鳥海山麓の小さな町がこの鉄道の終着だ
近づく雪深い冬がじり貧の三セク鉄道を苦しめる

2016年10月 由利高原鉄道 鳥海山ろく線 矢島
矢島線は奥羽本線院内に通じることなく、矢島が盲腸線の終着駅のまま、三セクに引き継がれた。
★只今、予約更新で写真を主とした「東北の秋」をお送りしています。
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- 2017/10/12(木) 00:00:00|
- 由利高原鉄道
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米どころ秋田の稲刈が終った田圃の中にその駅は在った
池田修三のノスタルジックな眼差しを乗せて由利鉄が往く

2016年10月 由利高原鉄道 鳥海山ろく線 吉沢
国鉄時代、羽越本線の羽後本荘から羽後矢島に至る矢島線という23.0kmの短い路線が在った。奥羽本線の院内に延伸され、北上線、釜石線を経て太平洋に至る「陸羽横断鉄道」構想の一部でもあったが、敢え無く計画は頓挫し盲腸線となった。確か国鉄時代にはC11が走っていたと記憶している。こうした本来の目的を失った行き止まりの短距離路線は、国鉄末期に多くが特定地方交通線に指定され廃止となった。矢島線もほぼバス転換が決まっていたが、弘南鉄道の引受け表明から流れが変わり、1985年に第三セクターの由利高原鉄道株式会社の鳥海山ろく線に引き継がれた。当初6期連続の黒字を計上したが、その後は過疎化が止まらず、慢性的に赤字が続いている。
経営が悪化の一途を辿ることから、2011年、起死回生のため旅行業界出身の春田啓郎氏が公募で社長に抜擢された。これは、2009年就任のいすみ鉄道の鳥塚氏と、同じ流れを汲むものだろう。何れにせよ「ローカル線は地域の宝」の御旗の基、観光路線化を模索している最中で、ラッピング車両の導入もその一環のようだ。以前、Panasonic が「エボルタ電池鉄道」と称して、旧小坂鉄道で「廃線1日復活チャレンジ」を催したが、一昨年 その世界最長距離のギネスチャレンジが行われたが、その場所が由利鉄だった。先日 株主である秋田県知事の、秋田内陸縦貫鉄道とともに代替措置を検討するという議会答弁が伝えられているが、いよいよ結果が問われる厳しい局面を迎えた。
この車両のラッピングのキャラクターを、何処かで見たような気がするという方が多いのではないだろうか。由利本荘市の隣の象潟市(現にかほ市)出身の木版画家 池田修三の作だ。と言っても知る人は少なく、生前は地元でも作品は知っているが作者は分からないという不遇の版画家だった。没後に秋田県のタウン誌『のんびり』の特集が切っ掛けで、再評価されるようになったが、さて、皆さんはご存知だろうか。このラッピングは2面が青背景、2面が赤背景の2つのキャラクターで構成され、左右から別々の作品を鑑賞することができる。小生はラッピング車両は好きではないが、このラッピングが由利地域のお宝のコラボということでは、ケチを付ける訳には行くまい。頑張れ「由利鉄」。
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- 2017/01/07(土) 00:30:00|
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