駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

只見線に手をふろう

この列車も路線の活性化のためだった
復旧は決まったものの、先行きは五里霧中だ

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2017年5月 只見線

奥会津の柳津町、三島町、昭和村、金山町、只見町、そして越後の魚沼市は、「只見線にみんなで手をふろう条例」を議会で可決してる。只見線の全線復旧と存続を願う沿線自治体のなけなしのアピールだろう。さて、具体的に、その条例には何と書いてあるのだろうか。条文は共通のもので、違いは市町村の違いだけだ。もちろん、努力義務で罰則規定はない。自治体からの直接的な持ち出しもないので、予算措置を講じる必要もない。まさに精神論の条例だ。


只見線にみんなで手をふろう条例

(目的)
第1条 この条例は、広く親しまれているJR只見線の列車(以下「只見線」という。)に手をふる活動を広めることにより、乗客者へのおもてなしの気持ちを示し、もって地域住民の只見線に対する愛着を深め、力強く走る只見線を応援することを目的とする。
(市町村の役割)
第2条 市町村は、只見線に手をふる活動の普及に積極的に取り組むよう努めるものとする。
(市町村民の役割)
第3条 通勤通学時、農作業中や散歩の時などあらゆる場面で只見線に手をふるよう努めるものとする。
附 則
この条例は、公布の日から施行する。


さてさて、只見線を撮影されている皆さま。実際に地域の方々が、日常生活の中で、列車に手をふられているのを、目にされたことがお在りだろうか。少なくとも、当ブログの管理人は拝見したことはない。いやいや、幼子とその母親が一緒に手を振っているのを、一回だけ見たことがある。人の動きには、それなりに気を使っているつもりだが、そんなもんだ。特別な列車でも走ってくれば、事情が違って来るのだろうが、日常の生活の中で、列車に手を振るというのは、特に大人の世界ではかなり不慣れな行動ということだ。

そんな只見線だが、福島県の大盤振る舞いで、上下分離方式での復旧が進められている。福島県は、只見線の活性化のために、県、沿線7市町村、有識者らで構成する推進チームを立ち上げている。そのチームから出てきた活性化策は下記の通りだ。9つのプロジェクトが示され、上段の6つが重点プロジェクトとされている。詳しくは福島県のHPをご覧あれ。


只見線利活用プロジェクト推進チームの只見線活性化策

・目指せ海の五能線、山の只見線プロジェクト
・只見線学習列車プロジェクト
・みんなの只見線プロジェクト
・奥会津景観整備プロジェクト
・奥会津サテライトキャンパス整備プロジェクト
・只見線産業育成プロジェクト

・只見線二次交通整備プロジェクト
・只見線魅力発信プロジェクト
・只見線利活用プラットホーム構築プロジェクト


どうやら、只見線が目指すのは五能線のようだ。観光列車を地域住民で盛り立てて、新たな商売も創出していこうという作戦だ。ただし、二匹目のドジョウが居るとも限らない。上下分離方式が足かせになるかもしれない。とにかく、旅心をくすぐる新鮮な目玉を生み出すことだ。一方、撮り鉄として、ちょっと気になるのは、「景観整備プロジェクト」。車窓からの視界をよくするために、線路周りの木々を伐採するという。車窓からの視界は、列車への視界だ。少々、不埒かもしれないが、新たなアングルが生まれるかもしれない。

営業収入が限りなくゼロに近い線区だけに、現状維持だけなら収支が悪化しないのが強みだが、そうはいかない。これまでのように、日に50人にも満たない乗客のためだけに、列車を走らせ続けるわけにはいかない。復旧、上下分離方式と、県は莫大な金を投入することになった。無駄遣いと断じる有権者も沢山いるという。JR時代より、さらに厳しい経営手腕が求められるはずだ。これまでの三セクでは、市町村長絡みの中、なかなか柔軟な経営がとられなかった。この9つのプロジェクトにしても、何処かで見たようなものばかりだ。人員輸送の需要を喪失した鉄道は、観光へと向う。さてさて、この先只見線はどうなってしまうのだろうか。日本に保存鉄道の概念が無いのは残念だ。


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  1. 2018/06/06(水) 00:00:00|
  2. 日中線
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確かにそこに駅は在った 日中線 熱塩 構内編

その転車台跡は構内外れの桜の木の下に在った
溜まった水が青い秋空を映していた

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2016年10月 旧日中線 熱塩 現日中線記念館

以前にもこの記念館に寄ったことがあるが、随分と駅舎、構内ともに綺麗になったものだ。雑草の中の幽霊屋敷のようだった記憶があるが、すっきりした野芝の中の瀟洒な駅舎になっている。これも「熱塩駅よみがえらせ隊」の尽力だろう。

構内には、日中線で使用されていたラッセル式除雪車のキ287、旧客のオハフ612752の2車両、転車台跡、踏切警報機などが保存されている。本州最後の蒸気機関車運行路線であり、使用されていたC1163が、喜多方市街の桜並木近くの日中線記念緑道公園に露天で保存されているが、荒廃が激しく後部のナンバープレートなども盗難で無くなっている。どうせなら、屋根付の熱塩に移した方が良さそうなものだが、もう手遅れの感がある。


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この熱塩に転車台があったことはあまり知られていない。開業当初は使われていたらしいが、日中戦争時の人手不足と、短い平坦路線なのでバック運転でも大した支障がないことから使われなくなり、随分と前に構内線路配置からも外されたらしい。水槽状の構造は、今やビオトープの様相だ。


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保存車両のキ100とオハフ61は内部が見学できる。必見はキ100だ。ラッセル車の車両分類は貨車であり、列車の運行を制御する機能は持ち合わせていない。操縦席に並ぶのは除雪翼を操作するレバーだ。機械室には除雪翼を動かすばかでかいシリンダーが横たわっている。機関車から蒸気は貰えないようで、小さな石炭ストーブがある。この除雪車は一台一台がハンドメードのようなもので、同じものはなく、細部が少しずつ異なっているとのことだ。ちょっとこいつで除雪をしてみたいと思うのは小生だけだろうか。


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旧客の方はオハフ61で、主にローカル線で生き残った鋼体化改造の車輛だ。木造車の装備が流用されているので、現存する鋼製旧客の中では最も古の風情が残る。車内はSL牽引時の音響サービス付だ。後から気が付いたのだが、木製鎧戸の日除けを降ろしてみるのを忘れてしまった。


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このシリーズ最後の役者は踏切警報機だ。いい塩梅に錆びている。どうせならレールが残っていてくれると有難いのだが、その辺りは須田管理人氏が将来何とかしてくれるかもしれない。よく考えてみるとコンクリート防護柵の位置がおかしいが、細かいことは止めておこう。


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これで今回の熱塩巡礼を終わります。


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  1. 2016/11/25(金) 00:30:00|
  2. 日中線
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確かにそこに駅は在った 日中線 熱塩 駅舎編

この駅が廃止されて早32年が経った
あの時荒廃していた駅は、明るい陽だまりの中で輝いていた

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2016年10月 旧日中線 熱塩 現日中線記念館

以前の記事で、まだ蒸気機関車が走っていた頃の、現役時代の日中線の上三宮をご紹介したことがあるが、今回はその日中線の終点だった熱塩の現在の様子をお伝えしたい。

日中線は1938年開業の全長11.6kmの路線で、山形までの延伸が挫折した盲腸線だったが、1984年に特定地方交通線として廃止されている。廃止になる頃には、上三宮の記事の写真のように、既に途中駅も含めてこの熱塩も大分荒廃が進んでいたが、廃止の代償でもある国鉄の補助で、3年後の1987年に旧熱塩駅は日中線記念館として新たな歩みを刻み始めた。しかし、2006年に須田崇氏が管理を始めるまでは、偶に鉄道ファンが訪れるだけの閑散とした施設だったようだ。2009年に「近代化産業遺産」の認定を受けたこともあって、「熱塩駅よみがえらせ隊」も結成され、その後は、美化と利用促進が図られている。ただ、寂しいかな。観光客もぼちぼち来るようにはなったが、やはり地元での関心は今一つと聞く。

これとは別に、喜多方市街の廃線跡が「日中線記念自転車歩行者道」として整備され、3kmの沿道に植えられた1000本のしだれ桜が観光名所となっている。2013年には、残り8.6kmの熱塩までの桜並木の延伸を目指す「NPO法人日中線しだれ桜プロジェクト」が立ちあげられ、上三宮で植樹祭を行ったとのことだ。

この日中線と熱塩駅については、皆さんよく御存じと思うので、とにかく現在の様子をご覧いただくことにしよう。


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  1. 2016/11/23(水) 00:30:00|
  2. 日中線
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確かにそこに駅は在った 日中線 上三宮

この画は決して廃線跡を撮影したものではない。現役で営業中の1972年7月の日中線の上三宮駅だ。
「日中走らぬ日中線」というフレーズは有名だが、時刻表には確かに日中の列車の記載はない。キハが最後まで入線せず、C11やDE10の客レの撮影には、多くのファンが訪れた。日中線の駅といえば、終点の洒落た三角屋根の熱塩駅が圧倒的に露出度が高く、廃線後は日中線記念館になっているということだ。ただ、どちらも今回のお題ではない。

日中線は喜多方から延びた11.6kmの延伸計画が挫折した盲腸線だが、途中に何れも木造駅舎の会津村松、上三宮、会津加納の3駅が存在した。とりわけ、鄙びていたのが、この上三宮だ。一部の戸や窓は無くなっており、廃屋と見紛うほどだ。駅舎の中には、ポツンと手書きの時刻表が吊り下げられていた。時刻表のチョークの落書きは、男子生徒の仕業と思われる。線路には夏草が生い茂り、列車が来るとは思えない。第一級のローカル線の眺めだが、何故にこんな閑散とした鉄道が存在できたのか。けっして国鉄に余裕があった訳ではない。そうこうしているうちに、国鉄は分割民営化され、ローカル線は消えていった。

当時の撮影旅行では、追加出費を要する周遊券にない交通手段は、極力使わないことにしていた。しかしながら、さすがにこの本数では、走行写真を撮ろうとすれば、どうにもならない。並行して走る県道のバスも利用せざるをえなかった。
ちなみに、この駅の近くには、こんな撮影地があった。高辻烏丸さんの「煙を求めて幾千里」の この記事 の押切川橋梁だ。

日中線が廃線になったのは、この10余年先の1984年4月1日のことだった。


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  1. 2015/09/12(土) 00:35:35|
  2. 日中線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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