駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

北の桟橋

北海道に豊穣の季節が訪れる頃、冬の足音が聞こえてくる
北の味が詰まったコンテナが、鉛色の内浦湾を一路内地へと向かう

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2016年10月 函館本線 石倉

海は空の色を映す鏡だ。北からの雪雲が流れ込んだ噴火湾は、冬の鉛色となった。
時化で人影の消えた小さな華奢な桟橋は、ウミネコたちの休憩所になっている

その日の82レは、定数オーバーなのか、岬の先から2両の赤熊に導かれて現れた。
身をくねらせながら往く、何処までも続くコンテナの長い列が、現代の貨物列車の姿だ。


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  1. 2017/01/05(木) 00:30:00|
  2. 函館本線
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山線の秋 遥かなる鉄路再び

木々の夕日の陰が、徐々に二股の線路を覆ってゆく
すっかり残照が消えたころ、下り3番列車が小樽へと向かう

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2016年10月 函館本線 二股

「山線の秋」の最終回も二股で締めたい。小生はこの眺めがとても好きだ。列車を長く愛でられるからだろう。本当は長い編成の列車の方が楽しめそうだが、今となっては単行でも仕方あるまい。この直線の向こうから列車が現れるのを待つのは楽しい時間だ。北の大地の広さを感じながら、日の傾きに連れて、木々の陰が伸びてゆくのを眺めるのは、気を揉む時間帯でもある。この先には103レの有名撮影ポイントの二股川の橋梁もあり、昔も今も沈みゆく夕日に一喜一憂する場所だ。春編の際には、まだまだ日は残っていたが、11月近くになれば、夕日は山入端に消え、夜の帳が降りてくる。下りの3番列車となってしまった夕暮れ時の単行が、一路小樽へと向けてひた走る。

先日、4か月振りに台風災害による不通が続いていた石勝線・根室本線ルートが復旧し、札幌と帯広・釧路を結ぶスーパーとかち・スーパーおおぞらが運行を再開したが、その傍らで留萌線の海岸部は終焉の日を迎えた。相変わらず路線の集約化が進む北の大地だが、返済不能の山の借金を抱えてしまった日本。国も道も市町村も金がないとなれば、どうしたもんだろう。昨日も東京五輪の開催経費の分担を巡って揉めていた。保存鉄道が生れるほど、役所が柔らか頭でもなし、本当に困ったものだ。

それでも、何時かまたこの場所に立てることを切に祈って、「山線の秋」を終わりたい。


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  1. 2016/12/27(火) 00:30:00|
  2. 函館本線
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山線の秋 ニセコ アンヌプリ

そろそろ紅葉も終わり、冬の気配が忍び寄ってきた
単行のキハが、静々とニセコ連山の裾野を巡って往く

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2016年10月 函館本線 ニセコ

ニセコアンヌプリは、美しい響きの名を持つ標高1308mのニセコ連山の主峰だが、その名が登場するのは明治期のことのようだ。その語源にはいくつかの説があり、和製アイヌ語という説もある。近隣にはワイスホルンといった、アイヌ語とはまったく縁のない名の頂まであり、山々の語源については、謎多き山塊だ。標高がそれ程高くもなく、優美な独立峰もないため、連なる小峰の名前が正確に伝承されることはなかったのだろう。何はともあれ、ニセコアンヌプリは結果オーライの命名だろう。

一方、「ニセコ町」は、細川たかしの出身地である「真狩村」から独立した「狩太村」が改名したものだ。駅名も、北海道鉄道開通時には「真狩駅」であったものが、まず「狩太駅」に改正している。しかし、どうしても、もっと垢抜けた駅名が欲しい観光業者が中心となって、別のアイヌ語起源の地域名を用いた「ニセコ駅」への改称を国鉄に働きかけたが認められず、ついには改正の要件である町名改名にまで至ったという経緯がある。そんな訳で、観光地「ニセコ」の名は漢字表記されることもなく、世界的なスキーリゾート地として、海外にも広く知れ渡ることになった。地名に賭ける地元の執念の勝利だろう。



さて、いよいよ年も押し迫ってきたので、年を越してまで「山線の秋」ではないので、ここらでシリーズを端折ることにしたい。折角用意した写真なので、今回は準備していた二話分の写真のみを追加してみる。どんな記事を書こうとしていたかはご想像にお任せしたい。


[山線の秋 蘭越 跨線橋再び]


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[山線の秋 ニセコひらふ リゾートの秋日]


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  1. 2016/12/23(金) 00:30:00|
  2. 函館本線
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山線の秋 目名 峠路

細く頼りない鉄路が、目名峠へと続いている
2番列車が、もう日が傾きだした峠を越えて行く

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2016年10月 函館本線 目名

国道5号線のライブカメラなどを見ると、20日夜の積雪量は目名峠56cm、倶知安峠72cm、稲穂峠40cmと、そこそこの積雪になっているが、路面はきれに除雪され、車は順調に流れている。噴火湾岸の長万部は薄らだが、目名峠から先の小樽、札幌方面は一面の銀世界だ。今頃は、山線のキハも、雪煙を上げ、雪まみれになって健気に走っていることだろう。いよいよ厳冬期に向けて、寒さが厳しくなっていくが、どうも今年は勝手が違うようだ。季節外れと付く寒さと暖かさが交互にやって来る。今週の週間天気予報には、札幌や釧路に雨印が付いている。さて、次にはどんな寒波がやって来るのだろうか。

今春のダイヤ改正で、長万部―蘭越間に7往復あった列車は、4.5往復に大幅削減され、通学特化の限界ダイヤとなってしまった。途中駅の2013年の一日乗降客数は、二股、蕨岱が0人、熱郛、目名が各4人、黒松内でも114人と、全部足してもニセコの256人の半数にも満たない。確かに存続が危ぶまれる厳しい状況だ。一方、道路の方に目を向けると、2009年に黒松内新道なる5.1kmの無料自動車専用道が、国道5号線の一部として、北海道縦貫自動車道から黒松内市街へ開通した。こちらの総費用は全額国費の225億円で、通行量は一日たったの367台(2010年)だが、評価書では対費用効果は問題なしになっている。まったくこの国の交通行政は、利権が蠢く伏魔殿だ。


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  1. 2016/12/21(水) 00:30:00|
  2. 函館本線
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山線の秋 余市 琥珀の香り

かつてニシン漁で栄えた町は、ウイスキーの町へと変わった
フルーツランド二木町を過ぎれば下り列車は余市へと入る

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2016年10月 函館本線 二木 余市川橋梁

日本のウイスキーの父と呼ばれるマッサンこと竹鶴政孝が、1934年に創業した「大日本果汁株式会社」が、このニッカウヰスキー北海道工場・余市蒸留所の出発点になる。気候が適していたとも、安価な土地と労働力のためとも言われている。社名は「日果」が「ニッカ」に転じたということだ。一方、この余市に北海道鉄道の鉄路が敷かれたのは1902年のことで、1905年には現在の函館本線に相当する函館-旭川間が開通している。さらに青函連絡船が就航したのが1908年なので、マッサンの時代には、既に東京、大阪から鉄道を辿って余市まで行くことが出来た。日本のスコッチウイスキーの蒸留の歴史は意外と浅く、日本初の蒸留所は、鳥居信治郎が竹鶴とともに1924年に完成させた大阪の山﨑蒸留所だ。

ニッカと言えば、あのブラックニッカのグラスをもって微笑む恰幅のいい髭のおじさんだが、いったい何者なのだろうか。どうやら、ニッカのデザインを一貫して手がけた大高重治の「キング・オブ・ブレンダ―ズ」という作のようだ。愛好家からは「ローリー卿」と呼ばれ、17世紀のイングランドの冒険家ウォルター・ローリー(Sir Walter Raleigh)とされているが、以前公式サイトでは、ウイスキーのブレンドの重要性を説いた19世紀スコットランドのW・P.・ローリー(William Phaup Lowrie)という説をとっていたらしい。というのも、前者はスペイン入植地での略奪の罪で斬首刑になっているため、少々体裁が悪いのかもしれない。ところが、今はその記載は見当たらない。何れにしても分らないということだ。

それにしても、このところの日本ウイスキー人気は凄いことになっている。今や世界最高峰と言われるサントリーとニッカのウイスキーは海外で大人気だ。国内でのマッサン、ハイボール人気も加わり、とうとう品切れ品まで出る始末だ。蒸留所のキャパは限らており、正統なスコッチは蒸留から製品化まで最低でも数年は掛かる。直ぐには増産できず、じわじわと値段も上がっている。高値となった希少銘柄の多くは、隣の大国に流れているそうだ。竹鶴政孝という人は、根っからの生真面目職人で、一切の品質に関わる妥協を許さない堅物として伝えられている。そういう損得に惑わされない一途な人によって今の人気はつくられた。さて、マッサンはこの大人気をどうみるであろうか。小生の家の近くには、サントリーの白州蒸留所があるが、今年に入りウイスキーの工場見学が有料になってしまった。理由はツアーのリニューアルと言っているが、試飲もタダでは駄目ということだろうか。


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  1. 2016/12/17(土) 00:30:00|
  2. 函館本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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