駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

復旧断念

通らずの橋梁となって早2年が過ぎた
牧場と海岸を巡る名路線の復旧は遂に断念された

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1973年3月 日高本線 静内

この静内川橋梁を列車が渡らなくなって早2年が過ぎた。厚賀-大狩部間の土砂流失は収まるどころか拡大を続け、沿線自治体との協議でも復旧の活路は見いだせず、昨年末にJR北海道が復旧断念を発表した。日高線が全線開業したのは1937年8月10日のことで、1943年の富内線の開業に合わせて、日高本線と改められた。この写真の時代には、急行「えりも」が3往復し、輸送人員は現在の10倍もあった。80年代には凋落が始まり、貨物は廃止され、「えりも」も消えた。富内線は廃止となり、日高本線は支線のない本線となってしまった。今後、どの区間が残されるかはまだ分からないが、少なくとも日高門別-様似間は廃止ということのようだ。残念ながら、また一つ北海道に思い出路線が増えることになってしまった。

JR北海道は廃止理由に、沿線人口の減少とモータリゼーションの進展の二つを挙げている。日高本線沿いには日高自動車道という高規格幹線道路が浦河まで建設予定で、現在 日高門別まで開通している。この道路は、ご存じのように、採算の取れない高速道路を、無料の高規格国道の名目で国費で建設するものだ。設計速度は100km/hで、どう見ても高速道路だ。こちらには幾らでも税金を注ぎ込めるようだ。国鉄分割民営化後も新幹線は相変わらず国主導で建設が続いている。高速道路公団も分割民営化されたが、こちらでは無料の高速モドキが蔓延るばかりだ。現在文科省の天下りが露呈しているが、規制が厳しくなるや否や新たな内部システムが構築されたというから呆れてしまう。時の首相の矢は3本しかないが、もっと沢山の矢が要るのではと思うのだが・・・。


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  1. 2017/02/10(金) 00:30:00|
  2. 日高本線
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勇払原野を往く

手付かずだった原野にも、彼方に高圧線鉄塔の並びが見える
見渡す限りの自然の宝庫を背景に、白い駿馬が日高線を往く

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2016年7月 日高本線 勇払

この日高本線は、2015年1月に発生した厚賀-大狩部間の高波による道床の土砂流出で、鵡川-様似間の不通が続いている。当然のことのように、JR北海道は自社による単独復旧を断念し、鵡川以遠は手付かずの放置状態になってしまった。只見線と同様に、放置を続けることによって廃線を既成事実化するのが、昨今のJRの作戦らしい。日高本線は、物議を醸し出しているJR北の廃線予告路線にも名を連ねているので、復旧することはまずないだろう。冬の荒波を縫うように走るあの絶景は、二度と目にすることはできないだろう。

今回の台風10号の大雨による東北、北海道地方の被害が甚大だ。二月前に訪れた場所の地名が次々とニュースに登場する。とても悲しいことだ。統計上も大雨の少なかった場所だけに、想定外の災害の続出となってしまったようだ。梅雨もなく、台風の直撃を受けたこともない北海道にとって、今年は不運な夏になってしまった。ただし、これは序章なのかもしれない。温暖化による気象の激化は留まることを知らない。すっきり爽やかな夏の北海道のイメージが幻想になってしまうかもしれない。その大雨で勇払原野の河川も大きく水位を上げて、残された区間の日高本線も現在不通になっている。

さて、画の方だが、勇払原野を往く日高線運輸営業所のキハ40だ。現在、苫小牧-鵡川間の折返し運転になっている。ここ勇払では、北海道開発庁の国家プロジェクトとして、苫小牧東部の大規模開発が進められたが、オイルショックとバブル崩壊で挫折した感もあるが、計画は見直されたものの更なる開発計画が掲げられている。一帯の土地は、国が50%、道が32%の株式を保有する株式会社苫東が所有している。原野内にはラムサール条約のウトナイ湖や、それに次ぐ弁天沼、遠浅湖、安藤沼などが点在する。国の事業は一旦始められると、時代が変わっても見直されることは少ない。貴重な自然が犠牲にならないよう、国民が監視しなくてはならない。


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  1. 2016/09/02(金) 00:30:00|
  2. 日高本線
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蒸気機関車を運行するということ

機関区に戻った罐は、かま替え、給水、給炭と、次の仕業に備える
表舞台の乗務員の陰で、裏方の地道な作業が黙々と続けられる

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1973年3月 日高本線 静内

二つ目の罐といえば、北海道は岩内・胆振線の倶知安のキューロクの露出度が高いが、日高本線のC11なんていうのもあった。そのC11の塒はここ静内にあった。単独の機関区だった時代もあったようだが、この画の時は、正確には苫小牧機関区静内支区で、罐の所属名板も「苫」だった。ただ、趣は完全に機関区で、蒸気運行に必要な設備の一式を有していた。区の入り口には静内機関区と書かれた表札が掛かっていた。不見識にも、このC11は後方も二つ目であったことを、この画をアップするまで気付いていなかった。

この画の中には、かま替えで落とされたアッシュピットの炭殻を排出する人と、機関車上で給水をする人が見て取れる。小生は、こういった裏方で働く人の作業を眺めているのが好きだ。保線なんかも見ていて飽きない。列車が走るというのは、裏方の車両や施設の整備の結果であって、その影の作業にこそ、鉄道という事業の真髄が見えてくるというものだ。

近頃は、遊園地などより、工場見学のような社会見学の方が人気のようだ。昨年暮れに「JAL工場見学~SKY MUSEUM~」に行ってきたが、事前に予約を取るのがなかなか難しかった。鉄道の車両基地の一般公開も狭き門だし、食品製造業の工場見学も大人気だ。皆さん思っていることは一緒のようだ。レジャーも本物志向になってきたということだろう。その昔、ほぼ自由に機関区内を徘徊できたのは、今のような時代になってみれば、とても幸せなことだった。


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  1. 2016/02/28(日) 01:00:07|
  2. 日高本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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