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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

鮮魚列車が往く

鮮魚列車には白い冷蔵車が連なる
スピードが命の列車に機関士の腕が鳴る

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1974年8月 室蘭本線 栗山

国鉄時代には、鮮魚輸送のための白い冷蔵車が存在した。勿論、冷凍機が備え付けられているわけではなく、単なる断熱構造があるだけの貨車で、冷却は荷に仕込まれた氷に頼らざるを得なかった。それでも、九州や北海道から、生の魚介類が輸送可能になったのは、当時としては革新的なことだった。日本の主だった漁港から、大消費地の東京や大阪に向けて、盛んに鮮魚専用列車が運行されていた。その生命線はとにかく早く目的地に着くことで、時間との戦いだった。氷の効き目は精々翌日中までで、のんびり走っている場合ではなかった。そのため、室蘭線を往く鮮魚列車でも、調子のいいデゴイチが宛がわれ、腕利きの機関士が乗務していた。道東の根室や釧路、網走、道北の稚内から、停車駅もそこそこに青函連絡船の待つ函館へとひたすら走り続けた。しかし、そんな時代は長くは続かなかった。道路網の整備が進むと、あっと言う間に鮮魚輸送はトラックへと移っていった。かくして、白い冷蔵車は1両もJRへは引き継がれず、国鉄の鮮魚貨物専用列車はその役目を終えた。


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  1. 2019/06/02(日) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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ナメクジ栗山発進

客レの前位に半流D51が連結された
ナメクジ好きには堪えられないシーンだ

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1973年3月 室蘭本線 栗山

当時の室蘭本線は、九州の筑豊本線と並ぶ蒸気列車の稠密路線だった。機関車の遣り繰りのための回送は、多くで定期列車で行われていた。この線区では、重連や変則三重連をよく目にした。旅客列車も例外ではなく、C57の前位にD51が付くことがあった。この時も、待避線で休んでいたD51が連結され重連となった。塒の岩見沢第一への帰路だろう。蒸気列車では、回送と云えども、ぶら下がりで休むことは許されない。きっちり、本務機とタッグを組むことになる。リズムの異なる二つのブラストを響かせての、堂々たる栗山発進となった。

折角のC57の客レだ。前にD51が付いたのでは、普通なら悲しむべき事態だが、この時はデゴイチといってもナメクジだ。ナメクジ好きのこあらまとしては、結構感動的なシーンだ。ナメクジの客レはそうそうは拝めない。煙突前の横置きの給水温メ器がなく、煙室前面にアールが付いた顔付は、標準形のデゴイチとは別形式のようだ。シールドビームの副灯とテンダーの春闘スローガンが少々気になるが、切り詰めデフとスノープラウの北海道形のナメクジもなかなか凛々しいものだ。ちなみに、奥の軌道は夕張鉄道だ。この2年後に廃止になった。

例によって線路内での撮影だが、当時は当たり前の立ち位置だった。2両の罐も、連動するかのようにドレインをサービスしてくれた。今のJR北海道なら、すぐさまパトカーが駆けつけて連行されていることだろう。線路内への立ち入りは、時代的に無理なのは分るが、ファンを敵視するようになったのは、如何なる心境からだろうか。この時代、蒸気ファンは国鉄の大切なお客様だった。本社からもファンに便宜を図るよう通達されていたとか。蒸気も無くなり、鉄道事業者との関係も悪くなった。ナメクジばかりでなく、国鉄との蜜月時代も懐かしい。


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  1. 2019/01/11(金) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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勇払原野を渡る風

空のセキを連ねて岩見沢第一のD51が現れた
空荷とはいえ半端ではない長さに、黒煙が原野に流れる

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1973年3月 室蘭本線 沼ノ端

線路が3線で左カーブしているので、沼ノ端を出て直ぐのところのはずだ。線路は向こうから千歳線の下り線、室蘭線の下り線、室蘭線の上り線となる。千歳線の上り線は、立ち位置の後ろを走っているが、植苗で下り線と別れて室蘭線とオーバークロスして、沼ノ端直前で再び合流する。昨年、沼ノ端に行ってみたが、線路配置は写真の時代とは何ら変わりはない。違うのは千歳線が電化されていることだが、非電化の室蘭線のレールが錆びていることにも気付く。石炭輸送の大動脈だった室蘭線だが、炭鉱の閉山で沼ノ端・岩見沢間は過疎路線に転落してしまった。赤錆が浮くレールはその証だ。岩見沢や追分のD51が長いセキを引いていたのは、遠い過去物語となってしまった。

現役蒸気時代には多くのファンがこの沼ノ端に降り立ったが、その最大の理由は単に列車本数が多いことだった。峠や絶景が在るわけでもなし、広がるのは勇払原野の果てしのない湿地帯だけだ。遮るもののない長いストレートに、次々と現れる罐を愛でるのが目的なら話しは別だが、その広漠たる原野をどうやって撮るかに腐心すことになる。本数が多いだけに、色々と試すことが出来たが、習作が積み上がるばかりだ。コンテナや冷蔵、石炭の貨物、C57の客レ、千歳線には82系の特急も往復して、車輌的には賑やかではあったが、やはり写真的には的を絞り難い場所だった。そんな習作の中から汽車と煙だけの1枚を。何となく勇払に吹く風が思い出されたので上梓してみた。


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  1. 2017/12/07(木) 00:00:00|
  2. 室蘭本線
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夏のデゴイチ街道

雪と氷から解き放された季節を楽しむかのような走りだ
暗闇に丸く浮かんだ旋回窓が短い夏を見つめる

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1974年8月 室蘭本線 栗山

栗山、栗丘、栗沢は、室蘭本線の連続する栗の付く3駅だ。何回か訪れたことがあるが、列車本数が多いというだけで、これといった魅力のある場所がある訳でもなく、南の筑豊本線と似たような性格の場所だった。気力のある時は、役目を終えようとしていた夕張山地へと延びる炭鉱路線に足を運んだが、私鉄各線は次々と縮小、廃止されていった。そんな訳で、疲れを癒すために訪れていたような線区だったため、撮影場所の記憶も希薄で、どこがどうなっていたのか殆ど思い出せない。おまけに、下り線の栗山トンネルが崩壊して単線化されてしまい、現在の地図で旧下り線のポイントを特定することも難しくなってしまった。

さて、この場所はどうやら上り線の新栗山トンネルの栗山側の出口ではないかと思う。トンネルの上には国道らしき車道が通っており、道路除雪のためかシェイドがあるのが根拠だが、下り線の栗丘出口は片面がコンクリート法面だったはずなので、消去法といえなくもない。となれば、この左手に下り線の栗山トンネルがあるはずだ。崩落した栗山トンネルは、そのまま放置され、アーチ構造の覆道状で西側が抜けているため、隧道内が明るく徘徊するには好都合で、国道沿いということもあり、廃墟ファンに人気の場所になっているようだ。現役蒸気時代は列車本数が多く、並行する道もあったので、隧道を抜けることはなかった。

その新栗山トンネルを抜けて来たデゴイチは、岩見沢第一の915号機だ。1944年製の木製代用部品を多用した戦時簡易型として出場したが、その後、標準仕様に改装されている。追分の同族とともに国鉄現役蒸気機関車の最晩年まで走り続けた罐のひとつだ。デゴイチは大所帯だったので、人気は今一つ芳しくなかったが、こうして見るとなかなか均整のとれた凛々しい姿をしている。特に北海道形の切り詰めデフの正面は引き締まって見える。ものには美しく見える角度というものがあると思うが、この下から見上げるアングルは、特に格好良く見える。しかしながら、今ではこんなアングルはNGということでご了解のほどを。


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  1. 2017/07/26(水) 00:30:00|
  2. 室蘭本線
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北の米どころを往く

いつしか北の大地は瑞穂の国になった
どこまでも広い北の米どころをコンテナ貨物が往く

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2016年7月 室蘭本線 長和

美味い米の銘柄で、宮城のささにしきと新潟のコシヒカリが競い合っていたのはもう昔話だ。ゆめぴりか、ななつぼし、ふっくりんこ、きたくりん、きらら397、ほしのゆめ、ほしまる。どれも、人気の北海道米の銘柄だ。今や北海道は新潟と一、二位を競う米どころとなった。以前は食味ではコシヒカリには大きく水を開けられていたが、品種改良の結果、特A米のゆめぴりか、ななつぼしが登場し、一気に美味いコメの代表入りを果たした。

北海道の米は産地は、夏の気温が高い西部内陸の空知・上川だ。函館本線の岩見沢辺りから旭川までが一番の米どころだ。一昔前は宗谷本線の名寄までだった北限は、現在は美深まで北上している。ここ胆振の一部でも、太平洋岸ではあるが、やませが入り難い地形を利用して米が作れられている。向こうに太平洋が広がる長和の水田を往く室蘭線の列車も、米どころ北海道の撮影地となった。すぐ隣には、北の湘南を自称する伊達が控えている。

温暖化の影響でコシヒカリの食味は下降気味という。対する北海道の気候は、米作りには良くなるばかりだ。もし、自由にコメが作れる世の中だったら、大規模化が可能な北海道の優位は揺るぎないものになるだろう。何だかんだと、寂しさばかりが伝えられる鉄道界の北海道だが、本来の強みである広大な土地を生かせないのは何とも不幸なことだ。八郎潟でもあの様だが、コメを満載した北の大地のDF貨物が大都市を目指す光景を見たいものだ。


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  1. 2017/07/16(日) 00:30:00|
  2. 室蘭本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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