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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

時の踏切

列車がセメント工場内の麻生専用踏切を通過する
時の人となったその人の足跡を辿る踏切だ

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2017年4月 後藤寺線 船尾

この踏切は「麻生専用踏切」という。かつて、この一帯にはセメント会社が集積し、船尾の駅舎や構内には、その工場群からの白い塵が積もって異様な眺めを呈していた。今は、特徴的だった旧駅舎は取り壊され、セメント工場も麻生セメント田川工場のみとなった。そもそも、船尾を往く後藤寺線は、石灰石やセメントを搬出するために敷設された「九州産業鉄道」が始まりだ。「産業セメント鉄道」という名を経て、1943年に国鉄後藤寺線に組み込まれている。船尾駅周辺に広がるセメント工場を貫くように後藤寺線が走っている。

麻生セメントは、飯塚の炭鉱業で財を成した麻生財閥グループの一会社だ。時の人の元首相、現財務大臣のその人は、この財閥の御曹司だ。1973年には、麻生セメントの代表取締役社長に就き、炭鉱業からセメント業への転換を果たしている。その人が首相に就任したのは10年前の2008年になる。就任時のキャッチコピーは、「日本を明るく強い国にする」だった。「麻生専用踏切」という名にも、何となく胡散臭さを感じてしまう今日この頃だが、少なくとも今回の事件で、「日本を暗い国」にしてしまったことは紛れもない事実だ。


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  1. 2018/03/28(水) 00:00:00|
  2. 後藤寺線
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桜の日に 後藤寺

かつて筑豊随一の炭都であった田川
後藤寺のホームは時間が止まったかのようだ

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2017年4月 日田彦山線 田川後藤寺

現役の蒸気機関車が消え去ろうとしていた1970年代初期、炭鉱もまた終焉の時を迎えていた。まさに、エネルギーが石炭から石油に移ろうとしていた。ここ筑豊でも閉山が相次ぎ、ヤマの火は次々と消えていった。筑豊は炭鉱として開けた地域だ。石炭輸送のため、複雑な鉄道網が築かれ、蒸気機関車がセキを連ねた石炭列車を、積出港である若松港へピストン輸送していた。良きにつけ悪しきにつけ、蒸気ファンにとって、筑豊は紛れもない聖地の一つであった。多くの方が筑豊へと足を運んだことだろう。あれから半世紀近くが経ったが、筑豊はいったいどうなっているのだろうか。微かな記憶を頼りに、その変貌を確かめるために、再び彼の地を旅してみた。

飯塚、直方、田川を筑豊三都というが、先ずは田川からいってみよう。田川というのは田川郡というようにかなり広い地域を指す名称で、中心となる町は後藤寺、伊田、香春などだが、1946年に後藤寺町と伊田町が合併して田川市が誕生している。この二つの駅名は誰もが記憶しているはずだ。この地を訪れる際には必ず立ち寄る場所だ。少し田川の鉄道事情をご説明しておこう。現在、日田彦山線、後藤寺線はJR九州、伊田線、糸田線、田川線は平成筑豊鉄道に引き継がれている。残る添田線、上山田線、漆生線は特定地方交通線として1980年代に廃止されている。へいちく線については後日ご紹介したい。現在、後藤寺と伊田は、駅名の頭に田川を頂いている。

飯塚、直方が、博多や北九州のベットタウンとして街が維持されているのに対し、筑豊最大の炭都であった田川は、地の利が悪く、苦戦を強いられている。炭鉱の閉山により急激な人口減少に見舞われ、人口は全盛期から半減している。田川後藤寺の駅周辺を歩いてみると、ちょっとした昭和レトロの雰囲気が残っているが、これも、その後の発展が厳しかったためだろう。一方、炭鉱町時代の面影は殆ど感じられない。何所にでもあるような、ちょっと古めかしい地方都市と云った感じだ。炭鉱長屋とボタ山、キューロクの牽く長い石炭列車というイメージは、もう完全に過去のものだ。その時代を窺い知れるのは、市内の石炭・歴史博物館くらいのものだ。

かつての名所の後藤寺線の中元寺川橋梁にも行ってみた。人口は半減し、当時あった起行の駅もなくなっているが、橋梁周辺の風景は一変している。あの長閑さは何処かに行ってしまった。やはりキハではピンと来ない。トンボのキューロクが牽く石炭列車のイメージが強すぎる場所だ。


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2017年4月 後藤寺線 中元寺川橋梁


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  1. 2017/05/05(金) 00:30:00|
  2. 後藤寺線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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