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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

1527レ 網走到着

3月だというのに厳しく冷え込んだ
しばれる終着駅に夜行列車が滑り込む

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1973年3月 石北本線 網走

この日の撮影は網走の駅撮りから始まった。その中の1枚。どう見ても、この編成は1527レ「大雪崩れ」だ。この列車を撮るためには、ステーションホテルも含めて沿線に泊まる必要があった。まだ寒い季節に野宿紛いの駅寝はやらなかったはずだ。終着駅の網走駅が終夜営業だったとも思えない。宿に泊まる習慣のなかった身としては、どうやって撮ったのかが気になり、旅の記録を繰ってみた。何と、「公営網走ユース泊」と書かれている。しかし、何としても記憶が蘇らない。多分、旅の成り行きだったと思うのだが、その経緯がとんと思い出せない。家の棚にある網走監獄の素彫りのニポポが、その訳を知っているはずだが、なかなか教えてくれない。

どうせ泊まるのなら、もっと気合を入れて撮れば良さそうなものだが、網走到着シーンとは何とも情けない話だ。この後、湧網線の発車の様子も写っているので、1本でも多く稼ごうという浅墓な考えから駅撮りとなったのだろう。折角なので、網走駅の構内を観察してみよう。現在では機関庫を除きすっかり消えてしまったが、こんなに多くの建屋が在ったとは。腕木式信号機も客車の後方の2本を含め6本も写っている。半世紀前、この駅の乗車人員は現在の5倍以上あった。加えて、貨物、荷物、郵便の輸送も担っていた。3線が乗り入れたオホーツクのターミナル駅がまだまだ輝いていた時代だ。今や石北線も釧網線も絶滅危惧路線となってしまった。


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  1. 2021/02/24(水) 00:00:00|
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タマネギ列車が往く

蒸気の機関士がそうであったように
現代の運転士も頼りは人心の協調だ

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2018年10月 石北本線 安国

鉄道車両への興味は失せる一方だが、貨物列車となると、ちょっとばかり事情が違ってくる。こあらまにとって貨物列車は特別な存在で、列車自体に興味を感じる数少ない存在だ。貨車のバリエーションはなくなり、コンテナばかりの単調な編成になってしまったが、明らかに重量感は増している。その重量感こそが、貨物列車の魅力であり迫力だ。今時の高出力の電車や気動車のようにはキビキビとは走れない。直ぐには加速できないし、直ぐには止まれない。かつての長大編成の客車列車がそうだったように、連結器を軋ませながら、ゆっくりとホームを離れる長距離列車にこそ旅情を感じたものだ。そんな記憶を蘇られてくれるのも貨物列車だ。

写真は石北本線のプッシュプル運転の下りのコンテナ貨物列車だ。機関車の高性能化で、JR貨物でもPP運転を行っているのは二カ所だけになった。かつては、補機にキューロクを従えたデゴイチの貨物列車が行き交った石北線の貨物列車だが、現在は「タマネギ列車」として走り続けている。遠軽での方向転換もあり、北旭川-北見間の全仕業をPP態勢で走り抜ける。現役蒸気時代と同様に、前後のDF200は機械的な協調はしていない。無線で連絡を取り合う二人の運転士が、助け合いながら常紋峠と北見峠を越えていく。秋は落ち葉で空転が起きやすい厄介な季節だ。遠軽を出た列車は、安国、生野、生田原と、秋の石北線を常紋越えへと向かう。


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  1. 2020/12/16(水) 00:00:00|
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常紋の白煙

常紋の蒸気にも幕引きの時が
白煙のデゴイチももう見納めだ

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1975年3月 石北本線 常紋

常紋と云えば白煙の綺麗な峠というイメージがある。厳冬期の極寒の無風の朝、濁りのない純白の白煙が朝日に輝くさまが、真っ先に頭に浮かんで来る。要はそういうシーンを撮りたかったということだ。写真は常紋の現役蒸気の最晩年で、翌月には無煙化が控えていた。とうとう思い描いた期待の白煙は拝めずに幕が降りてしまった。写真の白煙は、白さはまずまずだが、何といっても迫力が全然足りない。荷はそこそこ在るが、罐の調子が良過ぎたのだろうか。それとも、機関士の腕が良過ぎたのだろうか。そういうむらっ気が蒸気の面白さでもある。石北本線の貨物列車は、D51亡き後、DD51、DF200と引き継がれていくが、今では季節もののタマネギ列車が辛うじて運行されるのみで、当の常紋信号場は廃止されてしまっている。それでも常紋にファンが絶えないのは、常紋の常紋たる所以だろう。


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  1. 2020/12/08(火) 00:00:00|
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ビート畑の秋

こうやって北の大地が日本の食を支えている
農産物の輸送こそ鉄道が相応しいと思うのだが

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2018年10月 石北本線 西女満別

ここはちょうど大空町と美幌町の町境辺りで、女満別空港の直ぐ傍になる。大空町は2006年に女満別町と東藻琴村が合併してできた町だ。網走湖に注ぐ網走川の扇状地にはビート畑が広がる。日本では甜菜とか砂糖大根と呼ばれているが、ビートとはヒユ科植物の英語名で、その砂糖用品種群のひとつがテンサイになる。国内では主に北海道で栽培されているが、何処でもいいという訳ではなく、近くに製糖工場があることが条件となる。北海道には計8つの製糖工場があるが、オホーツクにはホクレン中斜里、日甜美幌、北糖北見の3か所がある。この地域の納入先は自ずと日甜美幌ということになる。

ここも見渡す限りの甜菜畑が広がっているが、例によって、鉄道は畑にならない傾斜地に沿って、防風林に守られて忍者のように木立に隠れて走っている。航空写真では、ビート畑の中を一条の林が伸びていることが見て取れる。石北本線は山間過疎地域の上川-遠軽間が超閑散区間になっているが、旭川近郊と北見・網走近郊はそこそこ列車が走っている。ここの前に西女満別の駅撮りをしたが、近在農家の高校生だろうか、5人程が乗車する姿が見られた。季節は秋で、ビート畑では収穫作業が大忙しで、待ち時間にはその作業を眺めて楽しんでいた。ただし、畑に足を踏み入れることは防疫上ご法度だ。


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これが甜菜収穫用の装備になる。トラクタの前照灯の前にはバラストを積んでいる。前輪が浮き上がらないように、連結装備に合わせてバラストを調整するが、この装備では最重量となる。線路は林の中だが、すぐ隣にはこんな風景が広がっている。


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理科系の性で、このマシーンがどんな構造になっているのかが気になる。まず動力だが、トラクタとの連結器の上に黄色のプロペラシャフトがあり、主な力技の動作を賄っている。さらにトラクタから電力も供給され、細かな動作は電気仕掛けとなっている。畑から鋤上げた甜菜は、後部の円形の回転装置で泥を落としながら持ち上げられ、最上部からコンベアで収穫籠の中に落とされる。籠が一杯になると、トラックが横付けして、籠の網が横に倒れ、甜菜がトラックの荷台に雪崩落ちるという寸法だ。トラックは近くの農家の集積場まで運搬する。この家では、トラクタの運転は父ちゃん、トラックの運転は母ちゃんの担当だった。

農業を唯一の生業にしていくには、付加価値の高い少量の高級品を作るか、こうした機械化された大規模営農をするかのどちらかだろう。ただ、日本の農政は小規模な家族制、世襲制に軸足があり、極めて農業が閉鎖的なものになっている。出来ることなら、広い畑でトラクタを走らせてみたいと夢見るサラリーマン家庭の子弟も、それなりにいるのではないだろうか。そんな農業志向の若者たちに、早く農地と農業を開放してやらないと、何かあったら、日本中が飢えることになるやもしれない。


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  1. 2020/10/05(月) 00:00:00|
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遠いあの日 「45年前の"今日"へ」 緋牛内

45年前の今日の石北本線575レ 緋牛内にて 1975年3月17日

その1 端野側から緋牛内に進入してくるシーン

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その2 緋牛内を出発するシーン 交換の列車は556D  2019/12/11掲載 「あの日の緋牛内は今」から

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その3 美幌との間にある小峠に向け力走するシーン   2015/12/06掲載 「貨物列車の時代」から

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ちょうど45年前の今日の1975年3月17日。こあらまは、前日の興浜北線、天北線の撮影を終えて、深夜01時02分に旭川を出る517レ「大雪5号」に乗車した。大雪5号は北見からC58牽引の「大雪崩れ」こと1527レとなって網走を目指すが、この日の最初の撮影地は、06時42分着の緋牛内と決めていた。

下車前に、絞りもシャッター速度も予めセットした愛機 Nikon F を首から下げ、列車が停車するや否やホームへと降り立つ。ザックと三脚をホームに放り投げて、列車先頭部へと急ぐ。普通自由席は後ろの方で、急がなくてはならない。短い停車時間の後、C58は直ぐに急行寝台編成の引き出しに取り掛かる。暖房の蒸気が列車のあちこちから漏れている。荷物車、寝台車、グリーン車がゆっくりと加速していく。列車がホームを離れると、今度は駅南側に広がる雪田を、中程にある農道に向かって突っ走る。道沿いの農作業小屋に辿り着く時には、黒煙を残して去っていく「大雪崩れ」がちょうどいい距離感で視界にあった。これらのシーンは既にアップ済みだ。ご記憶の片隅にでも残っていたら光栄だ。

休む間もなく、ホームに放置した荷物を回収して、1527レと美幌で交換となる522レを迎え撃つ準備を始めるが、持ち時間はおよそ30分しかなく、駅から遠くには行けない。取り敢えず、集落外れの冬木立と民家を絡めてサイドから狙う。ネガには線路端で構える同業者も写っていた。この522レは、当時のダイヤ情報のダイヤグラムにはDLとなっていたが、実はC58だった。これで、朝の2本の客レをやっつけて、まずは一安心と云ったところだが、この時の本命は522レの1時間半後の貨575レだ。予定通りに、以前のロケで目星をつけていた雪田の向こうにある丘に登ることにする。天気は上々で風もない。朝の冷え込みも申し分ない。

春先の雪は、新雪でなければ表面が凍っているので、冷え込んだ朝であれば雪上を難なく移動できる。ワカンを付ける必要もなく、すたすたと丘を歩き回ることが出来た。この丘からのこの日の575レは、これまで2回に渡ってアップしたが、もう一つ好きなアングルがあった。緋牛内進入シーンだ。時間軸を逆にしての上梓となってしまったが、今回は改めて経時的に3つのシーンを並べてみた。最初からそうしろよという声が聞こえてきそうだが、現役蒸気画は傷や現像むらなどのレタッチに思いの外時間と手間が掛かる。状態のいいコマからアップしていったらそうなってしまった。

最初に来るべき最後の作は、575レが端野側から緋牛内に進入してくる場面になる。若干の登り勾配にはなっているが、緋牛内直前であり、絶気で来るかと思いきや、綺麗な白煙を伴って姿を現した。如何にも道東らしい緩やかな起伏の畑作地帯が広がってる。背景の山並みの向こうには、サロマ湖、そしてオホーツク海も遠くはないはずだ。罐の白煙がこの朝の空気感を語っている。

この丘からの眺めは本当に秀逸だった。緋牛内進入、緋牛内発車、峠に向けてのスパートと、それそれに趣向の異なる場面が楽しめた。蒸気機関車ならではの素晴しい眺めが堪能できる場所だった。実は、2日前の同年3月15日に、同じようにこの丘に登って、575レを狙った方がおられる。「銀『塩』鐵道の夜」のぜっきあいずさんだ。その作はこちらになる。驚いたことに、こあらまと殆ど同じ立ち位置だ。ということは、ぜっきあいずさんの踏み跡を、こあらまは辿ったのだろうか。哀しいことに、45年と云う年月は、記憶を大胆に風化させてしまう。細かいことは全く覚えていない。ただ、丘の上でスッキリした抜けを探して歩き回ったことだけは覚えている。結局、ぜっきあいずさんもこあらまも、探索の結果、この立ち位置に落ち着いたのだろう。

45年という長きを隔てて、また一つニアミスが明らかになった。45年後にも、変わることなく蒸気機関車に愛着を持ち続け、発信を続ける同胞たちに乾杯だ。

この後、こあらまは、好天に誘われて、緋牛内10時31分発の558Dで常紋信号場へ向かい、予てより気になっていた三角山の登頂を果たしている。それにしても、何というハードな毎日だ。若さと云うのは恐ろしいものだ。


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  1. 2020/03/17(火) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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