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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

烏賊焼き

リゾートしらかみが大間越の断崖を往く
潮風の味のするイカ焼きを食いながら愛でる

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2017年10月 五能線 大間越

函館には「イカール星人」なるキャラクターがいる。多くの地場キャラクターが、特産品を模った可愛さを売りにしているが、このイカール星人は、函館を侵略しに来たというのがミソだ。『イカール星人襲来!! ハコダテ大ピンチ』はさておいて、函館名物のイカがまさに大ピンチになっている。イカの水揚げが急落し、市民も高くて手が出ない状態になってしまった。函館の町では、朝には獲りたてイカの行商人が廻り、朝からイカそうめんを食うイカ処だ。温暖化が原因と囁かれているが、市が加工業者に補助をだすまでの事態になっている。代わって外国産イカの輸入が急増しているらしい。

津軽海峡を挟んだ、ここ青森県西北地域もスルメイカの産地だが、函館近海程の落ち込みではないようだが、やはり漁獲量は減っている。大間越の須郷岬の傍にある「福寿草」というドライブインをご存じだろうか。イカ焼きが美味いので、天日干しのイカを目にしてしまうと、思わず駐車場へ吸い込まれてしまう。注文すると、干場のイカが焼かれて来る。写真はその福寿草の駐車場から撮ったものだ。イカを食いながら、列車を待つのも乙なものだ。この場所では、リゾート列車は減速するので、撮り逃すこともない。偶には横着な撮影もいいもんだ。ただ、このイカ、輸入物じゃないだろうね。


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  1. 2018/01/31(水) 00:00:00|
  2. 五能線
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五能線のらしさ

日本海に冬を告げる鉛色の海原が広がった
列車は入り江の小さな漁村を巡って往く

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2017年10月 五能線 大戸瀬

秋も終わりに近づき、冬型の気圧配置が現れるようになると、日本海に鉛色の空と海が見られるようになる。五能線の最もらしい季節がそこまで来ている。色彩を失った海岸の眺めと、そこに日々営まれる健気な人々の暮らしは、冬の日本海の原風景であり、そこには演歌に通じるような、日本人のDNAを揺さぶる何かがある。西風に運ばれる荒波の潮に苛まれ、列車の運休や遅延に悩まされても、大きな満足感が味わえるのも、そのせいだろう。それぞれの五能線の「らしさ」を求めて、抒情派の同胞たちが厳冬の五能線を目指すのもごく自然な流れだ。


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千畳敷


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  1. 2018/01/29(月) 00:00:00|
  2. 五能線
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紅海岸のテトラポット

広戸の海岸が日本海の夕日の紅に染まった
45年前に立つことが出来なかった因縁の場所だ

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2016年10月 五能線 広戸

45年前の1973年の3月、奥羽線経由の夜行急行列車の「津軽」で北の大地を目指した。当時、青森への夜行急行は、東北線経由の「八甲田」、常磐線経由の「十和田」、そしてこの奥羽線経由の「津軽」だった。まだまだ、東北から東京に出稼ぎに出る人が多かった時代、夜行急行列車の自由席が重宝されていた。わざわざ遠回りの「津軽」に乗車したのは、東能代から日本海に沿って伸びる五能線に寄って、ハチロクの混合列車を撮るためだった。

ただし、この時の五能線は、広戸-追良瀬間が不通になっていた。前年の1972年12月に、豪雨と荒波で道床が失われ、下り始発の混合列車を牽くハチロクが、海に転落してしまう事故が起きていた。機関士が波にさらわれて、帰らぬ人となっている。それでも、区間列車でも撮れるかと寄ってみたが、事故の影響で、既に蒸気は出番が殆どなくなっていた。忌まわしい事故によって無煙化が前倒しされ、その3月25日にハチロクの火が消えている。

45年前に断念した場所に、やっと立つことが出来た。事故以来、機関士の敵討ちでもするかのように、日本海の荒波から護岸壁を守るために、テトラポットが投入されてきた。今では、夕日を愛でるスポットとして名を馳せ、リゾート列車が行き交う。ハチロクの混合列車がガタゴトと走っていたのは遠い古になり、記憶も朧げになって来たが、何故かこの事故のことは鮮明に覚えている。不慮の死を遂げた機関士を弔うかのように、海岸が紅に染まった。


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  1. 2018/01/27(土) 00:00:00|
  2. 五能線
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玄関前踏切

五能線のキハが漁港の集落を抜けて往く
貴重な平地を分け合う折衷の眺めだ

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2017年10月 五能線 北金ヶ沢

この道路と五能線の線路は、北金ヶ沢漁港に沿って走っている。左手の家並の向こうは直ぐに漁港だ。右手はご覧の通り裏山が迫っている。細長い僅かな平地に、道路と線路が通り、家屋が犇めき合っている。この地に五所川原線が到達したのは1931年のことだ。翌年の1932年には漁港に最初の整備がなされている。定置網の一種の大謀網(だいぼうあみ)の好漁場として、漁港には地方卸売市場「大戸瀬魚市場」が設置され、やりいか、するめいか、ぶり、ひらめ等が商われる、この地域の中心的な漁港となっている。

さて、今回の見所はといえば、線路右手に並ぶ家並になる。並行する道路には、線路に上がるための短い階段が、各戸の前に置かれているのにお気付きだろうか。どうやら、これらの家へは線路を歩いて渡って行くようだ。詳しく調べたわけではないが、付近に踏切はなく、家に繋がる道自体がないようだ。家が先か、鉄道が先かは分らないが、狭い貴重な平地を鉄道と集落が分け合った、ぎりぎりの選択肢なのだろう。漁師にとって職住接近が基本だ。家の前を五能線が走ろうと、港から離れるわけにはいかないのだろう。

こういった玄関前線路は、江ノ電辺りではよく目にするところで、江ノ電の「らしさ」にもなっているが、JR線では珍しいのではないか。偶に、線路によって農地や敷地を分断されてしまった農家の勝手踏切を見かけるが、狭い土地にまとまってあるのを他で見たことはない。大体、勝手踏切にはJRが注意書きを立てているが、ここには勿論そんなものは見当たらない。それどころか、置かれた階段には強い意志さえ感じる。多分、鉄道が集落を分断してしまったのだろう。何となく、最初からここいいた者の強さを感じる眺めだ。


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  1. 2018/01/25(木) 00:00:00|
  2. 五能線
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雪に負けるな!

降り頻る雪の中を往くキハ
思わず声を掛けたくなるシーンだ

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2018年1月 小海線

関東甲信越は、22日昼頃から大雪に見舞われている。山梨県内の小海線沿線も、ちょうど正午に雪が降りだし、直ぐに銀世界へと変った。この記事を書いている最中も雪かさが増し、30cmはゆうに越えている。積雪に弱い東京の交通機関の麻痺が伝えられているが、中央東線も特急が運休し、普通列車も間引き運転されている。小海線はといえば、平常運行が続いており、22日は終列車まで定刻で運行を続けられそうだ。車も、多くが初めからスタッドレスを履いているので、立往生も見られない。

夕方、例によって徒歩圏の撮影に出掛けた。列車によっては少々遅れがでていたものの、ほぼ定刻に運行されていた。寒さに対しては万全の小海線だが、雪となると話は別だ。雪国ではないので、除雪能力は低い。列車が走行できない程の積雪になれば、2014年の豪雪の時のように一巻の終わりだ。どこまで走れるのかは分らないが、30cmくらいなら支障はないようだ。今風の軽量車輌ならそうはいかないかもしれないが、このキハはレールが雪に埋もれた33‰をしっかりとした足取りで登って来た。

北辺や雪国で、雪だるまになって進む列車を見ていると、心のどこかで列車に「頑張れ!」と声を掛けている。撮影するこちらも決して楽ではない。何が面白くて、降りしきる雪の中、凍えながら列車を待つのか。「頑張れ!」の声は、同時に自分への励ましなのかもしれない。この小海線のキハにも、「雪に負けるな!」と声を掛けていた。


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  1. 2018/01/23(火) 00:00:00|
  2. 小海線
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驫木の朝

海辺の駅に始発列車がやって来た
毎朝繰り返されるローカル線の風景だ

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2017年10月 五能線 驫木

五能線にハチロクの混合列車が走っていた頃、驫木はそれ程人気のある撮影場所ではなかったように記憶している。珍しい駅名なので、隣の風合瀬とともに、驫木という駅があったことはよく覚えている。現在、驫木駅に停車する列車は5往復だが、昔の時刻表でみても、6、7往復なので、それ程列車が減ったわけではない。五能線は、両端部の市街地を除けば、以前から人口の少ない地域だ。驫木は、2002年に「青春18きっぷ」のポスターに登場し、海の見える駅として、めきめきその知名度を上げていった。海辺の駅ということなら、広戸の方がよっぽど海縁だとは思うが、古い木造駅舎と周辺の鄙びた雰囲気では、驫木には到底敵わない。その駅舎も改修され、駅前の道路も立派になり、とても秘境駅などとは言えない環境にはなっているが、人気に翳りはないようだ。始発の06:23の弘前行きの到着が近づくと、例によって、後ろに見える坂道の上にある驫木集落から車が降りてくる。この日は3人の乗客を乗せて、列車は風合瀬へと向かった。


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こちらは上り始発の07:08の東能代行き。この後の上りは11:58までない。


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  1. 2018/01/21(日) 00:00:00|
  2. 五能線
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漂泊の道標 雪掻き

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1977年3月 宗谷本線 芦川


雪上り、ひとり黙々と続けられる転轍機の雪掻き
こんな地道な作業の積み重ねが北の鉄路を支える


※芦川は、かつて徳満と兜沼の間にあった駅だが、2001年7月1日に廃止。


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  1. 2018/01/19(金) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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笹川の地蔵尊

笹川流れの海辺をコンテナ貨物が抜けて往く
小さな入江のお地蔵さんに集落の過日を想う

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2017年10月 羽越本線 桑川

日本海縦貫貨物が、トンネルに挟まれた笹川流れの小さな集落を、身をくねらせて抜けて往く。沖には粟島の島影がくっきりと浮かんでいる。鉄色の瓦の家屋が重なり合うが、こちらは安田瓦だろうか。石州瓦と同様に、高温焼成された日本海の風雪に耐える堅い瓦だ。笹川流れ一帯では、こうして僅かな平地に人々が身を寄せ合って住んでいる。今なら、集落から村上や鶴岡へは車で簡単に行けるが、昔は船でも使っていたのだろうか。

ふと、この集落の中に地蔵尊の祠を見付けた。日本の民間信仰においては、お地蔵さんは「子供の守り神」とされている。周囲の状況から、道祖神としての地蔵尊ではなく、水子供養の地蔵ではないだろうか。傍らには、多くの首のない小さなお地蔵さんが寄り添っている。この集落が、鉄道や国道が通じる前に、陸の孤島のようにして生きていた時代を感じさせる。そこからは、幼い命を守り切れなかった、集落の無念が伝わってくるようだ。


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  1. 2018/01/17(水) 00:00:00|
  2. 羽越本線
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秋日和の展望台

四季折々の自然の移ろいを映す展望台
眺めが楽しめるのも、そう長くはないかもしれない

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2017年11月 小海線

次第に、この撮影場所も樹木の成長で列車が見通せなくなって来た。今年の新緑シーズンにはかなり厳しいことになりそうだ。その昔、小海線に高原のポニーが走っていた頃、甲斐小泉から信濃川上にかけての高原地帯には、数多くの絶景ポイントが存在した。しかし、木々が伸びてしまったために、その殆どで視界不良に陥り、名撮影地が次々と失われていった。稀に、伐採によって部分的に視界が戻ることもあるが、撮影場所として復活した例を知らない。高原地帯の視界喪失は、大火後に植林された落葉松、赤松などの成長が大きな原因だが、自然景観の変化によるところもある。この場所は、人手のあまり入っていないところで、長らく絶景が保たれてきたが、いよいよ見納めになるかもしれない。

この谷底を流れるのは千曲川で、線路際まで氾濫原だったため、灌木が生える程度だったが、次第に流れの蛇行が大きくなり、その内側にしっかりと木が生えるようになった。このまま木々の成長が続けば、トンネル出口の川べりを除いて、林の中に没してしまう日も近いだろう。原因は治水が進んだためと思われる。上流部での大量取水やダム、堰堤の設置などによる水量の低下と安定化だ。近頃の激しい集中豪雨にでも見舞われれば、昔の流路に戻るかもしれないが、そんなことを願うわけにはいかない。撮影地が失われるのは、何も突然現れる人工物ばかりではない。ゆっくりと進む景観の変化もある。多くは人の営みが変化を加速させている。自然の風景とて、何時までも見られるとは限らない。


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  1. 2018/01/15(月) 00:00:00|
  2. 小海線
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ホワイトバランスに悩む

太陽が西に傾き日本海が輝きだした
山陰線の美しい夕暮れの始まりだ

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色温度 4750K  2017年4月 山陰本線 波根

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色温度 5723K

この2枚の写真は、どちらをアップしようか半年以上も散々悩んできたが、どうしても選び切れなさそうなので、比較のため両方を同時に上梓することにした。違いはホワイトバランスだけだ。こあらまは、通常はホワイトバランスはオートで撮り、現像時に色温度を調整している。1枚目は撮影時にカメラが自動調整した4750Kの画で、2枚目は現像時に手動調整した5723Kになる。カメラのアルゴリズムは夕日の赤みを抑える方向に働いているはずだが、夕日の暖色の眩しい光の中で撮った印象が強いので、色温度を少々上げて温かみを持たせてみた。

フィルム時代には、ホワイトバランスも色調も簡単に弄れるものではなかった。被写体と光源に合わせてフィルムと現像を選ぶことぐらいしか出来なかった。フィルターという手もあったが、特殊効果を狙って使うことはあっても、細かくホワイトバランスや色調を調整することなど、アマチュアには現実的でなかった。それが、デジタル化で様相が一変した。お手軽に弄れるようになった反面、何が一番か分からなくなる迷宮に陥ることもしばしばだ。この2枚もそうだが、さすがにニコンもそれらしくホワイトバランスを合わせてくるので、悩みも深まるというものだ。

一切のレタッチを許さないという頑な方がおられる。偽りものの写真への嫌悪感がそうさせているのだろうが、こあらまはそうは考えていない。トリミング、レタッチなしの一撃で仕留められることなど滅多にない。銀塩時代にも色々な小技を繰り出して写真を作ってきた。その小技部分がデジタルの現像やレッタチへと代わっただけだ。今回の写真を例にすると、銀塩時代なら紙焼きの際に必ず覆い焼きが必要となるシーンだ。もしレッタチなしで行けるのなら、その技をご教授願いたいくらいだ。フィルム時代もデジタル時代も次の工程を考えざるを得ない。

メインのカメラを、ニコンのD700の登場に合わせて、F3からデジタル化して早10年になる。現像用のPCとソフトもそれなりに用意し、撮影・現像という一連のデジタル作業も当たり前になった。撮影は素材作り、現像は味付けといったところだ。どんなにいい素材でも味付けによっては不味くもなる。どんなに味付けしても素材が悪ければ何も始まらない。現実を忠実に再現しようとするのもいいだろう。思いっきり独創の空間を描くのもいいだろう。要はその結果で見る人に何を伝えられるかだ。自分が信じるスタイルをとことん追求していくしか道はなさそうだ。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/01/13(土) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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