2018/11/13(火) 00:00:00|
  2. しなの鉄道
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日暮山秋景

月見橋を列車と遊覧船が交差する
日本の美しい鉄道風景のの一つだ

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2017年10月 函館本線 大沼公園

今年の紅葉は台風の塩害のため、どうもパッとしない。今年もこの頂に登ったが、そんな訳で写真は昨年のものから選んだ。手前が小沼、向こうが大沼で、その間を函館本線が走っており、月見橋と呼ばれる赤い橋梁が架かっている。その小沼側の岸辺には、白鳥台セバットという白鳥の観察ポイントもある。特急、貨物と長い編成の列車が多い場所だが、抜けのある月見橋は1両とちょっと分のスペースしかない。自ずと狙い目は、この風景の中で目立つ北海道色のヨンマル単行の普通列車になる。

この眺めは、ご存知の標高303mの日暮山の展望台からのものだ。青春18きっぷのポスターにも登場した鉄道俯瞰の大場所だが、本来は大沼の観光スポットの一つだ。もともとは、「小沼山」とも、持主の名前に因んで「笠原山」とも呼ばれていたらしいが、今は「日暮山(ひぐらしやま)」で通っている。時間を忘れ景色に見とれていると日暮れになってしまうそうだ。

この一帯もヒグマの生息域なのか、今年の北海道入りの直前の9月26日に、この展望台付近でヒグマの目撃情報があり、一時登山道が通行止めとなった。ヒグマを心配してばかりいては、北海道での撮影は儘ならない。余程の山奥でもない限り、そう簡単に遭遇するものではないが、最低限、クマ除けの鈴くらいは携帯しよう。あとは出会わないことを祈る他ない。

もう一つの野生動物の危険は、自動車運転中のエゾシカとの衝突となる。こちらは、確率がグッと高くなる。こあらまも渓流釣りの帰りの夕暮れ時に雌を轢いたことがあるが、幸いにも事なきを得た。平均的な車の修理費用は40万円程で保険があるが、それも命があっての物種だ。宵の口が特に危険な時間帯となるので、見通しの利かないカーブなどでは注意したい。


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  1. 2018/11/11(日) 00:00:00|
  2. 函館本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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