駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

雪の小海線2017 冬を惜しむ

降り頻る雪の中から列車が現れた
寒さに耐えて列車を待つものもう少しだ

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2017年2月 小海線

厳冬期も終わり、いよいよ春に向かって気温が上がりだす頃になった。
日に日に陽の強さが増し、梅や早咲きの桜の便りが聞こえてくるようになった。
寒さから解放される春が待ち遠しくないといえば嘘になるが、ちょっとばかり複雑だ。
草木が眠る冬の間は、静かにゆっくりと写真に専念できる貴重な季節でもある。
もう少しだけ冬に留まっていてほしいと、未練がましく願う今日この頃だ。


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  1. 2017/02/28(火) 00:30:00|
  2. 小海線
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岳鉄駅巡り 製紙工場の町

工場貨物の鉄道は工場群とは一心同体だった
列車が工場の施設の中へと消えてゆく

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2017年2月 岳南電車岳南線 岳南原田

岳南鉄道は製紙業等の工場群の貨物輸送によって支えられてきた。富士市は製紙業が盛んな場所で、一時の勢いはないが、現在も70程の製紙工場が稼働している。豊かな富士川の水量や富岳の伏流水が生命線で、歴史は「駿河半紙」に始まる。かつて、田子の浦のヘドロという公害を引き起こし、大きな社会問題となった。時は高度成長期で、環境を破壊しながらの成長だった。そのヘドロを風刺した怪獣「ヘドラ」や合成改造人間「ウツボガメス」などが登場したのもその頃だった。今は製紙の街の独特の悪臭もすでに昔話となったが、隣の国を笑えないような過去があったことは忘れてはなるまい。

この列車は、この先で日本製紙富士工場(吉永工場)の施設を潜って、隣の比奈駅に向かうことになる。その道の趣味人には結構知られたシーンだが、さて、鉄道が先か工場が先かということが気になるところだ。色々調べてみると、まず、線路の左側の工場が1927年に操業を開始する。次に、岳南鉄道のこの区間が1951年に開通する。最後に右側に工場が増設されるといった順番だ。左右の工場の配管は線路を跨いで繋げられ、列車はそれを潜って走るということになったようだ。貨物輸送を担う鉄道と工場群が一心同体の関係にあったからこそ、こんな風景が生まれることになったのだろう。


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  1. 2017/02/26(日) 00:30:00|
  2. 岳南電車
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春を待つ

遠く離れた道東にも春の気配が伝わってきた
雪解けが始まった端正な冬木立の向うに煙が流れる

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1973年3月 石北本線 緋牛内

ここ緋牛内に駅が出来たのは1912年のことだ。当時の札幌から北見、網走へのルートは、旭川から現富良野線、根室本線、池田から網走本線(旧池北線と現石北本線)を経由するものだった。次に開通したのが、名寄、興部、遠軽を経由する湧別線のルートだった。そして、1932年に北見峠を石北トンネル(4329m) で越える最短の石北ルートが最後に開通し、現在の石北本線が形作られた。遠軽の駅がスイッチバックになっているのは湧別線ルートが先だったからに他ならない。SLファンであれば常紋が最大の難所と思われがちだが、その生い立ちからは、いかに北見峠が難攻不落の峠であったが窺い知れる。石北本線の中でも最も人口が希薄な地帯であり、現在は普通列車が1往復のみという閑散とした場所だ。この三ルートのうち、旧網走本線ルート、旧湧別線ルートは早々と廃止となった。残る石北ルートも風前の灯となった。釧網本線とともに消えてしまえば、北見と網走は100年前の鉄道の通わない町に戻ることになる。

その北見峠には、常紋トンネルと同じように血塗られた歴史がある。この峠に中央道路と呼ばれた開拓道路が開削されたのは1891年のことだ。そのために、時の明治政府は空知集治監と釧路集治監の別館として網走監獄を設置した。過酷な労働により、囚人のおよそ五分の一の200人以上の犠牲者をだしている。このことを題材にした小説が、阿部譲二の「囚人道路」だ。こうして、屯田兵による北見開拓が進められることになり、「たまねぎ列車」へと繋がっていくことになる。現在この北見峠には、旭川紋別自動車道という例の高速モドキの高規格国道が通り、何と遠軽まで4車線で完成している。さすがにその先は2車線に計画変更のようだが、「たまねぎ列車」を差し置いて、造ることには変わりはない。お役人が、人の命も血税も、何とも思わないのは昔も今も変わらない。


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  1. 2017/02/24(金) 00:30:00|
  2. 石北本線
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雪の小海線2017 落葉松林を往く

落葉松の林を縫って高原列車が駆け下る
かつてはここに落葉広葉樹の森が広がっていた

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2017年2月 小海線

カラマツは東北南部から中部地方にかけての亜高山帯や高山帯に分布する日本固有種の落葉針葉樹であるが、その自然林は極めて少ないと言われている。多くは、育苗が簡単で成長が早いことから造林に用いられたものだ。ということは、その植林の理由を調べていけば、その土地の生い立ちの一端が垣間見られる。例えば北海道であるが、あたかもその土地の樹種のように思われがちだが、明治期、大正期に多発した山火事によって焼失した森林の造林に使われたのが始まりだ。以前、広尾線幸福の落葉松並木をご紹介したことがあるが、帯広地方の落葉松並木は、風から畑を守るための防風林として植林されたものだ。

さて、小海線の小淵沢から甲斐大泉、清里にかけての八ヶ岳南麓地域についてはどうだろうか。本来の植生は落葉広葉樹の雑木林だったが、第二次大戦終戦の年の1945年4月に、小淵沢から発生した山火事が折からの強風で燃え広がり、一面の焼け野原になったと大泉村史には記載されている。翌年からGHQの号令により、この地域への戦後の入植と開墾が始まったが、目の前に広がる焼け野原と厳しい冬のため入植者は根付かなかった。その対策の一つとして、日銭が稼げる造林事業をマッカーサーが指示した。その植林に使われたのがカラマツだった。かくして、焼け野原となった落葉広葉樹の森は、カラマツの森として再起することとなった。

それから70年。カラマツの木材としての価値は下がり、植林地の多くは放置されている。近年地元の自然保護グループなどにより、自然豊かな元の植生に戻すことが提言されるようになった。巨木が倒れて重大な被害が起きるようにもなり、徐々に伐採がなされるようになった。跡地には決まって広葉樹が植林されている。隣の代々続く地元旧家でも、当時カラマツの苗木生産をしたという。余った苗を植えたものが現在では30mを超えるまでに成長して厄介者になっている。伐採してケヤキとコナラの林に戻すとのことだが、初めから植えなければよかったと嘆いている。再び、人の手によって森がその姿を変えようとしている。何十年か後には、ここは紅葉の名所になっているかもしれない。


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  1. 2017/02/22(水) 00:30:00|
  2. 小海線
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岳鉄駅巡り 小さなお客さん

端正な住宅街の駅には子供たちの歓声があった
朝日を浴びて雪を頂いた冬の霊峰が鮮やかだ

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2017年2月 岳南電車岳南線 神谷

岳南電車岳南線は、静岡県富士市の東海道本線吉原駅から市内の岳南江尾駅を結ぶ9.2km、10駅の小さな電気鉄道だ。20~30分間隔で単行の電車が往復している。朝夕や催事があるときには2両編成も見られる。その名の通り、各駅から北方に富士山が眺められるのが、この鉄道の売りの一つだ。JRのローカル線と同様に、地方私鉄の経営も厳しさを増す一方で、路線は減るばかりだ。地方私鉄には、国鉄からJRへの官製鉄道の系譜とはまた違う、地域性豊かな表情がある。この路線も、存続問題を常に抱えているが、何とか踏みとどまっている。そんな岳鉄の各駅を巡ってみた。

ローカル線での通学風景と言えば高校生が主で、その地域の中核となる町へ向かうことになる。地域密着が原則の小中学校の児童・生徒を見かけることはあまりない。ましてや、幼稚園や保育園の園児の姿を目にするのは、遠足の時ぐらいのものだ。しかし、駅間が極めて短く長閑なこの小さな鉄道には、幼子の通園風景があった。この後、10人を越える園児たちが集団で現れ、駅は子供たちのはしゃぎ声で一杯になった。多分、一駅か二駅先の園に向かうのだろう。親御さんらにとっては送り迎えが大変だろうが、マイクロバス代わりの電車通園も微笑ましいものだ。


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  1. 2017/02/20(月) 00:30:00|
  2. 岳南電車
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入広瀬 晩秋

日が西に傾き、集落に山影が伸びてきた
魚沼の田圃の中を、夕日を浴びてキハが往く

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2016年10月 只見線 入広瀬

何度となく行き来した場所は、何時しかそこに立つと帰って来たような気持になるものだ。そんな場所の一つが入広瀬だ。広域合併の魚沼市になるまでは、入広瀬村という単独の村だった。日本有数の豪雪地帯にあり、今頃は深い雪に埋もれていることだろう。そんな雪国の春は本当に素晴らしい。白一色だった景色がみるみる緑へと変わっていく。魚沼米の田圃は日に日に緑が深まり、蛍の舞う夏を迎える。赤とんぼが飛び出す頃、田圃は色付き、豊穣の秋を迎える。稲刈りが終われば、また白い季節への備えとなる。そんな四季の移ろいを延々と繰り返すことに由って、この風景が育まれてきた。

美しい北魚沼の山峡の田園風景は相変わらずだが、それでもやはり変化はある。この集落に通い出したころ、田圃の中には米どころ魚沼の原風景とも云える、はんの木のはざ木の並木がそこかしこに見られた。何かの目印なのか、所々に杉の大木も生えていた。そんな風景も農業振興法の圃場整備が入り、今のような整然とした姿に変わった。集落の昔ながらの木造家屋も、一軒また一軒と新建材の住宅に建て替えられ、只見線の初代の木造駅舎もコンクリート製の雪国観光会館に生れ変わった。一方で、役場と小中学校の裏山にあった中峯スキー場は、スキーブームが去るのとともに消えていった。

目まぐるしい時代の流れの中で、何も変わらないなどと云うことはない。街であっても、農村でも漁村であっても、同じ時間軸の上を走り続けている以上、同じ方向に収束していくことは避けられないことだ。ただ、長年積み重ねられてきた雪国の生活の一つ一つには、それぞれ意味があり、そこに暮らす人々の拠り所にもなっている。もっと云えば、それだからこそ存在する価値があるというものだ。「雪に閉ざされた」などという世界は、もう日本では特殊事情だ。それでも雪国は存在する。これからも、この集落に本数は少なくても列車が通い、この村がこの村らしく生き続けていくことを切に願いたい。


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  1. 2017/02/18(土) 00:30:00|
  2. 只見線
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雪の小海線2017 雪が降る

降り積もる雪の急勾配を、気動車が登って来る
かつての高原のポニーは、空転の連続だった

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2017年2月 小海線

南岸低気圧が近づき、本降りの雪が降り積ってゆく。
街中と違って、一度雪が積もると、なかなか解け去らない。
日陰の路面にはアイスバーンが残るので、見落とすと大変だ。
磨き上げられた氷面では、冬用タイヤであってもスリップは免れない。

かつての小海線の主役のC56では、空転は珍しいことではなかった。
巨大動輪の蒸気機関車の空転は、それは迫力のあるシーンだった。
現代の車輌は、空転滑走再粘着制御のお蔭で空転し難いらしい。
粘着式鉄道にとって、雪の影響は如何程のものなのだろうか。


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  1. 2017/02/16(木) 00:30:00|
  2. 小海線
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小入川橋梁の朝

小入川沿いの集落に、遅い朝日が当たりだした
厳しい風雪の季節を前にした、穏やかな朝の眺めだ

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2016年10月 五能線 岩館

真っ先に消えてしまうのではと気掛かりだった五能線だが、喜ばしいことに観光路線として立派に生き延びている。旅サイトでのローカル列車の旅のランキングでは、常に上位を占める定番の観光路線になっている。これも、「リゾートしらかみ」を運行する秋田支社の観光開発の努力の賜物だろう。「五能線の旅」を標榜する多くのツアーが企画され、夏休みなどは切符の入手が難しいというから大した人気のようだ。絶景海岸を往く五能線のイメージは、広く世間に定着したようだ。

ただ、ヨンマルの普通列車に限ると、海岸沿いの撮影の核心部である岩館-鯵ヶ沢間は、やはり第一級のローカル線と云える。朝晩の通学シフトのダイヤでは、おいそれと途中下車は出来そうもない。轟も人気の秘境駅ということだが、余程の風流人でない限り、次の列車までの待ち時間は辛いものになるだろう。五能線と並行する国道101号線が立派になってしまったので、轟も風合瀬も大戸瀬も秘境感が薄れてしまっているが、今風の秘境駅にはちょうどいいのかもしれない。

この小入川橋梁も久しぶりだが、山側に架かる国道橋の袂には、真新しい立派な駐車場が出来ていた。この有名撮影ポイントを訪れるファンのために、秋田県がわざわざ整備したものだ。観光客を意識しているかは定かではないが、大海原と年代物の橋梁を鑑賞するのも悪くはないはずだ。撮り鉄屋も社会的に認知されたのか、それとも路駐防止のためなのかは分らないが、都合の良い環境が整ったことには感謝したい。朝日なら順光になるやもと思ったが、やはり逆光だった。


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  1. 2017/02/14(火) 00:30:00|
  2. 五能線
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雪の小海線2017 雪降る夜

雪降る晩は、ヘッドライトが夜空を染める
雪に負けることなく、列車は走り続ける

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2017年2月 小海線

雪が降り積もる夜は本当に静かだ。雪が音を吸い取っていく。
何時もなら森からは色々な物音が聞こえてくるが、雪の日は風音だけだ。
人々も帰宅を急いだのか、踏切を渡る車もほとんどなくなった。

20分程前、小さなトラブルがあったのか、上り列車が4分遅れで出発した。
ホームに乗客がいないことを確認すると、直ぐにエンジンが吹き上がった。
そして、遅れることなく、下り列車のヘッドライトが雪降る夜空を染めた。

寒冷地を走る小海線では、この程度の雪でダイヤが乱れることはない。
夫々の地域には、その土地に順応した人々の営みと鉄道の姿がある。
やはり小海線の冬は厳しい寒さだ。今暫く雪と氷の小海線が続きそうだ。


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  1. 2017/02/12(日) 00:30:00|
  2. 小海線
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復旧断念

通らずの橋梁となって早2年が過ぎた
牧場と海岸を巡る名路線の復旧は遂に断念された

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1973年3月 日高本線 静内

この静内川橋梁を列車が渡らなくなって早2年が過ぎた。厚賀-大狩部間の土砂流失は収まるどころか拡大を続け、沿線自治体との協議でも復旧の活路は見いだせず、昨年末にJR北海道が復旧断念を発表した。日高線が全線開業したのは1937年8月10日のことで、1943年の富内線の開業に合わせて、日高本線と改められた。この写真の時代には、急行「えりも」が3往復し、輸送人員は現在の10倍もあった。80年代には凋落が始まり、貨物は廃止され、「えりも」も消えた。富内線は廃止となり、日高本線は支線のない本線となってしまった。今後、どの区間が残されるかはまだ分からないが、少なくとも日高門別-様似間は廃止ということのようだ。残念ながら、また一つ北海道に思い出路線が増えることになってしまった。

JR北海道は廃止理由に、沿線人口の減少とモータリゼーションの進展の二つを挙げている。日高本線沿いには日高自動車道という高規格幹線道路が浦河まで建設予定で、現在 日高門別まで開通している。この道路は、ご存じのように、採算の取れない高速道路を、無料の高規格国道の名目で国費で建設するものだ。設計速度は100km/hで、どう見ても高速道路だ。こちらには幾らでも税金を注ぎ込めるようだ。国鉄分割民営化後も新幹線は相変わらず国主導で建設が続いている。高速道路公団も分割民営化されたが、こちらでは無料の高速モドキが蔓延るばかりだ。現在文科省の天下りが露呈しているが、規制が厳しくなるや否や新たな内部システムが構築されたというから呆れてしまう。時の首相の矢は3本しかないが、もっと沢山の矢が要るのではと思うのだが・・・。


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  1. 2017/02/10(金) 00:30:00|
  2. 日高本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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