駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

立野を想う

あの地震の日から住む人も通う列車も消えてしまった
カルデラに続くスイッチバックが蘇える日を待つ

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1973年8月 豊肥本線 立野

一度でも訪れて、世話になったことのある町や村が、災害現場として報道されるのは、本当に悲しいことだ。今春は九州各地を巡り、久大線や日田彦山線の沿線にも何度となく立った。それが、7月の九州北部豪雨で大きな被害を受け、今も被災集落の再建の道程が続く。昨年の夏には北海道の根室線沿いを旅したが、その直後の台風災害で甚大な痛手を被り、根室線、石北線の復旧にはかなりの時間を要した。次々に襲い掛かる自然の猛威は留まるところを知らない。このところの被災路線で、廃線に追い込まれたケースがないのが不幸中の幸いだ。九州北部豪雨では、現在も不通が続く鉄道路線のことも気になるところだが、まずはそこに暮らす住民の方々が、平穏な生活を取り戻せることを切に願いたい。

そんな中、2016年の熊本地震で孤立してしまったのが、豊肥線沿線の344世帯の立野地域だ。その後の豪雨などもあり、避難指示や避難勧告が続き、住民の集落での生活は奪われたままだ。これまでも、度重なる災害を乗り越えてきた路線だが、この地震災害の爪痕はあまりにも大きい。先日、阿蘇長陽大橋の開通が報じられたが、周囲の風景は鉱山か温泉地獄のように荒涼としている。阿蘇へと抜ける豊肥線と並行する国道57号線は、大きくルートを変えて付け替えることになった。今回も、JR九州は豊肥線を復旧させる意気込みだが、全く目途は立っていない。まずは、肥後大津-立野間の復旧を目標にするとのことだ。南阿蘇鉄道も国での再建が決まっているが、立野の復旧無くしては意味が薄い。

立野駅は阿蘇外輪山を越える要衝の駅だ。唯一口を開けたカルデラ内へとスイッチバックが続く。駅自体も斜面にあるので、駅舎からは階段を下りてホームに向かうことになる。構内の中央には豊肥本線の長い島式ホームが陣取っているが、階段脇の狭い場所に、唯一の支線である高森線のホームがあった。ゼロキロポストは高森線の起点を表している。現在は、このホームに第三セクターとなった南阿蘇鉄道の駅本屋が建っているようだ。豊肥線の列車が到着し、立野で降りる人、高森線に乗り換える人、傍らでは手荷物や郵便物を扱う駅員氏の姿もある。時代背景は違へど、何時かまたこの駅に賑わいが戻り、カルデラ内へと向かう列車がスイッチバックするのを眺められる日が、再び来ることを祈りたい。


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  1. 2017/08/31(木) 00:30:00|
  2. 豊肥本線
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天空の時間 空に一番近い列車 2017 No.6

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このシリーズでは写真だけをご覧いただいております。個々の写真には題名も文書も付けていません。ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。路線は小海線。撮影は2017年夏です。


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  1. 2017/08/29(火) 00:30:00|
  2. 小海線
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続・青葉の山陰線を往く その20 春うらら

リアスの小さな峠を越えながら列車は入江を巡って往く
春麗らかな粟野川を軽やかに渡る朱色のキハが青空に映える

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2017年4月 山陰本線 長門粟野

深川湾を望む長門市を出た西行きの列車は、黄波戸の先の黄波戸トンネルで深川湾に別れを告げる。湾を隔てる半島の付け根にある田園風景の長門古市、人丸と停車し、伊上で次の油谷湾岸に出る。山陰線と北浦街道の国道191号線が絡み合いながらに西へと進むが、なかなか上手く海が捕らえられない。そうこうするうちに、長門市から下関市に入り長門粟野に着く。以前、ここは豊浦郡の豊北町というところだったが、郡が下関市と合併し、今は下関市になっている。ここから先、終点までずっと下関市が続くことになる。

1889年に法律第一号として市制および町村制が公布され、翌1890年に初めて全国に31の市が誕生した。下関市はその一つだったが、当時は赤間関市という名称だった。萩から下関に通じる赤間関街道というのがあり、その北浦道筋に沿って山陰線が走るが、この赤間関というのは下関のことだ。下関には、この赤間関以外にも、長門関、馬関や関という呼び名も存在した。1901年の山陽鉄道の開業時の駅名は馬関だった。呼び名を統一する意味合いもあって、1902年に最も通りの良かった下関に市名が改称された。

一方、この長門粟野は美禰線の駅として開業している。現山陰線の宇田郷-阿川間と仙崎支線は美禰線の本支線として建設された。阿川は長門粟野の西隣だ。西から延びて来ていた小串線の阿川に美禰線が繋がるのが1930年、東からの山陰線が美禰線の宇田郷に達したのが1933年。その年、厚狭―正明市間を除く美禰線と小串線が山陰線に編入され、目出度く山陰線が全通となった。つまり、最後の未成区間は、山陰線最長の2,215mの大刈トンネルと、189mの惣郷川橋梁のある須佐-宇田郷間ということになる。


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春の油谷湾の眺め


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  1. 2017/08/27(日) 00:30:00|
  2. 山陰本線
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続・青葉の山陰線を往く その19 国境の海

風光明媚な山陰海岸は国境に海でもある
沿岸警備という文字にそのことに気付かされる

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2017年4月 山陰本線 長門三隅

長門市の西隣の黄波戸の駅は、深川湾に面し、対岸に青海島を望む風光明媚な浜にある。立ち寄ってみると、駅前には「許すな密航!! 守ろう 山口長門海岸」のスローガンを掲げたポスターが下がっていた。ポスターの主は「長門地区沿岸警備協力会」とある。忘れかけていた「密航」という言葉に改めて気付かされた。美しい山陰海岸ということで、山陰線の旅をご紹介しているが、その入り組んだ海岸線は、密航者にとっては絶好の隠れ場と言える。日中は人気のない小さな入り江に潜み、夜間に上陸を試みるというのが常套手段のようだ。この地に暮らす人々にとって、日本海は生活と心の拠り所であると同時に、危険を運ぶ海なのだ。

10年程前であろうか「脱北」という文字が新聞紙上に度々見られた。小型の中国船らしき謎のボロ船が日本海沿岸で次々に発見され、地域社会を恐怖に陥れていた。人気の無くなった集落の片隅に、見知らぬ人が棲んでいるようだ、などという情報も飛び交っていた。かつては、神隠しのように沿岸の住民が消え、北朝鮮による「拉致事件」と判るまでにかなりの時間を要した。日本は島国であり、現在は陸上で国境を接する国はない。しかし、狭い日本海の対岸には確かに国情が全く異なる国が存在する。太平洋岸に住む人々にはあまり実感がないようだが、日本海沿岸の方々には、海の向こうに異国があるというのは切実な問題なのだ。

先般、日本海側のゴミの漂着について書いたが、流れてくるのはゴミやPM2.5ばかりでなく、密航者もだということだ。単に体制から逃れるための亡命ならまだしも、スパイや拉致のための密航であったら、それこそ日本としても一大事だ。当時、国も警察も海上保安庁も暢気に構えていた。「裏日本」などという言葉があるように、日本海側ということで、国家を揺るがす異常事態でありながら、軽視されていたのかもしれない。そのような意識が、多くの拉致被害者を出す結果となったのだろう。北朝鮮にとって日本は忍び込むことが容易な国の一つとされているようだ。結局、これまでに帰国を果たせたのは、小泉首相が電撃的に連れ帰った5名だけだ。


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2017年4月 山陰本線 黄波戸

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  1. 2017/08/25(金) 00:30:00|
  2. 山陰本線
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会津川口夜景

只見川に吹く風が止み、きれいな水鏡となった
日暮れたばかりの河畔の駅を、早くも最終の上り列車が折り返す

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2017年5月 只見線 会津川口

会津川口の夜景は、只見方面の出発信号の青が加わると美しいのだが、赤が点灯したままになって6年が過ぎた。今年6月19日にJR東日本と福島県との間で、上下分離方式での復旧が合意され、2021年の運転再開を目指すことになった。復旧費用81億円の三分の一をJR東日本、三分の二を福島県が負担するとのことだ。さらに、運行の赤字の埋め合わせには、沿線自治体の年間2億1千万円の予算出動が必要となる。本当に、福島県と沿線自治体は、限界ダイヤの一日3往復のために、このような大金を只見線に注ぎ込む気なのだろうか。福島県は、鉄道軌道整備法の改正などによる国の負担を期待しているようだが、挫折した場合、この枠組みは維持できるのだろうか。限りなく収入のない線区なので、営業上の収益の悪化などの心配は無用だが、日に30人程の通過人員のために、大金を注ぎ込むコンセンサスが、はたして得られ続けるものなのか。それなら、国でという声が聞こえてきそうだが、1,000兆円を超える負債がどういうものなのかを考えれば、哀しいかな、国もローカル線どころの話じゃなさそうだ。


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  1. 2017/08/23(水) 00:30:00|
  2. 只見線
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漂泊の道標 飫肥杉のある風景

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1977年8月 日南線 榎原


日南の日が西に傾き、飫肥杉の影法師が伸びてきた
夕日に浮かぶ山入端が、暑かった一日の終わりを告げる



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  1. 2017/08/21(月) 00:30:00|
  2. 日南線
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続・青葉の山陰線を往く その18 再び飯井へ

トンネルの合間の僅かな入り江にその集落はある
住民悲願の細やかな駅は今も集落を見守り続けている

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2017年4月 山陰本線 飯井

昨春は「青葉の山陰線を往く」と題して、竹野-三見間の非電化区間を17回の長きに渡ってお送りした。旅は兵庫県豊岡市の竹野に始まり、山口県萩市三見の飯井で終わっているが、撮影は三見までで飯井は下調べだけに終わっている。今春は、非電化区間の全線踏破のため、残った飯井-下関間を旅した。実際の旅は下関から東に向かったが、前シリーズの続編ということで巻き戻しでお送りしたい。既に残暑の季節で青葉もないものだが、掻い摘んでこの区間を、例によって断続的にご紹介しようと思う。今回の物語の始まりは、鄙びた石州瓦の赤い集落の向こうに日本海が望める飯井だ。今年は井伊が流行りだそうだが、こちらの飯井には何の関係もない。

飯井の駅はご覧の通り妙に小さい。今となっては単行か2両のキハしか停車しないので、これでも十分過ぎるホームの長さだ。山陰本線にはかつては長大編成の普通客レが行き交っていたために、優等列車の停車駅でなくても長いホームと交換設備を持つ駅が多く、こんなちんちくりんなホームの駅は少ないのではないだろうか。これまでに、両隣の三見長門三隅 の駅を上梓しているが、どちらも山陰本線然とした駅だ。1970年代初めに現役蒸気を撮りに訪れた頃には、この駅を通過する普通列車が結構あった。長大な客レは通過し、区間列車の短い気動車だけが停車していた様な気もする。とにかく、時刻表を精査してから降りないと、大変なことになってしまう要注意駅だった。

山陰本線のこの区間が開業したのは1925年のことだが、飯井駅は1964年の開業だ。鉄道は通ったものの20年近くここには駅がなかった。この集落出身の県議会議員が駅の設置を請願し、国鉄が渋々認めたというのが、俄作りの小さな駅となった理由のようだ。その議員の息子が、山口3区選出の現衆議院議員の西村建夫氏である。二枚目の写真が飯井集落のほぼ全景であるが、川沿いにもう少し集落が続いている。家の数も簡単に数えられそうな集落だ。この駅が開業した頃、ここには三見小学校の分校があった。幼い低学年のための分校で、高学年は6km離れた本校に徒歩で通っていたそうな。それを見かねた西村議員が奔走することになった。何か餘部の駅とも通ずるところがある。


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この集落の中を流れる小川が、萩市と長門市の市境になっている。小さな集落で行政区が分かれるのは何とも奇異だが、この周辺の地勢を見てみると、鎖峠に続く尾根筋とこの小川が江戸時代の三隅中村と三見村の村境だったことが頷ける。ちょうど両村の中程を流れる水無川は村の境に打って付けだ。三見が赤間関街道の宿場として栄えていた頃、僅かな平地だが水の得られるこの小さな入り江にも人が住むようになり、つられて三隅からも人がやってきたというのが、この集落の誕生の勝手な見立てだ。


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集落には僅かな水田と簡単な漁港があるが、半農半漁の自給自足の時代ならともかく、今の時代に生活の糧を得るのは難しいだろう。察するに多くの住人は、半年金半農か半年金半漁と云ったところだろう。列車で萩や長門に働きに出る人の姿も減って、駅の乗車人員はこのところ日に10人程度で推移している。夕方の列車だというのに通学風景も見られない。時代を象徴するかのようにクルーズトレインのトワイライトエキスプレス瑞風が「美しい日本」の風景を求めてこの駅を通過するようになったが、その華やかさととは裏腹に、海辺を彩る集落は過疎化と高齢化に苛まれている。飯井の浜にも明日があることを祈るばかりだ。


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  1. 2017/08/19(土) 00:30:00|
  2. 山陰本線
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冬の気配

風向きが北西に変わり、海の色が変わった
風合瀬を出たキハと海越しに一瞬目が合った

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2016年10月 五能線 風合瀬

先日、品川のキャノンで猪井貴志氏の写真展「鉄道漁師」を拝見した。ちょうど猪井さんがおられたので色々とお話を伺ったが、まずはそのカッコよさに感心させられる。一時期、あの真島さんと鉄道写真の双璧を成した方だが、共通点はお二人ともカッコいいことだ。真島さんの口癖は「写真は自分を映す鏡だ」だったそうだ。カッコいい鉄道写真を撮るためには、まずは自分がカッコよくなくてはならないということだ。何とも耳の痛い話だ。お茶目な風貌で「ゆる鉄」を編み出した御仁もおられるので、その関係は満更ではなさそうだ。自分でどんな写真が撮れるかは、まずは鏡にでも聞いてみた方がいいかもしれない。

さて、その「鉄道漁師」にインスピレーションを貰って選んだのが今日の一枚だ。誰が名付けたのか「風合瀬」とは旅情をくすぐる地名と駅名だ。単なる連想なので、何の意味合いもない。この「漁師」という言葉の持つイメージは、風景探しに奔走するカメラマンには、違和感なく受け入れられるものだろう。季節の魚を狙って、漁師が小舟で船出する。カメラマンの季節探しの旅にも通ずるところがある。漁の成果の次第は、腕前なのか、運なのか、それとも天候なのか。中には、鉄砲ならぬ長玉を携えて、ひたすら山中を徘徊する、俯瞰症に侵された「鉄道猟師」、はたまた「鉄道マタギ」の方もたくさんおられることだろう。


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  1. 2017/08/17(木) 00:30:00|
  2. 五能線
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下北の夏

起伏の少ない丘陵がどこまでも続いている
穏やかな夏の陸奥湾を横目に単行キハが走り抜ける

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2016年7月 大湊線 吹越

平坦線でカーブも勾配も少なく、駅間距離も長い大湊線の列車は頗る速い。特に有戸-吹越間では駅間13.4kmを12分程で走り抜け、最高速度は85km/hに達する。快速は全線58.4kmを51分で走破し、表定速度は68.7km/hにもなる。ローカル線には似つかわしくない速さだ。短尺のキハ100系でも330PSの機関を積んでおり、キハ20系やキハ40系の時代の走行性能とは比べものにならない。それでも、陸奥湾を望む長いストレートを走り切るには、それなりの時間が掛かる。前照灯を確認してから、テールライトが視界から消えるまで、ファインダー越しに、じっくりと高速キハの走りが観察できる。DMH17エンジンには強い郷愁を覚えるが、これがJR東日本のローカル線の今の姿だ。ただ、早いものでキハ100/110系が登場して27年となった。つまり、キハ20系が絶滅危惧種になってから、既にこれだけの時間が流れたということだ。


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  1. 2017/08/15(火) 00:30:00|
  2. 大湊線
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天空の時間 空に一番近い列車 2017 No.5

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このシリーズでは写真だけをご覧いただいております。個々の写真には題名も文書も付けていません。ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。路線は小海線。撮影は2017年夏です。


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  1. 2017/08/13(日) 00:30:00|
  2. 小海線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

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