駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

春色只見線 その3 緑の三橋

緑一色になった只見川をゆっくりと汽車が渡って行く
何度見ても、決して飽きることのない秀逸な只見線の眺めだ

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2016年5月 只見線

例によって、今回は小生の只見線原風景の三橋スノーシェッド俯瞰だ。ここは、あまりにも有名なお立ち台になってしまったが、お気に入りの場所なので、毎回一度は訪れないと気が済まない。写真を撮るというよりは、ここで只見川の風景を眺めながら、汽車が来るのを待つのが好きだからだ。30分程前までは水鏡だったが、日が差してきたので風が出てきた。日差しも水鏡も両方欲しい所だが、この時期それは欲張りだ。水鏡も消え、煙も渋く、パッとしない画になってしまったが、緑の美しさだけは、お伝えできただろうか。昨秋の画 と比較してみると面白い。どちらがいいとかではなく、日本の四季の移ろいが素晴らしい。


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  1. 2016/06/29(水) 00:30:00|
  2. 只見線
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春色只見線 その2 会津中川の朝

会津特有の赤屋根と青屋根が軒を並べる会津中川に朝が来た
集落の子供たちの通学、通園のため、川口からお迎えがやって来る

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2016年5月 只見線

中川の集落には意外と子供が多い。画の右の集落の前の国道沿いに、小学校と保育園の送迎バスの集合場所がある。時間が近づくと集落から何人もの小学生と幼児が現れる。そんな毎朝の様子を列車と絡めたいのだが、何時もこの列車が通過する少し前に、送迎バスが2台とも行ってしまう。さすがは日本だ、列車も送迎バスもきっちり定刻にやって来る。送迎バスのお客さんの子供が朝寝坊でもしてくれないとツーショットは無理のようだ。この時は、代わりにトラクターが現れた。水田専用のトラクターで、特殊な構造になっている。2日後に再び来てみると、全ての田に水が張られ、美しい瑞穂の国の春の眺めになっていた。


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  1. 2016/06/27(月) 01:05:31|
  2. 只見線
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春色只見線 その1 薫風入広瀬

豪雪地帯の春は、ここぞとばかりに芽を吹いた眩しいばかりの緑に覆われる
田圃では魚沼米の田植えが終わり、農家の方も一休みといったところだ

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2016年5月 只見線

諸兄の様々な記事と秀作で、SL只見線新緑号へのご一同の目も肥えているところなので、大いにやり難いところだが、季節物なので「春色只見線」をお送りしたい。今秋に飯山線の飯山-長岡間にC11が登場することはほぼ決まりのようだが、代わりに秋の只見線は無しという話もある。実のところはJRの発表待ちだが、何れにしても、行けるときには行っておいた方がいいというのは、過去の経験則だ。

5月も末になれば、新緑は終わり、季節は夏へと移っていく。気温も上がり、蒸気の煙は期待薄になる。今回はまさにその通りとなった。真夏のような暑さに見舞われ、夏のしょぼい黒煙に悩まされた。おまけに、俯瞰には視界が悪く、何とも厳しい撮影行となった。いっその事、雨でも降ってくれた方が良かったが、そういう時に限って降らないものだ。あまり出来は良くないが、例によって、キハと蒸気を交えて、分断状態が続く新潟、福島の両只見線の春を追ってみたい。

諸事情により昨秋同様に、当ブログの只見線は、新潟県側の入広瀬からスタートする。豪雪地帯の入広瀬の春は山菜の季節だが、こちらもそろそろ終わりが近い。それでも、集落から見通しのいい道端に、2時間も車を停めておけば、何事かと山菜パトロールの年配の方がやってくる。一瞥で山菜採りでないことは分かるので、すごすごとお帰りになるところをお引止めして、暫しお話を伺った。久し振りに入広瀬の生の情報をお聞きすることが出来たが、やはり明るい話題は少ない。色々と知恵を絞っている地域ではあるが、過疎の波から逃れることは難しいようだ。パトロールの方は、「もうすぐ時間だね」と言い残して本村に戻って行った。そんな、一日4往復の限界ダイヤの新潟只見線が旅の始まりだ。


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  1. 2016/06/25(土) 01:08:54|
  2. 只見線
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青い山脈

夕闇迫る南アルプスの峰々に夜の帳が降りて来た
山々の残雪が視界から消えるころ、キハのエンジン音が聞こえてきた

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2016年5月 小海線

山岳写真で、朝夕の山稜のシルエットは、定番の狙い目だ。なるべく微粒子のデカいフィルムと収差の小さい暗いレンズで、繊細かつ優美に写し撮るのが常道だった。さて、鉄道と絡めるとなると、被写体が動いているので、少々勝手が違う。背景も車両も止めようとすれば、もうレンズの明るさと感度頼みしかない。今のデジカメは本当によくできている。こんな夕暮でもちゃんと列車を止めることが出来る。それも手持ちでだ。まだ、手ブレ防止機能の実力は実感できていないが、これだけ普及した機能だ、更なる悪条件では絶大な効き目があるのだろう。


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  1. 2016/06/23(木) 00:42:48|
  2. 小海線
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ローカルな通学ラッシュ

津山の町から高校生が帰ってきた
小さなキハの車内は、生徒たちで一杯だ

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2016年4月 姫新線 古見

ここ姫新線も、姫路から佐用、津山、中国勝山、新見と山に入って行くにつれ、列車本数が徐々に少なくなっていく。画の古見は、津山の西、中国勝山のある真庭市にあり、決してローカル度が高い区間ではないが、それでも朝夕の通勤通学時間帯に集中したダイヤを採っている。例によって昼間は閑散としていて殆ど列車は来ない。中国地方でよく見掛けた朝夕路線の一つだ。

この区間ではキハ40とキハ120の主に単行が走っているが、バス並みの大きさのキハ120は、通学時間には車内がちょっとしたラッシュになる。まあ、都会の満員電車に比べれば可愛いものだが、あまりいい話を聞かないローカル線で、乗客の多い列車を見ると少し安心したりもする。画の列車は下りで、津山から帰ってきた高校生だろう。小さな車体は運転士と高校生で窮屈そうだ。

列車の後を追うと、貫通ドアに寄り掛かり、外を眺めている男子生徒がいた。その奥にはつり革に掴まり本を読んでいるのか女子生徒の横顔も見える。スマホ全盛の昨今は、列車の立ち客は何処かに寄り掛かり、ひたすら両手でスマホの操作に興じている。携帯は片手操作の技持ちがいたが、スマホはそうはいかない。寄りかかる場所が多いドア周辺はさながら人気スポットだ。この生徒がスマホを見ているかは分からないが、たまたまなのか外を見ていてくれたので、シャッターを切ってみた。


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  1. 2016/06/21(火) 00:37:38|
  2. 姫新線
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夕暮れの単独行

薄く焼けた西の空をバックに、単行キハがとぼとぼと山を降りて来た
この田圃の稲の成長に合わせて、春、夏、秋と季節が移ろいで行く

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2016年5月 小海線

田圃に水が張られてから、夕焼けが来るのを待っていたが、なかなかチャンスが訪れない。夕焼けを予想するのはなかなか難しいもので、大概予想に反して唐突に焼けるものだ。稲が成長すると水鏡が望めなくなるが、こちらも忙しい時期で、度々出向くわけにもいかない。それでも何度かは足を運んだが、今年は運に恵まれなかった。ただ、小海線では少ない単行が撮れたのはよかった。通常は2両が基本だが、単行や3両になる列車がある。3両だとローカル風情が失われてしまうが、単行か2両かは悩ましいところだ。どちらが似合うかはあくまで好みだが、やはりこの画には単行だ。


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  1. 2016/06/19(日) 00:28:58|
  2. 小海線
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人力転車台

北見相生は木造のストラクチャーがいい雰囲気だった
そこには人力の転車台があり、仕事を楽しむ男たちの姿があった

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1974年8月 相生線 北見相生

かつて北海道には多くの盲腸線が存在した。その殆どは、隆盛を誇った炭鉱会社か経営する石炭輸送のものか、日本中を網羅する鉄道網を目指した時の政治家の、つわものどもが夢のあとだった。この相生線も当初は美幌―釧路間を結ぶ「釧美線」として計画されたが、その夢は北見相生に至った時点で、道半ばにして潰え、1985年に廃線となった。この相生線が延伸、接続するはずだった雄別鉄道雄別本線も、石炭産業の斜陽化と、炭鉱事故によって、一足早く尺別鉄道線とともに1970年に姿を消している。こうして、北海道の盲腸線の殆どが消え去り、夢のあとはその遺構だけとなってしまった。

そんな北海道の盲腸線の多くでは、キューロクが不定期に通い、貨物輸送を行っていた。バック運転が得意でないキューロクのために、終着駅には転車台が設けられていた。その日は、不定期貨物を北見区のトラ塗りキューロクが引いてきた。早速、転車の作業となるが、どこからともなく4人の男たちが現れた。機関車の停止が確認されると、転車台を固定していたラッチが外される。男たちが二人一組になった力仕事が始まる。左端のお若いのはやる気満々だ。まるで、メリーゴーランドではしゃぐ子供たちのようだ。仕事は楽しいに越したことはない。

この駅の様子は、鉄道模型趣味の方、それもレイアウト作家に見て頂きたいところだ。この駅のストラクチャーは殆どが風情ある木製だ。転車台の向こうに見える機関庫は、如何にも木造りといったいい感じだ。転車台自体は鋼製だが、その周りには、足が踏ん張れるように、枕木が放射線状に埋め込んである。次回は、西部劇にでも出てきそうな木製の給水塔、給炭台でもアップしたい。自分に工作技術と時間があれば、フルスクラッチと行きたいところだが、それは永久に実現しそうにない。一方、画のキューロク「29657」だが、1976年に廃車になり、只見線沿線の当時の新潟県北魚沼郡守門村の村営「守門温泉SLランド」のSLホテルで、オロネとともに利用されているのを見たことがある。当時のSL人気に便乗した商売だったが、そのSLホテルも廃業になり、現在は見るに堪えない姿で、荒れるに任せているようだ。


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  1. 2016/06/17(金) 01:37:21|
  2. 相生線
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春告げ列車

冬の間ひたすら我慢していたかのように、高原の春は何もかもが一気にやって来る
何時ものように「八ヶ岳高原列車」が小海線に春を連れてきた

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2013年5月 小海線

小淵沢と野辺山の間を往復する、週末臨時列車の「八ヶ岳高原列車」の運行が始まるころ、この高原にも遅い春が到来する。土曜の朝、まだ早春の冷たい空気が残る、淡い若葉が朝日に眩しい高原に、小気味良いキハのディーゼル音が響いた。高原列車の回送が、中央線の「あずさ」でやって来る観光客を迎えるために、ゆっくりと人気のない高原の観光駅を通過し、小淵沢へと向かう。もう少し日が高くなって、この列車がお客さんを乗せて戻って来るころには、この駅にも賑わいが訪れる。厳しかった冬が終わり、小海線にまた観光路線としての煌めきの季節が廻って来た。


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  1. 2016/06/15(水) 00:21:38|
  2. 小海線
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青葉の山陰線を往く その17 旅の終わり

山陰線は、期待に違わない風光明媚な路線でいてくれた
夕日に映える去りゆく列車に、さらなる再訪を誓った

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2016年4月 山陰本線 玉江

長々とお送りしてきた「青葉の山陰線を往く」も最終回となった。前回のポイントから萩方面に戻った玉江の倉江集落での撮影がラストショットとなった。日が傾き、西日が由緒ある萩の街を照らしている。逆光の木立の向こうから山陰線を象徴するタラコのキハがやって来た。その後ろ姿を見送り山陰線の旅が終わった。始まりがあれば、必ず終わりがある。夕陽に照らされた後ろ姿は何とも感慨深いものであった。つい、また来ようと心に誓った一瞬だった。

現役蒸気を追いかけていた時代には、どうしても北海道や九州に足が向いてしまっていた。その方が、ワイド周遊券をフルに使って、多くの路線を回り多様な罐に会うことが出来、旅もし易かった。山陰ワイド周遊券もあったが、西部を狙うとすれば、山陰線以外には閑散路線の木次線、三江線、山口線くらしかなかった。おまけに、夜行列車を塒にするには条件が悪過ぎた。それでも、1973年の夏には山陰線メインの長旅に出ている。山陰への憧れのようなものがあったからだ。山陽と山陰、どっちがお好きと問われれば、山陰と答えたくなるのは小生の性だ。

それから40年という時間を挟んで、再び山陰線を撮りに行くとは、なかなか因果なものだ。かつての名路線を再び訪れるのは、懐古趣味だけではない。もちろん、記憶をたどるセンチメンタルな旅であることも確かだが、今を撮ることが最大の楽しみだ。山陰線は、今も石州瓦の家並を繋ぐ風光明媚な路線で、素晴らしい被写体だった。小生と同年代の方々には、このような旅を是非お勧めしたい。還暦と言うくらいだ。若かりし頃熱中した場所を、新たな出発点にするのも悪くはない。次回の山陰線は、下関を起点に小串、湯玉、梅ヶ峠、特牛などを訪れてみるつもりだ。

最後までご覧いただきありがとうございました。
何本か単発の記事を挟んで、次は「春色只見線」をお送りします。


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1973年7月 山陽本線 下関

夜の下関駅で出発時刻を待つ山陰線の上りD51普通客レ。今では考えられない現車10両の長大編成。牽引するのは長門機関区の戦時型1031号機。今でも残る山陰線の長いホームは、こんな列車が停車していたからだ。


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  1. 2016/06/13(月) 01:20:23|
  2. 山陰本線
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青葉の山陰線を往く その16 山陰の蒼い海

山陰海岸の海の蒼さは格別だ
降雪期の鉛色の海がくれた贈り物だ

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2016年4月 山陰本線 三見

振り返れば、山陰線の旅の始まりは兵庫県の竹野駅だった。この日、今回の旅の終着駅の山口県の飯井駅に着いた。距離にして422.1km。さすがは最長路線だけのことはある。東海道線でいえば、東京から関ケ原近くまで行ってしまう距離だ。撮り溜めた駅舎の数だけでも相当なものになった。ただ、現在は山陰線を全線走り抜ける列車はなく、幾つかの毛色の異なる線区の寄せ集めのようになっている。昔、山陰線の京都―下関間を走りぬく、820レ、826レという客車の夜行普通列車があり、京都―出雲市間は寝台車も連結されていたが、72年に廃止された。現在JR西日本が来春からの運行を計画している「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」が走れば、45年ぶりの貫通列車となる。

山陰海岸は本当に美しい。日本一風光明媚な海岸だと思う。雪国の春が何所よりも素晴らしいように、冬には荒海となる日本海のもう一つの姿は、何所までも澄んだ紺碧の海だ。その海の蒼さは、実際に行った者でしか実感できないものだろう。画の青色は、決してレタッチで増幅したものではない。写ったままの青さだ。現実味を出すために、逆に彩度を落とそうかと思ったくらいだ。

萩市街はずれの玉江から、車が擦れ違えないような細道が、線路沿いに三見、飯井へと続いている。飯井までは行ったものの、数少ない列車は海の見える三見で撮ることにした。43年前、乗っていた列車から、思わず飯井の駅名票を撮った。漢字で表記すれば何ら注目するものではないが、ひらがなとローマ字での表記は何とも単純で面白い。駅名票の両脇から飯井の集落が見えるが、現在よりもずっと鄙びた感じで、軒数も多いように見受けられる。何てことないぶれた画だが、小生的には何とも気になる一枚だ。


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2016年4月 山陰本線 三見


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1973年7月 山陰本線 飯井


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  1. 2016/06/11(土) 02:59:03|
  2. 山陰本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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