駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

魚沼へ 土への祈り

雪解けとともに田圃の守り神も顔をだす
この村の土への祈りが繰り返される

12501F.jpg
1977年5月 只見線 入広瀬


人の一生は儚く短い 生れた時に必ず土に帰ることが約束されている
代を重ねることによってのみ、願いや思いを将来に繋げることが出来る
そんな代々の細やかな夢や希望が、伝来の田圃を望む墓石に宿っている
深い雪に閉ざされる山奥の山村であったころ、農作物だけが生きる糧だった
何はともあれ最初に願うのは豊作だ まさに、豊穣を呼ぶ土への祈りだ


18722F.jpg


18413F.jpg


18422F.jpg


亡き人を見守る墓石や石仏ですら、自然に抗うことは出来ず、形を失ってゆく
思いを受け継ぐはずの後継を失った墓所が、寂しげに野に帰ろうとしている
鉄道が通じ便利になると、逆に、一軒また一軒と農家の灯が消えて行った
駅は、働き盛りの若者を街へ、戦地へと送り出す別れの場所になってしまった
田圃を見渡す墓石と石仏が消え去った時、この村の一つの記憶が閉じられる


18721F.jpg


18411F.jpg


18425F.jpg


18735F.jpg


スポンサーサイト

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/06/22(金) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

魚沼へ 水温む季節

村の鎮守に花の季節が訪れた
バス窓のキハ10系が懐かしい

17921F.jpg
1977年4月 只見線 入広瀬

日本が瑞穂の国となったのは、国が行った食糧管理制度のせいかもしれない。この法が制定されたのは1942年の東条内閣の時代のことだ。当初は、食糧の需給と価格の安定が目的であったが、1960年代には、高度成長期の都市部と農村部の所得格差を是正するための、農家への所得補償制度へと変貌していった。かくして、コメ作りは経済的リスクの最も少ない農業収入源として、日本の津々浦々に広まっていった。そして、1967年には、米の自給率が100%を超え、米余りの時代へと進んでいくことになる。

ここ魚沼は、言わずと知れた魚沼コシヒカリの産地だ。「農林100号」が「コシヒカリ」の命名で登録されたのは1956年のことで、「越の国に光り輝く米」という願いが込められている。魚沼産がコシヒカリの一つの産地ブランドとして確立されたのは1980年代のことで、1989年から28年間連続で食味「特A」を誇ってきた。偽米も横行する名ブランドとなったが、何と2017年産で「A」ランクに転落し、産地に激震が走った。さらに、他地域の大躍進に、美味いコメの代名詞の魚沼コシヒカリも安穏とはしていられなくなった。

さて、北魚沼の入広瀬にも、ようやく水温む季節が巡ってきた。田植えの準備が始まり、屋外に農作業に勤しむ人々の姿が見られるようになった。まだ、大型耕作機械が見られない、伝統的な素朴な稲作が残されていた時代で、菅笠が郷愁を誘う。写真は本流沿いの比較的平坦な田だが、沢筋には小さな棚田が幾重にも連なっていた。そのブランド米の田も、今や減る一方だという。高齢化が進み、トラクターやコンバインの故障を切っ掛けに廃業になるという。機械化が望めない中山間部の棚田は推して知るべしだ。


18405F.jpg


18406F.jpg


18417F.jpg


18428F.jpg


18407F.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/05/27(日) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

会津の春

会津盆地の田圃にも水が張られだした
蒸気が来るまでの飯豊バックの一コマだ

80010159.jpg
2017年5月 只見線 根岸

春になると思い出すのが、只見線のSL新緑号だ。ここ数年、三日間ある試運転に訪れている。何時もは単独行動のこあらまだが、この時ばかりは例外的に、御一行様に参加させてもらっている。地元福島の只見線、磐越西線のエキスパートのお二人がガイド役だ。撮影地を探し回らなくてもいい気安さもあるが、何より、M氏とH氏の気さくな人柄に引き寄せられてしまった。冗談を交わしながら、飲み食いしていると、直ぐに三日間が終わってしまう。復活蒸気はお祭りだし、偶にはこういう旅があっても罰は当たらないだろう。残念ながら、今春は只見線に蒸気は走らない。蒸気を撮れないことよりも、漫才旅がお流れになって少々淋しさを感じている。まあ、ばんものという手もあるのだが・・・。


80010148.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/05/07(月) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

魚沼へ 雪解けの頃

雪解けが進み、間もなく農作業が始まる
増水した残雪の破間川を、凸凹気動車が往く

17920F.jpg
1977年4月 只見線 入広瀬

豪雪地帯の魚沼の中山間地域から雪が消えるのは、春の大型連休頃です。雪に閉ざされた季節から解放されて、一気に緑溢れる伸びやかな季節へと移っていきます。その変化の素晴らしさは、長い雪の中での暮らしを通してしか分からないものです。残雪が残る中での、新緑は本当に輝かしいものです。また、雪深い魚沼は山菜の宝庫でもあります。狭い棚田からは十分な収穫は得られず、山菜によって得られる収入が、村人の生活を助けてきました。ここ入広瀬は「山菜王国」としての顔ももっています。

破間川の河岸には多くの残雪が残り、雪代が入り年間で最も流れが強くなっています。その破間川に沿って只見線が走っています。小出に向かう国鉄時代特有の凸凹の5両編成の普通列車がやって来ました。先頭のキハ58・28の3両に続いて、キハ23とキハ16が連なっています。当時の只見線では、キハ10系、20系、45系、58系などの気動車を見ることが出来ました。ここ小出口は全通する前は客車でしたが、無煙化直後にはSG付きのDDが配属されず、C11が冬季限定で復活したこともありました。

集落の周辺には棚田が広がっていますが、一帯は雪解けで湿地帯の様相です。冷たい雪解け水を温めるために早くから田んぼには水が貯められます。雪解けの際の田んぼには、尾瀬の風物詩でもある「赤シボ」と呼ばれる現象が起きます。鉄分とも藻類の仕業とも言われていますが、詳しくは解っていません。棚田から完全に雪が消えるころに、いよいよ田での農作業が始まります。この時代には、まだまだ出稼ぎにでる家庭が多かったようです。雪解けとともに、大黒柱のお父さんが都会から帰ってきます。


17926F.jpg


17934F.jpg


17927F.jpg


18003F.jpg


17931F.jpg


18005F.jpg


18011F.jpg


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/04/23(月) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

魚沼へ 入広瀬雪景

その集落はその名の通りの場所にあった
雪に閉ざされた集落がひっそりと春を待つ

16922F.jpg
1977年3月 (当時)新潟県北魚沼郡入広瀬村 (現在)魚沼市入広瀬

このブログは一応鉄道趣味にしていますが、これまで鉄道写真だけを撮って来たわけではありません。プロフィールには、山岳、高山植物、風景、街角等と書いていますが、それ以外にも写真風土記のようなものもテーマにしています。ある地域に足繁く通い、そこの四季と人の営みを掘り下げるということをやってきました。幾つかの地域にトライしましたが、今回は「魚沼地方」を取り上げたいと思います。理由は簡単で、関連した鉄道の写真が比較的多く残っているためです。魚沼を撮り始めた頃には車は持っておらず、鉄道でアクセスできる地域ということで魚沼を選びました。切っ掛けは他にありますが、それは記事の中でお話ししていきます。鉄道利用となると、行き帰りの駄賃よろしく鉄道も少々撮っていました。ただ、本命ではありませんから、大したものではありません。アクセスに利用した駅は、上越線の越後湯沢から小出、只見線の小出から入広瀬の区間です。当時上野発の夜行各駅停車の長岡行というのがあり、よく利用しました。この列車は谷川岳や越後三山などへの登山客が多く、自分も山行にも乗っていました。このシリーズは、鉄道の写真を1枚は含む構成でお送りしていこうと思いまが、さすがに連載というわけには行きませんので、不定期でお送りします。

その「魚沼地方」の場所ですが、新潟県中部の長野、群馬、福島に接する地域で、鉄道で言えば、上越線の群馬県境の三国峠から長岡の手前辺りまで、只見線の小出から福島県境の六十里越まで、飯山線の越後川口から長野県境の森宮野原の手前までとなります。ということで、今回の魚沼は飯山線沿線の中魚沼地方を除いたものになります。その後、車を使って松代や松之山といった中魚沼もロケしましたが、鉄道写真が殆どないので今回は除きます。


それでは、「魚沼へ」を始めます。初回は入広瀬の雪景色です。ご存じの通り、この一帯は日本有数の豪雪地帯です。温暖化で積雪は大分減ってきていますが、写真の頃は3~4mは当たり前でした。この時も、4m近い積雪になっていました。道から雪原の上に昇り降りするのには、とても手こずりました。そのため、氷壁登攀用のアイゼンとピッケルを持ち歩いていました。調度この頃、スキーブームが巻き起こっていました。ユーミンの『私をスキーに連れてって』が流行るのはさらに10年程先になります。入広瀬にも「入広瀬中峰スキー場」があり、冬場の出稼ぎに代る雇用の場になっていました。村の高校生もアルバイトしていました。スキー場のリフト乗り場には、よく農家のおっちゃんみたいな係員がいましたが、雪国の農家の貴重な冬の職場だったのです。雪は白い悪魔などとも呼ばれますが、悪いことばかりではなかったわけです。

1枚目の写真は入広瀬村本村の俯瞰写真です。夕方に日が傾いて良い光線状態になりました。民家が平屋に見えますが、実は殆どが2階家で、1階部分は雪に埋もれています。この地方の民家は2階に冬の出入り口が備わっています。調度4m程の積雪で1階部分が完全に埋没します。近頃の2m位だとどうなってしまうんでしょうね。写真の中央辺りの集落の中心に只見線の入広瀬駅があります。当時は、初代木造駅舎の有人駅で、交換設備があり列車交換を見ることが出来ました。ここから山中に分け入り、新潟県側魚沼の最終集落である大白川を通って福島県只見へと鉄路は続きます。


16923F.jpg


入広瀬の「故郷の山」の守門岳です。1本の道がうねうねと駅から山麓を登っています。その先に入広瀬の最奥集落の横根があります。駅からは徒歩1時間です。当時毎日この道を歩いて、横根から六日町の高校へ通学していた女子生徒がいました。電車に座ってスマホをいじりながらじゃないですよ。今では信じられないような通学風景でした。冬は一面の雪原と化しますが、この下には魚沼コシヒカリの棚田が広がっています。このような場所でも水稲が栽培出来るのは、これもまた雪のお蔭です。


16934F.jpg


入広瀬を出発して小出に向かう列車です。横根からの帰り道に撮りました。鉄道写真が目的だったら、こんな場所には立てなかったでしょう。雪の壁に遮られて、この角度でも車体の上半分しか見えません。拡大してみると、どうやら両端がキハ58、中間2両がキハ20と思われる4両編成です。マイカーが普及し出した頃で、華やかなりし只見線の最後の雄姿でしょうか。俯瞰好きの方には絶好のロケーションではないでしょうか。背景の山々は如何にも豪雪地帯魚沼の冬の山容です。ここで、現役蒸気時代のC11の客レを撮りたかったものです。煙があればもう少し鉄道写真っぽくなったはずです。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/03/02(金) 00:00:00|
  2. 只見線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

小海線 (132)
飯山線 (28)
宗谷本線 (22)
天北線 (2)
興浜北線 (2)
深名線 (1)
石北本線 (8)
渚滑線 (2)
湧網線 (2)
相生線 (3)
釧網本線 (5)
根室本線 (4)
池北線 (1)
士幌線 (1)
広尾線 (2)
富良野線 (2)
留萌本線 (8)
札沼線 (2)
函館本線 (42)
室蘭本線 (9)
千歳線 (1)
夕張線 (2)
日高本線 (3)
江差線 (11)
函館市電 (1)
大湊線 (6)
津軽線 (1)
津軽鉄道 (2)
五能線 (15)
八戸線 (7)
花輪線 (2)
三陸鉄道 (2)
釜石線 (8)
男鹿線 (1)
秋田内陸縦貫鉄道 (5)
由利高原鉄道 (2)
陸羽東線 (1)
陸羽西線 (1)
米坂線 (4)
羽越本線 (3)
磐越西線 (3)
日中線 (4)
只見線 (52)
真岡鐡道 (14)
東北本線 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (7)
東海道本線 (2)
八高線 (11)
秩父鉄道 (7)
東京都電車 (4)
西武鉄道 (2)
小田急電鉄 (1)
江ノ島電鉄 (10)
箱根登山鉄道 (3)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (2)
関西本線 (2)
小浜線 (1)
宮津線 (1)
山陰本線 (34)
播但線 (2)
姫新線 (4)
若桜鉄道 (1)
因美線 (3)
津山線 (1)
芸備線 (8)
木次線 (4)
福塩線 (1)
境線 (1)
一畑電車 (1)
三江線 (4)
山口線 (5)
日豊本線 (16)
筑豊本線 (9)
日田彦山線 (4)
伊田線 (2)
後藤寺線 (2)
田川線 (2)
唐津線 (3)
松浦線 (3)
佐世保線 (1)
大村線 (2)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (6)
豊肥本線 (4)
高森線 (2)
肥薩線 (21)
くま川鉄道 (2)
吉都線 (1)
日南線 (3)
宮之城線 (1)
指宿枕崎線 (3)
鉄道展示館 (1)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)
上越本線 (0)

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR