駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

駅舎の由緒 採銅所

石灰石を運び出した貨物路線も北九州の近郊線となった
複線仕様のトンネルを抜けて、通勤・通学列車が往く

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2017年4月 日田彦山線 採銅所

先般ご紹介した「油須原」は、由緒がはっきりしないことが多い上に、近年テレビドラマのロケがなされたりで、原形が判らなくなってしまっていたが、今回の「採銅所」は由緒のはっきりした、開業時の初代木造駅舎だ。102年前の1915年に小倉鉄道の駅として開業している。1943年に国鉄に戦時買収され添田線の所属となったが、所属路線変更で今は日田彦山線の駅になっている。この鉄道と駅舎を開業させた小倉鉄道株式会社は、北九州市小倉南区に本社を、工場を直方市植木町に置き、現在も一般向け歯車を製造販売している。従業員は15名ほどだ。施主が健在ということが、この駅舎の由緒が明確な一因でもある。

ただし、この駅舎が全くの開業時のものという訳ではない。白アリに蝕まれ、老朽化が著しかったために、JR九州が建て替えを計画したが、地元から保存運動が巻き起こり、2010年に香春町に無償譲渡され、町が1,000万円の予算をつぎ込んで、改修工事を施し現在の姿となった。町の有形文化財にも指定されている。古い駅舎が目白押しの九州にあっては、102歳は国の文化財とまでは手が届かないが、大切なのは地元にいかに愛されているかだ。「採銅所」という地名と駅名は、バスの停留所名じゃあるまいし、どう考えても不自然だ。保存運動が起きるくらいだ。何か深い歴史が刻まれているような気がしてきた。

一方、町の改修に際しては、洋風建築の骨組みと外観、待合室は温存されたが、業務スペースについては、町の移住・交流の促進の場としての「第二待合室」に作り変えられ、今年5月にオープンした。ここを拠点にして、地域の空き家を活用して移住者の誘致を行う「香春町地域おこし協力隊」なるものが活動している。現役の駅舎というのは、鑑賞のための博物館の収蔵品ではない。実際に人が集ってこそ意味がある。骨格と外観はきっちり保存して、内装は今の時代にマッチするように改装し、現役の建物として活用しつつ保存していく。これは欧州などで定着しているやり方だ。以前ご紹介した山陰線最古の 御来屋駅舎 もその手の部類だろう。


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ちなみに、採銅所から城野方面に二つ目の石原町にも、ほとんど同じ造りの初代駅舎が現存するが、採銅所の方が、洋風建築の細工が多く残され、より小倉鉄道時代の面影が偲ばれる外観のように思う。


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オープンを間近に控えた「第二待合室」

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この切妻屋根の三角部分には、ペディメントと呼ばれる洋風の凝った装飾が施されている。


さて、この「採銅所」という駅名の謂れを調べて行くと、何処までも歴史を遡ることになる。昔、デゴイチの牽く石灰石列車を撮りに行った時には、浅墓にも、かつて近くに銅山でもあったのだろうとしか思っていなかった。香春三ノ岳での銅の採掘が始まったのは、8世紀初頭のことだという。出典も豊前国風土記となれば、全くもって古代ロマンの香りがしてくる。採銅使が置かれ、「採銅所」という地名も生まれた。採掘された銅は、和同開珎や奈良東大寺の大仏の鋳造にも用いられたと伝えられている。1200年もの前の話だ。時代は過ぎ去り、江戸時代に入ると、小倉と久留米を結ぶ秋月街道の宿場として、香春と採銅所は栄えた。1887年に当時の下採銅所村、上採銅所村、採銅所町が合併して採銅所村ができる。そして、1956年に採銅所村、香春町、勾金村が合併して現在の香春町が形作られる。銅の採掘が何時頃終わったかは定かでないが、今でも周辺の山には、坑道の遺構が残されているという。

どうだろう。この102歳の木造駅舎とその駅名には、壮大な歴史ロマンが秘められていた。「採銅所」という駅名は、古代より続くこの地の地名でもあった。地元でこの駅の保存運動が起こった理由の一端が見えてきたような気がする。まさに、このモダンな洋風建築の駅舎は、この地に生きる人々の誇りであり、遠い古の記憶の片鱗だった。


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  1. 2017/07/10(月) 00:30:00|
  2. 日田彦山線
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棚田のアーチ橋

元はと言えば、鉄骨不足の時代のコンクリート橋
今や、石積み棚田とめがね橋は美しい日本の風景だ

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2017年4月 日田彦山線 筑前岩屋

北から延びる田川線と南からの彦山線が結ばれたのは1956年のことだ。残された彦山-大行司間の山間部が、19年の歳月をかけて掘削された4380mの釈迦岳トンネルと3か所のアーチ橋によって開通し、日田彦山線が形成された。今回は車で大行司から彦山へと抜けた。夜明からゆったりと田園を走ってきた列車は、大行司から峠越えの勾配区間に入る。緩やかな棚田の縁の斜面を、徐々に高度を稼いでいくが、入り込む支流の沢を越えるために、美しいアーチ橋が3か所に設けられている。現役蒸気の頃からの名所だが、今も長閑な景観を色濃く残している。

いよいよ目前に釈迦岳が迫って来ると、筑前岩屋の駅に着く。ホームのすぐ先には釈迦岳トンネルの入口が構えており、抜ければ彦山の駅は直ぐそこだ。竣工当時は九州最長の隧道であり、工期の長さからも難工事だったことが窺える。一方、車道の県道52号線は、釈迦岳直下の斫石峠を目指しての急登が始まる。道は急に離合が困難なほどに細くなり、棚田の中を九十九折りに民家の軒先を掠めるように登って行く。この集落が竹地区で、日本棚田百選の「竹の棚田」である。ちょうど日田彦山線の釈迦岳トンネル入口の直ぐ上に広がる約400枚、11haの棚田だ。

この一帯の棚田の特徴は石積みの畔にある。岩屋という駅名からも、辺りが岩石質の土壌ということなのだろう。ただ、よく観察すると、残念なことに石積みの多くがコンクリートで固められている。今となっては、集落の労力だけでは原形を保つことは叶わなくなったのだろう。田植え体験や火祭りなどのイベントを通して、棚田保全の模索が続けられている。こういった日本の風情ある眺めがあってこそのローカル線だ。棚田を保全することは、古い木造駅舎を守るよりも、桁違いに難しいことだろう。「美しい日本」というのなら、まずは守ることから始めなければ話にならない。


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竹の棚田

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  1. 2017/06/02(金) 00:30:00|
  2. 日田彦山線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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