FC2ブログ

駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

季節は廻る

晩秋の日に最後の彩が映える
次に待ち受けるのは厳しい冬だ

70021031.jpg
2019年11月 小海線

このところ緑系の写真が続いてしまったので、ここらで色味の違うものを並べておこう。紅葉の季節を前に、台風14号は列島を狙い撃ちかと思いきや、何を思ったのか、また太平洋上に戻っていった。昨年のようなことにならなくて本当に良かった。コロナに加えて九州では大雨水害を被り、これで関東が台風で水浸しになったりすれば、容赦のない弱り目に祟り目だった。そのコロナは収まるでもなく、不気味に社会の中で燻っている。GO TO何とかで、人の動きが出てきた割には、不思議と何とかなっている。この何とも不安定な均衡状態が、コロナと生きる時代というものなのか。それでも、人の行動性向を少なからず変えてしまったことは確かで、その経済的な影響が多くの失業者を生んでいる。新たなコロナ共棲社会に落ち着くまでには、まだまだ時間が掛かるだろうし、経済問題が深刻化するのはこれからだろう。その荒波に日本の財政が持ち堪えられるかが最大の問題だ。ふと、イソップ寓話の「アリとキリギリス」が頭に浮かんだ。夏を遊んで暮らしたキリギリスは、冬になってアリに食べ物を乞うが、アリに断られてキリギリスは死んでしまう。その後、尾ひれがついた話も出回るが、洋の東西を問わず、童話の原話は恐ろしいほど現実思考のシリアスなものだ。瀕死のキリギリスに、どこかのアリが食べ物を恵んでくれればいいのだが。


スポンサーサイト



テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/10/11(日) 00:00:00|
  2. 小海線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

収穫の秋

白菜の収穫準備は万端に整った
ただ作業の人手が少々覚束ない

80019509.jpg
2020年9月 小海線

猛暑で明けた今年の9月だが、月末は冬を思わせるような寒い朝となった。最寄りの山梨県大泉の最低気温は6.0℃まで下がった。小海線続きのお隣の長野県野辺山では何と-0.3℃まで急降下し、夏と冬が同居するような一日となった。余りに空が青いので、長野県の川上村に行ってみたが、高原野菜の収穫の真っ最中で、無数の大型トラクターが村内を駆け回っていた。この時期の出荷のメインは白菜で、平地よりも一足も二足も早くから収穫できる地の利がある。一方、高原野菜の代表格のレタスは、冷涼な気候を好むものの霜害などの低温障害を起こしやすく、今年の収穫は概ね終わっている。新型コロナの影響で、東南アジアからの出稼ぎ者、いや農業研修生の来日が儘ならなくなっているので、どうも収穫作業が捗っていないようだ。代わりに日本人のアルバイトを募集しているが時給は1000円程度。さて、東南アジアの方々にはどのくらいの賃金が払われているのだろうか。こういうまやかしの制度はどう考えてもよろしくない。東南アジアの国々と末永くお付き合いするつもりなら、もう少し真面目に考えた方がいい。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/10/01(木) 00:00:00|
  2. 小海線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

落葉松が色付く頃

落葉松が紅葉の季節の最後を飾る
八の山稜には早くも冬の気配が漂う

80017597.jpg
2019年11月 小海線

一雨毎に秋が深まっていく時期になったが、今年の紅葉はどうだろうか。秋霖が長引けば当然冴えないものになってしまうかもしれない。色々と気象がおかしくなって、木々も戸惑っていることだろう。戦後の植林で、どうしても落葉松が目立つ小海線の高原地帯だが、落葉松が葉を落とすのは広葉樹よりも遅く、紅葉の最後を飾る樹種となる。最初は黄色く色付き始めるが、次第に赤味が強くなっていく。写真はそろそろ散り始める頃で、散り終われば辺りは冬枯れとなり、林は半年近い休眠に入る。その頃、八ヶ岳には白いものが目立ち始め、次第に雪山の装いに変わって行く。写真の山稜右手の横岳にも白いものが見える。

夏が暑かった年の冬は寒くなるというのが、以前云われた経験則だが、近頃は猛暑と暖冬の連続で、夏も冬も温暖化するばかりだ。高原の当地では夏の高温化の方が著しく、避暑地で在りながら夏の野外活動は辛くなる一方だ。8~9月の高温で、今年の紅葉は例年よりやや遅くなりそうだと、一足早く紅葉の時期を迎える北海度や高地からは聞こえてくる。10月の気温は平年並みで、平地の見頃は平年並みらしい。ウェザーニュースによれば、今年は適度な気象条件で、鮮やかな紅葉が期待できるそうだ。あとはコロナの具合が気になるところだが、再燃の兆しもあり、暫くは効果の程が知れない感染予防策が強いられそうだ。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/09/27(日) 00:00:00|
  2. 小海線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

秋の気配Ⅱ

暑かった夏も終わろうとしている
気が付けば田圃の稲には秋の気配が

80019438.jpg
2020年9月 小海線

梅雨の長雨で心配され水稲の作柄だが、梅雨明け後の日照りで、例年並くらいまでには持ち直したようだ。あとは秋霖と台風がどうなるかだ。C56の時代からずっと、ここ大カーブの内側は田圃と決まっているが、ここ数年畑になる田圃が現れだした。近隣でも、後継者が少ないのか、田圃は減るばかりだ。今の稲作は要所要所が機械化されているので、昔のような肉体労働は強いられなくなったが、その分の投資が欠かせなくなった。年金暮らしとなった高齢者が、健康のために一族郎党のコメを作っていることも珍しくなく、機械が壊れたので終わりにするというケースも耳にする。ここの田圃は所有者が細かく分かれているので、一遍に田圃が無くなことはないだろうが、5年先、10年先のことは分からない。いっその事、一面の麦畑とか蕎麦畑というのも悪くはないが、そう上手く行くはずもない。単作のすっきりした大カーブの風景にも、近い将来終わりが来るかもしれない。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/09/21(月) 00:00:00|
  2. 小海線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

涼を求めて

夏の避暑地の穏やかな一日が始まる
間もなくアンノン族が大挙して押し寄せる

00633F16.jpg
1970年8月 小海線 清里

清里開拓は、東京都水道局の小河内ダム建設によって水没した東京都の小河内村、山梨県の丹波山村・小菅村などの移住地とされたことに始まる。寒冷地の荒野のため、開拓は困難を極め、苦闘の歴史だったという。その開拓に大きく寄与したのが、立教大学の教授であったアメリカ人牧師のポール・ラッシュで、清里開拓の父とされることは、あまりにも有名な話だ。毎年10月に清泉寮で盛大に開催される「ポール・ラッシュ祭」は、残念ながら今年は新型コロナで中止になった。

そのポールラッシュの清泉寮と、企業の保養所や、東京や神奈川の林間学校が点在する夏の避暑地でしかなかった清里高原に、アンノン族が大挙して押し寄せたのは、1970年代中ごろから1990年代初頭のバブル崩壊のころまでとされる。この「清里ブーム」により、高原には多くのペンションが乱立し、清里駅前通りにはタレントショップやファンシーショップが立ち並ぶ、俄作りのけばい店舗群が出現した。駅周辺の地価は、200倍にも300倍にも跳ね上がり、土地成金を生んだ。

その切っ掛けを作ったのが、1970年創刊の『an・an』と、1971年創刊の『non-non』という二つの女性ファッション雑誌だ。時は個人旅行黎明期で、1970年の大阪万博、それに続く国鉄の『DISCOVER JAPAN』キャンペーンと相まって、若者の旅行意欲を刺激した。1978年に国鉄が山口百恵の『いい日旅立ち』をコマーシャルに使ったのは、女性旅行者を意識したものとされる。旅先も従来の古典的観光地は避けられ、より小規模な隠れ家的な場所にスポットが当てられた。

その際に、長らく観光地に付き物だった歓楽色を廃し、時代に即した新しい旅と宿のかたちを模索した地域は生き残ることも出来たが、安直に女性を意識したメルヘン調の路線に走った地域は、軒並みブーム後に廃墟化した。その典型がまさしく「清里高原」だった。人を押し込むだけの狭い監獄ペンションや流行だけを追った土産物屋はあっと言う間に廃屋となった。そして今、因果なもので、50~60代となった自由闊達なアンノン族が、再び旅行の担い手として脚光を浴びている。

写真は、「清里ブーム」が勃発する前の1970年の夏になる。小淵沢からの乗客が降りているが、清里駅の穏やかな一日の始まりが伝わってくる。8月も終わりが近づき早くも皆長袖だ。キハ52同士の交換風景が懐かしい。少しだけ見える初代木造駅舎は質素なものだったが、ブーム到来の1976年に、らしくない白亜のコンクリート造りになり、ブームの生き証人となっている。地元では、ブーム再来を期待している人も少なくない。なかなか派手な時代のことが忘れられないようだ。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2020/08/16(日) 00:00:00|
  2. 小海線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

小海線 (191)
飯山線 (54)
宗谷本線 (43)
天北線 (4)
興浜北線 (2)
名寄本線 (1)
深名線 (2)
石北本線 (16)
渚滑線 (2)
湧網線 (2)
相生線 (5)
釧網本線 (14)
根室本線 (26)
太平洋石炭販売輸送臨港線 (1)
白糠線 (1)
池北線 (1)
士幌線 (1)
広尾線 (3)
富良野線 (8)
留萌本線 (11)
札沼線 (6)
函館本線 (58)
室蘭本線 (19)
千歳線 (1)
石勝線 (1)
夕張線 (4)
夕張鉄道 (1)
日高本線 (5)
江差線 (12)
函館市電 (2)
大湊線 (10)
津軽線 (1)
津軽鉄道 (4)
五能線 (18)
八戸線 (9)
弘南鉄道 (1)
花輪線 (6)
三陸鉄道 (4)
山田線 (1)
釜石線 (8)
北上線 (9)
男鹿線 (3)
秋田内陸縦貫鉄道 (9)
由利高原鉄道 (2)
石巻線 (5)
仙石線 (1)
陸羽東線 (4)
陸羽西線 (3)
長井線 (2)
米坂線 (9)
羽越本線 (7)
磐越東線 (2)
磐越西線 (4)
日中線 (3)
只見線・会津口 (44)
只見線・小出口 (33)
真岡鐡道 (15)
東北本線 (1)
上越本線 (3)
しなの鉄道 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (12)
東海道本線 (4)
東海道新幹線 (1)
横須賀線 (5)
八高線 (17)
秩父鉄道 (10)
東京都電車 (7)
西武鉄道 (3)
小田急電鉄 (2)
江ノ島電鉄 (25)
箱根登山鉄道 (4)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (4)
明知鉄道 (2)
名古屋鉄道 (1)
樽見鉄道 (2)
関西本線 (5)
小浜線 (2)
宮津線 (3)
山陰本線 (41)
山陽本線 (3)
播但線 (3)
姫新線 (7)
若桜鉄道 (5)
因美線 (4)
津山線 (4)
伯備線 (1)
芸備線 (11)
木次線 (8)
福塩線 (1)
境線 (1)
一畑電車 (1)
三江線 (6)
山口線 (7)
土讃線 (3)
予讃線 (5)
牟岐線 (1)
とさでん交通 (1)
予土線 (3)
鹿児島本線 (2)
日豊本線 (22)
筑豊本線 (10)
日田彦山線 (7)
伊田線 (2)
後藤寺線 (2)
田川線 (3)
唐津線 (5)
松浦線 (5)
佐世保線 (1)
大村線 (4)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (6)
宮原線 (1)
豊肥本線 (4)
高森線 (4)
高千穂線 (1)
肥薩線 (29)
くま川鉄道 (3)
吉都線 (2)
日南線 (4)
宮之城線 (2)
鹿児島交通枕崎線 (1)
指宿枕崎線 (4)
海外 (1)
鉄道展示館 (1)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)
氷見線 (1)
錦川鉄道 (1)

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR