駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

三段式スイッチバックを往く

雪解けとともに出雲坂根にジョイント音が響く
中国山地の山懐を静々と単行列車が折り返す

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2018年4月 木次線 出雲坂根

スイッチバックには、幾つかの分類がある。石北本線の遠軽のように、単に進行方向が変わるだけのもの。篠ノ井線の姨捨などで見られる、勾配区間において駅だけを本線から分離させたもの。この2種が多くを占めるが、鉄道ファン的に人気が高いのは、やはり高度を稼ぐために、本線がZ字型に方向転換しながら急勾配を登っていくタイプだろう。この3段式スイッチバックのタイプは、全国に5箇所が現存する。

木次線 出雲坂根
豊肥本線 立野  「立野の危機」
肥薩線 大畑  「山線の記憶 大畑の軌跡」
肥薩線 真幸  「山線の記憶 真幸の追憶」
箱根登山鉄道 大平台  「雨のスイッチバック」

面白いことに、全てが逆Z字の線路配置になっている。大平台だけは折り返し点に、上大平台信号場を有しているため、別タイプに分類されることもあるが、信号場が在るか無いかの違いで、線形と敷設目的は同じだ。JRの4箇所は、何れも国鉄現役蒸気時代には名撮影地として、蒸気ファンで賑わった場所となる。このブログでは、これまで立野、大畑、真幸、大平台の4箇所を、付記題名(リンク付き)でレポートしてきたが、今回は残った木次線の出雲坂根をご紹介したい。

この出雲坂根が開業したのは1937年で、他の4箇所に比べてかなり歴史が浅い。本線筋でも、都市近郊の名立たる保養地でもない、出雲街道沿いの中国山地の陰陽連絡線の歴史が短いのは当然だろう。しかし、スイッチバックの規模となると、出雲坂根と立野が抜きんでている。ところが、立野は2016年の熊本地震から休止状態が続き、ここ出雲坂根も積雪期の運転休止が恒常化しつつある。ここも自然災害にでも遭えば、結果は推して知るべしだ。旅客輸送の需要が尽きた今、一日3往復と云う限界ダイヤの中、観光列車「奥出雲おろち号」だけが頼みの綱だ。

1枚目の写真は、出雲坂根を出発して、30‰のスイッチバック2段目を登る下り列車だ。2~4枚目はスイッチバックを降りてくる上り列車になる。2段目と3段目の折り返し場所には、積雪からポイントを守るための屋根が設けられている。2段目は林に隠れて全く見えないため、ジョイント音だけを楽しむことになる。出雲坂根の駅は向かって右側にあり、折り返した列車は桜並木の1段目をスピードを上げて八川へと向かう。急勾配と軟弱路盤のため、スイッチバック内は徐行運転され、折り返しには運転士の移動もあるので、通過には結構な時間が掛かる。その分、高みの見物が長く楽しめる。スケールの大きい出雲坂根のスイッチバックの醍醐味を、少しでもお伝えできれば幸いだ。


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  1. 2018/05/25(金) 00:00:00|
  2. 木次線
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桜の細道

か細い線路が集落を横切っている
桜の築堤をキハがゆっくりと登って往く

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2018年4月 木次線

木次線といえば、今春散った三江線と同じような閑散としたローカル線を思い浮かべがちだが、どっこいこちらはそうとは言えない。現在、宍道-木次間には1日10往復程の列車が行き来している。この区間は1918年に簸上鉄道として開業しているが、国有化されるまで営業収支は良好だった。一方、観光客にも人気の出雲坂根のスイッチバックは、超閑散区間の出雲横田-備後落合間にあるが、こちらも、週末は奥出雲おろち号で賑わっている。この列車、木次線の利用促進のために1998年に運転が始まったが、今や島根県の有数の観光資源に育っている。そこそこの地域内輸送と人気観光列車があり、幸いにも廃止の噂も聞こえてこない。

写真は旧簸上鉄道区間だ。当初は道床が脆弱で、C12すら入線できなかった。1937年に木次線が備後落合まで延伸され、芸備線との連絡が始まって、やっとC56が走れるようになった。現役蒸気末期は、この区間はC11の担当で、木次-備後落合間の山間部をC56が勤めていた。今も、細々とした線路が集落を横切り、桜の築堤を、短尺のキハ120が急勾配をゆっくりと登って往く。如何にも中国山地のローカル線といった風情だ。超閑散区間の山岳部は、代替えバスやタクシーの方が安上がりのため、大雨や大雪で直ぐに運休になってしまうが、何だかんだと鉄路が守られてきた。だましだましの運行でも、消えてほしくないローカル線の一つだ。


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  1. 2018/05/17(木) 00:00:00|
  2. 木次線
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雪景備後落合

雪解けでキハの運行が再開された
高地の春に季節外れの雪が舞っていた

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2018年4月 木次線 備後落合

初めて備後落合を訪ねたのは現役蒸気の頃だ。夜行列車で真夜中の備後落合に降り立った。記録には「617D急行ちどり3号 米子発22:40 備後落合着02:23」とある。まだ、木次線と芸備線が、山陰と広島との陰陽連絡線として機能していた時代のことだ。夏のことで、山間の冷気に、短すぎる乗車時間の眠気が醒まされた記憶がある。当時も、駅周辺は山中の闇に包まれていたが、駅は夜行列車の発着に備えて夜中も明かりを灯していた。

それから半世紀が経ち、備後落合は無人駅になっていた。駐泊所は更地になり、偶にやって来る単行のキハ120も足早に引き返して行くが、不思議なことに、三次からの最終列車は、備後落合で夜間滞泊して、翌朝始発として三次に帰るというシフトを採っている。気になるのは、木次線の積雪期の代行バスだ。これまでの経験則からすれば、代行バスは廃線の前兆現象だ。期せずして今回は雪となったが、運休になりはしないかと気が気ではなかった。


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現在の備後落合は、芸備線の上下列車と木次線の列車の全てが、ホームを分けて折り返すという運転スタイルになっているため、構内配置的には3線の棒線の終着駅ということになる。1番線が木次線、2番が芸備線下り(三次方面)、3番が芸備線上り(新見方面)になっている。そのため、平時は構内の渡り線のポイントは一切切り替わらない。CTC化とこういった措置によって駅の無人化がなされたのだろう。


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この写真で注目してもらいたいのは、左手の山際に残る給炭台と転車台だ。かつて、蒸気時代の備後落合には米子管理局の駐泊所が置かれ、要衝の駅として、芸備線のC58と木次線のC56が屯していた。転車台の先に機関庫があり、詰所などの建屋も何棟か存在していた。あの賑わいが嘘のように、今の備後落合は静まり返っている。


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正面奥の2線は、向って左が芸備線の西城・三次方面、右は木次線になる。この先、短い区間並走しながら木次線が一旦高度を下げていく。先の夜行広島行きの急行ちどりは、右の木次線から2番線に入線し、スイッチバックして芸備線を広島へと向かっていた。ちなみに、ちどり3号同士は西城で交換となり、上りの618Dの備後落合発は02:54だった。西城で乗り換えて宿代わりにすることも出来たが、2時台の乗り継ぎは寝不足必至だった。


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こちらは東城・新見方面だが、構内を出るといきなりの道後山への登りが始まる。蒸気時代には、こんなか細い道ではなかったような気がするが、半世紀を経た今は、まさに奥の細道だ。尾根を抜く2本のトンネルを抜けると小鳥原川に沿うようになる。小鳥原川には名撮影地の2本の橋梁が架かる。6.8kmで160mを登り、芸備線の最高標高駅である道後山に至る。ちなみに、JR西日本の標高の高い駅は、三井野原、道後山、油木、出雲坂根、小奴と、この界隈の木次線と芸備線が続く。


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2015年の芸備線 東城-備後落合間の輸送密度は何と8人/日だった。以前、国鉄再建法で特定地方交通線に指定されたのが4,000人/日未満だったことを思えば、これまでに廃止された路線が哀れに思えてくるくらいだ。それでも、何故か最低限のメンテナンスと列車本数で、この路線は維持されている。芸備線全体では一応3桁が維持され、鉄道網維持の観点から切り捨て難いものがあるのだろうか。何れにしても、かつての要衝は虫の息だ。生き残っているのが、不思議な場所になってしまった。


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  1. 2018/05/03(木) 00:00:00|
  2. 木次線
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春淡き備後落合

内陸高地の春は遅く、やっと芽吹きが始まった
木次線の単行列車が足早に折り返すく

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2016年4月 木次線 備後落合

かつての要衝の駅は、今は静かな無人駅となっている。定期列車は僅かな普通列車のみで、全ての列車がこの駅での折返しとなる。

★只今、予約更新で写真を主とした短文記事でお送りしています。


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  1. 2017/04/13(木) 00:30:00|
  2. 木次線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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