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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

バランストアーチ橋を愛でる

美しいバランストアーチ橋が青空に浮かんでいる
列車の走行音を聞きながら愛でるのもまた楽しい

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2017年5月 只見線 第一只見川橋梁

九州の鉄道風景をお送りし始めて、あっという間に一月を越えたが、シリーズものも終わっていないので、もう一月くらいは続けさせてもらおうと思う。ただ、季節はどんどん進み、桜の季節だったのが、早くも入梅となり雨の季節になった。九州ばかりではというご諸兄の声も聞こえてきそうだ。これからは、ポツポツと新ネタなども織り込んで進めて行こうと思う。今回は先月の只見線の新緑号の一コマから。写真が撮りたいというよりは、写真仲間との再会が楽しみで出掛けた次第だ。どういうわけか、例年のような人出はなく、試運転初日は本当に汽車が来るのか心配になったくらいだ。

この第一只見川橋梁は、最も有名かつ人気のある鉄道橋梁の一つだろう。或る程度以上の規模であり、美しい構造をもっていること、そして、風光明媚な環境に存在していることが人気の条件だろう。その多くが鋼製橋だが、余部橋梁のようにコンクリート橋に掛け替えられたもあれば、南阿蘇鉄道の第一白川橋梁のように前途多難な状態に陥ってしまったものもある。城東貨物線の淀川橋梁のように、複線化で歩道がなくなるという変わり種もある。只見線の不通区間は、上下分離方式で2020年の復旧を目指すそうだが、失われた橋梁跡には、どんな橋が架けられるのだろうか。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/06/10(土) 00:30:00|
  2. 只見線・会津口
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桜の日に 春の嵐

桜は満開になったが、折からの春の嵐にちょっと可哀そうだ
濡れたホームに列車のライトが滲み、春雨の一日が暮れてゆく

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2017年4月 くま川鉄道 肥後西村

どうも九州の桜の季節は天候が安定しない。この日も朝から雨が降ったり止んだりの繰り返しだ。そろそろ夕暮時の高校生たちの帰宅の時間となったが、列車時刻に合わせるように、また黒い雨雲が近づいてきた。ほんの15分くらいのことだったが、辺りが暗くなり、風も吹き荒れ、春の嵐になった。高校生たちは、田園シンフォニーに飛び乗るようにして帰って行ったが、可哀そうに、一人だけ乗り損ねてしまった。母親でも呼んでいるのだろうか。次の湯前行きはちょっきり1時間後だ。


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  1. 2017/06/08(木) 00:30:00|
  2. くま川鉄道
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陶山神社の参道を往く

この小さな谷間には多くの陶工が犇めいている
列車は僅かな余地を求めて、神社を掠めて行く

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2017年4月 佐世保線 上有田

肥前有田は、600余りの陶工が軒を連ねる磁器の町だ。所謂「やきもの」は、陶器と磁器に大別される。簡単に言えば、粘土を低温で焼いたのが陶器で、長石を含む磁土を高温で焼いたものが磁器だ。この磁器の歴史は比較的浅く、11世紀頃の中国・景徳鎮に始まるとされ、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、肥前領主の鍋島直茂が呼び寄せた朝鮮人陶工・李参平らによって日本に伝えられた。磁土が発見されたのが有田東部の泉山であったため、それまで陶器の唐津焼の産地であった有田が、一躍磁器の産地へと変貌を遂げたというわけだ。有田の磁器は東インド会社により世界に広められことは、あまりにも有名な史実であるが、その積出港が伊万里であったため、「有田焼」とも「伊万里焼」とも言われている。その後、愛知県の瀬戸で磁器が大量生産されるようになり、別名「瀬戸物」とも呼ばれるようになった。

当時の中国、日本の白磁は、欧州列強国では大変貴重な高価なものとして扱われた。現在も「古伊万里」は博物館くらいでしかお目に掛かれないお宝となっている。欧州では、自国生産のための技術開発が競われたが、磁土自体が産出されないため難航を極めた。18世紀になって、ようやくイギリスで「BONE CHINA」と呼ばれる技法が開発された。読んで字のごとく「骨から作った中国白磁」とでも言おうか。骨灰のリン酸カルシウムを陶土に練り込んで、白色陶土の代用とする技法だ。そして、「ウェッジウッド」や「ミントン」、「ロイヤルドルトン」などでボーン・チャイナが生産されるようになった。日本では、「ナルミ」や「ノリタケ」が有名だ。この技法も、「やきもの」の一つのジャンルとして発展を遂げながら現在に至っている。

当ブログの管理人は、焼物にも興味があるので、ついつい長くなってしまった。ということで、九州に来て有田、伊万里を素通りするわけにはいかない。有田の町を散策しに来たわけだが、際どいところを佐世保線が走っているので撮影と相成った。この神社は「陶山神社」で、正式には「すえやまじんじゃ」と読むが、「とうざんじんじゃ」でも通じる。八幡神とともに、最初に登場した鍋島直茂公と李参平公を祀っており、「有田焼陶祖の神」とされている。この有田では、「柿右衛門」、「今右衛門」、「源右衛門」の三つの窯元が「三右衛門」と称され、有田の代表格とされているが、唯一の庶民派の「源」でも、湯飲みや茶碗の一つが一福沢諭吉程だ。もちろん、「柿」や「今」は桁が違う。どちらかというと、志野や織部で一杯やるのが好みなので、今はまだ無名陶工のお手頃品を幾つか仕入れて有田を後にした。


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この谷間に「有田千軒」と呼ばれる町並みが形成され、繁栄を極めた。現在は、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。


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1894年創業の「深川製磁」。香蘭社深川栄左ヱ門の次男深川忠次が設立。


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  1. 2017/06/06(火) 00:30:00|
  2. 佐世保線
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新しい「北辺」がやって来た

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あの「北辺の機関車たち」が復刊されることは、3月の記事 でお伝えしたが、予定通り先月末の5月24日に発売された。予約されていた方は、既にじっくりご覧になったことだろう。初版をお持ちの方も、初めて「北辺」を手にされた方も、その完成度の高さには驚かされているはずだ。半世紀前の銀塩写真が、現代のデジタル技術で、新たな眩い光を放っている。第一印象は「新鮮」そのものだ。そういう意味では、今回の復刊本は「新・北辺の機関車たち」というべきものだ。昔の写真集の単なるリバイバルなどと思ってはいけない。デジタル時代から写真を始められた方々にとっては、銀塩の底力は逆に刺激的かもしれない。


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今回は、収録作品の中から一つだけお気に入りを見てみたい。石北本線は常紋信号場で、本務機と補機の4人の乗務員が連れだって、昼飯の弁当をぶら下げて詰所に向かうシーンだ。本当に琴線に触れる写真だ。鉄道写真において、駅員や機関士などの鉄道員、乗客や沿線の人々などなど、鉄道に纏わる人間像は欠かせないものだ。この作品からは、2両の巨大な鉄の塊も、小さく見える4人の男たちによって動かされていることが分かる。そして、激闘の常紋にも、機関士たちの他愛もない日常があったことを知る。ドラマは何時だって人が作るものだ。

この写真集からもっと多くを学んでいれば、少しはましな写真が撮れたかもしれない。いや、撮るのを止めた訳ではないので、諦めるのはまだ早い。もう一度、「北辺」を研究してみよう。写真を志す者にとって、この「新・北辺の機関車たち」は必ずや福音となるはずだ。初版本は長らく不朽の名作と評されてきた。この新生「北辺」も、その仲間入りすることは間違いなさそうだ。つらつらと書評をするような立場にはないので、最後に「お持ちでない方はお早めに」とだけ申し添えておこう。


その代わりと言っては何だが、今回はその「北辺」の初版本が登場した頃を振り返ってみようと思う。出版は1971年8月だが、その前年の1970年10月に高島線の蒸気機関車のさよなら運転が東京-横浜間で行われている。この年の10月改正では八高線も無煙化になり、東京・首都圏から蒸気機関車が消えた年でもある。今亡き我らの国鉄が繰り広げた東京でのお祭り騒ぎの一日を追ってみたい。何せ中坊が撮った拙い写真で、ビネガーシンドロームの罹患もあって、見苦しい点ばかりだが、記録的写真と割り切ってもらえれば幸いだ。


「北辺の機関車たち」の復刊を祝って 「東京に蒸気機関車が走った日」 by こあらま中坊時代


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新橋か浜松町ではないだろうか。この時代、霞が関ビル以外には高層ビルはなかった。さよなら列車がD51791に牽かれて東京駅に向かっている。今なら旧客というところだが、この時代にあっては当然現役だ。写真を撮っているのは、こちらも中坊だと思うが、真剣そのものだ。D51の乗務員に手を上げている駅員氏は、業務を越えて、本当に嬉しそうだ。何故か「コバヤシ荷札」という看板が気になる。


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東京駅に行ってみると、ちょうど寝台特急「富士」が上京してきた。さよなら列車のホームは凄まじい人出で、とても入れそうにないので、こちらにカメラを向けている。上野と違い、機回しをして、客車は品川客車区、機関車は東京機関区へと引き上げる。ブルトレ全盛時代の、20系客車とEF65 500Pのゴールデンコンビだ。近くでD51入線の騒ぎが起きているが、黙々と機回し後の連結作業が行われる。富士山のヘッドマークが懐かしい。


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浜松町だと思うが、ゴハチも上って来た。宮原の149号機だ。この時代、特急列車は後進機関車に譲っていたが、急行列車と荷物列車はまだまだゴハチの領分だった。このご老体が東京―下関間を走り抜けていた。こちらは高校生ファンだろうか。制服の黒ズボンに白ワイシャツとカーディガン、そしてスニーカー。よくある中高生の格好だった。この日の主役はデゴイチだったが、多くのファンを持つゴハチはこの日も人気者だった。


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品川に停車中のさよなら列車。この人込みの様子は、今の葬式鉄に通じるところがあるが、押し合いへし合いにはなっておらず、罵声は無かったように思う。小さな子を肩車している親子などもいて、遊園地気分の見物人が多かった。ただ、どうやってこの高さから撮ったのかは覚えていない。この時代には脚立を持ち歩く強者はいなかった。


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人込みをかき分けて何とかデゴイチのキャブ横まで辿り着いた。機関車ではなく乗務員を撮るためだ。声を掛けると、機関助士氏は満面の笑みを浮かべてポーズをとってくれた。暗くてどうしようもない写真だが、何とか表情が見て取れるのが救いだ。きっとこのお二方にとって、この日は鉄道員人生最良の日となったことだろう。


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今の鉄道関係者が見たら卒倒しそうな眺めだ。ここは都心の東海道線だ。撮影者は京浜東北線の電車の中にいる。この日は「無礼講」状態だった。東京都心でファンが線路端に立てた最後の日と言われている。まったく国鉄はやってくれるものだ。何せ巨大な「鉄」の集団だったわけで、ファンサービスと称して、自分たちも楽しんでいた面白い時代だった。それはさておいて、線路端の面々をよくご覧になって欲しい。男女の子供たちが駆け回り、買い物かごを提げたおばさんまでいる。そもそも、カメラをもっているほうが少数派だ。そう、多くは撮り鉄ではなく、単なる汽車見物の群衆なのだ。娯楽の少なかった時代、汽車見物も立派な行楽だったわけだ。何時から、撮り鉄が一人占めにしてしまったのだろうか。


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蒲田を通過するさよなら列車。東海道線の上り列車が直ぐそこまで来ていたが、何とか撮ることが出来た。「ノザキのコンビーフ」は今もコンビーフの代名詞だ。 ゲッゲッ。デゴイチの前面デッキの左端に人が乗っている。杖払いに人柱を立てるとは、これまた国鉄は凄いことを思いつくものだ。今の時代からは想像が出来ないような大らかな世の中だった。そして、何事もなく、この祭りは終わり、東京から蒸気機関車は消えていった。


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蒲田駅では、東海道線上り列車通過のため、好きな後追いは撮れず仕舞いだった。代わりに、ホームの様子を撮ってみたが、今となっては、機関車よりも面白い眺めかもしれない。残念ながら、この日の撮影はここまでだ。直前にあった八高線の無煙化で意気消沈していたのか、横浜まで追いかける気力は無かった。近場から汽車が消え、この先蒸気全廃までの5年間は全国行脚の日々となったことは、言うまでもない。


どうだろうか。少しはお楽しみ頂けただろうか。こんな時代に「北辺」が生まれ、半世紀が経った。あの青春の日々を思い起こすもよし。写真の師とするもよし。これからもまた2冊の「北辺」は僕らと共に生き続けていくことだろう。

祝「北辺」復刊!


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  1. 2017/06/04(日) 00:30:00|
  2. 写真集・書籍
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棚田のアーチ橋

元はと言えば、鉄骨不足の時代のコンクリート橋
今や、石積み棚田とめがね橋は美しい日本の風景だ

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2017年4月 日田彦山線 筑前岩屋

北から延びる田川線と南からの彦山線が結ばれたのは1956年のことだ。残された彦山-大行司間の山間部が、19年の歳月をかけて掘削された4380mの釈迦岳トンネルと3か所のアーチ橋によって開通し、日田彦山線が形成された。今回は車で大行司から彦山へと抜けた。夜明からゆったりと田園を走ってきた列車は、大行司から峠越えの勾配区間に入る。緩やかな棚田の縁の斜面を、徐々に高度を稼いでいくが、入り込む支流の沢を越えるために、美しいアーチ橋が3か所に設けられている。現役蒸気の頃からの名所だが、今も長閑な景観を色濃く残している。

いよいよ目前に釈迦岳が迫って来ると、筑前岩屋の駅に着く。ホームのすぐ先には釈迦岳トンネルの入口が構えており、抜ければ彦山の駅は直ぐそこだ。竣工当時は九州最長の隧道であり、工期の長さからも難工事だったことが窺える。一方、車道の県道52号線は、釈迦岳直下の斫石峠を目指しての急登が始まる。道は急に離合が困難なほどに細くなり、棚田の中を九十九折りに民家の軒先を掠めるように登って行く。この集落が竹地区で、日本棚田百選の「竹の棚田」である。ちょうど日田彦山線の釈迦岳トンネル入口の直ぐ上に広がる約400枚、11haの棚田だ。

この一帯の棚田の特徴は石積みの畔にある。岩屋という駅名からも、辺りが岩石質の土壌ということなのだろう。ただ、よく観察すると、残念なことに石積みの多くがコンクリートで固められている。今となっては、集落の労力だけでは原形を保つことは叶わなくなったのだろう。田植え体験や火祭りなどのイベントを通して、棚田保全の模索が続けられている。こういった日本の風情ある眺めがあってこそのローカル線だ。棚田を保全することは、古い木造駅舎を守るよりも、桁違いに難しいことだろう。「美しい日本」というのなら、まずは守ることから始めなければ話にならない。


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竹の棚田

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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/06/02(金) 00:30:00|
  2. 日田彦山線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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