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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

ODAKYU VOICE

美しい弧を描いて小田急の華LSEがやって来た
展望席には何時ものように旅の楽しさが溢れている

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2018年2月 小田急小田原線 7000系 LSE

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小田急の広報誌「ODAKYU VOICE STATION」

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冊子の冒頭

このブログの管理人は、西武池袋線沿線に生まれ育って27年間を過ごし、その後は今日までずっと小田急小田原線沿線民として過ごしてきた。気付いてみれば、小田急の方が長くなってしまった。とは言っても、西武線の生家もずっと管理しているので、小田急沿線民であり、西武沿線民でもあり、おまけに小海線沿線民でもある。鉄道好きだからという訳ではないが、3箇所とも列車の発着音が聞こえてくる距離なので、最寄りの駅には少なからず思い入れがある。これまで、小海線と西武線は記事として取り上げてきたが、最も付き合いの長くなった小田急線の記事が全くないのが、少々気になっていた。

ちょっと前のことだが、新聞の朝刊の折込チラシの中に、何と小田急電鉄の広報誌の「ODAKYU VOICE STATION」が入っていた。電車内のドアの上の細長い広告スペースが、この「ODAKYU VOICE」の指定席で、通勤時に眺めていたが、冊子があるとは知らなかった。それにしても、A4判上質紙の16頁の立派な作りの冊子を、新聞チラシとしてばら撒くとは、小田急の太っ腹には驚いた。60年以上も私鉄沿線民をやっているが、こんなことは初めてだ。来る3月17日からの新ダイヤの導入への並々ならない意欲の表れだろうか。それとも、忍び寄る沿線住民の高齢化による乗客減への危機意識からだろうか。

新ダイヤもいいが、鉄道好きとして一番気になっているのは、小田急ロマンスカーの看板を長年背負ってきた7000系LSEが引退するのではないかということだ。新ダイヤに合わせて新型の70000系GSEがデビューすることになっている。LSEも1980年の登場から38年が経った。ガキの頃、親戚のおばさんに連れられて、その先代である3100系NSEで箱根に遊びに行ったのは、もう50年以上も前のことだ。小田急ロマンスカーを世に知らしめたのは、このNSEからLSEへの系譜で、半世紀を経た今も、その優れたデザインには全く古さを感じない。やはり、小田急の記事の1枚目はLSEでなければならない。


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LSE 実に流麗な編成美

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LSE かすかに見える後方の山は大山

蒸気ファンはC57を貴婦人と呼ぶが、このLSEも貴婦人と呼ぶに相応しい車両だ。最近の車両には気品とか流麗さとかが無くなってきているように思う。近頃のロマンスカーにしても、残念ながら私的にはLSE以上の存在感はない。また、国鉄も一目置いた、小田急のお家芸のようなロマンスカーの連接車だが、このところ鳴りを潜めているのも残念だ。写真を撮っているとはっきりと解るのだが、LSEの連接車ならではの、車端の張り出しのないしなやかなコーナリングは実に美しい。竹で作った蛇の玩具があるが、その動きによく似ている。流麗なデザインに加えて、乗り心地につながる美しい走りを見せるLSEは、間違えなく小田急ロマンスカーの華であり、貴婦人だろう。


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LSE この4席がLSEの特等席

小田急ロマンスカーの大看板であり、絶大な人気を誇るLSEを、小田急が全て廃車にしてしまうことなど努々ないだろうが、願わくは動態保存して欲しいものだ。新宿-小田原間ノンストップの早さが命の「スーパーはこね」の向こうを張って、休日にゆっくり走る「クラシカルはこね」というのはどうだろうか。これからは速さだけの時代ではない。乗ることの楽しさを伝えていくことは、鉄道の明日のための重要なテーマだ。小田急にとっても、その辺がロマンスカーの目指すところだとは思うのだが。


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60000系 MSE 厳つい顔つきのMSE

今回の写真は、地元を走るLSEを撮りたかったので、周りの景色が何とも雑然とした冴えないものとなってしまいました。機会があれば、次回はもう少しマシな場所に出張ろうと思っています。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/02/28(水) 00:00:00|
  2. 小田急電鉄
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津南雪暦

吹く風にも温もりが感じられるようになった
眩しさが溢れる雪野を雪国のキハが往く

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2017年3月 飯山線

雪野原に映える日差しが眩しい季節になってきた。雪国を往くキハも、白いものを纏う日が少なくなってきた。冬の間ずっと凍えていた道床が顔を出し始め、春が近いことを告げる。春を迎える雪国の移ろいには、目を見張るものがある。白い世界に閉ざされた厳しい冬を乗り越えたものだけが味わえる輝きの季節だ。まだまだ深いこの雪の下では、しっかりと春の準備が進んでいる。雪が解けると、直ぐに春が弾けるように仕込まれている。毎年営々と繰り返される春への衣替えも、雪が深かった年ほど素晴らしい。今年はいい春になりそうだ。


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  1. 2018/02/26(月) 00:00:00|
  2. 飯山線
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駒ヶ岳を背に

春浅き駒ヶ岳を背に巨漢デゴニが軽やかに発進する
例によって引くのは各停の荷物郵便車付きの客レだ

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1973年3月 函館本線 大沼

昔の写真を整理していて、一番のお困りごとは撮影した日時と場所の特定だ。現役蒸気の頃は、撮影データなど記録していなかった。一応それなりに記帳していたのは、どの列車に乗り、どこで下車したかくらいだ。その記録をもとに、当時のダイヤグラムや時刻表を手元に、ネガを時系列的に見ていけば、日時も場所も列車番号もほぼ判別できる。ただ、車窓から撮ったものや停車中に撮ったもの、下車駅が連続したりした場合には、その特定が覚束なくなる。その時は、写真に写ったものの中からヒントになるようなものを探したり、ウェブで地形や過去の駅構造を調べることになる。

ここ大沼のように確たるランドマークがある駅は有難い。同じような景観と構内線路配置を持つ駅に森がある。大沼では仁山経由と藤代線が合わさり、駒ヶ岳廻りと佐原廻りが分かれてゆく。一方、森ではその駒ヶ岳と佐原からの単線の両線が合わさって、複線区間へと導かれる。そのため、大沼と森は共に多くの渡線を持つ複雑な構内線路配置を持っている。おまけにホームの配置や跨線橋までもよく似ている。しかし、ランドマークの駒ヶ岳の表情は大きく異なる。何より、大沼の駒ヶ岳は左、森では右に見える。決定打は、やはり大沼駅構内にある27.0キロポストということになる。

その後は、ポジフィルムとブローニー判に限って、日時と場所に加えて、レンズやシャッタースピード、絞りといった撮影データを記録するようになったが、スナップ的なものは、やはり五里霧中に陥ったりする。今ではデジタル化でデータは自動的に付帯ファイルに記録されるようになった。そこに、後日、撮影場所と列車番号などを、簡単に書き込むことにしている。後からしっかりその時を思い出すためには、撮影時の時刻表を保存しておくことと、きっちりデジカメの時計合わせをしておくことだ。日本の鉄道は極めて時間に正確だ。撮影時刻とダイヤがあれば、多くで場所の特定は容易だ。


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  1. 2018/02/24(土) 00:00:00|
  2. 函館本線
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冬木立の道

冬木立の道を列車が軽快に下って往く
木漏れ日にちょっぴり春の兆しが見えた

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2018年2月 小海線

こんな冬木立が好きでなければ、こんなに寒いところに住もうとは思わないだろう。この冬は久しぶりに厳しい寒さだった。雪も何回か積り、雪景色の日日も続いた。寒さが最も厳しいのは、1月下旬から2月上旬に掛けてだが、今年はまだまだ寒さが残っている。それでも、日差しが強くなりだし、春が近いことを感じられるようになった。固く凍結していた地面も、日中は少しだけ緩みだした。雪国や寒冷地に暮らす人々は、日の光の変化にはとても敏感だ。都会では厄介な花粉症の季節の始まりくらいでしかないだろうが、寒冷地に住む者にとっては、気持ちまで緩んできそうな春の兆しだ。


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  1. 2018/02/22(木) 00:00:00|
  2. 小海線
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五能線点描Ⅱ

前回に引き続いて、五能線点描の2回目です。
このところ断片的にお送りしてきました五能線を、これで一旦終わります。


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岩館

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大間越

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北金ヶ沢

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驫木

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驫木

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千畳敷

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北金ヶ沢

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広戸


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  1. 2018/02/20(火) 00:00:00|
  2. 五能線
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五能線点描Ⅰ

普段の記事のメインに選ぶ写真は、多くが撮るべくして撮ったものです。多くの同胞の皆さんがそうされているように、それなりに場所を選び抜いて、アングルに悩みながらカメラを三脚に据えて、列車のベストの位置を思い描いて、その時を待つ。そんな撮り方をしたものになります。ただ、こあらまは基本的に三脚は使いませんが。大概は、そういった王道を往く写真が主役になりますが、その陰には多くの気儘なプチショットを繰り出しています。旅の情景を演出するのは、決まってそんな写真です。旅の思い出は、大上段の景色ばかりでなく、小さな眺めの記憶の積み重ねによって出来上がっていくものだと思います。あの時の一輪の野の花とまでは云いませんが、イカ焼きが美味かったことや、天気が崩れる前触れのような空を仰いだことだったりします。今回と次回は、何時もなら出番がなくハードディスクの肥やしになってしまうような写真を集めてみます。下手なプチショットも束になれば何とかなるとは思っていませんが、ちょっぴり五能線を感じてもらえれば嬉しいです。


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横磯

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岩館

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十二湖

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大間越

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ウェスパ椿山

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風合瀬

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驫木

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大間越


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  1. 2018/02/18(日) 00:00:00|
  2. 五能線
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最果て鈍行 音威子府停車

下り最果て鈍行が音威子府に到着した
残りの道中に備えて罐が仕立てられる

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1973年3月 宗谷本線 音威子府

321レ「最果て鈍行」稚内行きが音威子府に到着した。旭川から129.3kmを3時間半程で走って来た。稚内までの259.4kmのちょうど中間地点だ。ここ音威子府では1時間程の停車時間がある。その間に天北線経由の急行「天北」の上りが、続いて下りが停車する。天北線方面と稚内へ急ぐ旅人は、下り「天北」の人となる。「最果て鈍行」の使命は、荷物と郵便を各駅に届け、受け取ることで、先を急ぐことではない。そのために残されたスユニとマニを連結する客車列車だ。

音威子府では、長い停車時間を使って、罐の整備が行われる。C55は、一旦客車をホームに残して、単独で給水、給炭に向う。その後、罐替え、足回りの点検などがなされる。名寄機関区音威子府支区での一通りのルーティーンが終わると、再び客車へと戻って来る。冬場は、その間は客車の暖房が止まることになるので、のんびりとはしていられない。とは言え、座り疲れた乗客には息抜きの時間でもあり、音威子府名物の黒いそばを啜る、腹ごしらえの時間でもある。

写真は給水の様子だ。給水装置は何ともアナログな仕掛けで、両手で操るようになっている。テンダーの下から水が流れ出ているので、満水になったようだ。もう一人は石炭の掻き寄せを行っている。決まって、同時に二人して行われる蒸気の恒例の儀式だ。今時の機関車なら空調の効いた運転室で休憩といったところだろうが、今の機関士も蒸気には憧れるようだ。経験と技と勘が物を言う、どこまでも人間染みた機関車は、電子化の時代に在っても特別な存在のようだ。


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  1. 2018/02/16(金) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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厳冬八ヶ岳 2018

この冬も寒さがピークを迎えた
八ヶ岳連峰の白い峰々が凛々しい

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2018年2月 小海線

今、韓国のピョンチャンで冬季オリンピックが開催されている。ピョンチャンは寒さは厳しいが、雪はそれほど降らないということだ。夜のゲームでは、選手も観客も寒さ対策が欠かせない。そのピョンチャンの気温を聞いていると、ここ野辺山高原とよく似ている。野辺山も、このところ最低気温が氷点下20℃を下回る日が続いている。昔、野辺山にもスキー場があったが、降雪が少ないため、人工降雪機が稼働していた。野辺山は緯度が低い分標高が高いので、同じような気温になっているようだ。この季節、夜の野辺山では、寒くて外には出られたものではない。米国での放映の都合だろうが、商業オリンピックの夜中の屋外競技は、さぞかし寒いことだろう。


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八ヶ岳連峰の主峰赤岳と横岳。稜線に赤岳天望荘が見える。


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  1. 2018/02/14(水) 00:00:00|
  2. 小海線
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昭和の東京都電車物語 新庚申塚

昭和の豊島区西巣鴨の街並みだ
看板をチェックするのが楽しい

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1976年6月 都電荒川線 新庚申塚

通称「都電」と呼ばれる東京都電車は、かつては41系統を有する東洋一の路面電車網だった。こあらまが子供だった1960年代には、東京中心部の主要道路の殆どに都電が走っていた。池袋を始発とする17系統池袋線にはよく乗ったものだ。しかし、モータリゼーションの進展を背景とした、収支の悪化と国の施策により、1967年から1972年にかけて、一挙に廃止されてしまった。その発端になった出来事の一つが、1964年の東京オリンピックの開催だった。専用軌道部分が大半で、地元の要望が強く、辛うじて運行が続けられた27系統と32系統の廃止が撤回され、「荒川線」として恒久存続されることになったのは1974年のことだ。

都電が廃止されて行った時期は、ちょうど国鉄から蒸気機関車が消えていった頃と一致する。蒸気が終焉の時を迎え、ふと地元に目を戻すと、見事に都電が消えていた。これはまずいと、残された荒川線を慌てて撮るようになった。そこには、まだ昭和の庶民の生活が垣間見れる東京の情景が残されていた。それから40数年が経ち、今の東京には、都電の代わりに、都心の川を首都高が塞ぎ、何時辿り着くかも知れない高深度に地下鉄が走っている。この街の進化が正しかったのかは甚だ疑問だ。来る2020年には2回目の東京オリンピックが控えている。また同じ轍を踏まないことを願うばかりだ。都電の姿を見るとしみじみそう思う。

不定期で、70年代の昭和の都電荒川線をご紹介していこうと思います。


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  1. 2018/02/12(月) 00:00:00|
  2. 東京都電車
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国鉄形が消える時

断崖と海とに挟まれた狭い空間が、この集落の生活の場だ
幾重にも連なる防波堤が、人々の海との戦いの歴史だ

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2016年10月 五能線 岩館

蒸気機関車が好きで、鉄道写真を撮り始めたが、現役蒸気の時代は、ほんの6~7年で終わってしまった。ここ五能線も無煙化から45年の長きが経った。その後は、これといって撮りたい車輌もなく、車輌に拘りのない、鉄道のある風景に傾いていった。拘りとまでは行かないが、非電化が好きだ。というよりは、架線と架線柱があまり好きでない。電化により無煙化になった路線を数多く見てきたからかもしれない。架線ポールが立ち始めるのを見ると、本当に嫌な気分になったものだ。例外的に、最初から電化されていた鄙びた私鉄各線に関しては、何の抵抗感もない。かくして、ここは車両特異性の希薄な鉄道写真ブログになっているわけだが、車輌への好き嫌いが全く無いわけではない。

この道でも、国鉄の影響を色濃く受ける、完全な旧人類になってしまったので、その血を引くものへの好感度はどうしても高い。五能線にも走るキハ40だが、キハ10系や20系に比べれば、本当に可愛くない奴だ。色だって首都圏色とかで登場し、蒸気ファンが毛嫌いした赤ブタことDD51といい勝負だった。ところが、次々と国鉄形が淘汰されてみると、勝手なものでキハ40もDD51も格好良く見えてくる。ましてや、絶滅危惧種ともなれば愛おしくも思えてくる。ここ五能線も国鉄形の時代が終わり、キハとも呼ばないJRのステンレス車体の電気式気動車に移ろうとしている。さてさて、その電車モドキに食指が動くだろうか。それはその時だ。まずは、キハ40の記念写真でも撮っておこう。


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2016年10月 五能線 深浦


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  1. 2018/02/10(土) 00:00:00|
  2. 五能線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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