駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

青葉の山陰線を往く その10 雨の日のホーム

かつての鉄道の隆盛を思わせる長いホームの中程に待合はあった
バスのように短いキハ120の停車位置は遥かに先だった

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2016年4月 山陰本線 浅利

この日は低気圧の通過で激しい春の嵐となった。これも最近の温暖化の影響らしく、地元の方々の話でも、昔は春先にこんな大雨が降ることはなかったという。一週間前にも嵐があったとのことで、観光地では涙雨になっているらしい。大降りの時はやはり駅撮りに走ってしまうが、この2駅の間に、江津近くで三江線も撮っている。こちらは、数少ない貴重な列車で、江の川が雨に煙って、なかなかの風情だったこともあり、ちょっと気合が入った。その様子はまたの機会ということで。

近頃、急増中のラッピング車両は、多くのものが遠目にも解りやすい、単純なアニメ的なデザインのものが多い。山陰には「コナン君」や「ゲゲゲ」のラッピング車などがあるが、観光客ならともかく、こういう車両に出会えて喜ぶ鉄道写真屋は希だろう。大概は溜息ものの失笑ということになる。江津の一つ手前の浅利駅で通過のアクアライナーを待ち受けていたが、何やらラッピングされているが、撮った時には何が描かれているか解らなかった。後日画を拡大して初めて「石見神楽」のラッピングと判った。サイドのラッピングも凄いようだが、この立ち位置からは見ることができなかった。この恐ろしい大蛇の神楽面で人身事故が減ればいいのだが。

二、三枚目の画は下府駅だが、このキハ120の列車は三江線の浜原が始発だ。先程撮った三江線の列車を追い越してしまったようだ。大降りの雨のため、隣駅の浜田にお買い物と思われるおばさんたちは、かつての本線の名残の長いホームの中程の待合におられたが、無情にも列車はホーム先端の地下道の脇で止った。折り戸にバックミラーと、レールバスともいえそうな小さな車両なのだから、雨宿りのおばさんたちの横で止まってあげてもよさそうなものだが、どうしても停車位置は譲れないようだ。三人のおばさんが乗ったのを確認して、列車は終着駅の浜田に向け動き出した。


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2016年4月 山陰本線 下府


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  1. 2016/05/30(月) 02:47:45|
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青葉の山陰線を往く その9 温泉津雨情

温泉津温泉は歴史ある温泉と風情ある街並みが売りだ
ただ、車社会となった今、ちょっと勝手が違ってきたようだ

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2016年4月 山陰本線 温泉津

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温泉津温泉は開湯から1300年と、とびきり歴史のある温泉だ。かつては石見銀山の積出港として栄え、山陰道の宿場町でもあった。この温泉街は国の重要伝統的建造物群保存地域となっている。また、2007年に登録された世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」にも含まれている。温泉街には、開湯以来という元湯泉薬湯と、浜田地震によって湧出した風情ある佇まいの震湯薬師湯の二軒の公衆浴場がある。薬師湯は全国に12箇所しかない日本温泉協会の最高ランクの温泉として認定され、温泉好きには外せない場所だ。

人影の殆どないこの薬師湯からの帰り道、地元のお年寄りに話を聞くことができた。この温泉は、港によって栄え、鉄道によって栄え、そして道路によって衰退したとのことだ。ご覧の通り、この温泉街は建て込んでいるため、駐車場が極めて少ない。港や駅からの湯治客を受け入れるのには支障はないが、車社会では何とも勝手が悪い。皮肉にも、風情ある街並みが観光客を遠ざけてしまった。現在の人気のない温泉街からは想像ができないほどの賑やかさだったという。お年寄りは、最後に「今は空き家ばかりさ」と吐き捨てるように云い、元旅館風の古びた軒下の潜り戸に消えていった。

ここまでずっと、そこそこの天候が続いて来たが、温泉津の朝は雨となった。雨に濡れるホームで、新旧のキハが交換する。雨の列車交換も旅情があるが、大降りの雨の中、苦し紛れに見つけたアングルだ。今回の山陰線の核心部で、最も楽しみにしていたこの先の区間の初日は、風雨の荒天に見舞われることになった。1日停滞しようかとも思ったが、既に遅れ遅れになった旅を巻き上げなくてはならない。ありのままの天候をそれなりに捉えられればいいのだが、腕があっての物種だ。どこまで撮れるかは分らないが、荒天の中、さらに西へと旅は続く。


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  1. 2016/05/28(土) 00:40:53|
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青葉の山陰線を往く その8 モノクロームの回想

山陰の日本海の海色はどこまでも美しい
それでも、モノクロームの山陰がどうしても懐かしい

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2016年4月 山陰本線 小田―田儀

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旧作のレタッチ

現役蒸気時代に、何度か訪れた山陰線だが、当時カラー写真はあまり撮らなかった。カラーが高価であったこともあるが、モノクロで撮ることを当たり前のように考えていた。現像、引き伸ばしなどの一連の作業を自分でこなすのも面白かった。それに、モノクロームが好きだったことは確かだ。いや、今だって好きだ。時々、フィルムカメラのFシリーズを引っ張り出して、モノクロ撮影してみたいと思うが、思うだけで復活させたことはない。フィルムのような味わいがあるかは些か疑問だが、デジタルはカラーもモノクロも自在だ。今回は、昔に帰ってモノクロームの山陰線にしてみた。

出雲市からまた非電化となった山陰線は、小田で日本海に再開する。田儀、波根、久手、大田市、静間、五十猛、仁万、馬路と懐かしい駅名が続く。ご紹介する小田―田儀間は、以前に比べて開けた感じがする。国道が立派になり、小田駅近くの国道9号線には道の駅「キララ多岐」ができており、結構な人出だ。列車の背景の風車は、キララトゥーリマキ風力発電所のものだ。キララというだけあって、鄙びたところだったというのは、記憶の中だけだった。今回は諸事情で、波根や五十猛は撮ることができなかったが、次回のお楽しむということにしておこう。

実は、一枚目の画の色調が、どう調整してもしっくりいかない。記憶の中の色と違うのだ。こういうことはよくあることで、どこかで妥協するか、無彩色にしてしまうしかない。試しにモノクロにしてみると、ぐっとイメージに近づいた。調子に乗って、タラコのキハ40も、黄色顔のキハ187もモノクロにしてみると、何となく昔の山陰線に戻ったような気がしてきた。松の木が点在していたこの区間は、昔こんな感じだったような気がする。


写真を張り替えました
大木茂さんからのアドバイスで、4画ともレタッチをやり直しました。モノクロームの達人から頂いた的確なご指摘に、ただただ感服するばかりです。あまりの酷さに見るに堪えなかったのでしょう。自分でも努力不足を猛省しております。モノクロームを侮ることなかれ。色彩が無い分、より繊細さと大胆さが求められる写真世界です。いつまでたっても勉強だなとつくづく思いました。少しはマシになったでしょうか。皆さんのご参考のため、1枚目の旧作も残しておきますので、比較してみてください。
大木さん、ありがとうございました。


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  1. 2016/05/26(木) 00:30:00|
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青葉の山陰線を往く その7 山陰線最古の駅舎

山陰線最古の駅舎は、山陰の鉄道発祥の地でもある
品川・横浜間の陸蒸気から30年後のことだった

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2016年4月 山陰本線 御来屋

この御来屋駅(みくりや)の開業は、1902年(明治35年)の11月1日だ。それ以来、この木造駅舎は建て替えられることなく、今年114歳になろうとしている。あの鹿児島県最古の名物観光駅となった嘉例川駅は翌1903年1月15日と、御来屋より2か月半程若輩者だ。開業当時は山陰線は存在せず、山陰初の鉄道として、堺港との物資輸送のため、堺港-米子-御来屋間が官営鉄道として敷設された。その後、国鉄時代を経て、JR西日本の駅となったが、2002年に山陰鉄道発祥100周年を記念して、リニューアルされ、駅事務所は地元の農海産物直売所の「みくりや市」となっている。

駅舎は当時の標準的なもので、二つの出札窓口と手小荷物窓口が備わっている。壁にはこの駅のものかは分からないが、小荷物運賃表が掛けられている。料金の単位は「銭」のものと「圓」のものとがある。動物という項目があるのが面白い。今なら犬猫と思われてしまうが、もちろん、ペットのことではない。待合室から直売所が見えるは、ちょっと煩い気がする。備品とともに事務所の内部も保存されていればいいのだが、そこまで求めるのは酷だろう。利用しながら保存していくのが、現実的な策だろう。木造駅舎が残っていることだけでも感謝しなければならない。

改札口の横に時刻表があるが、鳥取からは少し幹線めいてきて、停車する列車だけで上下に毎時1,2本ある。この駅の乗降客数は、日に330人程とまずまずの数字だが無人駅ではある。もう少し田園地帯を走ると伯備線が合流して、出雲市までの電化区間が始まる。米子を過ぎれば島根県に入り、安来、松江、出雲市へと続く山陰地方の中核で、以前来たときはこの辺りで色々観光した。境線と「ばたでん」が惜しいが、今回はこの区間はスキップすることにした。山陰道の無料区間を走り継いで、再びリアス海岸となる小田へと向かうことにした。


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  1. 2016/05/24(火) 00:30:00|
  2. 山陰本線
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立野の危機

立野にはスイッチバックや大白川橋梁などの鉄道名所が多い
その険しい地形が仇となって、今彼の地が危機に曝されている

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1971年7月 豊肥本線 立野

このところ、ずっとキハが続いているので、ここらで煙分補給のため、オーソドックスな現役蒸気画をお送りしたい。豊肥本線は立野のスイッチバックだ。九州には、この立野の他に肥薩線の大畑と真幸にスイッチバックがあるが、やはり立野のものが群を抜いた規模だ。現役蒸気末期はキューロクの貨物列車がこの坂道を越えていた。その後は、ハチロクの「SLあそBOY」が独力で登っていたが、それが祟ったのか、大病をして、今は肥薩線川線で余生を送っている。最近は、「ななつ星 in 九州」のルートに加えられていた。

今回の熊本地震で、立野地区には大きな被害がでている。交通網の遮断により孤立してしまったために、村外への避難を余儀なくされている。豊肥本線は肥後大津-豊後萩間、南阿蘇鉄道高森線は全線で不通が続き、国道57号線、325号線は至る所で分断されているという。高森線は、あの立野橋梁、第一大白川橋梁も被災し、復旧には最低でも30億円が必要と見積もられている。高森線と結ばれるはずだった高千穂線(オールドファンにはC12の日之影線だろうか)を引き継いだ高千穂鉄道が、2005年の台風被害で廃線となってしまったことが思い出される。被害の大きさから、鉄道ばかりか、立野の集落自体が存亡の危機に立たされている。

さて、一枚目の画は、その国道57号線の陸橋から。立野に登って来るキューロク貨物を撮ったものだ。キューロクの煙の向こうに、微かにスイッチバックの折り返し地点が見える。この日は運よく、高森線のC12が、熊本からぶら下がりで有火回送されてきた。そのC12が、どういうわけか、先頭をゆくキューロクを思ってか、ファンサービスなのか、威勢よくプッシュしている。思わぬ力走プッシュブル運転と相成った。この列車は、立野でC12を切り離し、バック運転の推進でスイッチバックに入り、折り返して赤水に向かう。二枚目の画は、スイッチバック後に赤水に向かうシーンだ。ということで、1本の列車を3回撮れる美味しい場所だった。この数々の鉄道名所のある立野は、今後どうなってしまうのだろうか。被害が大きいだけに先行きが心配だ。


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  1. 2016/05/22(日) 00:32:06|
  2. 豊肥本線
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西城の街並

戦国時代の城下町は、中国山地の懐で生き続けていた
朝日を受けて、西城川の川面が輝いた

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2016年4月 芸備線 備後西城

芸備線には備後落合を挟んで東城と備後西城という駅がある。南北朝時代に奴可郡を東西に分けることから東条、西条とされたことに始まり、戦国時代の備後国の有力国人であった宮氏が東西に築いた五本竹城と大富山城という二つの城に因み、東城と西城に改められた。その起源よろしく、二つの町には今も城下町の情緒が残っている。ともに一時は和鉄の生産で栄えたが、その後は芸備線の開通にも拘わらず、衰退の一途だ。

ここ西城は、江の川の支流である西城川沿いに、旧市街の古い家並みがあるが、建物は意外と新しく大正から昭和期のものだ。こういう風景は西日本、特に中国地方で見られるもので、歴史のある地域だけが醸し出せる佇まいだ。一方、鉄道写真屋としてのこの町の見所は、何といっても古い街並みと西城川を芸備線が鉄橋で渡るシーンだ。今回の旅で、かなり楽しみにしていた場所で、一度は自分の目で確かめたいと思っていた眺めだ。

ただ、前回の道後山ほどではないが、こちらも1日6往復と列車は多くはない。朝日のギラリと夕日のシルエットに的を定めたが、山間のため、ビジターには日の出と日没の時刻を予想するのが難しい。とはいえ、列車の選択の余地などなく、どちらも狙い目は1列車で、撮り直しのきかない一発勝負となった。今回は朝の部のご紹介だが、天候も味方してくれ、まあ成功と言っていいだろう。時には、ステンレス車も役に立つことがある。


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  1. 2016/05/20(金) 00:21:33|
  2. 芸備線
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道後山への路

芸備線でもこの区間は最も列車の少ない秘境となった
C58が補機を従えて登っていたのは遠い古だ

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2016年4月 芸備線 備後落合―道後山

芸備線や木次線、三江線といった広島の奥座敷のローカル線は、リンクさせていいただいている「ローカル鉄道散歩」の山岡山さんのホームグラウンドだ。山岡山さんの作品を拝見しては、何時かはこの地にと思っていたが、やっと実現した。しかし、今や備後落合の周辺は、屈指の秘境地帯になってしまっており、列車は極めて少ない。一度くらい訪れたところではどうしようもない地域だ。ましてや、積雪期に不案内な者が不用意に入り込めるところでもない。現場で事情を体験すると、山岡山さんのご苦労がよく分かる。何時廃線になってもおかしくない線区だけに、逆に山深い自然と鄙びた山村風景には魅力が多い。思わず季節を変えての再訪を企んでいる次第だ。

芸備線の最高地点は、道後山駅から東城方面に少し行ったところにある。備後落合からは、標高611mの道後山までの6.8kmで、160mの標高差を稼がなくてはならない。25‰の連続勾配をひたすら登り続けることになる。ここに限らず、備後落合周辺の山間部では、20km/h程の自転車並みの徐行で、キハ120が行き来する。現代のキハにとってこの位の勾配はさして問題ではない。どうやら道床と線路の状態が貧弱なためのものらしい。万が一脱線するようなことになっても、崖下に転落することだけは避けたいところだ。同じこの路を、キハ58の急行や補機を従えたC58の貨物列車が力走していたとは、到底想像し得ない現状だ。

現在、この区間を走る列車は一日3往復とうい限界ダイヤになってしまった。画は6時台の上りの始発で、次の上りは15時近くになり、その後は20時台の終列車で全てだ。3列車ともに下り列車の折返しとなる。かつての日中線がこのようなダイヤだった。この朝の気温は3℃と冷え込み、標高の割には放射冷却が激しい。上りの始発がゆっくりと姿を現したが、残念ながら車内には人影が疎らだ。その前の下りの始発も同様だった。昨年、三江線の廃線がJRから正式に提起された。この線区は三江線以上に衰退してしまった。ふと「廃線」という二文字が頭をかすめた。


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  1. 2016/05/18(水) 00:55:38|
  2. 芸備線
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青葉の山陰線を往く その6 故郷の山 伯耆大山

鳥取のシンボルの伯耆大山をバックに高速列車が往く
今や山陰線に沿って、ずっと無料の高速道路が延びている

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2016年4月 山陰本線 八橋

大山(だいせん)は、鳥取県にある中国山地最高峰の標高1,729mの火山だが、同じ漢字を書く山に、神奈川県丹沢の霊峰として名高い大山(おおやま)があるため、伯耆大山と表記されることが多い。この山は、東西で面白いくらい山容が異なる。西からは別名伯耆富士と呼ばれるように、美しいコニーデ形の姿だが、東からは険しい爆裂火口の岩壁が連なる荒々しい眺めとなる。同じ山とは思えない変身ぶりだ。今年は暖冬のためか、残雪は殆どが消え、すでに初夏の装いとなっていた。撮影するには、方角的に逆光になりやすく、苦しいところだ。

山陰線は鳥取からは平野部に入り、海岸線が望める場所も少なくなり、なだらかな伯耆大山の麓を軽快に飛ばしていく。画は3003D「スーパーおき3号」鳥取発新山口行きと、2003D「スーパーまつかぜ3号」鳥取発米子行きだ。全国的に「スーパー」というのは「早い」ということを意味しているようだ。ともにキハ181系の後継として開発されたキハ187系の2連だが、そのスピードは侮れない。各車両にコマツの450PS機関を2基搭載している。キハ40系の4倍、2両でDD51に迫るパワーを持っているということになる。100km/hを越える速度でやって来るキハは、それなりの高速シャッターでないと、ブレブレだ。

この高速列車の導入には、山陰道が影響しているようだ。山陰線と国道9号線に沿って、山陰道が建設されている。高速道路は、本来は独立採算が基本だったはずだが、いつしかプール制になり、さらには、未来永劫黒字化出来そうもない路線を、採算無視の無料区間として税金で建設する直轄方式という裏技を編み出した。この山陰道は、多くの区間が無料の自動車専用道だ。タダの高速道路が相手では、JRもたまったものではない。この道はいつか来た道だ。国鉄の赤字ローカル線は次々と廃線になった。何時か、無料自動車道も廃道になるのだろうか。建設すること自体が目的なのだから、それ以外のことはどうでもいいらしい。世界的に類をみない高額な建設費は、土建屋国家日本の象徴だ。どうみても、借金を返すどころか、出血を止める気もなさそうだ。


お知らせ

大木茂さんが、「ちょっとセンチメンタルな旅」と題する新しいサイトを立ち上げました。「モノクロームの残照」の名画の地を再び巡り、今昔物語で半世紀の時の流れを検証しようという企画です。このお話を最初にお聞きした時は、遊び半分くらいかと思っていましたが、甘かったです。これだけ多くの過去のアングルを忠実に再現されてしまうと、否応なく画像の力というものを感じます。半世紀という年月が、世の中をどう変えてしまったのか。私たちが何を得て、何を失ってしまったのか。そんな大木さんからの問い掛けだと思います。自ら辿った道を振り返る旅は、何時だってセンチメンタルです。

今昔物は細部までじっくり比較鑑賞するのが習わしです。点数も多いですから、時間に余裕のあるときにご覧になることをお勧めします。
ちょっとセンチメンタルな旅」へは、従来の「モノクロームの残照」からも入ることができます。


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2016年4月 山陰本線 由良


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  1. 2016/05/16(月) 00:21:38|
  2. 山陰本線
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青葉の山陰線を往く その5 住みたい田舎

山陰線は「住みたい田舎」一位の岩美町に入った
リアス海岸の雲間に、ゆっくりと夕日が沈もうとしていた

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2016年4月 山陰本線 東浜

県境の尾根のトンネルを抜けると、鳥取県最初の駅の岩美町の東浜に着く。ここも石州瓦の街並みが日本海をバックに続いている。幸いなことに、決定的に邪魔な電線や電柱がない。画の岬は羽尾鼻で、町の中心の岩美の駅はその先だ。京都、兵庫は、何となく山陰の入り口のようなイメージだが、鳥取、島根と聞けば、日本海が広がる山陰の只中に来たという実感が湧いてくる。ただ、山陰線を象徴するリアス海岸は、この岩美町の浦富海岸で一旦見納めで、次は出雲市の先の小田、田儀辺りからになる。

どういう基準で選んでいるかは知らないが、宝島社の「田舎暮らしの本」に、「住みたい田舎ベストランキング」というのがあり、2016年の一位が兵庫県朝来市と鳥取県岩美町になったそうだ。岩美町は子育て、住宅、雇用などの支援が充実しているからだそうだが、当然この画からは知る由もない。朝来市は、竹田や生野がある処で、朝霧に浮かぶ竹田城が人気沸騰中だ。こちらは後日、播但線の際にご紹介したい。

陽が西に傾き、海が輝いてきた。こういうシーンはフィルム時代であれば、明るい海と空を焼き込むために、酢酸の匂いにツンとしながら、あの手この手で印画紙に焼き付けたものだ。今は、マウス一つで色々試すことになり、安易と言えば安易だが、無駄な労力と出費がなくなり、加工の状態も保存できるようになり隔世の感だ。列車が来ない時は良く陽が差していたのだが、時間になると雲が発生する。貴重な2本をここで費やしたが、マーフィーの法則よろしく運がなかった。当然、大きな加工が必要な画が望みだったが、期待は儚く散った。


お知らせ

大木茂さんが、「ちょっとセンチメンタルな旅」と題する新しいサイトを立ち上げました。「モノクロームの残照」の名画の地を再び巡り、今昔物語で半世紀の時の流れを検証しようという企画です。このお話を最初にお聞きした時は、遊び半分くらいかと思っていましたが、甘かったです。これだけ多くの過去のアングルを忠実に再現されてしまうと、否応なく画像の力というものを感じます。半世紀という年月が、世の中をどう変えてしまったのか。私たちが何を得て、何を失ってしまったのか。そんな大木さんからの問い掛けだと思います。自ら辿った道を振り返る旅は、何時だってセンチメンタルです。

今昔物は細部までじっくり比較鑑賞するのが習わしです。点数も多いですから、時間に余裕のあるときにご覧になることをお勧めします。
ちょっとセンチメンタルな旅」へは、従来の「モノクロームの残照」からも入ることができます。


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  1. 2016/05/14(土) 01:46:08|
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青葉の山陰線を往く その4 孤高の人の故郷

この土地の風土が生んだのか、加藤文太郎は真摯な登山家だった
「孤高の人」を生んだ新田次郎は、天狗のような人だったと語っている

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2016年4月 山陰本線 浜坂

「はまさか」というのは美しい響きをもった地名だ。旅行をしていて気になる地名があるが、お隣の「香住」とともに、何となく後ろ髪を引かれる名の町だ。以前、国鉄で旅していた時代には、名前に惹かれて何の情報も持たない小駅に下車することが度々あった。もちろん期待が裏切られる方が多いのだが、自分だけの眺めを探すのも旅の楽しみの一つだった。それ程、地名というのは大事なものだと思うが、昨今の市町村合併によって、多くの由緒ある地名が行政区分から消えてしまい残念だ。浜坂町は新温泉町、香住町は香美町となったが、駅名にその名が残っていてくれて有難い。

浜坂は松葉蟹とホタルイカ、但馬御火浦と浜坂温泉郷、そして湯村温泉の玄関口と、漁業と観光の町だ。大きくも小さくもない人口1万人程の町だ。登山をされる方ならご存じの加藤文太郎の出身地でもある。新田次郎の「孤高の人」の主人公となった登山家だが、その真摯な生き方を敬愛する登山家は後を絶たない。加藤文太郎記念図書館や記念碑、新田次郎文学碑などのゆかりの場所がある。

東部山陰線のなかでも城崎温泉―鳥取間は列車の少ないところだ。京都からの特急は、大方が豊岡や城崎温泉までで、香住や浜坂までやって来るのは3往復の特急「はまかぜ」だけだ。その先の鳥取は智頭急行、米子や出雲市は伯備線経由となってしまう。浜坂の奥座敷の湯村温泉は、平安の時代に開かれた由緒ある温泉で、風情ある温泉場が人気を集めている。アクセスは、阪神、鳥取方面からのバスも運行されており、列車よりも安価で便利だ。構内に残された蔦の絡まる給水塔はいかにも寂しげだ。駅には、鉄道の衰退を嘆いてつくられた、暖簾のかかった鉄道グッツ館「鉄子の部屋」なるものがある。


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浜坂停車中のキハ47の行先票を見ると、見慣れないデザインになっている。今年2月から、JR西日本・米子支社が導入した、外国人や不慣れな方のための「ラインカラー・路線記号」というもので、「A」は山陰線(米子~城崎温泉)の表示で、この色は鳥取二十世紀梨の色ということだ。詳しくはこちらを。効果の程はさておき、先ず隗より始めよというから、その先に期待しよう。それと気になるのが運転席の車載カメラだ。事故分析のためのドライブレコーダーの導入は鉄道各社でも進められているが、JR西日本のは他にも目的があるのではと、つい勘ぐってしまいたくなる。


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浜坂の隣に諸寄(もろよせ)という駅があるが、瓦屋根の街並みと駅の位置が絶妙だ。海沿いに位置するが、まるで山奥のような眺めだ。色々とアングルを探るが、何としても電線と電柱が邪魔をする。素晴らしく電柱と電線が多い。捨てるには惜しいと撮ってはみたが、肉眼よりも電線が気になる。今回は街並みを狙うことが多かったが、それだけに電線と電柱には大いに苦しめられた。ソフトで消してしまうことも出来るが、それは禁じ手だ。まあ、「電線と電柱のある街並み」というこで、この駅の雰囲気が分っていただければ幸いだ。次の居組駅で兵庫県が終わり、山陰線は鳥取県へと向かう。お口直しに居組の日本海でもご覧あれ。


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  1. 2016/05/12(木) 03:06:52|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

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