駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

新しい「北辺」がやって来た

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あの「北辺の機関車たち」が復刊されることは、3月の記事 でお伝えしたが、予定通り先月末の5月24日に発売された。予約されていた方は、既にじっくりご覧になったことだろう。初版をお持ちの方も、初めて「北辺」を手にされた方も、その完成度の高さには驚かされているはずだ。半世紀前の銀塩写真が、現代のデジタル技術で、新たな眩い光を放っている。第一印象は「新鮮」そのものだ。そういう意味では、今回の復刊本は「新・北辺の機関車たち」というべきものだ。昔の写真集の単なるリバイバルなどと思ってはいけない。デジタル時代から写真を始められた方々にとっては、銀塩の底力は逆に刺激的かもしれない。


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今回は、収録作品の中から一つだけお気に入りを見てみたい。石北本線は常紋信号場で、本務機と補機の4人の乗務員が連れだって、昼飯の弁当をぶら下げて詰所に向かうシーンだ。本当に琴線に触れる写真だ。鉄道写真において、駅員や機関士などの鉄道員、乗客や沿線の人々などなど、鉄道に纏わる人間像は欠かせないものだ。この作品からは、2両の巨大な鉄の塊も、小さく見える4人の男たちによって動かされていることが分かる。そして、激闘の常紋にも、機関士たちの他愛もない日常があったことを知る。ドラマは何時だって人が作るものだ。

この写真集からもっと多くを学んでいれば、少しはましな写真が撮れたかもしれない。いや、撮るのを止めた訳ではないので、諦めるのはまだ早い。もう一度、「北辺」を研究してみよう。写真を志す者にとって、この「新・北辺の機関車たち」は必ずや福音となるはずだ。初版本は長らく不朽の名作と評されてきた。この新生「北辺」も、その仲間入りすることは間違いなさそうだ。つらつらと書評をするような立場にはないので、最後に「お持ちでない方はお早めに」とだけ申し添えておこう。


その代わりと言っては何だが、今回はその「北辺」の初版本が登場した頃を振り返ってみようと思う。出版は1971年8月だが、その前年の1970年10月に高島線の蒸気機関車のさよなら運転が東京-横浜間で行われている。この年の10月改正では八高線も無煙化になり、東京・首都圏から蒸気機関車が消えた年でもある。今亡き我らの国鉄が繰り広げた東京でのお祭り騒ぎの一日を追ってみたい。何せ中坊が撮った拙い写真で、ビネガーシンドロームの罹患もあって、見苦しい点ばかりだが、記録的写真と割り切ってもらえれば幸いだ。


「北辺の機関車たち」の復刊を祝って 「東京に蒸気機関車が走った日」 by こあらま中坊時代


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新橋か浜松町ではないだろうか。この時代、霞が関ビル以外には高層ビルはなかった。さよなら列車がD51791に牽かれて東京駅に向かっている。今なら旧客というところだが、この時代にあっては当然現役だ。写真を撮っているのは、こちらも中坊だと思うが、真剣そのものだ。D51の乗務員に手を上げている駅員氏は、業務を越えて、本当に嬉しそうだ。何故か「コバヤシ荷札」という看板が気になる。


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東京駅に行ってみると、ちょうど寝台特急「富士」が上京してきた。さよなら列車のホームは凄まじい人出で、とても入れそうにないので、こちらにカメラを向けている。上野と違い、機回しをして、客車は品川客車区、機関車は東京機関区へと引き上げる。ブルトレ全盛時代の、20系客車とEF65 500Pのゴールデンコンビだ。近くでD51入線の騒ぎが起きているが、黙々と機回し後の連結作業が行われる。富士山のヘッドマークが懐かしい。


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浜松町だと思うが、ゴハチも上って来た。宮原の149号機だ。この時代、特急列車は後進機関車に譲っていたが、急行列車と荷物列車はまだまだゴハチの領分だった。このご老体が東京―下関間を走り抜けていた。こちらは高校生ファンだろうか。制服の黒ズボンに白ワイシャツとカーディガン、そしてスニーカー。よくある中高生の格好だった。この日の主役はデゴイチだったが、多くのファンを持つゴハチはこの日も人気者だった。


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品川に停車中のさよなら列車。この人込みの様子は、今の葬式鉄に通じるところがあるが、押し合いへし合いにはなっておらず、罵声は無かったように思う。小さな子を肩車している親子などもいて、遊園地気分の見物人が多かった。ただ、どうやってこの高さから撮ったのかは覚えていない。この時代には脚立を持ち歩く強者はいなかった。


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人込みをかき分けて何とかデゴイチのキャブ横まで辿り着いた。機関車ではなく乗務員を撮るためだ。声を掛けると、機関助士氏は満面の笑みを浮かべてポーズをとってくれた。暗くてどうしようもない写真だが、何とか表情が見て取れるのが救いだ。きっとこのお二方にとって、この日は鉄道員人生最良の日となったことだろう。


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今の鉄道関係者が見たら卒倒しそうな眺めだ。ここは都心の東海道線だ。撮影者は京浜東北線の電車の中にいる。この日は「無礼講」状態だった。東京都心でファンが線路端に立てた最後の日と言われている。まったく国鉄はやってくれるものだ。何せ巨大な「鉄」の集団だったわけで、ファンサービスと称して、自分たちも楽しんでいた面白い時代だった。それはさておいて、線路端の面々をよくご覧になって欲しい。男女の子供たちが駆け回り、買い物かごを提げたおばさんまでいる。そもそも、カメラをもっているほうが少数派だ。そう、多くは撮り鉄ではなく、単なる汽車見物の群衆なのだ。娯楽の少なかった時代、汽車見物も立派な行楽だったわけだ。何時から、撮り鉄が一人占めにしてしまったのだろうか。


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蒲田を通過するさよなら列車。東海道線の上り列車が直ぐそこまで来ていたが、何とか撮ることが出来た。「ノザキのコンビーフ」は今もコンビーフの代名詞だ。 ゲッゲッ。デゴイチの前面デッキの左端に人が乗っている。杖払いに人柱を立てるとは、これまた国鉄は凄いことを思いつくものだ。今の時代からは想像が出来ないような大らかな世の中だった。そして、何事もなく、この祭りは終わり、東京から蒸気機関車は消えていった。


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蒲田駅では、東海道線上り列車通過のため、好きな後追いは撮れず仕舞いだった。代わりに、ホームの様子を撮ってみたが、今となっては、機関車よりも面白い眺めかもしれない。残念ながら、この日の撮影はここまでだ。直前にあった八高線の無煙化で意気消沈していたのか、横浜まで追いかける気力は無かった。近場から汽車が消え、この先蒸気全廃までの5年間は全国行脚の日々となったことは、言うまでもない。


どうだろうか。少しはお楽しみ頂けただろうか。こんな時代に「北辺」が生まれ、半世紀が経った。あの青春の日々を思い起こすもよし。写真の師とするもよし。これからもまた2冊の「北辺」は僕らと共に生き続けていくことだろう。

祝「北辺」復刊!


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  1. 2017/06/04(日) 00:30:00|
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あの「北辺」が蘇る

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現役時代の蒸気機関車を追いかけていた世代が、今次々と還暦を迎えている。あちこちの蒸気ブログに「還暦」という文字を見かけるようになった。1960年代の半ば頃に「SLブーム」という現象が巻き起こった。そのブームの絶頂期の団塊の世代は、10代の中高生だった。消えゆく蒸気を求めて、夜行列車で北へ南へと旅立った。中高生が単独で冬の北海道に向かうことなど、今では考えられないことだ。まだまだ社会が、素朴で、親切で、安全で、寛容だった時代で、そんな世相に助けられて、少年たちの我武者羅な旅が、1975年のSL全廃まで繰り広げられた。

そんな、ブームの真最中の1971年8月に、この「北辺の機関車たち」は出版された。そこにある北海道の凍てつく原野は、多くの若者たちのハートを鷲掴みにした。そして、少年たちの北海道詣が加速することになった。折しも山線のC62重連が終焉の時を迎えており、ツバメマークを一目見ようと、我先に青函連絡船で津軽海峡を渡った。このカバーを飾る音威子府のC55に逢おうと、日本最北端を急行利尻で目指した。そうこうしながら、この写真集は何時しか蒸気ファンのバイブルとなり、そのファンと共に46年という年月を重ねてきた。

そして、2017年、遂にファンの願いが届き、「北辺の機関車たち」は復刻されることになった。

この写真集の原本の定価は¥1,500だった。当時、国鉄の北海道周遊券は東京発¥9,300 で、学割、冬季割引を使うと¥6,000 程で、撮影旅費とフィルム代の捻出に苦しむ中高生には、「北辺」は決して安い買い物ではなかった。キネマ旬報社の「蒸気機関車」に広告が出ていたが、泣く泣く見送った同胞も多いと聞く。そんな心残りをずっと抱えて来られた方々には、「北辺」の復刻は、還暦祝いの素晴らしいプレゼントになるはずだ。掛け替えのないあの日に思いを巡らせるのは、とても懐かしく楽しい時間のはずだ。もちろん、オリジナル本をお持ちの方は、「北辺」の進化を確かめるために、迷わず手にされることだろう。

ただ、一番お勧めしたいのは、現役の蒸気機関車を知らない、復活蒸気ファンの方々だ。もし、この「北辺」が記録写真的なものなら、こんなことは決して申し上げない。バイブルになったのには、それなりの理由がある。一枚一枚の芸術的な価値があってこそだ。やはり、先人たちの業績には、きっちり学ぶべきだ。復活蒸気の撮影地には、高価なカメラやレンズがずらりと並んでいるが、一番大切なのは撮る人の感性だ。安物フィルターの一枚分くらいの出費で、この珠玉の写真集を手元で眺められ、感性に磨きを掛けられるのだから、決して高いものではないだろう。

さて、最後になってしまったが、著者はご存知、大木茂さん、武田安敏さん、堀越庸夫さんのお三方で、大学生時代に出版されたものだ。原本の帯には、ご相談にも行かれたという巨匠廣田尚敬さんの書評がある(当時は廣田さんだった)。ここで、「北辺」の幾つかの作例をお示しすべきだろうが、大木さんのサイトでご覧になった方が的確だろう。堀越さんはといえば、ネコ・パブリッシングの「国鉄時代」で活躍されている。最新のVol.49では、その広田さんと堀越さんの記事が掲載されている。大木さん、堀越さんのサイトはリンクさせて頂いているので、そちらをクリック願いたい。

今「北辺の機関車たち」復刻版を予約すると、特典が付いているようだ。復刊ドットコム などから予約できる。価格は¥4,320 とお手頃だ。もし、「北辺」がお気に召されたら、大木茂さんの写真集「汽罐車」も必見だ。今では、この2冊はセットもののようになっている。


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大木茂さんの「汽罐車」と、現役蒸気の撮影に使っていた3台のカメラたち。今も全て完動品だ。


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  1. 2017/03/26(日) 00:30:00|
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アラーキーな「青春18きっぷ」

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今から20年前、仕事に疲れ、浮かない気分での帰り道、人混みの新宿駅のコンコースで一枚のポスターの前で立ち止まった。そこには、よれよれの毎日を忘れさせてくれるような、眩しいほどの旅の明るさがあった。使われていた二枚の写真がどうしても頭から離れない。JRにそのポスターを分けてもらえないかと、お願いに行ったほどだ。その画を撮ったのは、荒木経惟氏、世界のアラーキーだ。アラーキーが1992年から3年間、「青春18きっぷ」のポスターの写真を撮影し、その纏めを「旅少女」として発表したことは、あまりにも有名な話だ。

昨年、このポスターを担当するアートディレクターの込山富秀氏の著作で、「「青春18きっぷ」ポスター紀行」が出版された。アラーキーのシリーズのあとは、真島満秀写真事務所/マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズの作が続く。真島氏一門の作品群は、この世界では最もポピュラーであるが故に、やはりアラーキーの作が異彩を放っている。かつて新宿駅のコンコースで出会ったあのポスターのために、この本を入手したようなものだ。

アラーキーといえば、怪しい雰囲気のエロスが持ち味だが、こういうとびっきり明るい画も多数発表している。作風の多様性も非凡さの表れだろう。「この春は一度だけ。」のコピーが付いた、このモノクロ画のどこが好いのかを言い出したら限がないが、そんな無粋なことは止めておこう。小生は、若いころに戻りたいとはあまり思わないが、この作をみていると、ちょっとだけ戻ってみたい気がしてくる。また、びびっとくるような、センチメンタルでエロトスなアラーキーの青春18きっぷを見たいものだ。


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  1. 2016/03/11(金) 00:31:29|
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筑豊 二題 ②土門拳と大木茂さん

筑豊という言葉を聞くと、どうしても土門拳の「筑豊のこどもたち」が思い浮かぶ。

小生は二十歳頃に土門拳の「筑豊のこどもたち」で写真の力を知ることになった。この本は、言わずと知れた、土門拳のリアリズムの金字塔だ。この写真集が小生の書架に並んでから既に40年近くが経った。時々新装版を眺めているが、何回見ても新鮮な感動や発見があり、何よりやる気が湧いてくる。小生にとっては、落ち込んだ時のカンフル剤のようなものだ。

この初版本はザラ紙印刷で¥100という大衆向けのものだった。どうしても原本で見たいとおっしゃる方は、今でも古本屋を探せば、手の出せる範囲で見つかると思う。とは言え、さすがは土門拳、ザラ紙の古本であっても、大木茂さんの「汽罐車」より値が張る。

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左:土門拳「筑豊のこどもたち」(新装版、築地書館)       右:大木茂「汽罐車」(新宿書房)

何故ここで「汽罐車」かというと、もちろんここが鉄道画のブログであるからだが、小生にはどうもこの2作にはダブって見える部分があるのだ。並べてみても、小生には何ら違和感はない。皆さんはどうだろうか。大木さんにしてみれば、隣に土門拳では、些か座り心地が悪いだろうが、ここは両作品をこよなく愛する者の戯言とお聞き流し頂きたい。

これらの内容を評する勇気は毛頭ない。ただ共通点として安いということが挙げられる。両氏とも、その先の思いは異なるが、多くの人にみてもらいたいため、と語っている。「筑豊のこどもたちの」の¥100も凄いが、「汽罐車」のこの装丁にしてこの値段も驚きだ。両書には、商業主義を排した、「気骨」というか「魂」を感じることができる。こういった清廉な志をもってして、初めて金字塔が打ち立てられるという訳だ。

土門拳は取り巻きから止められるまで、一か月以上もカメラを持たずに子供たちの遊び相手を続けたそうだ。あの強面からは想像できないような所業だ。そして、この作品に自らの命まで懸けている。雑念ばかりの小生には為し得ない業だ。

面白い両氏の繋がりもある。大木さんは早稲田大学卒とあるが、土門拳は、初期の仕事として早大の卒業アルバムの撮影を手掛けている。こういった気骨は、早稲田と聞けば頷ける。

ここでまた改めて「筑豊のこどもたち」の表紙を見ていると、この作品が今も、決してその光を失っていないことに気がつく。哀しいかな、現代の巷には、子供たちをも巻き込む凄惨なニュースが毎日のように飛び交っている。写真の中のるみえちゃんは、今を生きる我々に何を語りかけているのだろうか。不朽の名作とは、頑なな普遍性を持っているものだ。

一方、「汽罐車」だが、こちらは蒸気好きなら、兎に角見るべし。鉄画を上達したければ、繰り返し何度も眺めるべし。モノクロ好きなら舐めるように研究すべし。そのための安価だ。大木さんのご厚意に甘んじて、大いに学ばせてもらおう。こちらは今日の主役ではないが、今後、折に触れて、話題にしたい。

小生も反省しなければならないが、下手糞な写真を撮り貯めるばかりでなく、時として、こういった大先輩方の偉業を鑑み、糧とするのは、とても大事なことだと痛感する次第である。

  1. 2014/12/18(木) 01:00:12|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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