駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

漂泊の道標 混合列車の人々

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1977年8月 肥薩線 矢岳


トラが続く客車内に穏やかな時間が流れる
それぞれのボックスに、それぞれの人生


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  1. 2018/05/21(月) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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初めての流し撮り

球磨川に沿う川線は、C57王国だった
美しくも力強く、九州の罐が駆けてゆく

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1971年7月 肥薩線 渡

今回は、かなりお見苦しい写真をアップしようと思う。47年前の初めての流し撮りだ。当時の鉄道雑誌には、田澤義郎さんの、それはそれは素晴らしい流し撮りの蒸気が、折り込みグラビアに載ることがあった。ピタリと止まった機関車の大型カメラによるディテール表現に魅了されたものだ。写真を始めたばかりのカメラ小僧には、全く手の届かない芸当で、ただただ、食い入るように眺めることしか出来なかった。

この写真にしても撮りたくて撮ったわけではない。ASA100のNEOPAN SSしか使えなかった時代には、朝夕には直ぐさま露出不足に陥ることになった。この時は、正面撮りならまだしも、サイドとなるともう流すしかなかった。河岸段丘が背景になってしまう肥薩線川線では、特に厳しかった。今のように、ジョグダイヤル一つで感度が上げられ、開放でも耐えられる明るい高解像度のレンズなど、夢のまた夢だった。

技術的には幾らでもケチがつけられる写真だが、私的に、まあまあ気に入っている。というよりは思い出深い。こんなボロボロの写真だが、「これが現役C57の本物の走りだ」とまでは行かなくとも、ちょっとだけ、そんな気にさせられないこともない。手前味噌的で、負け惜しみ的なことは分っているが、やはり、現役時代の、磨き込まれた九州の、美しくも力強い3次型C57の姿と走りが思い出される一枚となった。


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  1. 2018/05/09(水) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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栗野の春

栗野駅周辺の桜が満開になった
かつての山野線のC56が思い出される

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2017年4月 肥薩線 栗野

現役蒸気ファンの世代には、この肥薩線の栗野は結構記憶に残っている駅名ではないだろうか。栗野から山野線が分岐し、薩摩大口、山野を経て水俣まで通じていた。さらに、薩摩大口では宮之城線が分れ、入来を経て川内に至っていた。その山野線の薩摩大口まで、吉松のC56が貨物を牽いていた。吉松機関区には、肥薩線山線の重装備のD51や、吉松以南の肥薩線や吉都線を往くC55やC57が群れていたが、その構内では、山野線のC56が甲斐甲斐しく入換作業に走り回っていた。大型機が犇めく中で、九州の数少ないC56として人気があったように記憶している。それでも、山野線の奥地まで出向く撮影者は少なく、栗野周辺でやっつけるのが常だった。そのため、栗野と言えば山野線のC56ということになった。

現在の栗野はご覧の通り島式ホーム1本での運用だが、山野線が在った頃は駅舎側のホームも使われていた。手前が吉松だが、肥薩線は左方向に、山野線は右側に向っていた。駅の向こうで線路を跨ぐ道は、九州自動車道の栗野ICの接道になる。現役蒸気時代の鄙びた栗野の風情は、さすがに昔話になったようだが、鹿児島北部の山間の小ぢんまりとした町であることには変わりはない。2005年までは姶良郡の一つの町だったが、吉松町との対等合併で湧水町に生まれ変わっている。しかしながら、吉松と栗野は小さいながらも山で隔てられており、交流が盛んとは言えない。吉松はどちらかと言えば、盆地続きの宮崎県えびの市との関係が強い。県境があるがばかりに成し得た、ちょっと苦しい合併と言えなくもない。


お知らせ
諸事情により暫く更新ができませんので、次回からは例によって写真メインの「春・花の季節」を予約更新でお送りします。少々長くなりますが、定期更新は休まず続きます。


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  1. 2018/03/30(金) 00:00:00|
  2. 肥薩線
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吉松は今

島式ホーム2面4線は要衝の駅の名残だ
機関区廃止とともに鉄道の町の歴史にも幕が降りた

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2017年4月 肥薩線 吉松

隼人発肥薩線上り4222Dが吉松に定刻に進入した。この列車は列車番号を2924Dに変えて、吉都線の都城行になる。進行方向に見える吉松駅の先で線路は二手に分かれる。肥薩線山線は、直進して正面の山中へと分け入る矢岳越えに進み人吉を目指す。一方、吉都線は右にカーブして、霧島連山の裾野を回るように、えびの市、小林市を経由して都城へと向う。この二線は開通当時の鹿児島本線,日豊本線であり、その要衝として吉松は鉄道の町として発展した。駅の山側には吉松機関区が設置され、多くの蒸気機関車が配置されていたが、今は広い跡地が広がっている。


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現在の駅舎は、初代の木造駅舎を取り壊し、1968年に落成した鉄筋コンクリート製だ。JR東海カラーとでもいうような鮮やかな外装と相まって、落成当時は時代の先端を往く、モダンな建物だったはずだ。駅舎の横には、何やら記念碑が並んでいる。左から、「肥薩鐵道開通記念碑」、「吉松駅開業百周年記念碑」、「吉都線全線開通百周年記念碑」の三つだ。この駅の歴史を物語る記念碑だ。吉松駅は1903年(明治36年)に、鹿児島から建設が進められた鹿児島線の終着駅として開業している。人吉からの山線が難工事の末に繋がり、鹿児島本線が開通するのは、その5年後の1908年のことだ。蒸気のスポーク動輪も展示されているが、台座のナンバープレートには「48674」とある。この罐は鹿児島で撮ったことがあるが、C56のテンダーを持つ異色の入換専用機だった。吉松区には在籍したことはないはずだ。こうしてみるとハチロクの動輪も結構な大きさだ。


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さらに進むと、小さな「鉄道資料館(観光SL会館)」があるが、残念ながら開館の10時までいるわけにはいかないので、屋外の石倉とC5552を見せてもらった。C5552は九州のSL最晩年まで残った罐で、K-6型門デフが目印だ。吉松区には2年間程在籍し、吉都線、日豊本線を走っていた。SLブームの盛りの頃だったので、多くの方々のネガに焼き付けられているはずだ。保存当初は、駅近くの線路脇の公民館に野晒しで保存されていたが、20年程前に今の場所に移動されている。吉松機関区OBの方々を中心にして維持・管理されているので、保存状態は頗る良さそうだ。そのうち、JR九州からの復活の呼び出しがあるのを楽しみに待とう。


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さて、一番気になるのは機関区のその後だ。線路、機関庫、転車台などの設備は綺麗になくなり、跡地だけが広がっていたが、機関区本屋だけが残っており、「鹿児島鉄道事業部 吉松運輸センター」の看板が掲げられていた。乗務員の詰所ということだが、保線関係も使っているようだ。この建屋は、70年代始めに撮影したものと同一で、かなりの年代物と思われる。駅で入手した情報では、機関区入口の門柱が残ってるということだったが、見つけ出せないまま時間切れになってしまった。


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1971年7月 吉松進入

面白いもので、46年前と同じ場所で撮っている。今昔物を撮ろうとは思っていないので、その時の気分で場所選びをして撮っているが、偶然にも同じ場所に立っていたりする。この記事の一枚目の列車の正面撮りで、おまけに撮ったものだが、偶々同じアングルの蒸気画があったので並べてみた。過去画はピンボケで、はなからボツ写真のため存在を失念していたが、微かな記憶が蘇り探し出したものだ。半世紀近くが経ち、吉松機関区を訪れた際のことはあまり思い出せないが、この写真は、かつてこの吉松の同じ場所に立ったという確かな記憶だ。


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  1. 2017/08/03(木) 00:30:00|
  2. 肥薩線
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川線の印象 観光列車の行末

列車は球磨川の急流地帯に差し掛かった
風光明媚な川面の車窓が川線の生命線だ

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2017年4月 肥薩線 川線

肥薩線は、国鉄再建法の特定地方交通線の選定の際に、「代替輸送道路が未整備」という理由で、廃止を免れている。この理由で除外されたのは、深名線、山田線、岩泉線、名松線、木次線、三江線、予土線、日南線、そして肥薩線の計9路線だった。錚々たる地方線の顔ぶれだが、超ローカル線の深名線、岩泉線は既に廃止。三江線は来春の廃止が決定し、山田線は沿岸区間を三陸鉄道に移管することが予定されている。残る路線は、夫々に観光列車を走らせ、観光客の集客を模索する状況だ。現在も、「えびの高原線」と呼ばれる肥薩線・吉都線は九州の収益ワースト路線だ。その中で、九州新幹線開業を契機に、積極的な観光路線化が試みられている。

かつては、「おおよど」、「えびの」、「九州横断特急」、「くまがわ」などの優等列車が通った路線だが、高速道路の開通で、都市間輸送の役割を失っていった。代わりに登場してきたのが観光列車だ。川線には、今では「かわせみ やませみ」、「いさぶろう・しんぺい」、「SL人吉の」の3種の観光列車が走り、隼人側では「はやとの風」がリレーしている。昼間の列車の半数は観光列車だ。沿線に豊富な観光資源を持ち、鉄道そのものも歴史的遺産。新幹線や空港とのアクセスも良好で、観光路線としての多くの要件を満たしている。これだけの好条件だ。必ず成功してもらわなくては困る。この路線の観光化の成否は、後続のローカル線の行末を占う大きな試金石だ。


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これで、「川線の印象」を終わります。


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  1. 2017/07/20(木) 00:30:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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