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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

山線の記憶 大畑の軌跡

霧が晴れ大畑駅の向こうに人吉盆地が見えてきた
一駅でこれだけの高低差を稼がなくてはならない

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2017年4月 肥薩線 大畑

現役蒸気機関車の時代の、大畑の最もポピュラーなお立ち台は、ループ線を見渡せる丘の上だった。駅からループ線を辿って30分も歩けばその場所に着く。当時、ループ線一帯には木はなく、草原が広がっていた。日陰は見当たらず、夏であれば炎天下でひたすら列車を待つことになる。大畑駅での列車の動きは見えないが、全ては音で窺える。下り列車のループ線への引き出しは凄まじいものがあった。何とか加速を終えた列車が姿を現す。夏らしいまずまずの黒煙だ。厳しい仕業中ではあるが、炎天下で見守るファンのためにドレインをサービスしてくれた。何ともいい時代だった。

それから46年が経ち、木々の成長がループ線の眺望を奪ってしまった。駅前の丘の上にある神社からも構内は見渡せない。現在撮影できるのはスイッチバックを望む場所くらいだ。この辺りも以前は木々が少なく、色々なアングルから狙え、駅も丸見えだったが、もはや昔話だ。何となく駅周辺だけが観光用に開けているような気もする。この撮影ポイントも地主さんが撮影用に木を伐採して整備したものだ。立ち入りが有料化されたという話も聞こえてくる。今や鉄道も周辺も観光地ということだろう。記憶の中の大畑は遠い世界になってしまった。

以前この大畑スイッチバックを往く「ななつ星」をバルブ撮影することを考えたが、とうとう機会に恵まれなかった。このお立ち台でお会いした鹿児島在住の肥薩線のエキスパートに、そのことをお話すると、なんと彼のEOSにその映像が現れた。人吉の夜景をバックにした何とも美しい光の軌跡が収められていた。やはり、考えることは一緒だ。その他にも多くの作品を拝見させて頂いたが、地元の方には全く持って脱帽だ。


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1971年7月 大畑ループ線

さて、大畑の最後に施設の現状を一通りアップしておこう。何だかんだとよくよく見ると、昔とは大分違っている。給水塔には三角の屋根が被せられていたはずだ。ホームの一部にあった屋根もなくなっている。湧水盆にも手水舎に掛かっているような屋根があったはずだ。それでも、こうして駅舎も残っているのだから贅沢を言ってはいけない。昔と比較するからああだこうだとなるが、現代にあって古き良き時代を思わせる逸品であることには違いない。


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  1. 2017/05/11(木) 00:30:00|
  2. 肥薩線
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山線の記憶 大畑雨情

雨に煙る山中に、あの時のように大畑はひっそりと佇んでいた
そっと耳を傾けると、デゴイチの怒涛の走りが聞こえてきそうだ

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2017年4月 肥薩線 大畑

これまで肥薩線山線には、現役蒸気機関車の時代、無煙化後のDD51の混合列車の時代にそれぞれ訪れているが、その後はご無沙汰で、40年ぶりの再訪となった。以前の旅では蒸気機関車、混合列車をテーマとして写真を撮ったが、今や車両的に興味の湧くものはなくなってしまったので、今回は開業当初からの設備が残る大畑、矢岳、真幸の駅の佇まいを中心にお送りしたい。

現在山線を走る列車は5往復しかない。そのうち昼間の2往復は観光列車「いさぶろう・しんぺい」で、朝夕の3往復がキハ140単行の普通列車になっている。以前は「ななつ星」が深夜に通過していたが、現在は肥薩オレンジ鉄道経由で、山線はルートから外されている。列車本数は限界ダイヤの超ローカル線で、吉都線とともにJR九州の輸送人員のワースト路線になっている。

まずは大畑から始めよう。生憎の雨模様だが、なかなかしっとりとしたいい雰囲気だ。駅舎は、かつての広尾線の幸福のように、千社札よろしく名刺などがびっしりと貼られている。そのため、待合室内は空模様と相まって薄暗いが、一人の時間でも楽しんでおられるのか女性の姿があった。どうやら始発で人吉から来られたようだ。そうこうしているうちに、人吉行普通列車がループ線を降りてきた。上下線の出発信号が並んで立ち、列車のヘッドライトとテールライトが同時に点灯している。いかにも、スイッチバック駅ならではの眺めだ。


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  1. 2017/05/09(火) 00:30:00|
  2. 肥薩線
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桜の日に 浦ノ崎

既に散っているはずの桜が見頃を迎えていた
多くの写真愛好家に見送られて桜の名所を後にする

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2017年4月 松浦鉄道 西九州線 浦ノ崎

日本人は本当に桜が好きだ。桜に集まるのが好きな方も大勢いる。人混みは苦手なので、今回の旅では桜は終わっているはずだった。ところが、開花直前になって寒い日が続き、開花予報を欺いて見頃が一週間ばかり遅くなってしまった。お蔭で、各地で花見を楽しむことが出来たが、桜の名所はどこも賑わっており、嘉例川などでは撮影どころではなかった。桜に出会えて良かったのか悪かったのか、なかなか複雑なところだ。

ここ松浦鉄道の浦ノ崎は、かなり有名な桜の名所だ。地元の桜の保存会が手入れをしているので、咲きっぷりも見事だ。そもそも予定にはなかった駅だが、この桜を目にして素通りというわけにはいくまい。平日だというのにホームでは10人以上の鉄道ファンやら写真愛好者やらがアングル探しに余念がない。幸いにもこの位置から狙う者は他には無く、暫し望遠で満開の桜と動き回るアングル探しの方々をとくと鑑賞することが出来た。


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2017年4月 松浦鉄道 西九州線 吉井


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  1. 2017/05/07(日) 00:30:00|
  2. 松浦線
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桜の日に 後藤寺

かつて筑豊随一の炭都であった田川
後藤寺のホームは時間が止まったかのようだ

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2017年4月 日田彦山線 田川後藤寺

現役の蒸気機関車が消え去ろうとしていた1970年代初期、炭鉱もまた終焉の時を迎えていた。まさに、エネルギーが石炭から石油に移ろうとしていた。ここ筑豊でも閉山が相次ぎ、ヤマの火は次々と消えていった。筑豊は炭鉱として開けた地域だ。石炭輸送のため、複雑な鉄道網が築かれ、蒸気機関車がセキを連ねた石炭列車を、積出港である若松港へピストン輸送していた。良きにつけ悪しきにつけ、蒸気ファンにとって、筑豊は紛れもない聖地の一つであった。多くの方が筑豊へと足を運んだことだろう。あれから半世紀近くが経ったが、筑豊はいったいどうなっているのだろうか。微かな記憶を頼りに、その変貌を確かめるために、再び彼の地を旅してみた。

飯塚、直方、田川を筑豊三都というが、先ずは田川からいってみよう。田川というのは田川郡というようにかなり広い地域を指す名称で、中心となる町は後藤寺、伊田、香春などだが、1946年に後藤寺町と伊田町が合併して田川市が誕生している。この二つの駅名は誰もが記憶しているはずだ。この地を訪れる際には必ず立ち寄る場所だ。少し田川の鉄道事情をご説明しておこう。現在、日田彦山線、後藤寺線はJR九州、伊田線、糸田線、田川線は平成筑豊鉄道に引き継がれている。残る添田線、上山田線、漆生線は特定地方交通線として1980年代に廃止されている。へいちく線については後日ご紹介したい。現在、後藤寺と伊田は、駅名の頭に田川を頂いている。

飯塚、直方が、博多や北九州のベットタウンとして街が維持されているのに対し、筑豊最大の炭都であった田川は、地の利が悪く、苦戦を強いられている。炭鉱の閉山により急激な人口減少に見舞われ、人口は全盛期から半減している。田川後藤寺の駅周辺を歩いてみると、ちょっとした昭和レトロの雰囲気が残っているが、これも、その後の発展が厳しかったためだろう。一方、炭鉱町時代の面影は殆ど感じられない。何所にでもあるような、ちょっと古めかしい地方都市と云った感じだ。炭鉱長屋とボタ山、キューロクの牽く長い石炭列車というイメージは、もう完全に過去のものだ。その時代を窺い知れるのは、市内の石炭・歴史博物館くらいのものだ。

かつての名所の後藤寺線の中元寺川橋梁にも行ってみた。人口は半減し、当時あった起行の駅もなくなっているが、橋梁周辺の風景は一変している。あの長閑さは何処かに行ってしまった。やはりキハではピンと来ない。トンボのキューロクが牽く石炭列車のイメージが強すぎる場所だ。


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2017年4月 後藤寺線 中元寺川橋梁


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  1. 2017/05/05(金) 00:30:00|
  2. 後藤寺線
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三陸は今

美しいリアス式海岸を襲ったあの日の大津波
そして今、コンクリートの醜い塊が沿岸を覆い隠そうとしている

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2016年6月 三陸鉄道 北リアス線 摂待

あの2011年の大津波から6年が経ち、報道映像が少なくなってきた三陸地方だが、どの町も未だに大規模な土木工事現場の様相だ。地盤のかさ上げ、大規模津波防潮堤の建設、国道の高規格化など、ダンプカーばかりが目につく。これらの工事が完成した時、美しい入江が続いていた三陸沿岸の景観はどうなっているのだろうか。人が住む気を失うような不毛の土地と化しているかもしれない。それ程、工事は大規模で、地元の方々にも先行きの想像は出来ていないだろう。

先日、復興大臣が度重なる失言で更迭されたが、攻める側も攻められる側も、被災地の将来を思いやっているとは到底思えない。復興のザル法を作った当時の政権党、それをいいことにやりたい放題の現政権、甘い汁を吸い続ける官僚社会。震災が、増税と公共事業、ばら撒きのいい口実にされている。相変わらずコンクリート政治は健在だ。震災では「絆」という文字が氾濫しているが、実は糸偏ではなく金偏だったようだ。どうでもいい大臣の失言に拘わっている場合ではない。

三陸鉄道の後方のクレーンは、国道45号線の付け替え工事を行っている。リアス式海岸をコンクリートのトンネルと橋梁で直線的に貫こうという算段だ。次回、ここを訪れた際には、背景に巨大なコンクリート橋が出現していることだろう。ニュージーランドのキウイ精神では、無理してまで近道を造る必要ないと考える。わざわざ金を掛けて景観を破壊することは、彼らには愚かなことなのだろう。そんな精神が美しい国土を維持している。さぞかし、日本は美しい国になることだろう。


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  1. 2017/05/03(水) 00:30:00|
  2. 三陸鉄道
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踏切注意

小さな踏切に掲げられた幾つもの「とまれ」の文字
勢いよく「リゾートあすなろ下北」が通過して行く

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2015年5月 大湊線 赤川

ローカル線の小さな踏切で一時停止する車は意外と少ない。同じ路線でも国道などが交わる大きな踏切では行儀よく皆一時停止する。列車の本数には変わりはないのだが、不思議な現象だ。小さな踏切では人目がないというのが理由なのか。近所の小海線の踏切でも、減速することなく軽トラが渡って行くのは日常風景だ。どうせ日に何本かの列車しか来ないのだから、ぶつかる筈がないと思っている。殆どの場合その通りだが、皆無であるはずもなく、ぶつかってしまえば間違えなく大事故だ。

この大湊線の厚生踏切はかなり長い直線路の中程にあり、列車の速度もでている。運転士氏からはこの踏切を横切る車が、かなり遠くから見えているはずだ。直前横断に肝を冷やす度に、注意喚起の「とまれ」の立札が増えていったのだろう。左右確認を懇願するかのように、立派なミラーまで取り付けられたが、事態は一向に改善せず、最終手段の警報機と遮断機が同時に設置されることになったのだろう。大した通行量があるとは思えない小さな踏切には不似合いなフル装備の第1種踏切だ。

踏切は法的には「踏切道」という。いかなる場合も優先権は鉄道側にあり、緊急車両であっても列車の通過を待つ他ない。信号のない踏切での一時停止が義務付けられたのは1960年のことだ。現行法令では、保安設備として最低限警報機が必須だが、施行前のものは対象外のため、結果的に保安設備のない第4種も多く、所謂「勝手踏切」なるものも多数存在する。道路側には「踏切あり」の警戒標識が付くが、昔は蒸気機関車と煙のマークだったが、今は電車や気動車になっている。

さてさて、法的には色々と小うるさいことがあるが、只でも苦しい台所事情のローカル線に、立派な踏切を多数作ることは現実的ではない。事業者側も地域住民の生活路となっている勝手踏切を問題にはしたくないだろう。要は事故を起こさず当局を刺激しないように、そっと使い続けるのが得策だ。今の時代にあっては、警報機と遮断機頼みの形ばかりの一時停止で、左右確認は疎かになりがちだ。せめて警報機の無い第4種では、指差呼称でもして、安全確認を怠らないようにしたいものだ。


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  1. 2017/05/01(月) 00:30:00|
  2. 大湊線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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