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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

塘路 好日

秋晴れに恵まれ、爽やかな湿原が広がる
木立によって視界が狭まり、ちょっと不満だ

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2018年10月 釧網本線 塘路

その昔、現役蒸気機関車の時代、釧網本線といえば、オホーツク海の流氷を絡めて撮るのが、一つの流行のようなものだった。オホーツク海が望める網走から斜里辺りまでの区間を訪れるのが、第一歩とされていた。流氷接岸の情報が流れると、道内に散らばっていた同胞が、北浜、浜小清水、止別へと集まってきたものだ。もちろん、斜里岳の斜里、硫黄山の川湯(当時は川湯温泉ではなかった)、釧路湿原の茅沼、塘路、細岡なども、次のステップとして控えていた。由緒ある五十石という駅もあったが、咋春に廃止されてしまった。弟子屈は何時しか摩周温泉へと駅名を変えている。

現在の撮影名所は、「SL冬の湿原号」の運転区間にも由るのだろうが、どちらかといえば湿原エリアに移ってきているようだ。今では、塘路のサルボ、サルルンの両観光展望台は不動の撮影ポイントにもなっている。現役蒸気の時代、これらの展望台の名があったかは記憶にないが、そこそこの撮影ポイントになっていたことは確かだ。湿原の中を、遠方から白煙を引いてやっ来るC58の混合列車は、なかなかの風情だった。塘路の駅も、列車が着く度に、10人くらいは乗り降りしていたように記憶している。駅名は、塘路湖畔にあった有名なアイヌ集落の「トウロコタン」からきている。

しかし、今回これらの展望台を訪れてみて、木々の成長で、随分と視界が悪くなっていることに気付かされた。写真はサルルン展望台だが、以前は後追いも撮れた筈だが、どうにも抜けが見付からない。展望台付近の塘路湖側の斜面は伐採されているので、駅方向の視界はあるが、伐採がなければ林の中に没していたはずだ。サルボの視界も同様で、展望台の名も憚れるような状況だ。開業以来、塘路駅の貨物取扱量の大半は、木炭、薪、木材、丸太だったという。手付かずの自然というのは浅墓な思い込みで、この地も燃料と木材の供出のため、森は一度は皆伐されてしまったのかもしれない。


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塘路駅は、分割民営化の前年の1986年に、駅員の配置がなくなり簡易委託駅となった。1992年には無人化されて、今日に至っている。それでも、観光地だけあって、1998年には駅舎はリニューアルされている。駅舎にはカメラマン氏がオーナーの「ノロッコ&8001」という喫茶店が同居しているが、こちらはそっとしておこう。


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  1. 2018/12/09(日) 00:00:00|
  2. 釧網本線
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シラルトロ沼遠望

シラルトロ湿原をキハが横切って行く
この鉄路こそが湿原の観光ロードだ

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2018年10月 釧網本線 塘路

釧網本線にシゴハチの牽く混合列車が走っていた頃、この地域は国立公園でも、ラムサール条約登録湿地でもなかった。当時の湿原は、開拓の行く手を阻む厄介ものでしかなかった。釧網線が囚人労働で建設されたことは、あまりにも有名な史実だが、裏を返せば、人跡未踏の辺境地での難工事だったということだ。明治時代に絶滅したとされていたタンチョウが、1924年に釧路で再発見された。1935年には、タンチョウとその繁殖地が国の天然記念物に指定された。それが、この地の観光の始まりかもしれない。タンチョウしか注目されなかった釧路湿原も、世の中の価値観の変化に伴い、手付かずの湿原の自然そのものが、観光の対象となって行った。

1987年に、釧路湿原が28番目の国立公園に指定された。釧路湿原の東部に隣接する塘路湖、シラルトロ沼、達古武湖も国立公園に取り込まれた。この三つの湖沼は、海岸の後退による海跡湖とされる。太古にはこの一帯は海だったということだ。観光名所であり、釧網線の撮影スポットでもあるサルボ、サルルン、コッタロの展望台が、古には海を臨む岬だったといわれれば、感覚的に何となく頷ける。素晴しい水辺の景観だが、鉄路を伸ばしていくのは苦難の連続だったことだろう。湿原は観光地として脚光を浴びるようになったが、鉄路の方は厳しいままだ。思いっきり、自然保護の観点から、公園内への車の乗り入れを禁止するというのはどうだろうか。


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シラルトロ沼


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  1. 2018/11/29(木) 00:00:00|
  2. 釧網本線
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JNRの遺産

春浅きオホーツクに混合列車が往く
牽引機のデフにはJNRの3文字が輝いていた

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1973年3月 釧網本線 北浜

国鉄が分割民営化されて間もなく31年になる。鉄道趣味の世界では、その名を冠した雑誌も人気を博し、国鉄を礼讃する風潮が強い。しかし、国鉄分割民営化を答申した第二次臨時行政調査会の意思決定に大きな影響を与えたのが、世論の突き上げだった。連発するストライキ、ヤミ給与や職場での飲酒行為の横行などの悪しき慣行が、マスコミにより大きく報道され、世論は一気に国鉄解体論、分割民営化に傾いて行った。そもそもの民営化議論の発端は、膨張を続ける巨大な累積赤字と、改善されない不毛の労使関係、「我田引鉄」とまで言われた政治家の底なしの介入などだった。

さて、その国鉄債務は現在どうなっているのだろうか。分割民営化された時点での債務の総額は37兆1100億円だった。国鉄清算事業団が25兆5200億円、3島会社を除く新会社が5兆9300億円、新幹線鉄道保有機構が5兆6300億円を引き継いだ。最大の問題となった清算事業団分は、何と、運用の失敗で負債はさらに28兆3000億円までに膨らみ、返済のスキームは完全に破綻し、20年前の1998年にその内の24兆2000億円が最終的に国の一般会計に組み込まれた。その負債はどれだけ減ったのだろうか。国土交通省の報告では、平成27年度末時点では17兆7,690億円になったとしている。

つまり、清算事業団分の7割が今も借金のまま残っている。一方、日本鉄道建設公団、そして独法鉄道建設・運輸施設整備支援機構に引き継がれた年金等負債の4兆円については、旧国鉄用地やJR株式の売却益、JRの負担金などにより、借金の返済と旧国鉄職員の年金支払いの原資を捻出している。つまり、JRに継承されなかった土地などの資産、JR株式の上場売却益は全て旧国鉄職員の年金に消え、なお補填が必要な状況になっている。さらに、新幹線鉄道保有機構は施設のJRへの譲渡をもって解散したが、譲渡益の一部はやはり鉄道・運輸機構に移され、旧国鉄職員の年金支払等に充てられている。

このペースでは国鉄債務の返済が終わるのに、100年以上掛かる計算だ。国が経営をし切れず、債務処理を怠った結果の付けだ。24兆円でもこの様だが、国の借金は1000兆円の大台を越えた。政治家も官僚も返済しようなどとは全く考えていない。それはそうだ、この天文学的数字を前に返済のスキームなどありはしない。負債の限度は、国民の貯蓄残高の1600兆円と囁かれている。国債と財政投融資は、国民の貯蓄が主たる原資だ。無責任な政治家を選出したのは他ならぬ国民自身だ。或る日突然、国民がその責任をとらなければならない時がやって来る。どこまでも借金を積み重ねられるはずもない。


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  1. 2018/03/06(火) 00:00:00|
  2. 釧網本線
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73春斗

オホーツクに一面の流氷の海が広がる
ファインダーの中を、テロップのようにスローガンが流れる

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1973年3月 釧網本線 北浜

流氷の接岸を聞きつけ、オホーツクの海辺を訪れた。天気も上々で、あとは釧網線名物のC58の牽く混合列車を待つばかりだ。いい煙を吐きながら、その瞬間がやって来たが、テンダーに何やら白いものが見える。直ぐにやられたと思ったが、わざわざここまで来て、シャッターを切らずに見送る訳にはいかない。この年は、団結号に散々な目に遭っているので、ある程度は諦めの境地に達していたが、さすがにこの眺めを前にしては嘆き節の一つもでよう。気を取り直して、この後の釧路行きに期待を繋いだが、次はテンダーに「73春斗」の大スローガンが。それも完全なスカだ。煙室扉の団結号を避けるためにも、真横から狙ったが、それが完全に裏目に出てしまった。その2両は煙室扉は綺麗なもので、白文字はテンダーのサイドだけだった。何と間の悪いことだろうか。この「春斗」というのは、「春闘」の中国語バージョンだ。画数が少なくて書き易かったのか。動労にはなかなかの知識人が居たということだろう。


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  1. 2017/12/23(土) 00:00:00|
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オホーツク早春賦

オホーツクの流氷もそろそろ海明けの時期を迎えた
早春の陽光を浴びて、混合列車が海辺を駅を往く

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1973年3月 釧網本線 北浜

釧網本線の流氷とくれば、かつてはこの北浜の海岸段丘が最もポピュラーな撮影場所だった。数多くの映画のロケ地にもなり、「オホーツクに一番近い駅」として、今は中国や韓国からの観光客に人気を博しているようだ。流氷というのは、常に風任せで移動しているもので、東風が吹けは接岸し、西風が吹けば沖に遠ざかるということを繰り返す。当時は、道内を巡業する同業者同士で、接岸状況を情報交換しながら撮影のタイミングを図っていた。例年、網走の流氷は1月下旬から2月上旬に掛けて流氷初日を迎えるが、3月も下旬になると何時終日となってもおかしくない時期となる。まもなく春一番の強い西風が吹き、一気に海明けとなる。

この写真も、悪い眺めではないと思うが、月並みであるということは免れない。定番スポットでのピカピカ状態では大した感動も湧かない。今なら、もう少しマシな時間帯やアングルを考えただろうが、当時は残念ながら定番止まりだった。以前「釧網本線の二つの太陽」という記事で、大木茂さんのとびっきりの名作である朝日の浜小清水をご紹介したことがある。当時も浜小清水の原生花園側の段丘は気になっていたが、さすがに朝日を絡めようなどとは、全く考えが及ばなかった。今でも、未練がましく始発列車の時刻なんぞを調べてみたりもしているが、もう棚引く煙が蘇るわけでもなく、街の様子も変わってしまったので、別のアングルを探せという声も聞こえてくる。

独自色に欠けるお立ち台写真とは言え、当時蒸気を追いかけた方々には、やはり懐かしさが込み上げてくるシーンだろう。この時は「団結号」に散々泣かされたが、テンダーのスローガンは、うまい具合にドレインで隠されている。盛大な黒煙はファンに対する、その埋め合わせのつもりだったのだろうか。オホーツクの早春賦の流氷と、知床連山海別岳と、在りし日のC58の混合列車を、それなりにお楽しみいただければ幸いだ。


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  1. 2017/03/18(土) 00:30:00|
  2. 釧網本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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