駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

踏切のある風景 豊ヶ岡

秋色の開拓地を一本の農道が貫いている
この踏切はあと何回秋を迎えられるだろうか

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2016年10月 札沼線 豊ヶ岡

北の大地に今年も木の葉が色付く季節が廻って来た ひらひらと落ち葉が舞っている
開拓地を貫く一本の農道の坂の中腹に、秋色に溶け込むようにしてその踏切は佇んでいた
踏切はずっと開拓地とともに時を刻んできたが、あと何回秋を迎えられるだろうか
人知れず散りゆく木の葉のように、この踏切も散ってしまうのだろうか
それでは、あまりにも寂し過ぎる


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  1. 2016/11/29(火) 00:30:00|
  2. 札沼線
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変わらぬ人気

飯山線に44年振りに蒸気が戻って来た
あの時と同じように、今も蒸気は大人気だ

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2016年11月 飯山線

蒸気機関車が現役時代だった頃、こんな眺めをよく目にしていたような気がする。九州や北海道の炭鉱地帯で、客車や石炭列車を引いて蒸気がゆっくりと走っていた。エネルギーが石炭から石油に代わり、そんな炭鉱も次々と消え、蒸気機関車も動力近代化の掛け声で、あっという間に消えていった。飯山線のC56がいなくなったのは1972年の10月改正で、一緒に小海線からもC56は去って行った。当時、飯山線と小海線は共に長野鉄道管理局の路線で、夏には小海線の野菜列車のために、飯山線や大糸線、遠くは七尾線のC56が駆り出されていた。今も、飯山線と小海線はJR東日本長野支社の二つの非電化ローカル線だ。飯山線にまた汽車が走った。次は小海線と思うのは早計だろうか。

あれから44年の歳月が流れ、蒸気を追いかけていた少年は、いいおやじになってしまった。あの豊かとはいえなかった世の中は、高度成長期を経て、何時の間にか、今度はネジか切れたかのように、先の見えない少子高齢化社会に突入してしまった。飯山線の煙を見ていると、ふと、この44年間は何だったんだろうかと思えてくる。面白いことに、あの時と同じように、今また蒸気機関車は大人気だ。結局行き着くところは、非効率極まりない人間味のあるアナログな機械だ。詰まる所、便利なものと、幸せになれるものは根本的に違うってことだろう。何時もは邪魔者扱いのオメガカーブの採石場だが、こんな趣向で行けば少しは役に立っただろうか。


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  1. 2016/11/27(日) 00:30:00|
  2. 飯山線
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確かにそこに駅は在った 日中線 熱塩 構内編

その転車台跡は構内外れの桜の木の下に在った
溜まった水が青い秋空を映していた

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2016年10月 旧日中線 熱塩 現日中線記念館

以前にもこの記念館に寄ったことがあるが、随分と駅舎、構内ともに綺麗になったものだ。雑草の中の幽霊屋敷のようだった記憶があるが、すっきりした野芝の中の瀟洒な駅舎になっている。これも「熱塩駅よみがえらせ隊」の尽力だろう。

構内には、日中線で使用されていたラッセル式除雪車のキ287、旧客のオハフ612752の2車両、転車台跡、踏切警報機などが保存されている。本州最後の蒸気機関車運行路線であり、使用されていたC1163が、喜多方市街の桜並木近くの日中線記念緑道公園に露天で保存されているが、荒廃が激しく後部のナンバープレートなども盗難で無くなっている。どうせなら、屋根付の熱塩に移した方が良さそうなものだが、もう手遅れの感がある。


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この熱塩に転車台があったことはあまり知られていない。開業当初は使われていたらしいが、日中戦争時の人手不足と、短い平坦路線なのでバック運転でも大した支障がないことから使われなくなり、随分と前に構内線路配置からも外されたらしい。水槽状の構造は、今やビオトープの様相だ。


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保存車両のキ100とオハフ61は内部が見学できる。必見はキ100だ。ラッセル車の車両分類は貨車であり、列車の運行を制御する機能は持ち合わせていない。操縦席に並ぶのは除雪翼を操作するレバーだ。機械室には除雪翼を動かすばかでかいシリンダーが横たわっている。機関車から蒸気は貰えないようで、小さな石炭ストーブがある。この除雪車は一台一台がハンドメードのようなもので、同じものはなく、細部が少しずつ異なっているとのことだ。ちょっとこいつで除雪をしてみたいと思うのは小生だけだろうか。


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旧客の方はオハフ61で、主にローカル線で生き残った鋼体化改造の車輛だ。木造車の装備が流用されているので、現存する鋼製旧客の中では最も古の風情が残る。車内はSL牽引時の音響サービス付だ。後から気が付いたのだが、木製鎧戸の日除けを降ろしてみるのを忘れてしまった。


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このシリーズ最後の役者は踏切警報機だ。いい塩梅に錆びている。どうせならレールが残っていてくれると有難いのだが、その辺りは須田管理人氏が将来何とかしてくれるかもしれない。よく考えてみるとコンクリート防護柵の位置がおかしいが、細かいことは止めておこう。


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これで今回の熱塩巡礼を終わります。


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  1. 2016/11/25(金) 00:30:00|
  2. 日中線
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確かにそこに駅は在った 日中線 熱塩 駅舎編

この駅が廃止されて早32年が経った
あの時荒廃していた駅は、明るい陽だまりの中で輝いていた

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2016年10月 旧日中線 熱塩 現日中線記念館

以前の記事で、まだ蒸気機関車が走っていた頃の、現役時代の日中線の上三宮をご紹介したことがあるが、今回はその日中線の終点だった熱塩の現在の様子をお伝えしたい。

日中線は1938年開業の全長11.6kmの路線で、山形までの延伸が挫折した盲腸線だったが、1984年に特定地方交通線として廃止されている。廃止になる頃には、上三宮の記事の写真のように、既に途中駅も含めてこの熱塩も大分荒廃が進んでいたが、廃止の代償でもある国鉄の補助で、3年後の1987年に旧熱塩駅は日中線記念館として新たな歩みを刻み始めた。しかし、2006年に須田崇氏が管理を始めるまでは、偶に鉄道ファンが訪れるだけの閑散とした施設だったようだ。2009年に「近代化産業遺産」の認定を受けたこともあって、「熱塩駅よみがえらせ隊」も結成され、その後は、美化と利用促進が図られている。ただ、寂しいかな。観光客もぼちぼち来るようにはなったが、やはり地元での関心は今一つと聞く。

これとは別に、喜多方市街の廃線跡が「日中線記念自転車歩行者道」として整備され、3kmの沿道に植えられた1000本のしだれ桜が観光名所となっている。2013年には、残り8.6kmの熱塩までの桜並木の延伸を目指す「NPO法人日中線しだれ桜プロジェクト」が立ちあげられ、上三宮で植樹祭を行ったとのことだ。

この日中線と熱塩駅については、皆さんよく御存じと思うので、とにかく現在の様子をご覧いただくことにしよう。


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  1. 2016/11/23(水) 00:30:00|
  2. 日中線
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平成の給水作業

C11が県境の森宮野原に到着し、給水作業が始まった
給水塔があるわけもなく、消防車の出動と相成った

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2016年11月 飯山線

本運転も終わった「SL飯山線ロマン号」の鮮度が落ちてしまう前にもう一枚お送りしたい。素晴らしい走行写真の数々が、この界隈のブログを賑わしているので、ちょっと趣向を変えたショットにしてみた。長野・新潟県境の森宮野原でのC11325への給水風景だ。蒸気機関車の生命線は、言わずもがな石炭と水だ。石炭は思いっきり積み上げておけば、タンク式とはいえ、飯山線の片道位は走り切れる。ただ、水はそうはいかない。サービスの汽笛を鳴らしっ放しに加え、ドレインを切り続けるとなれば尚更だ。そのため、例によって消防車からの給水を受けることと相成った。

さて、注目されるのはJR関係者の人数だ。ナッパ服の機関士・助士のペアが3組6名、給水作業を行っているヘルメット姿の保線関係と思われる方が7名、ホームには列車に乗務している車掌と思われる方が2名、改札口付近には管轄する飯山駅からでも派遣されたのか駅員の方が2名、少なくともこの画の中に17名もの運行関係者の方がおられる。人数は多いものの、イベント列車だけあって停車時間もたっぷりあり、ほのぼのとした雰囲気すら漂っている。あのC62重連の吹雪の倶知安停車のような、壮絶な切羽詰まった時間との闘いはない。どうやら、この凄い人数は、今年のこの列車を運行させる以外の目的もありそうだ。

もともと飯山線の主力蒸気はC56で、C11ではなかった。区間列車には一部C12やハチロクも充てられていたが、やはり距離のある簡易線には基本C56だ。今の飯山線や小海線は現役蒸気の頃に比べて、線路状態は格段に良くなっている。C11やDE10が平然と走れるようにはなっているが、やはりオールドファンにとっては本来のC56のあの独特のブラスト音に帰ってきてもらいたいものだ。一方、JR東のイベント列車は、東京発の乗客を強く意識しており、新幹線利用を促すために新幹線駅が始発・終着になっている場合が多い。飯山線南部の景勝地である蓮、替佐辺りが抜けてしまうのは残念だが、今回の長岡、飯山もその例に倣っている。まあ区間はともかくとして、次回があるのであれば、是非ともC56の再来をJRにお願いしたいところだ。


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  1. 2016/11/21(月) 00:30:00|
  2. 飯山線
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秋の飯山祭り

豪雪地帯の飯山線に蒸気の煙が帰ってきた
白煙を棚引かせ、防雪トンネルとシェッドを抜けて往く

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2016年11月 飯山線

家を出るまで散々悩んだが、折角の40何年か振りの飯山線の蒸気だと言い聞かせて出掛けてみた。混雑と駐禁だらけという話を聞いていたので、何時もの年代物のデリカをやめ、小回りの利く軽にした。手持ち一本でいこうと機材も減らした。いざ、現地に着いてみると、やはり凄い人出になっている。パトカーがあちこちで国道の路駐を排除していたが、不思議と刺々しい雰囲気はない。警察も学習したのか、DJポリスではないが、一般人にはソフトに優しく対応した方が、スムーズに事が運ぶことが分かったようだ。ご丁寧に町が撮影者用の駐車スペースまで確保したお立ち台まであった。撮る側も、もう馴れっこになったのか至って自制的だ。

このSL運行には、沿線自治体が万全を期して臨んでいる。資金集めから沿線警備までJRに約束している。沿線自治体としては、今回のSL運行を成功裏に終え、年中行事化し、沿線の活性化に繋げたいところだ。そのためか撮り鉄にも抑制的な対応はとっていない。一方、運行する側のJRも今後に野望を秘めているようだ。何れにしても試運転は大過なく終わったようだ。いよいよ今日、明日が本番となるが、事が起きないことを願いたい。健全な鉄道趣味が根付けば、もっと多くの蒸気が見られるようになるかもしれない。


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  1. 2016/11/19(土) 00:30:00|
  2. 飯山線
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線路の向こうに 羽前松岡

その駅には訪れる者もなく、静かな時間が流れていた
誰の目にも留まることなく、尾花の輝く季節が過ぎてゆく

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2016年10月 米坂線 羽前松岡

気持ちのいい秋の午後を、こんな駅で少しの時間でも楽しめたら、さぞかし心安らぐことだろう。線路は秋の柔らかい逆光に輝く尾花の先へと続いている。ホームには乾いた心地よい風が流れている。間もなく訪れる雪の季節には、豪雪地帯にあるこの駅は雪に埋もれてしまう。来るべき厳しい季節を前にした、一時の穏やかな秋の眺めだ。

この駅に来る列車は上下各6本だけだ。昨今のローカル線のご多聞に漏れず、昼間の列車は極めて少ない。昼過ぎの上り下りの列車が通り過ぎると、この時期で在れば、とっぷりと日が暮れるまで列車が来ることはない。旅の途中で、ちょっと途中下車というわけいは行かなくなってしまった。この駅の美しい秋の午後の光景は、誰の目にも留まることなく過ぎ去っていく。


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  1. 2016/11/17(木) 00:30:00|
  2. 米坂線
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駅舎の灯 大蛇 06時18分

この鉄路は津波被害からいち早く復旧し、人々を運び続けた
駅舎と車窓の灯は、この地の希望の光でもあったはずだ

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2016年11月 八戸線 大蛇

霙交じりの大粒の雨が降りしきる中、ゆっくりと辺りが白んで来た。集落の向こうに広がる太平洋は鉛色に沈んだままだ。やっと家々に人の営みが感じられるようになったころ、久慈行きの始発列車がやって来る。この駅からの通勤、通学客は、主に八戸方面へと向かう。ホームにも車内にも人影はなく、静かな始発列車の発着となった。次の階上駅での交換で八戸行きの始発がやって来るが、その頃、この駅は本当の朝を迎えることになる。

毎朝繰り返される始発列車のジョイント音は、三陸沿岸の集落が確かに街へと繋がっていることの証だ。
冷たい雨の中、駅舎と車窓の灯が、何と暖かく感じられることだろうか。


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  1. 2016/11/15(火) 00:30:00|
  2. 八戸線
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どうなる北の鉄路

広漠とした北の大地に、うねうねと鉄路が伸びている
何時までこの鉄路を、列車が走り続けられるのだろうか

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2016年10月 函館本線 北豊津

台風災害からの復旧のため、一時的に鳴りを潜めていたJR北海道の赤字路線運営見直し問題だが、復旧作業がひと段落したのか、木枯らしが吹くようになって、またお寒い話が聞こえて来るようになった。その内容については、鉄道趣味の方なら一部始終をご存じだろうが、例によって廃線と廃駅のオンパレードだ。間もなく留萌本線の留萌-増毛間が消滅するが、続く3線も決まりのようだ。日高本線は只見線と同様に、実質的には既に廃線状態だ。

今月中には、例の廃線予告に従って、いよいよ本線筋の調整に入るようだ。一部マスコミからその概要が報道されているが、予告通りの内容で、何らかの措置を求める路線区間は、現在の営業キロの半分にも上っている。札幌近郊圏以外は全て赤字ということで、そういうことになるらしい。確かに、北海道の営業環境が厳しいことは誰もが承知している。本当に血の滲むような経営努力が続けられたのであれば、助ける神も現れるかもしれないが、悲しいかな到底それは望めない。

JR北海道はJR各社の中で、唯一国鉄時代の弊害を清算、改善できなかった会社と言われている。あの悍ましい数々の不祥事の顛末をみても、時代錯誤的な違和感だけを覚える。こんな状態では企業一丸となった収支の改善など考えられない。負のスパイラルから抜け出すことは無理だろう。既にこれだけ多くの路線が失われてしまったのだから、今更どうのこうの言ったところでしょうがないのかもしれない。一層の事、赤字が膨れ上がる前に、札幌近郊路線を札幌市に譲渡し、JR北海道は大赤字の北海道新幹線とともに清算してしまった方が、こちらの精神衛生上はいいかもしれない。ある研究では、鉄道が無くなったことが原因で衰退した街は無いということだ。


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  1. 2016/11/13(日) 00:30:00|
  2. 函館本線
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荒れる日

時化る海と列車の遅延は冬の五能線の風物詩だ
岬の向うから定刻に列車が現れることを祈るばかりだ

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2016年10月 五能線 大戸瀬

前日の夕暮れ時には、穏やかな海に沈む綺麗な夕焼けが眺められ、夕日に輝く列車を見送ったが、海は一夜にして姿を変えてしまった。初冬のこの時期ともなれば、冬型の気圧配置で海が時化るのはこの路線の風物詩だ。五能線にはやはり荒波だと、気合いを入れて望んだが、時々やってくる大降りの雨とカメラを揺らし続ける強風には些か難渋した。この気象では前照灯だけが列車の到来を知らせる唯一の目印だろうから、見逃さないようにその瞬間を待っていたが、幸か不幸かタラコを先頭にして列車はやってきた。鉛色一色の画を想定していたが、微かな紅一点の列車風景となった。

幸いにもこの下り普通列車は定刻に現れたが、その後、ダイヤが大幅に乱れ始めた。あまりの雨と風に駅撮りしようと、ある無人駅のホームをうろついていると、「通過のリゾートしらかみは強風のため一時間以上遅れています。」と放送が入った。その駅にいるのは一人きりだ。普通列車は定刻でも当分来ない。どうも防犯カメラでそこにいる者の目的が分かっていて放送してくれているようだ。このご時世だから見張られているのは覚悟しているが、やはり薄気味悪い。わざわざ教えてくれたのだから文句を言ってはいけない。防犯カメラに挨拶してすごすごと駅を後にした。

国鉄時代にも列車の遅れや運休を知らせる放送が入る無人駅があり、鉄道電話で連絡がとれる駅もあった。特に強風による遅れが多発する五能線では、以前にも無人駅で放送を聞いたことがある。どこのローカル線でも交換設備が次々と撤去され、限られた数少ない駅でしか列車交換が出来ないため、遅れは直ぐに大きくなってしまうので、無人駅で列車を待つ乗客への連絡は怠れない。ただ、防犯カメラが併用され始めたのは、そう昔のことではないだろう。心無い無法者の対策には有効かもしれないが、基本そこにいるのは大切なお客様だ。せめて双方向の連絡手段くらいは用意してもらいたいものだ。


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  1. 2016/11/11(金) 00:30:00|
  2. 五能線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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