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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

是より木曽路

重畳たる山並みが目前に迫る
是より木曽路の碑はもうすぐだ

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2016年3月 中央西線 日出塩

「木曽街道」は「中山道」の俗称であるが、「木曽路」となると一般的に中山道の木曽地方の一部区間を指す。木曽路には馬籠から贄川までの11宿が設けられたが、険しい山道のため、古来それ程の通行量はなかったとされている。中央西線の電化が、中央東線よりもかなり遅くなったのも、その表れだろうか。奈良井、藪原、宮ノ越、福島、上松、野尻などの宿場からは、中央西線のデゴイチの撮影地を連想するが、何れもが山深い木曽谷の谷底に在った。「木曾路はすべて山の中である」の書き出しで知られるのは、馬籠宿が舞台の島崎藤村の『夜明け前』だ。

木曽路の南端の馬籠宿と、その南の落合宿との間にある長野県の新茶屋集落の旧県境には、地元の要請により、その島崎藤村が揮毫した「是より北 木曽路」の有名な石碑ある。この長野県木曽郡山口村は、その後、岐阜県中津川市に越県合併したため、石碑は今は岐阜県内のものとなっている。一方、北の木曽路の入口になっている贄川宿の桜沢で茶屋本陣を営んでいた百瀬栄が、「是より南 木曽路」の石碑を建立し、南北の対をなしている。馬籠は1957年、贄川は1940年の建立だが、藤村が揮毫したのが1940年というから、どういう関係なのか興味深い。

中央西線の上り普通列車は、山々が折り重なる、夜明け前ならぬ日暮れ時の残照の木曽谷に分け入ろうとしている。列車は木曽路11宿に停まりながら、1時間半程で木曾谷を抜けていく。


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  1. 2020/02/06(木) 00:00:00|
  2. 中央西線
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第三奈良井川橋梁

木曽路に架線柱が立ちだした
デゴイチが去る日も間もなくだ

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1971年10月 中央西線 木曽平沢

中央西線の塩尻-中津川間が電化されたのは、1973年5月27日のことだった。電化による無煙化となったが、電化前のつなぎにDD51が旅客列車を中心に投入されていた。この時は、夜明け前の塩尻で、D51の牽くオハ12系の夜行団臨と思われる列車を撮ってから、朝一に木曽平沢駅近くの第三奈良井川橋梁にやって来た。鳥居峠に向かう後補機付きの貨物を狙うためだ。列車は定刻に現れたが、頭の本務機の後ろに何と赤ブタことDD51が付いていた。貨物は全てD51だと信じ切っていたので、落胆が大きかったのを今でも覚えている。二枚目の現在と同じ構図で今昔比較には好都合だがやめておこう。仕方なく、寂しく後補機を見送ることになった。DD51の内燃機関に任せているのか、2両のデゴイチはともに余裕の綺麗な白煙だった。しかし、この日に見た旅客の殆どがD51でやってきた。旅客は全てDD51に乗っ取られたという情報だったので嬉しい誤算だった。そんなこんなが、現役蒸気時代の中央西線第三奈良井川橋梁の記憶だ。

それ以来、木曽路を通ることはあっても中央西線を撮ることはなかった。どうもJR東海色の電車が走る中央西線は、現役蒸気時代との落差が大き過ぎたし、木曽路には架線は似合わないと感じていた。やっと、かつての撮影名所を再訪してみようと、一念発起して木曽路に向かったのは45年後のことだった。第三奈良井川橋梁は大した変化もなく目の前に現れた。今ではEF64の重連タンカーの撮影地になっているようだ。現役蒸気時代にはファンが三脚を並べた川沿いの砂利道は、細いままだが舗装され、川側には柵が付けられた。線路の向こうにはJRの変電所ができて高圧線が邪魔だ。治水が進んで水量が安定したのか、河原は草と木々に覆われた。45年前の特急「しなの」は、キハ181系の食堂車付きの堂々の10両編成だった。その後、381系を経て現在の383系となった。さすがに振子電車は早い。勢いよく鳥居峠へと駆け上って行った。こうして第三奈良井川橋梁を再訪してみると、もう一度デゴイチの雄姿がみたくなるというもんだ。


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2016年3月 同所 第三奈良井川橋梁


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  1. 2020/01/11(土) 00:00:00|
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中央西線 只今電化工事中

木曾路は全て山の中、とは藤村のことば
その谷を往く鉄路にも、文明の電化が迫る

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1971年10月 中央西線 木曽福島

ちょうどこの頃、中央西線では電化工事が盛んに進められていた。あちこちで、線路際にコンクリート架線柱が立ち始め、非電化路線の趣が日に日に失われていった。その中を、電化の日までD51やキハ181系「しなの」が走り続けた。木曽のデゴイチは、中京圏からは日帰り、東京からは夜行日帰りが出来、多くのファンに親しまれた。客貨ともに蒸気のD51天国だった。

木曽福島機関区の扇形機関庫傍の保線詰所前に、大勢のヘルメット姿の男たちが屯している。深夜に行われる、架線柱の設置現場での荷下ろし作業の打ち合わせをしているようだ。保線区の職員が、嬉しそうに、D51の誘導の仕方を、民間業者の作業員に披露している。既に、この木曽福島駅構内にも架線柱が横たわり始め、谷に汽笛が鳴り響くのも残り僅かになっていた。

深夜のチキ工臨といえば、大概は交換レールの搬入と相場が決まっている。現在の中央線では、ロクヨン牽引のロングレールのチキ工臨が活躍している。しかし、電化工事の際には積み荷は架線柱になる。撮影地に向かう列車の車窓から見た、擦れ違いの貨物列車には、架線柱を満載したチキが混じっていた。皮肉にも、淘汰される運命のD51がその荷を懸命に牽いていた。


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  1. 2018/07/04(水) 00:00:00|
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木曾のデゴイチ

中山道の古い宿場町を巡る中央西線はノスタルジックな路線だった
電化が目前となり、木曽谷に響き渡るデゴイチの汽笛を聞けるのも残り僅かだ

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1971年10月 中央西線 上松

中央本線とは東京-名古屋間396.9kmの山岳路線だが、その道の人の間では、塩尻を境に中央東線と中央西線と呼び習わされてきた。今も昔も、東線は関東、西線は関西・中京の人が利用するというのがイメージだが、東側の小生にとって、西線は島崎藤村の「木曽路はすべて山の中である」で始まる「夜明け前」の舞台となった木曽谷を巡るノスタルジックな路線だった。

中央西線は、1973年に全線電化されるまで、非電化の中津川-塩尻間はD51の天下だった。貨物と普通旅客列車の殆どをD51が引いていたが、この頃、電化工事が佳境を迎えていた。あちこちにコンクリートの架線柱が転がっていた。電化工事というのは、さぞかし手間と時間が掛かる大変な工事と思い込んでいたが、あっという間に架線柱が林立し、D51とキハ181は木曽路から去って行った。

交換の重連回送が到着し、出発に備えて投炭が始まったのか、盛大な黒煙となった。本線貨物は引き出しが正念場だ。ちょっと気になるのが、その傍らでホームに屯する若者たちだ。70年代の出で立ちは、豊かな時代の始まりを予感させる。何気なくとったポーズにも、その時代を思わせるものがあるから面白い。


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  1. 2016/02/10(水) 00:51:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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