駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

海辺の駅

その駅は、集落から砂利道を下った海辺にある
休日のその日は、部活帰りと思われる高校生の姿があった

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2016年7月 室蘭本線 北舟岡

先日室蘭本線北舟岡駅のDF200の画をご紹介したが、この駅に寄った本当の目的は、DF貨物やスーパー北斗を撮るためではなかった。ただ、その日は、不運にも日曜日で、幸か不幸かカシオペアが運行される日だった。駅には、通過まで3時間以上もあるというのに、カシを狙う多くのファンが車で詰めかけていた。飛行機で着いたばかりという方もおられた。相変わらず凄い人気だ。彼らの被写体ではない普通列車の発着に際しては、何をしているのかホームのあちこちに出没する。駅前には車が並び、出入りも激しい。これでは到底こちらの撮影はやってられない。多勢に無勢では為す術はなく、こういう日に来たことを恨むほかない。色々な意味で人気列車をチェックしておく必要性を痛感させられた一日だった。想定していたよりかなり長いレンズで、破れかぶれで切り抜いてみた。夕日までの予定だったが、早々に海辺の駅を後にした。


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  1. 2016/08/22(月) 00:30:00|
  2. 室蘭本線
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北の湘南

内浦湾を望む温暖な地に、環境と福祉の伊達がある
市街地を抜けて海を横目にコンテナ列車が札幌貨物ターミナルを目指す

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2016年7月 室蘭本線 北舟岡

起源は中国の長沙国湘南県にあるらしいが、日本での「湘南」の定義は極めて曖昧で、何処を指すのかは決まりが無いが、神奈川県の相模湾沿岸一帯と言っておけば文句が出ないだろう。明治期には相模川より西の地域が湘南とされ、藤沢や鎌倉は湘東とされていたが、海と太陽、若者とサザンなどの明るい観光イメージによって「湘南」という名が広く浸透するにつれ、湘南地域も拡大していった。鉄道界にも、「湘南列車」、「湘南電車」、「湘南色」、「湘南新宿ライン」など、湘南を冠する名称が多々あるが、東海道線の東京から小田原・熱海・沼津間の列車が湘南名を頂く対象となってきた。

さて、画の後ろに見えるのは、環境と福祉に取り組む北海道の伊達市の市街だ。同名市の福島県の伊達市が、伊達氏の発祥の地であるが、こちらは、その分家が治めた土地になる。駅名は、旧国鉄が重複を嫌ったため、分家は「伊達紋別」となった。紋別(紋鼈)というのは、この地が伊達になる前の地名ということだ。この北海道の伊達市は、誰が言い出したのかは知らないが「北の湘南」を標榜している。本家筋から来た者としては、どの辺が湘南ですかと言いたくなってしまうが、それは意地悪というもんだ。海辺の温暖な土地のイメージが欲しかったわけで、それだけ湘南が卓越したイメージになったということだろう。

「北の湘南」の目論見は、道内では雪が少なく温暖な土地柄を生かして、札幌などの積雪地帯からリタイア組の移住を受け入れ、その資金力によって地域経済の衰退を防ぐことにある。道産子は北海道への愛着がとても強く、道外には出たがらないので、伊達は老後を過ごすには調度良い場所として脚光を浴びた。当初は人口も増え、地域経済も持ち直すかのように見えたが、移住者が何時までも元気なはずがない。彼らに介護が必要になった時、 色々な問題に突き当たった。やはり、持続可能な社会の理想は、均整のとれた安定した年齢構成だろう。それには、若者にとって魅力のある産業が創出できるかに掛かっている。国は都市部の高齢者の地方移住を促進しているが、伊達の例からもそう上手くいくものではない。現代版楢山節考にならないことを祈りたい。


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  1. 2016/08/18(木) 00:30:00|
  2. 室蘭本線
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淡き春

礼文華にも、水彩画のような新緑の季節がやって来た
優等列車の合間を縫って、単行キハが大カーブを渡って往く

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2015年5月 室蘭本線 礼文

春の新緑の、それも始めの頃、その緑がとても淡く見える一時期がある。まるで、水彩画を見るような風景に出会うことがある。寒いような、暖かいような、北の大地で戸惑いながら進む春先の空気感がそうさせるのか。ちょっと湿り気を帯びた曇天の気怠さがそうさせるのか。それとも、北海道色のボディーカラーが醸し出した幻なのか。ファインダーの中には春の虚ろな世界があった。

ここ礼文の大カーブを訪れる方のお目当ては、大概は長い特急や貨物の編成美を、見通しよく捉えることだ。札幌と行き来する列車は、急ぎ足で脇目も振らずに通り過ぎて往く。一方、ここを通る普通列車は極めて少ない。礼文華の峠は渡島と胆振の総合振興局の境でもあり、室蘭本線の一番の秘境地帯だ。文化圏も分かれているのか、この峠を越えて行き来する地元住民は多くはない。やって来るのは岩礁海岸で大物を狙う太公望くらいのものだ。

貴重な普通列車の通過を知らせる踏切警報機が鳴りだしたが、一向に列車が現れない。何分経っただろうか。手持ちの長玉の重さがずしりと堪えてきた頃、やっとエンジン音とジョイント音が聞こえてきた。キハ40の単行は、この大カーブには如何にも小さい存在だ。車体を傾けてゆっくりと大カーブを曲がり長万部へと去って行った。まるでレイアウトを走る鉄道模型を見ているかのようだった。


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  1. 2016/04/14(木) 01:09:15|
  2. 室蘭本線
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シゴナナのフォルム

冷え込んだ朝、蒸気にまみれ客レの先頭に立つシゴナナの姿があった
退役まで秒読みとなった、現役蒸気終焉の年のまだ春浅き頃のことだった

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1975年3月 室蘭本線 栗山-栗丘

今から40年と数カ月前、1975年の暮れに現役蒸気が終焉の時を迎えたが、その終焉の地がこの界隈だ。その年の春先には、室蘭本線、夕張線の多くの列車の先頭に立っていたのは相変わらず蒸気で、DDはまだまだ少数勢力だった。この後僅か9ヶ月間で無煙化を成し遂げた、国鉄の近代化への執念も凄いものだった。

数年前に岩見沢から室蘭線に乗車したことがあるが、「栗」の字を頂く3駅が連なるこの辺りは、静かな佇まいの場所となっていた。複線の下り線は廃線となったが、大部分でレールが残されているため、遺構と呼ぶにはまだまだ生々しい。一大拠点だった追分は、車両のいない広いヤードだけが残り、いかにも寂しげだ。地域の全ての炭鉱が閉山となった今、全盛時代にはセキの2,400t石炭貨物が行き交ったこの路線も、兵どもが夢の跡となっていた。

その優美な姿を誇るライトパシフィックのC57も、この北の大地が最後の活躍の場となった。彼らには爆煙の力走は到底似合わない。軽快な走りこそがお似合いだ。切り詰めデフに密閉キャブなど、北海道形のちょっと無骨な姿に化けてはいるが、そこには紛れの無い1次型の優美なシゴナナのフォルムがあった。


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  1. 2016/02/02(火) 02:26:23|
  2. 室蘭本線
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昭和の日々

電柱が林立し、電線が蜘蛛の巣のように張り巡らされた街と鉄道。
立ち並ぶのは木造家屋ばかりで、高いものなどない。蒸気が現役だった頃の懐かしい昭和の風景だ。

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1972年3月 室蘭本線 苫小牧 C57の下り客レ

43年前の昭和47年の世の中は、あくまでアナログな世界だった。家々のテレビや電話、路上に駐車する車、鉄道通信のハエタタキ、そして機関車。この写真だってそうだ。この画の中に”デジタル”の片鱗を見つけることは難しい。せいぜい、この頃家の中に出回り始めた電卓ぐらいしか頭に浮かばない。

43年後の平成27年。テレビは液晶となり、デジタル放送への移行も完了した。電話、いや通信は光ケーブルとモバイルだ。車だってブラックボックスのマイコン制御。修理なんか出来やしない。鉄道もリニアの建設が始まる。カメラもフイルムで最後に撮ったのは何時の日か。生活を取り巻くあらゆる器具・機械がデジタルだ。この先、「デジタル」という言葉は死語になるかもしれない。

今の若者の間には、「昭和臭い」という言葉があるそうだ。半生以上を昭和に生きた人間としては、何とも複雑な気持ちだ。スマホやゲーム機のなかった時代は、今や、ださくてうざい世界なのかもしれない。小生だって、パソコンとインターネットのない生活はもう考えられない。そうは言っても、デジタルは手段だ。本当の安住の地は、僕らの中の「0」と「1」とでは表せない世界にあるのかもしれない。

アナログな時代に生まれ育った方々に、モノクロームの懐かしい昭和の街の一コマを、お贈りします。

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  1. 2015/04/13(月) 00:15:36|
  2. 室蘭本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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