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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

只見川夕景

一瞬の夕焼けが只見川を染める
河岸の駅が復旧の夜明けを待つ

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2017年5月 只見線 会津川口

これまで只見川の夕焼けをずっと狙ってきたが、なかなか幸運に恵まれなかった。この日は写真仲間とC11の試運転を撮った後、川口の夕焼けと夜景を狙うために会津川口に陣取った。お祭りの蒸気は一緒に撮っていたが、その後のキハは各自の気儘な自由行動だった。この日は全員の意見が合って川口への移動となった。狙い目は、18:48着の431Dと、その折り返しの上り最終列車となる19:09発の434Dだ。調度この時期の夕焼けは431Dの到着時刻辺りだった。

物足りない夕暮れ空を背景に、電灯が煌めき出した大志集落に431Dが定刻に現れた。手持ちの望遠系ズームでその姿を追うが、川口駅方向に向きを変えた時、空がいい塩梅に染まっているのに気が付いた。慌てて広角系のもう一台にスイッチしてこの画をゲットした。列車はゆっくりと川口のホームに滑り込もうとしていた。当然のことのように、仲間は誰も広角系を準備しておらず、夕焼けはファインダーには収まり切らず、あっという間にその光を失っていった。

この列車の、その後の折り返し準備時間中が、夜景の撮影タイムとなる。勿論レンズは望遠となるが、そのためもあって皆望遠系を準備していた。こあらまは、小海線大カーブでの天空狙いの常習犯であり、この時間帯の空色の気まぐれさは痛いほど承知している。夕暮れを迎えるに当たっては、望遠使用時も、必ず広角系を手元に待機させている。銀塩時代は至難の業だったが、今のカメラは夕焼けなどは手持ちでガンガン行ける。技術の進歩は最大限利用すべきだ。

写真中央辺りに、現在は通らずの野尻川橋梁が見えるが、出来ればそこを渡っているシーンも欲しかった。復旧すればそんなチャンスも戻って来るだろう。上り最終列車の434Dが去ると、会津川口に再び静寂が戻って来る。昼間の暑さと打って変わって、只見川の湿気を帯びた冷気が漂い出す。この後、435D、437Dの2本が会津若松から下って来るが、2本とも川口での夜間滞泊となる。深夜23:30の終着をもって、ローカル線にしては長いこの駅の一日が終わる。


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  1. 2019/05/17(金) 00:00:00|
  2. 只見線
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帰路

川口発車の後には緩い登りが始まる
大志集落を後にしてC11が帰路につく

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2017年5月 只見線 会津中川

只見線にC11が走らなくなって早2年となった。復活蒸気にあまり熱心でないこあらまだが、只見線には毎年のように通っていたから、個人的には特別な路線だ。蒸気の在る無しに拘らず、小出口、会津口ともに興味は尽きないが、特に小出口の魚沼は気に入っている。蒸気が走らなくなった会津口にも今も通っているが、やはり蒸気が見られないのは寂しいものだ。JR東にはC11、C12、C56の何れかを、とっとと復活させてもらいたいものだ。

一方、只見線の不通区間の復旧だが、昨年復旧工事の起工式が行われ、2021年の運転再開を目指している。不通区間には多くの名だたる名所があったが、どんな姿で戻って来るのだろうか。もちろん、従来工法で復元するという訳ではないだろうから、大きな期待は禁物だ。車輌だって蒸気はおろか、何時までもヨンマルが走っているはずもない。ひょっとしたら、今風のコンクリート橋の八橋を渡るステンレス車を拝むことになるかもしれない。


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  1. 2019/04/29(月) 00:00:00|
  2. 只見線
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始発列車 大栃山を往く

点在する集落に朝日が差し込んできた
始発列車の走行音が破間川の峡間に響く

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2018年7月 只見線 入広瀬

破間川が大きく湾曲する山陰に、大栃山の田圃が広がっている。入広瀬の名前の由来は、多分その地形にあるのだろう。北魚沼の田園に点在する集落に朝日が当たり出す頃、高校生を乗せた始発列車が、ゆっくりと破間川に沿って下ってゆく。大栃山のトンネルを抜ければ、山峡から魚沼盆地の片隅へと出る。その後は、平坦で穏やかな田園風景の中を、小出へとゆったりと走るだけだ。不思議と、列車のジョイント音とタイフォーンの響きが、高まったり消えかかったりしながら、この高みにまで聞こえてくる。何時の間にかその微かな音も消え、この路線の細やかな朝が終わる。


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  1. 2018/09/10(月) 00:00:00|
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そして大栃山は今

一番列車が大栃山の田圃を抜けて往く
一面の鮮やかな緑はあの日と変わらない

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2018年7月 只見線 入広瀬

「魚沼へ」から41年、今の大栃山の田圃はこんなだ。圃場整備が入り、只見線の軌道の左右には、長方形の田が幾何学的に連なっている。あの稲架木は皆消え去り、代わりに舗装された農道に沿って無機質な電柱が並んでいる。警報機が厳めしいこの踏切は、以前は「汽車に注意」だけの砂利道の簡素な第4種踏切だった。踏切は立派になったが、逆に通過する列車は減り、編成も短くなった。あの頃からの時代の流れは、只見線には逆風続きだ。

時代に連れて風景も変わって行くのは当たり前のことだ。人の暮らしを良くするために必要なこともある。圃場整備によってコメ作りが続けられているのなら、それはそれで致し方ないことだ。稲架木がなくなったのは寂しいが、地元の方々も同じ気持ちでいるかもしれない。稲架木はおろか、田圃を守るだけで精一杯なのかもしれない。細かいことはさて置いて、今もこうして美しい青田の中を往く列車を眺められることに素直に感謝すべきだろう。

41年前、素朴で昔懐かしい風景と、そこに生きる人の営みを記録するために足繁く通った村は、今も十分に撮影意欲を誘う場所だ。ただ、それは昔と今とではちょっと違った意味でだ。41年前、その村では冬の出稼ぎが当たり前だった。厳しい生活の中でも逞しく生きる人々の姿が印象的だった。今は逆に、豊かな四季の移ろいの中の、心穏やかな暮らしが目に映る。41年の時の流れは、人の暮らしに必要なものが何なのかを提起する時間でもあった。


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  1. 2018/08/29(水) 00:00:00|
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魚沼へ 稲架木のある風景

新潟の美味いコメを思わせるハンノキ並木
稲架木の向こうを魚沼のキハが通り過ぎて往く

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1977年7月 只見線 入広瀬

現在の稲作では収穫はコンバインでなされます。大型機では刈り取られた稲穂は同時に脱穀がなされます。籾殻は田に撒かれ、袋詰めされた玄米が農協の低温乾燥倉庫へと運ばれます。その後、精米業者に売り渡され、家庭へと届けられます。今でも、刈り取られた稲の天日干しが見られますが、多くが農家の自家米か、一部の高級米になります。農家の人たちは、昔ながらに、農薬を使わない専用の田で作った米を、天日干しにして食べています。本当に、美味しいもの、安全なものは、経済原理の前に、蔑ろにされてしまいました。

ここ新潟では、稲架木と呼ばれるハンノキなどの生木が、天日干しの支柱にされてきました。これまで何回かお送りしてきた「魚沼へ」に出てきた民家の周りに、末口の細丸太が立てかけてあったのをご記憶でしょうか。今回の写真の稲架木にも立てかけてあります。この細丸太を稲架木の並木に横に渡して、そこに稲束を振り分けて架けていきます。しかし、新潟を象徴するこの稲架木の並木は、圃場整備とともに消えていきました。当時の入広瀬でも、年々稲架木は減る運命にありました。今は、物干し台のような稲木をよく見かけます。


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ここは、入広瀬の上条寄りの大栃山の田圃です。今は、すっきりとした障害物の無い眺めで、只見線の人気の撮影地になっています。圃場整備が入る前の当時は、ここにも少ないですが稲架木の並木が見られました。稲架木越しに小出行きのキハ58が走って行きます。この時代、急行型のはずのキハ58も非冷房のものからローカル線に回されました。2エンジンのキハ20系はキハ52しかありませんでしたから、2エンジンのキハ58はローカル線でも重宝され、スピードアップに貢献しました。この列車は5両編成で、キハ55、キハ20と続きます。現在は2両編成のヨンマルが行き来していますが、いよいよ国鉄の残照も消えようとしています。


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撮影を終えて入広瀬の駅に戻ると、急に土砂降りの雨となりました。ホームに大粒の雨が打ち付けています。この頃の入広瀬の駅舎は初代の木造でした。雨模様となったので、ここでの撮影を切り上げて、行ったことのない田子倉に向かいました。無事に田子倉に着き、駅周辺をロケしましたが、何と大雨で大白川-只見間が不通になってしまいました。復旧の見通しがつかないと放送が流れてきます。田子倉駅周辺は今も昔も無人地帯です。意を決して、国道を通る車を捕まえてヒッチハイクでの脱出を試みました。車も偶にしか通らないので、車を捕まえるのにどれだけの時間が掛かったでしょうか。やっと乗せてくれる車が現れました。

ところが、その方は非合法組織から堅気に戻って、電気工事店を営んでいるという経歴の持ち主でした。背中には刀傷があり、体の一部が欠損していました。非合法組織でのこと、どうやって堅気に戻れたかなど。色々な社会勉強をさせてもらいました。食事までご馳走になり、別れ際には、何時でも困ったら訪ねて来いと名刺をくれました。それ以来、その方のご厄介になったことはありませんが、人が困っているときに真っ先に助けてくれるのは、この道の人なんだと思ったりもしました。余談になってしまいましたが、魚沼ロケの際には、そんなこともありました。


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  1. 2018/08/27(月) 00:00:00|
  2. 只見線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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なお、拙ブログへのリンクは自由です。

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