駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

狩勝を往く

狩勝が新線に切り替わって半世紀50年が過ぎた
新線になっても北海道らしい大パノラマは健在だ

70009771.jpg
2016年7月 根室本線 新得

狩勝峠の根室本線が、現在の新線に切り替わって、今年でちょうど50年となる。旧線を往く蒸気列車は、それはそれは迫力があったとのことだが、小生は先輩方の話をお聞きするだけで見たことはない。954mの旧狩勝隧道は、断面積が小さく排煙が悪く、新得からの上り列車の乗務員の労働環境が余りに厳しかったために、労使間の争議が新線に移行されるまで続いたという。また、このトンネルも常紋と同様に難工事で、タコ部屋労働と人柱の話が伝わっている。廃線後は、日本三大車窓の旧新内駅周辺は鉄道遺産として、NPO法人「旧狩勝線を楽しむ会」によって整備され、旧狩勝隧道の入口までフットパスが伸びている。この地にあったSLホテルは例によって廃業しているが、こちらも「楽しむ会」によって保存されている。

そんな旧隧道は問題が多く老朽化も早かったため、現在の5,790mの新狩勝トンネルが1966年に開通した。勾配は緩和されたが、北海道を代表する難所の峠であることに変わりはない。小生も雪のため狩勝を越えられなかったことが2回ある。フルノッチで挑むDD51の奮闘も及ばなかった。そんな難所でもあり、名所でもあった狩勝の名は、国鉄時代は根室本線の急行の名称だった。現在は、車両が高性能化したため、ここを往くディーゼル特急は大した減速もなく、勢いよく峠道を登って来る。

新線の車窓は旧線に遠く及ばないと思われるが、列車を俯瞰して眺めるには、北海道らしい大パノラマは健在だ。新得から一駅先の落合が28.1km 、トマムまでは33.8kmと山手線一周に迫る距離で、スケールが大きい。このお立ち台も、一部で「撮り鉄の聖地」と呼ばれているようで、週末には賑わうらしい。DF200の貨物が登って来たが、こちらはディーゼル特急のようにはいかない。定数はかなり抑えられているがノロノロ運転だ。西新得信号所の通過を確認してから、広内信号所を通ってこの画の場所に達するにはかなりの時間が掛かり、これだけ長時間1本の列車を追える場所も珍しい。周囲は十勝牛の放牧場になっているので箱庭のような眺めだ。撮り鉄ならずとも大いに北海道の絶景を楽しめる場所だ。


スポンサーサイト

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/31(日) 00:30:00|
  2. 根室本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

キハ82の夏休み

夏休み、ホームには多くの見送りの人がいた
非電化の地方都市を繋ぐのがキハ82特急だった

05203F16.jpg
1973年7月 山陰本線 東萩

キハ82系の特急「まつかぜ4号」新大阪行きの乗降が完了し発車時刻となった。白制服、赤腕章の専務車掌が安全確認中だ。夏休みを実家で過ごした子供や孫たちを見送っているのか、ホームには列車の窓を名残惜しそうに見上げる大勢の親たちの姿がある。時代が流れても、変わることのない親子の別れのシーンだ。車内には、楽しかった夏休みが終わる、ちょっと気怠いような空気が漂っていることだろう。列車は、美しい山陰海岸の余韻を車窓に映しながら、東へとひた走る。

蒸気が終焉の時期を迎えていた頃、非電化区間の昼行特急の任を一手に担っていたのがこのキハ80系だ。こんな両者のツーショットが各地で見られた。所謂蒸気の敵ではなかったので、蒸気ファンに毛嫌いされることもなく、優美な鉄道車両として、貴重なフィルムを費やされた方も多いはずだ。小生にとっても、鉄道趣味の切っ掛けになった車両の一つで、各地のキハ82特急がフィルムに収まっている。我が家には16番の短編成が鎮座しているが、さすがに「おおぞら」仕様のNゲージ14両編成は普段は箱の中だ。

さて、画の「まつかぜ」だが、1973年当時は、京都発着から大阪-博多間(着は新大阪)の運行に変わってはいたが、勿論全線通しで乗車することを想定した列車ではない。山陰圏内、山陰と京阪神、山陰と北九州の輸送を1本の列車で賄ってしまおうという算段だ。この東萩からの上りは松江、米子、鳥取、京阪神への乗客だろう。現在は、山陽新幹線の全線開業で、中国山地縦断ルートが主流で、山陰線は継ぎ接ぎ路線のようになってしまいった。もし、現在もこんな列車が走っていたら、乗り鉄諸氏の垂涎の的になっているだろう。ウェブのあちこちに「まつかぜ乗車記」なるものが見られたはずだ。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/29(金) 00:30:00|
  2. 山陰本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

春色只見線 その17 最終回 只見線再び

夕刻、地域の高校生を乗せた列車が、田植えが終わった田圃の中を往く
何時までも、この光景が眺められることを祈って、只見線を後にした

D700_08673.jpg
2016年5月 只見線

今回の只見線詣のラストショットは越後側の薮神となった。2426D小出発17時10分の只見行き最終列車は、この地域の帰りの通学列車だ。上越線沿線の小出、六日町、長岡などの高校に通う生徒が、この列車で帰って来る。小出を出たばかりの2両編成の新潟色のキハ40の車内はほぼ満席だ。賑やかな雰囲気でホッとするような光景だが、列車本数が極めて少ないので、越後側で最も多いこの二駅間の通過人員でも500人に満たない。そこそこ民家が連なる地域なので、経営努力が求められるところだが、やはりJRでは地域に根差したローカルなサービスは無理のようだ。首都圏の収益で地方路線を維持するという構図は、地方をお荷物にするシステムでしかないのかもしれない。

春色只見線の時に、以前入広瀬村横根と守門村二分の2集落の一年を追ったと書いたが、当時の横根の集落には六日町の高校へ通う女子生徒がいた。入広瀬駅まで片道徒歩1時間の毎日だ。まだ夜が明けきらない冬の朝、雪の壁に挟まれた径を駅へと向かう彼女を見送ったことがある。今の時代には、親の送り迎えがあるのが当たり前だが、車も除雪も行き届かなかった当時は、徒歩で駅に向かい列車に乗るのが唯一現実的な通学手段だった。ふと、そんな昔のことを思い出したが、車社会になり、道も除雪体制が整い、バスが通年定時運行できるようになってからは、生徒の多くが本数の多いバスへと移り、駅からは人が去って行った。通勤が一足早くマイカーに移行したことは言うまでもない。

只見線沿線自治体向けのJRの資料には、増収への取り組みという項があるが、その中にイベント列車というのがある。今となっては、蒸気列車の運行も被災区間の廃線に向けての足固めの一つなのだろう。先月JRが「上下分離方式」案を示したが、JRの財政出動は廃線に近い内容だ。どの程度の分担を考えているのかは知らないが、一部とはいえ復旧経費を沿線自治体が負担できるはずもなく、不通区間のJRの鉄道経営撤退も決定的なものとなった。先行きはより厳しくなったといえるが、今後の動向に注目したい。只見線の他にも日高本線や山田線で手付かずの災害不通が続いているが、こちらも前途は暗い。一方、政治パフォーマンスなのか、政府は南阿蘇鉄道を財政支援すると発表した。三陸鉄道には100億円もの復興税が当てられた。かつて災害で消えた第三セクターもある中、まさに災害からの復旧も運次第といったところだ。


D700_08674.jpg


早いもので季節は夏へと移り、西からの猛暑のニュースが絶えない。
ただ、関東地方は、ちょっと例年と雲行きが違っているようだ。
只見線の高校生たちも夏休みに入ったことだろう。
草いきれの夏の青空の下、田圃も一面の緑になっているはずだ。
炎天下の線路には陽炎がたち、遠くの踏切や林が揺らいでいることだろう。
そんな思いが廻るのが、美しい日本をゆくローカル線の旅だ。

これで「春色只見線」を終わります。


02516F16.jpg
1972年7月 只見線

現役時代のC11牽引会津若松行き客レの車内風景。
おねえさんが気になったのか、ビビッて画が引けている。
旧客の車内アイテムがいちいち懐かしい。
遠く過ぎ去った夏の日の一コマだ。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/27(水) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その16 会津中川の昼下がり

田圃を守るように会津の民家がきれいに連なっている
日当たりが一番良い所に田圃を作るのが瑞穂の国の習わしだ

D800E_04950.jpg
2016年5月 只見線

この日は、5月だというのに気温が30℃を超えて真夏日となった。梅雨入り前に晴天が続くと、夏のようになることはよくあることだが、さすがに体に堪える。このシリーズの「その2 会津中川の朝」では、清々しい朝の冷たさがあったが、この日の昼下がりは蒸し暑い夏の風景となった。数日の間に殆どの田には水が張られ集落を映している。当然現れた蒸気は見事なまでにスカだ。新緑号通過時には、運よく国道には車はなかったが、この直後から追っ掛けの車が次々と押し寄せてきた。傍目でみていても、殺気のようなものを感じる走りだ。我が家のオンボロ車で、この車列には付いていくのは危険だ。小生はと言えば、暑さのため戦意を喪失し、すごすごと反対方向の六十里越に向けて帰路に着いた。


お知らせ
大木茂さんの「ちょっとセンチメンタルな旅」に川越線がアップされました。西武線沿線の練馬区で生まれ育った小生としても、八高線と川越線は馴染み深い路線です。蒸気撮影を始めた当初は小学生だったので、西武線一本で行ける両線は有り難い存在でした。当時、八高線と接続する東飯能まで、片道小児65円だったと思います。ただ、子供にとって千円が大金だった時代、1回130円の電車賃も決して安くはありませんでした。その時代には、2線とも武蔵野の長閑なローカル線だったのですが、今はご存知の通りです。川越線は、東海道本線と東北本線を東京を迂回して繋ぐバイパスとして、軍需目的で敷設された路線で、歴史は浅く1940年の開業です。ですから、昔は余計にローカル色が強かったのかもしれません。その後も縁あって最近まで、埼京線の延伸に合わせるかのように、新宿から恵比寿、そして大崎の職場へと埼京線で通勤していました。帰りに通勤快速川越行きに乗ると、自ずと日進、指扇、南古谷といった駅名が浮かんできす。そんな川越線の変貌がしっかりと確認できるのが今回の今昔物語です。大宮の多彩なキューロクも登場しますので、キューロクファンも必見です。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/25(月) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その15 緑の三橋Ⅱ

この場所で早朝から延々と汽車を待った
ただ、同好の士との談笑は、決して尽きることがなかった

D700_08653.jpg
2016年5月 只見線

三橋の2枚目も人気の高いお立ち台的なポイントとなった。ここは狭い場所で、すぐに満員御礼となるので、何時もなら通り過ぎるところだが、今回は地元福島のエキスパートの方の計らいと人脈で、駐車スペースが確保できたので、撮影と相成った。とはいえ居座ったのは早朝のことだ。場所を確保して、偶に来るキハを撮りながら、仲間内で飲み食いしながら、何時間も鉄道談義を続けることになった。酒も飲まずに延々と盛り上がれるのは、やはり同好の士ならではだ。只見線の蒸気は年に一度のお祭りのようなもので、作品作りはさておいて、こんな交流も楽しみのひとつなのかもしれない。いざこざがあるようでは行く気はしないが、和気藹々で待ち時間を楽しめるのなら、それはそれで悪くはない。おまけに、やって来た汽車がそこそこエキサイトしてくれれば、気持ちよく解散できるというものだ。
福島のMさん、ありがとうございました。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/23(土) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その14 白の蓋沼

高田の水田に汽車と3両の旧客の姿が流れてゆく
瑞穂の国の春を象徴する眺めだ

70008531.jpg
2016年5月 只見線

結局、朝の蓋沼にも来てしまった。田圃に映る朝日の眺めをよく見掛けるポイントなので、さぞかし賑わっているだろうと思いきや、夕方の人出が嘘のようにガラガラだった。どうやら、日差しが無かったこともあるが、追っかけの出発点にしては、道付が悪いこともあるらしい。残念ながら朝日のギラリは眺められなかったが、明るい曇天での逆光は、一応朝らしい雰囲気にはなった。田植えはまだなのか、綺麗な水鏡が広がっていた。

水田をよく観察すると、一面の平地のように見えるが、複雑に緩い傾斜があることが分かる。田圃の地割の向きが色々なのはそのせいなのだろう。今の測量技術をもってすれば、田の地割と水路の配置はあっと言う間にはじき出されるのだろうが、先人はどうしていたのだろうか。かつては、水争いが日常的なことだったというから、その凌ぎ合いが水田の景観を発展させたのだろう。これだけ広い田に一様に水を張れるようになるまでには、幾多の争いがあったに違いない。

望遠で追う汽車の姿は、汽笛も走行音も煙もなく、Nゲージの模型の走りを見ているかのようだった。編成を見ると、昨秋とは違ってオハ二36がスハフ42に入れ替わっている。小窓のスハフ32だけを連ねてくれると古の風情があるが、それは高望みだろう。これで、緑、青、白の蓋沼3部作が出揃ったが、天候にも恵まれず、パッとしない中途半端な結果に終わった。次回のリベンジ作戦を考えつつ、そそくさと機材を片付け、丘を後にした。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/21(木) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その13 只見町の願い

かつては電源開発で大いに盛り上がったこの町も、今や只の山奥の過疎地に
あの手この手で只見線の存続をアピールするが、その結末は如何に

70008664.jpg
2016年5月 只見線

80004961.jpg


南会津郡只見町には町内に三つの駅がある。会津塩沢、会津蒲生、只見の3駅だ。塩沢と蒲生には駅舎はなく、1両分の短いホームと小さな待合所だけの簡素な駅だ。塩沢は八橋の最寄駅で、ホームの短さを知らずに、客車やキハの通路を走った記憶がおありの方も多いのではないだろうか。そこそこの集落があるが、不通になる前から乗車人員ゼロの記録を更新し続けていた。統計数値だけを見るならば、只見線が不通になっても、普段は何の支障もない二つの集落だ。

只見駅の駅名票を見ると、当然のことながら、廃線になったわけではないので、若松寄りの隣駅は会津蒲生のままだ。不通が長くなるにつれ、何時しか懐かしい響きの駅名になってしまった。反対側の大白川の矢印の方が緑色がちょっと濃いようでよく見ると、第4の町内駅だった田子倉の廃止で、オーバーステッカーがされている。2線を持つ只見駅だが、普段は3回の折り返し列車だけのため、利用されているのは1番線だけだ。悲しいかな、2番線のレールは錆びだらけだ。

旅の始まりの入広瀬で見たキハは、片方がラッピングの「縁結び列車」だったが、2両とも新潟色のすっきりとした編成に入れ替わっていた。小生としては、列車の美観を損ねるだけの広告車両よりも、当然こちらの方が望ましい。6月11日に只見駅前で、只見線x六角精児 企画第2弾として、六角精児バンドの「只見線縁結びLIVE!!」なるものが、ダーリンハニー吉川の司会で開催されたそうだが、鉄道マニア芸人を動員するなど、只見町も路線の存続アピールには余念がない。只見町の願いに水を差す気は毛頭ないが、やはりこのご縁、取って付けたようで何とも無理がある。町には関係ないが、そのラッピング列車の昨年の出発式の写真に、大変お世話になったこの駅を管理する某駅の駅長氏が、3人の一日子供駅長の横でしたり顔で写っていた。縁結びとはこれ如何に。


80004966.jpg


80004968.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/19(火) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その12 一橋夕暮れ

日中、SLファンと観光客で賑わったお立ち台からも人影がなくなった
只見川の水面が夕暮れの空色を映し、静かな時間が流れてゆく

80004889.jpg
写真 2016年5月 只見線

これだけ有名な観光地ともなったお立ち台だが、不思議と夕刻に訪れる好き者は極僅かだ。この日は朝から愚図ついた天気で、時折小雨も降る生憎の一日だった。そんな望み薄な夕刻だったが、何となく足が向き、展望台に上がってみた。もちろん誰もおらず、静かな時間が流れていた。翌朝の場所取りか、最上部に雲台にスーパーの袋が被せられた三脚が一つ立っていた。雲に覆われた空には何の期待も持てず、ヤキモキすることもなく光を失ってゆく只見川の川面を眺めていた。

列車通過20分前、空が明るくなり、雲を通して太陽の位置が分るようになってきた。10分前、空が薄らと焼けだした。定刻、川口行きの列車は、色付き始めた空色を映す只見川の上をゆっくりと渡って行った。通過約20分後、夕焼けはピークに達し、西の空は金色の雲をあしらった紅となった。もし、一橋でなく、三橋で構えていれば、又とないチャンスをものに出来ていただろう。只見川の夕焼けはずっと狙っているテーマの一つだが、これまで、満足のいくシーンには巡り合えていない。惜しいところで逃してしまい返す返す残念だが、一橋にいたというだけでも幸運と思わないといけないかもしれない。

最近では、この観光地には中国や台湾のお客さんもお出でになるとのことだ。三島町が積極的に海外からの観光客を誘致していることが理由のようだ。ところが、冬の積雪期にまでやって来るところまでは、想像が及ばなかった。新雪が積もった朝には、中国人観光客から、道が付いていないとクレームが入るという。かくして、雪が降れば、町の職員が雪掻きをするという羽目になった。ということは、冬でも楽に登れるということか。ちなみに、雪山では、他人の踏み跡をこっそりつけていくのを、ラッセル泥棒という。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/17(日) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春色只見線 その11 大志春景

集落のカラフルな屋根色が、春の淡い緑に囲まれ鮮やかに映る
会津に来たことを実感できる、何時見ても美しい眺めだ

70008427.jpg
2016年5月 只見線

この大志集落も毎回一度は撮っておきたい場所だ。今回は煙は期待できそうにないので、とにかく集落と民家が美しく撮れることを優先した。運よくここでの観覧者は小生一人だけだった。会津の民家は赤と青の屋根色で知られているが、よく観察すると、壁は白壁でイングランドのチューダー様式のようになっている。雪国らしく家が嵩上げされていて、どうやらその嵩上げ部分は倉庫のようだ。豪雪地帯の越後只見線沿線では、冬の出入り口が二階部分に造られているが、ここではそこまでは積もらないようだ。麗らかな春の大志もいいが、眺めているうちに、雪景色の集落を見たくなってきた。地元の方の話では、積雪期はポイントまで長い歩きが要るらしいが、その甲斐はあるとのことだ。蒸気とは関係なく冬の撮影も計画しなければなるまい。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/15(金) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

春色只見線 その10 宮下ダム貯水池水鏡

この只見川の風景は、ダムの貯水池が作り出す人工のものだ
穏やかな水鏡は美しいが、二度と豹変しないことを祈りたい

70008591.jpg
2016年5月 只見線

この景観は只見川電源開発の10基のダムによって作られた。最上流の奥只見ダムに始まり、田子倉ダム、只見ダムと続いていく。この水面は宮下ダムの貯水池で、カルデラ湖の沼沢湖と沼沢発電所の導水路で繋げられ、揚水式水力発電が行われている。この水が沼沢湖と行ったり来たりしているということだ。傍目からはなかなか分らない大仕掛けだ。ただ、10基のダムのうち、貯水能力があるのは最上流の二つだけで、残念ながら、満水時の豪雨は、放水とともにそのまま只見川を駆け下る結果となった。おまけに発電所の台船までもが只見線の橋梁を撃沈しながら漂流した。

原発事故といい、天災なのか、人災なのか。少なくとも被害を最小限に留めるというメカニズムに欠陥があったことだけは確かだ。もし人災なら、電源開発(Jパワー)と東北電力は、住民被害と只見線の復旧費用を捻出しなければならない。ところが、不思議なことに、この水害は異例の早さで国の激甚災害に指定され、災害の原因追及はなされなかった。JR東日本も東北電力に補償を求めていない。実はこの時点で、大きな力学によって、只見線の川口―只見間の廃止は既に決まっていたのかもしれない。承服できない関係自治体は相次いで訴訟を起こしている。あの忌まわしい東日本大震災の発生は2011年3月11日、新潟・福島豪雨は同年7月30日。震災から僅か4か月半後の水害だった。

さて、画の方だが、曇天の上に視界も悪い。こういう時の俯瞰は本当に憂鬱だ。薄い黒煙ではあるが、それなりに煙が上がったので、蒸気の存在は間接的に分るが、もしスカだったら完全にボツになっていたところだ。こんな条件の時は、白いキハの方がよっぽどましに写っているが、折角の新緑号なのでこちらで行ってみた。梅雨の季節を思わせる鬱陶しい画になってしまったが、こんな日もあるってことだ。それにしても、只見線は集落の後ろをすまなそうに走っているというのに、道路の方は暴力的ともいえる傲慢さで、集落と田を串刺しにしている。やはり、この道路は、近くで見ても、遠くから見ても、風景に溶け込まない。後世に伝えたいものがあるとすれば、道路文化ということなのだろうか。


テーマ:蝶の写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/07/13(水) 00:30:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

リンク

月別アーカイブ

最新トラックバック

カテゴリ

小海線 (108)
飯山線 (20)
宗谷本線 (13)
天北線 (1)
興浜北線 (1)
深名線 (1)
石北本線 (7)
渚滑線 (2)
湧網線 (1)
相生線 (3)
釧網本線 (3)
根室本線 (2)
池北線 (1)
広尾線 (2)
留萌本線 (7)
札沼線 (1)
函館本線 (38)
室蘭本線 (8)
千歳線 (1)
日高本線 (3)
江差線 (11)
大湊線 (5)
津軽鉄道 (1)
五能線 (3)
八戸線 (3)
花輪線 (1)
三陸鉄道 (2)
釜石線 (8)
秋田内陸縦貫鉄道 (3)
由利高原鉄道 (1)
米坂線 (2)
磐越西線 (1)
日中線 (3)
只見線 (46)
真岡鐡道 (14)
東北本線 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (3)
東海道本線 (2)
八高線 (10)
秩父鉄道 (7)
西武池袋線 (1)
西武山口線 (1)
江ノ島電鉄 (10)
箱根登山鉄道 (3)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (1)
関西本線 (2)
宮津線 (1)
山陰本線 (29)
播但線 (1)
姫新線 (3)
津山線 (1)
芸備線 (6)
木次線 (1)
三江線 (3)
山口線 (5)
日豊本線 (14)
筑豊本線 (9)
日田彦山線 (2)
伊田線 (1)
後藤寺線 (1)
田川線 (2)
唐津線 (3)
松浦線 (3)
佐世保線 (1)
大村線 (1)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (4)
豊肥本線 (3)
高森線 (2)
肥薩線 (18)
くま川鉄道 (1)
日南線 (3)
宮之城線 (1)
指宿枕崎線 (2)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR