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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

蒸気機関車の黒煙は公害だった

蒸気機関車が各地で屯していた頃
機関区のスズメは黒いと云われた

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1971年7月 肥薩線 吉松機関区

1993年の環境基本法には、次の公害が列挙されている。大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、悪臭、地盤沈下の7つだ。環境汚染という意味で「公害」という言葉が一般に使われ始めたのは、高度成長期の1950年代頃のことだ。ちょうどこあらまが生まれた年代だ。日本の工業化が著しく進展した時期で、化学物質に汚染された工場の排煙や排水が社会問題化した。1970年には、東京で初めて「光化学スモッグ」が確認されている。そんな苦い経験から日本の浄化技術は世界最高レベルになったが、地球規模では今も公害は止まるどころか深刻化の一途だ。最近では廃プラスチックの問題がクローズアップされているが、本邦では企業にとって都合のよいレジ袋の有料化ばかりが報道されている。そんなことくらいで改善が見込めるはずもなくとんだ茶番だ。日本の技術力は一流だが、政治力となるととんとカルチャーを感じられないのは寂しい次第だ。

さて、今回の本題は蒸気機関車の黒煙問題だ。ご存じの通り、蒸気機関車と云うのは環境に対して決して優等生ではない。そもそもエネルギー効率が頗る悪い。さらには黒煙を撒き散らし、火の粉が火災を引き起こすとなると、もう嫌われ者だ。汽笛や走行音が家畜に悪影響を及ぼすという苦情まであった。そんな蒸気機関車だが、九州は吉松機関区の入口には「黒煙による公害を防止しよう」というスローガンが掲げられていた。まさに蒸気機関車が大気汚染の公害源の一つだったことになる。そういえば、九州の多くの罐には、門司局が発祥のリンゲルマン煙色濃度計が付いていた。公害防止と燃費向上を狙ったものとされる。ここ吉松機関区は、当時は肥薩線、吉都線、山野線の罐が在籍しており、山線の重装備デゴイチの休憩場所でもあった。常時5~10両程の罐が屯していたように記憶している。構内の入換は、山野線用の2両のC56が兼務していた。


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機関区は風の具合では、ご覧の通り煙がモクモクだ。決して曇っているのではなく晴れた日だ。左がC5691で、薩摩大口に向けて出区の準備中。92号機はその向こうのヤードで入換作業中だ。右は鹿児島区のC5782で、先ほど隼人方面から客レを牽いてきた。この煙だ、洗濯物も安心して干せそうもない。機関区周辺には国鉄関係者しか住めないだろう。


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こちらは吉松区のD51714で、標準装備の吉都線専用になる。この装備で山線に踏み込みことは出来ず、ライトパシフィックの聖域にも入り込めない。ここでは同じデゴイチであっても人吉区の山線用は別形式のようなものだ。機関庫を出庫する罐を誘導する操車掛にとって、この場面は花道だ。ポーズもバッチリ決まって、ドレインと相まってなかなかのサービスだ。

蒸気ファンにはこんな公害なら大歓迎だと仰る向きもおられるだろう。復活蒸気の乗務員の研修には、黒煙を出す訓練もあるようだ。現役から復活へ、蒸気の黒煙は公害からアトラクションになった。黒いスズメの例えは、遠い古の伝説となった。


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  1. 2019/07/04(木) 00:00:00|
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混合列車 大畑を往く

山線のデゴイチが去って早5年が過ぎ去った
混合列車と大畑の夏空はあの日と同じだった

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1977年8月 肥薩線 大畑

初めて山線のデゴイチを求めて大畑を訪ねたのは1971年7月のことだった。無煙化が翌年の1972年4月に迫っており、ぎりぎり間に合ったというところだ。肥薩線山線はループ線やスイッチバックを駆使して越える県境の難所だ。本務機、後補機の2輌のタックルで挑む矢岳越えの怒涛の走りは、蒸気ファンにとっては伝説的ともいえる憧れの地だった。さらには、大畑、矢岳、真幸の3駅の建造物は、鹿児島本線として開業した当時の風格を色濃く残し、歴史的にも貴重な存在だ。特に、ループ線とスイッチバックが組み合わされた特異な線路配置を持つ大畑は、鉄道ファンばかりか、鉄道遺産を旅する観光客にも、今なお絶大な人気を誇っている。

そんな大畑へは無煙化後の1977年夏にも訪ねている。思い出の地のその後を見たかったこともあるが、主な目的は混合列車の撮影にあった。ロカール鉄道の混合列車はそれほど珍しくはなかったが、比較的貨物量が多く、大型機が牽くものはそうはなかった。デゴイチの時代と同じように山線には混合列車が生き残っていた。人吉に下る混合列車がゆっくりと大畑を出発する。横には今無き信号取扱所が鎮座する。味気ない内燃機関になってしまったが、何時か見た風景が蘇る。牽引機の後にはオハユニ61が付く。半輌分しかない旅客スペースは老若男女で賑わっている。さらに杉の丸太だろうか2輌のトラが続く。まさに山線の混合列車の風情だ。


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駅舎も蒸気時代と何ら変わりない。この駅名標がなんとも大畑だ。2018年、旧保線詰所をリノベーションして「囲炉裏キュイジーヌ LOOP」というフレンチレストラン出来たそうだ。さらに、矢岳駅の旧駅長官舎などを再利用した「クラシックレールウエイホテルプロジェクト」なるものも進行中だ。こうした地域振興の取り組みによって山線が存続できれば結構な話だ。ただし、くれぐれも遺産としての価値を見縊るようなことがないように。


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  1. 2019/06/06(木) 00:00:00|
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桜の日に 大隅横川

はやとの風が大勢の観光客を連れてきた
一瞬の賑わいが去り、駅舎はまた我に返った

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2018年4月 肥薩線 大隅横川

肥薩線と云うのは本当に稀有な路線だ。鹿児島本線として時代に先駆けて開通した鉄路でありながら、海沿いの新線にその役割が移ってからは、根っからのローカル線に凋落した肥薩線として時を重ねてきた。幹線用の年代物の重厚な駅舎は、時間が停まってしまったかのようにひっそりと立ち続け今に至った。鹿児島線が隼人から横川まで延伸されたのは明治36年、1903年のことだ。同年さらに吉松まで開通している。この区間には、開業時からの木造駅舎の駅が二つ残されている。嘉例川とここ大隅横川だ。両駅とも無人駅だが、地域住民と自治体によって手厚く保護され、2006年には国の登録有形文化財に指定されている。

全国区で有名駅となった人気の嘉例川の駅舎は、逓信省鉄道作業局の最小規格の五等停車場が基となっているとされているが、大隅横川はそれよりは大型のもので、横川町の玄関口としてより堂々とした構えになっている。内部は殆ど改装されておらず、建築当時の内装が色濃く残されている。終戦の年の1945年、駅周辺は米軍の空襲で焼け野原になったが奇跡的に駅舎は残った。駅舎のホーム側の柱には機銃掃射の傷跡が残っている。因みに、川線の八代-人吉間の開通は1908年、山線の人吉-吉松間は1909年のことだ。沿線には古い木造駅舎が散在するが、年式、保存状態の何れもから、嘉例川と大隅横川が横綱格と言えるだろう。


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大隅横川は桜の名所でもある。満開の桜を見ようと、満員の観光客を乗せた特急「はやとの風」が到着した。この列車、鹿児島中央と吉松を結んでいるが、途中停車駅は鹿児島、隼人、嘉例川、霧島温泉、大隅横川、栗野と完全に鉄道遺産観光列車だ。勿論、その先、山線の「いさぶろう・しんぺい」、川線の「かわせみ やませみ」の各特急に連絡している。さらに「SL人吉」もあり、肥薩線の鉄道遺産と観光地を巡る旅を演出している。JR九州の最貧路線の生きる道は、やはり観光路線化にあるのだろう。愛すべき肥薩線が末永く地図上に残ることを祈りたい。


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昔は2面3線で貨物列車などが退避するのが見られたが、今は真ん中の1線が撤去され島式ホームの1線が遊んでいる。黒と白の列車交換となったが、どちらもヨンマルだ。桜が満開を迎え、如何にも南国九州の大らかな空気が漂っている。黒い「はやとの風」の雑踏の撮影タイムも終わり発車の時間になった。白い普通列車では数人の乗降があった。どう見ても、観光列車の方が断然優勢だ。


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  1. 2019/04/15(月) 00:00:00|
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漂泊の道標 混合列車の人々

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1977年8月 肥薩線 矢岳


トラが続く客車内に穏やかな時間が流れる
それぞれのボックスに、それぞれの人生


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  1. 2018/05/21(月) 00:00:00|
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初めての流し撮り

球磨川に沿う川線は、C57王国だった
美しくも力強く、九州の罐が駆けてゆく

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1971年7月 肥薩線 渡

今回は、かなりお見苦しい写真をアップしようと思う。47年前の初めての流し撮りだ。当時の鉄道雑誌には、田澤義郎さんの、それはそれは素晴らしい流し撮りの蒸気が、折り込みグラビアに載ることがあった。ピタリと止まった機関車の大型カメラによるディテール表現に魅了されたものだ。写真を始めたばかりのカメラ小僧には、全く手の届かない芸当で、ただただ、食い入るように眺めることしか出来なかった。

この写真にしても撮りたくて撮ったわけではない。ASA100のNEOPAN SSしか使えなかった時代には、朝夕には直ぐさま露出不足に陥ることになった。この時は、正面撮りならまだしも、サイドとなるともう流すしかなかった。河岸段丘が背景になってしまう肥薩線川線では、特に厳しかった。今のように、ジョグダイヤル一つで感度が上げられ、開放でも耐えられる明るい高解像度のレンズなど、夢のまた夢だった。

技術的には幾らでもケチがつけられる写真だが、私的に、まあまあ気に入っている。というよりは思い出深い。こんなボロボロの写真だが、「これが現役C57の本物の走りだ」とまでは行かなくとも、ちょっとだけ、そんな気にさせられないこともない。手前味噌的で、負け惜しみ的なことは分っているが、やはり、現役時代の、磨き込まれた九州の、美しくも力強い3次型C57の姿と走りが思い出される一枚となった。


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  1. 2018/05/09(水) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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