駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

漂泊の道標 小さな夏の思い出

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1977年8月 久大本線 野矢


蝉しぐれの昼下がり
ほろ苦い小さな夏の思い出



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  1. 2017/07/14(金) 00:30:00|
  2. 久大本線
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蒸気時代の忘れ形見 豊後森機関庫

この機関庫に勢揃いした蒸気を想像すると胸が高鳴る
何時の日かキューロクが転車台に乗ることを夢見よう

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2017年4月 久大本線 豊後森

旧国鉄の駅には、森町の森駅が三つある。1903年開業の北海道・函館本線の「森」、1929年の大分県・久大本線の「豊後森」、そして1935年の静岡県・旧二俣線の「遠州森」だ。日本の鉄道網の骨格を成す函館本線の茅部郡森町の森駅が断突に古く、続く二つの森駅は頭に国名を頂くことになった。しかし、森という町の由緒から云えば、やはり豊後国の森が筆頭だろう。江戸時代には森藩の統治下にあり、廃藩置県後の僅かな期間だが、森県も存在した。現在は近在の町村と合併して玖珠町を名乗っているが、豊後森駅は旧森町の中心地には変わりない。

その森に機関区が設置されたのは、久大本線が全線開通した1934年のことだ。当初、機関区設置の請願書を提出したのは日田郡町村会だったが、内輪もめの停車場問題を纏めきれず、後から名乗りを上げた玖珠連合が攫ってしまう結果となった。位置的にも、町の大きさからも日田機関区なのだが、そんな失態で油揚げを攫われている。そして、森に12線を有する巨大扇形機関庫が建設され、蒸気機関車全廃翌年の1971年まで機関区は存続した。最盛期の1954年には、25両の配車、217人の職員を擁し、運行本数40本、乗降客5,000人と、玖珠町の資料にある。

国鉄が分割民営化され、残された鉄道用地は次々と売却されていったが、廃止された豊後森機関区跡地は、幸か不幸か、周囲が田圃で接続する道路がなく、売るにも売れない土地として、30年が過ぎ去った。いよいよJRが解体を検討し始めると、ここでも住民運動が起こり、2006年に残存施設と跡地は玖珠町へ売却され、機関庫と転車台は国の近代化産業遺産、有形文化財に登録された。しかし、機関庫と転車台が解体を免れたという段階だ。小さな町に保存の財力は乏しい。何らかの収益に繋がらなければ挫折しかねない。今後の活用法が問われるところだ。


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太平洋戦争中には、久大本線の一部のレールが供出され、不通に陥ったこともある。米軍機の機銃掃射に遭い職員3人が死亡するという悲劇も起きている。機関庫の壁にはその時の銃痕が残っている。この機関庫は鉄道遺産であるとともに、戦争の生き証人でもある。


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機関庫内に立ち、内部をじっくり観察し、石炭の臭いを感じて蒸気機関車がいた時代を偲びたいところだが、残念ながら荒廃したままの機関庫内には立ち入れない。この窓ガラスの状態は恐ろしい。


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2015年に、この機関庫前にキューロクがお目見えした。長崎線や唐津線、田川線で活躍した地元九州の罐だ。福岡は免田町に静態保存されていたものだが、補修の予算が議会を通らず、玖珠町に無償譲渡された。屑鉄同然だったこのキューロクをここまで修復したのは、直方のNPO法人「汽車倶楽部」だ。この倶楽部は只者ではない。蒸気機関車をバラバラにして組み立て直すという全検紛いの作業をやってのける。指揮するのは元国鉄門司機関区検査長というから半端でない。こういう方々に、保存鉄道でもやってもらえば、えらく面白い鉄道となるはずなのだが・・・。


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  1. 2017/07/12(水) 00:30:00|
  2. 久大本線
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夜明の朝Ⅱ

小さな駅で繰り返される乗客の乗降と列車の交換
そこには過ぎし日の懐かしい情景が広がっていた

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1977年8月 久大本線 夜明

寒い日が続いているので、体が温まりそうな長閑な夏の日の朝の情景をお送りしたい。この久大本線の夜明は、最も好きな駅の一つだった。福岡との県境が間近な大分県日田の山間にあり、向かって左手の駅前には筑後川が流れ、その流れに沿って久大本線と二本の国道が走っている。山峡のため、朝には構内に徐々に日が入って来る。風情のある木造駅舎があり、朝夕には色々なキハや旧客列車が見られた。右手の島式ホームの外側の線が日田彦山線のりばで、ホームを出ると写真奥で直ぐに右側に急カーブして、彦山、添田、田川などを経由し、日豊本線の城野に至っている。途中には香春、採銅所といった、嘗ての石炭列車の撮影地の名もある。

さて、この夜明駅は現在どのような姿になっているのだろうか。構内のホームと線路の配置は変わらないようだが、味のある木造駅舎は2010年に建て替えられている。林業の日田というだけあって、幸いにも新駅舎も木造ということだ。一方、写真の背景に広がる日田杉の林は、大分自動車道の法面工事によって台無しになっているようだ。2012年の九州北部豪雨では、この一帯でも大きな被害がでているので、さらなる変貌も危惧される。美しかった夜明がどこまでその景観を維持できているかは定かでないが、近いうちに田川の後藤寺や伊田と併せて再訪したいと思っている。「夜明」という美しい地名は、開墾のための焼畑の「夜焼」からきているということだ。


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  1. 2017/02/04(土) 00:30:00|
  2. 久大本線
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夜明の朝

夜明の駅にも日が差し込みだし、活気に満ちた朝を迎えた
蒸気こそいないが、そこには昭和の匂いのする素朴な風景があった

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1977年8月 久大本線 夜明

これまで、現役蒸気の時代とデジタルの現代画を中心にアップしてきたが、実は現役蒸気無き後の国鉄を1980年くらいまでは結構撮っていた。現役蒸気の撮影が終了したのが1975年であるから、その後5年間程だった。勿論その時代はフィルムが全盛で、コダクロームが席巻していた時代でもある。ビネガーシンドロームの追撃などもあり、とにかく現役蒸気のフィルムスキャンを優先させてきたため、なかなかその時代に到達できなかったが、やっと少しだけお見せできる状況になってきた。風太郎さんの「たまゆら」の写真展に触発されたこともあり、その時代のスキャンを急ごうとは考えているが、大した作はないので、あまり期待はしないでほしい。

現役蒸気時代にはニコンを中心にしたライカ版のみであったが、この時代には6×7のブローニー版も投入している。月並みではあるが、動きのあるもの、スナップショットなどはライカ版、風景的な静止画はブローニー版を使っていた。当然ながら、機材は大幅に増量、重量化することになったが、さすがに若さというのはありがたいもので、重いザックを担いで歩き回れたということだ。この画はその6×7版だが、ライカ版でしか撮ってこなかったせいもあり、構図の採り方が全くなっていないので、ライカスケールにトリーミングしている。このシーンのモノクロも多数撮っているので、どちらがいいか迷ったが、今回は懐かしいエクタクロームの風合いをお楽しみ頂ければと、こちらにしてみた。

画は朝8時前の通勤通学時間帯の様子だ。かつては豊後森のハチロクが引いていた朝の旧客列車は、既にDE10にバトンタッチされている。左手で排気を上げているのは日田彦山線のキハだ。現役蒸気終焉直後の全国のローカル線には、何か嵐が去った後の空虚感のようなものが漂っていた。カメラを携え撮影に訪れる若者の群れは潮が引くように去って、地元の人たちの日常を支える素朴な駅と列車に戻っていた。蒸気は消えてしまったが、それ以外の昭和の情景は、高度成長時代の波が本格的に押し寄せるまでの少しの間温存されていた。夜明の駅は、相変わらず、豊後杉の山々に囲まれた、風情のある古い木造駅舎が目を引く、とても美しい駅だった。


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  1. 2016/08/31(水) 00:30:00|
  2. 久大本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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