駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

オートフォーカス考

空車のセキの長大編成を引いて、筑豊の古武士が姿を現した。
こうしてアップで眺めてみると、このD60も、なかなかの男前だ。

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1971年7月 筑豊本線 筑前垣生

この画を撮った頃はオートフォーカスなど無く、ピント合わせは全て手動だった。望遠200mmの前面大写しのジャスピン写真は、それなりに腕が必要だった。予め撮る位置を決めておき、現物で微調整をする「置きピン」なのだが、成否は現像してみてのお楽しみだった。この画は一応成功例の部類だが、その裏で、甘々の画をかなりの数、撮り溜めている。

この画のような構図であれば、今のカメラではAF機構が間違えなく獲物を捉えて、常にジャスピンの状態にしてくれるはずだ。いい時代になったものだ。ただ風景的な画の場合はそうはいかない。空、ガス、煙、大きさ、モノトーン等の障害が待ち受ける。迷ってしまうと適当に合わせるということもしない。こうなると、三脚固定時はなかなか厳しい。本番時に迂闊にAF-ONボタンを押せない。相変わらず置きピン、マニュアル微調整が主流だ。

ところが、AFのレンズのマニュアル操作はとてもし辛い。一眼の場合は位相差検出方式をとっているので、無限遠のピント合わせが必要となる。おまけに、バッテリーを長持ちされるために、ピントリングが思いっきり軽くできているし、ストロークも短い。ちょっと触れるとすぐ大きく動いてしまう。夜間撮影でのピント合わせは、特段に難しくなる。更なる試練は、ボディーファインダーのスクリーンがマニュアル用には出来ていないことだ。ピント合わせのインジケーターもあるが風景的な画では役に立たない。目が良くない小生には大変困ってしまう。

一方、手持ち撮影の際は、俄然AFとVRが力を発揮する。人や鳥獣を撮るときには、まったく便利なアイテムだ。被写体の表情や動きに集中できるのは、大変ありがたい。

便利なんだが、不便なんだか。役に立っているのか、邪魔されているのか。小生の場合は微妙だが、まあ使いようということだろう。どうしても付いてきてしまう機能なので、何とか活用する術を身に着ける他ない。完全に機械がピント合わせを代行してくれないとことが、面白いところなのかもしれない。

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  1. 2015/02/26(木) 22:42:49|
  2. 筑豊本線
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駅舎の灯 森 17時33分

函館から札幌に向かう列車に乗り、再び海が見えるのが森だ。
噴火湾の向こうのすぐそこに室蘭の街が遠望できるが、陸路はその何倍もの距離だ。

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2012年11月 函館本線 森  (以下同じ)

北海道茅部郡森町は、人口17,000の噴火湾に面した駒ケ岳の麓の町だ。産業は漁業と農業だ。かつてはニシン漁で栄えた。この町の森駅は、JR北海道・函館本線の駅で、函館駅から49.5km、特急で40分のところにある。「トワイライトエクスプレス」と「はまなす」以外の列車はすべて停車する。渡島総合振興局の中心地の函館の文化圏で、この町の人は何かあれば函館に出向くことが多い。


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駅構内 函館方面

この駅の構内は今も複雑な線路配置をとっている。函館方面へは大沼公園経由の本線と、佐原経由の佐原支線に分かれ、長万部方面は鷹の巣までが複線化されている。つまり、本線で函館に向かう列車と、支線からの下り列車がこの駅でクロスすることになる。そのため信号機の数もとりわけ多い。
森駅の駒ケ岳バックの下り列車の発車シーンは、定番アングルとして今も受け継がれている。


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2846D キハ40

小生の乗る2846D長万部発佐原経由函館行きは森で30分程停車する。駅を撮るにはうってつけの時間だ。こうやって鈍行で一駅一駅の佇まいをチェックしていくのが小生の流儀だ。というか、散々、貧乏旅を続けてきた者の断つことのできない習性だ。
到着後暫くすると、帰宅する高校生の一群が、がやがやと乗込んできた。鉄道風景も随分と変わったものだが、最も様変わりしたのは、やはり人間なのかもしれない。


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「いかめし」の柴田商店

森と云えば何と言っても「いかめし」だ。1903年の森駅の開業に合わせて設立された阿部弁当店(現いかめし阿部商店)が、1941年から製造・販売している。駅中のキオスクと駅前の柴田商店で販売しているが、関連グッズも開発されており、観光客には人気のようだ。この時間に来ると、だいたい売切れになっている。
東京の元祖駅弁大会の京王百貨店でしか買ったことのない方々には、唯一の「いかめし」販売店の柴田商店の佇まいは想像できないだろう。しかしながら、こういうところで買うのが駅弁の醍醐味だ。是非、現地まで足を運んでもらいたいものだ。ただ、現役蒸気時代には当然食することのできなかった味だった。「いかめし」で滋養をつけていれば、もう少しましな画が撮れていたかもしれない。

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2015/02/24(火) 23:19:01|
  2. 函館本線
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緑輝く頃

チチブセメントのホッパ車を引いてC58が峠を登って来た。
初夏の陽光を受けて、緑が深まって行く。

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1970年6月 八高線 折原-竹沢

八高線と言えば、八王子-高麗川間の画を圧倒的に多く見かける。D51重連、キューロクと役者が揃い、金子坂、鹿山峠のサミットや入間川橋梁などの撮影地が点在し、なにより本数が多く、東京からも近い。

今回ご紹介するのは、八高線中部だ。高麗川から先、毛呂,生越、明覚、小川町、竹沢、折原、寄居と続く。生越、小川町で東武線、寄居で東武線と秩父鉄道が接続している。現役蒸気の頃は、この辺りは、田圃と丘陵が交錯する長閑な田園地帯だった。毛呂山に埼玉医大が出来た時、その巨大な建物はこの地には異様だった。その後の東京のベットタウン化で、それなりに住宅が広がったが、この区間は未電化のままだ。ローカル線のブログでよく登場するのは、キハが走るこの中部と北部だ。

八高線では、大まかに石灰列車はD51、普通貨物はC58という運用で、高崎に近づくほど、C58の割合が増えて行く。石灰列車の荷主は、高麗川にあるセメント最大手の太平洋セメント埼玉工場(当時は日本セメント。後に秩父小野田と合併し太平洋セメントとなる。)であったからだ。

ここ竹沢-折原間にある小川町と寄居町の町界には小さなサミットがある。サミットはこの小さな池のすぐ向うだ。八高線もここまで来ると、同業者はぐっと少なくなる。風景も、よくご覧になる杉林背景の八高線とはちょっと異なるはずだ。この年の尾花が揺れる頃、さよなら列車をこの場所で見送ることになる。

  1. 2015/02/23(月) 02:16:20|
  2. 八高線
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雪遊び

綺麗に雪化粧した冬木立。
ジョイント音も、エンジン音も、雪の静けさと川音に吸い込まれていきます。

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2015年1月 小海線

子供の頃は、雪が降るのがうれしくてうれしくて、早く積もらないかと、窓から外をずっと眺めていたものです。だんだん外の音が遠のくのに、積もって行くのが感じられ、車のチェーンの音でも聞こえてくれば、内心やったと思ったものです。雪の積もった朝、早く外に出たくて、布団からいつもより早く起きだしたりもしました。雪国の子供はそうではないと思っていましたが、やっぱり同じようなものらしいです。子供にとって、雪はどこでも絶好の遊び相手ということです。

さて、時代は流れて今、雪が降る度に、撮影場所を思案することになりました。積り加減と降り方を見て、あちこちの場所の様子を想像します。ポイントに行き着けるかも考えなければなりません。装備も用意して、いざ出撃。何か子供の頃と一緒ですね。相も変らぬ雪遊びです。

この時は、冬木立の雪化粧を撮るには、いい塩梅の積り方と天候でした。こういう状態って長く続きません。日が出たり、気温が上がると、あっという間に化粧が落ちてしまいます。雪を撮るのは結構忙しいです。特に、晩に降った翌朝は早起き、早出がカギなのですが、この辺りは子供の頃のようにはいきません。

力任せの雪中行軍はもう厳しいですが、雪との付き合いはまだまだ続きそうです。

  1. 2015/02/20(金) 16:54:00|
  2. 小海線
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北斗星の灯

津軽海峡を越え北海道に向かう夜行列車には、誰しも一度は乗ってみたいと思うはずだ。
遙かな北の都まで、どこまでも流れ行く風景は、飛行機では味わえない至福の一時だ。

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2012年11月 函館本線 札幌

先日、北斗星の最終列車の切符が発売となったニュースが流れた。札幌駅ですら入手出来なかったらしい。例によって、恐ろしい程の争奪戦だ。直後には、とんでもない値段でオークションにでてくる。最終日などに執着する気のない小生には、何か遠くの世界の出来ごとだが、別れを惜しむ気持ちには変わりはない。

上野からの長旅を終えて、北斗星が札幌に到着した。この7号車の食堂車に、テーブルは10台しかない。ここで晩餐を楽しむためには、前々からの予約が必要だが、その予約すら難しかった。食堂車のスタンドは、大切な人との、大切な日の語らいを、ずっと照らし続けてきた。車窓を流れ去る風景は、旅人の心の中に、原風景のようにして刻まれたことだろう。

こういう列車が消えていくのは、とても残念だ。それも、新幹線絡みで淘汰されていくのは、何ともやるせない。上質の時間を提供し、「鉄道旅」を楽しむことを目的とした列車の存在は、今後鉄道が存続していく上で、重要なアイテムの一つだと思う。そのためにも、全国を繋ぐ狭軌の鉄道網を途切れさせてはいけない。

この後、このスタンドの灯は落とされ、編成は静かに手稲の札幌運転所に回送されて行った。こんな美しい光景と、北の大地を象徴するような「北斗星」という名が、またいつか蘇ることを祈るばかりだ。

  1. 2015/02/19(木) 00:42:00|
  2. 函館本線
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SLキューロク館

今日は、急遽予定を変更して、ありもしない マイオさん からのご依頼で、真岡鐡道の真岡駅にある「SLキューロク館」をご紹介します。スナップ写真から構成しましたので、お見苦しい点は、ご容赦ください。

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2014年2月 真岡鐡道 寺内-久下田

1年程前のこの日は、朝から雪の予報。前夜、真岡鐡道のFacebookを見ると、「少しぐらいの雪では止らないので、夜間の問い合わせは・・・云々」とある。それではと出掛けて、送込みを待つが一向に来ない。そこで真岡駅へ行くと「運休」の貼り紙。この情報化時代に間抜けな話だ。小生には、ほんの数センチの雪は「少し」はおろか、無いに等しいのだが、まあ街の人なら画の雪なら結構なものなのかも。
ぶつぶつ言っていてもしょうがないので、渋々と撮影を諦めて「SLキューロク館」を見学することに。

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2014年2月 真岡鐡道 真岡駅 SLキューロク館 以下同じ

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まずは、キューロク君。圧搾空気で動くのだが、コンプレッサーでじわじわ加圧していくので、圧が上がるのに結構時間が掛る。この辺は石炭と一緒。圧搾空気はキャブ内のバルブから必要な部位に送られるようだ。逆転機へのホースがちと不細工だ。罐の熱気や息遣いは感じられないので、幽霊のように動き出す。汽笛を鳴らして、数十メートル進んで、後ずさりで帰って来れればよいのだ。屋外で、乗車有料の車掌車との連結、解放があるのだが、この車掌車「ヨ8000」も展示物の一つだ。この時は団体さんが楽しまれていた。

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次は青のスハフ44。この旧客もキューロクと同じ北海道仕様で、五稜郭の文字が見える。C623ニセコ号の旧客もこの形式だ。 何がいいって、車内に漂う床の油の臭いだ。この臭いを嗅げば、現役蒸気時代に住処にしていた夜行急行の事を思い出すこと間違えなしだ。キューロクとスハフ44は大切に屋内での展示だ。何とスハフ44の車内はダクトで冷暖房付きだ。

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最後は屋外展示。見難いがキハ20が見える。国鉄真岡線時代に走っていたもので、これもかなり懐かしい。スハフ44同様に、国鉄時代の青モケットの座席は郷愁を誘う。タラコ色なのが残念だが、今にも走れそうな感じだ。出来ればDMH17のサウンドを聞きたいものだ。いすみ鉄道にならって、これを動態化してくれると、俄然真岡通いの頻度が増えるのだが。
その他に、部品取り・展示用のDE101014と貨車が数両展示されている。

こちらの関係団体の鉄道の観光資源化への姿勢は、なかなか腹が据わっている。
うまく続けてほしいものだ。

この後、益子焼を見に行ったが、殆ど観光客がいない。「大雪予報」に陶器店の方々は恨み節だ。
この時はこんなもんで済んだが、翌週の大雪では大変な事態になった。山梨は1mを越える積雪に陸の孤島となり、小淵沢では苦し紛れに除雪に使ったELが脱線、小海線も不通となった。


  1. 2015/02/17(火) 23:39:03|
  2. 真岡鐡道
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山峡の駅

江の川沿いの山峡の駅に、C56の引く貨物列車がやって来た。
生活物資なのか、手荷物なのか、貨車から降ろされた荷が、リヤカーで運ばれてゆく。

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1973年7月 三江線(三江北線) 川戸

島根県江津から江の川を遡ること14kmのところに旧桜江町がある。何とも美しい名の町だ。現在は江津市に編入されている。三江線の開業時は、ここ桜江町中心の川戸が終着駅だった。その後、延伸されていったが、1955年の三江南線の開業で、三江北線に改称。1975年の三次までの全通に伴い新線、三江南線を編入し、再び三江線となった。撮影は、全通2年前の「三江北線」時代だ。

当時、浜田のC56が、貨物を引いて、江の川沿いの山峡の町々を巡っていた。何を運んでいたかは調べがつかないが、ローカル線にしては長い編成だったように記憶している。この川戸では、駅員が何やら荷物をリヤカーで運んでいる。C56は暫しの休憩だ。

この三江線も数奇な路線だ。1968年に国鉄諮問委員会が、廃止対象として挙げた赤字83路線に、三江北線・南線ともに入っている。廃止計画は結局頓挫してしまうが、三江線の全線開通は指定から7年後で、よくこのタイミングで開通出来たものだ。2006年と2013年の2度の大水害からもJRの大きな出費にも拘わらず復旧している。陰陽連絡路線の役目も果たせず、もっぱら地域住民の域内移動需要のみで推移してきた、全JR線中最悪の輸送人員の路線にしては不思議なところだ。鉄道好きには結構なことだか、何れでも島根県の強い働きかけがあったといわれるが、効果の程は闇の中だ。何となく、生い立ちが只見線に似ているが、只見線は水害から復旧することは出来そうもない。廃線になるか否かの分かれ目は、いつも分からないことだらけだ。

  1. 2015/02/16(月) 01:57:08|
  2. 三江線
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冬のソナタ

冬の南アルプスの天気は気紛れだ。雪雲から一瞬稜線が現れた。
小雪が舞う中、ライトパープルのスーパーあずさが天空を行く。

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2015年1月 中央東線 信濃境-富士見

『冬のソナタ』は2002年に韓国KBSで放送され、韓流ドラマの始まりとなったものだ。日本では2003/2004年に某放送協会から放送され、「冬ソナブーム」を巻き起こした。日本中の多くの女性たちがテレビに釘づけになり、韓国への旅行者が急増した。ストーリーはさておき、このドラマは、美しい旋律の音楽と、透明感のある絵画のような自然背景が売りだった。当初、北海道でのロケが計画されていたようだが、諸事情で韓国内での撮影になっている。

「スーパーあずさ」のボディーカラーに浮かび上がる雪を見ていると、何故かこのドラマのオープニングテーマ曲であるRYUの『最初から今まで』が思い出された。淡いモノトーンの画は、ドラマと同じように、レンズの中の虚構の世界なのかもしれない。

先日JR東日本が、「あずさ」E257系、「スーパーあずさ」E351系の後継として、E353系を発表というTVニュースを見た。来年2016年から更新の予定だそうだ。

  1. 2015/02/13(金) 16:48:23|
  2. 中央東線
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絶気二題 ②大畑の記憶

矢岳越えの激闘を終えた混合列車が、ループ線を滑るように駆け下りてきた。
草いきれのなか、補機は静かに消えて行った。

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1971年7月 肥薩線 矢岳-大畑 大畑ループ線

爆煙が定番のループ線だが、降りてくる罐の画はあまり見かけない。
煙がなければ俯瞰することもままならない。何とも的が定まらないお題だ。
名案が浮かばず、大畑の雰囲気が残る程度にアップで捉えてみた。
無骨な山線D51の重装備をじっくりとご堪能あれ。

  1. 2015/02/11(水) 23:41:56|
  2. 肥薩線
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絶気二題 ①帰り道

今日一日ファンを楽しませてくれたC11が、DDに引かれ帰って来た。
夕日を受けたナンバープレートがひっそりと染まる。ご苦労さまとでも言いたくなるような眺めだ。

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2015年1月 真岡鐡道 寺内-真岡

一日の終りには、静かな眺めが良い。
皆さん煙がお好みのようで、ぶらさがりのご帰還をお迎えする人は少ない。
黄昏時、絶気の蒸気を静かに愛でるのも、またおつなものだ。
今日も、お疲れ様。

  1. 2015/02/10(火) 22:20:49|
  2. 真岡鐡道
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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