駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

或る機関助士の記憶 大畑

矢岳越えに挑む機関助士が峠のオアシスで汗を拭っている
この後サミットの県境に向け、さらなる激闘が続く

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1971年7月 肥薩線 大畑

その後の進捗状況は知らないが、2009年に熊本県人吉市と旧吉松町のある鹿児島県湧水町が、肥薩線山線に矢岳のD51170を復活させる計画を発表した時、今の時代に矢岳越えが出来る機関士/機関助士がいるのだろうかと思った。肥薩線山線の厳しさは、現在復活蒸気が走っている線区とは比べものにならない。鍛え抜かれたスペシャリストだけに挑むことが許された峻険な峠だ。本務機と後補機の4人の男たちの連携で、二つのスイッチバックとループ線を越え、幾つものトンネルを抜けていかなくてはならない。終戦直後に起きた悲惨な事故については以前ご紹介した通りだ。そんな路線での運行はやはり難しいのか、復活計画が進んでいるという情報は目にしていない。

小生を含めた多くのファンを乗せて、人吉からの朝一番の混合列車が、朝霧に包まれた大畑に到着した。出区からたった一駅だが、本務機の機関士と機関助士は、すぐさまキャブから降りて汗を拭いだした。多分、後補機の二人組みも同じ状況だろう。機関助士氏のナッパ服は既に汗でびっしょりで、肌にへばりついている。こんな格好だが、二人の帽子の国鉄の章は誇らしげだ。先の事故の教訓として取り付けられた重油併燃装置を使った時の、ボイラーからキャブ内に発せられる熱は凄まじいという。大畑はスイッチバックの中にあるので通過することはできないが、別の意味でも停車が必要だった。乗務員は身を休め、乗客は煤けた顔を洗い、罐は給水してもらうなど、峠越えのオアシスが大畑だった。

停車時間が終わり、体を休めていた二人は再び戦時型D51のキャブに戻った。発車を知らせる汽笛がやり取りされ、ゆっくりとバック運転でスイッチバックの折り返し地点に向かう。再び発車の汽笛が響くと、今度は猛烈なダッシュが始まる。山にブラスト音が木霊し続け、遠ざかり、また近づいてくる。見上げるとループ線で高度を稼ぎ矢岳に向かう列車の気配を感じることが出来る。何時しかブラストが聞こえなくなり駅に静けさが戻りドラマが終わる。小生はループ線の撮影ポイントに向かうことになるが、霧が晴れると灼熱地獄に見舞われる。ループ線一帯には木立がなく、日向でじっと我慢することになる。夏の乗務員は重油併燃装置地獄、撮り鉄は日照りの灼熱地獄。どちらも決して楽ではなかったが、何度でも行きたい場所だった。


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お知らせ

ブログ「風太郎のPな日々」でお馴染の風太郎さんの写真展が開かれています。いよいよ閉幕が近づき、来週29日月曜が最終日です。
ご興味のお在りの方はお急ぎください。また、週末には新宿のカメラ屋なんてお考えの方は、覗いてみるといいかもしれません。

ウェブ全盛の時代ですが、絵画にせよ、写真にせよ、本物だけがもつ真実は、何物にも代え難いものがあります。この写真展の作品は全てがモノクロです。色彩のない写真からは、見る人の中に何時しか忘れかけていた時代が蘇ります。そこに、失ってしまった大切なものや、過ぎ去った日の憧憬を見ているのかもしれません。そんな心の旅への誘いです。昭和末期の素朴な鉄道風景が、卓越したモノクロ表現で綴られた写真展です。


写真展 「 旅のたまゆら1981-1988 」 モノクロ 77点
 
◯ 開催期間  2016年8月16日(火)~8月29日(月)  (21・22日は休館日)
◯ 開場時間  10時30分~18時30分  (最終日 15時まで)
◯ 場所     新宿ニコンサロン 新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 (新宿駅西口より徒歩5分) 

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  1. 2016/08/27(土) 00:30:00|
  2. 肥薩線
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D51在りし日の肥薩線山線

日本三大車窓は、何れもD51が奮闘する難所だった
小生が辛うじてその走りを見ることができたのが、この肥薩線山線だ

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1971年7月 肥薩線 吉松機関区

年明けに大木茂さんのサイトが更新され、新たに「肥薩線矢岳越え・真幸」が掲載された。前回の大畑と同様に力の籠った構成だ。今回は小生も関連する肥薩線の画を何枚か掲載することにしよう。といっても、大急ぎで手を入れた、前菜にもならないようなものばかりなので、予めご了承の程を。
ちなみに、イカロス出版の蒸気機関車EXの最新号の巻頭グラビアにも大木さんの作品が載っているが、久しぶりに拝見したカラー作品も新鮮だ。

まずは、吉松機関区で給水中の山線用重装備のD511151の形式写真的なものだ。機関区内の眺めにしては、風情があるのではないかと密かに思っている。山線の古武士のイメージがお伝えできれば嬉しいところだ。


小生が肥薩線を訪れたのは、写真を始めて何年も経っていない時だった。家にあった親父のペトリの距離計連動式カメラと、やっと手に入れたニコマートとレンズメーカーのズームレンズが1本、そしてスリックの三脚が、機材の全てだった。
この後、ニコンFをゲットしてからは、単焦点のニッコールを買い足していくことになるが、結果的にボディはF、F2、F3と変遷し、ニッコールは十数本となった。最後のフィルムカメラとなったF3は、主にマイクロレンズでの、高山植物の撮影に用いていた。

一度手にしたカメラとレンズは手放さないたちなので、現役を退いたボディも全て動態保存している。殆ど使わなかったFのPhotomic Finder だけは怪しいが、スナップ用のFE2やFM2も含め、他は全て完動状態だ。単焦点レンズは、一部を除き殆どが今でも現役だ。
これとは別に、マミヤのブローニー版の系譜もあるが、こちらは風景や山岳用で、鉄道写真にはあまり使っていない。

というわけで、肥薩線の頃は小生の草創期ということで、取り留めのない構図に甘いピント、外しっ放しのシャッターチャンスに手ブレと、まともな画がないのが実情だ。
おまけに近年、本腰を入れてスキャンを始めようという直前になって、ビネガーシンドロームの発症という大惨事に見舞われてしまった。そのフィルムの画像を、死の淵から救出する手立てを色々と考案したものだから、スキャンとフィルムの延命の腕にはちょっとだけ自負がある。初めからコダックにしておけば、こんな苦労はなかったと思われるが、初心者にはPlus-XやTri-Xだのを使うことなど、まだまだ考えが及ばなかった。

撮影機材やスキャンのことを話し出したら限がないので、今回は、ここまでにしておこう。


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1971年7月 肥薩線 真幸 スイッチバックを登る

この画は、真幸駅のホームからスイッチバック線を登って行く列車を見上げたものだが、真幸駅で最も印象的な場面だと感じる旅人目線のアングルだ。漂う本務機の黒煙と夏草の息吹から、真幸で過ごした素晴らしい時間を思い出さずにはいられない。

後補機を務めるD51170は矢岳駅の人吉市SL展示館で静態保存されているが、人吉市が中心となって復活運動を始めるという記事を何年か前に目にしたが、その後どうなったのだろうか。


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1971年7月 肥薩線 真幸 スイッチバックを降る


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  1. 2016/01/07(木) 01:30:42|
  2. 肥薩線
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三役揃い踏み

在りし日の機関庫前に顔を揃えた吉松に憩う大型蒸気たち
この町を支えた蒸気にも、無煙化の波が忍び寄ろうとしていた

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1971年7月 肥薩線 吉松

吉松も「鉄道の町」と呼ばれた中の一つだ。国分から延びた鹿児島線の終着駅として開業し、人吉からの山線の開通を待った。また、宮崎から延伸された日豊本線の終着駅であった時期もある。熊本、宮崎、鹿児島からの路線が集まる南九州の鉄道の要衝で、人口の3割が国鉄職員とその家族と言われ、正に「鉄道の町」吉松であった。
その後、鹿児島本線は海沿いの川内経由となり、人吉経由の内陸線は肥薩線と改称された。日豊本線も霧島神宮経由の霧島越えが開通し、吉松-都城間は吉都線と名を変えた。吉松町も鉄道の消長に伴い人口が変化したが、1950年辺りをピークに減少の一途だ。一般貨物の廃止に伴い、長年町を支えた機関区は実質閉鎖された。吉松町の名も、2005年に粟野町との合併で湧水町に変わり、すでに市町村名から消えている。

この3両並びの画を何処かで見たことがあり、何時か吉松機関区に行ってみたいと思っていたが、山線が無煙化される前に、何とか訪れることができた。この時はまだ機関区にはDLの姿はなく、蒸気天国だった。重装備の山線のデゴイチと、標準形に近い吉都線のデゴイチを両脇に、C57が出区しようとしている。このC57151号機は以前ご紹介した「とびっきりの1台」だ。左端の貨車はC56が入換中。クラの中にも蒸気の影が。吐き出す煙と石炭の匂いが機関区中に漂っていた。C55が仕業中で留守だったのが残念だ。この機関庫の向こうに、気動車のヤードがあり、国鉄色のキハが多数屯っていた。
構図的に気に食わないところが随所にあるが、ご容赦あれ。


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  1. 2015/08/17(月) 00:39:12|
  2. 肥薩線
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もう一つの山線

こんな山奥の秘境駅が宮崎県初の駅とは誰が俄かに信じよう
ここの山線にも、かつての鹿児島本線としての輝かしい歴史がある

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1971年7月 肥薩線 真幸

このところキハ続きでしたので、ここで1点ものに戻って、暫し蒸気の露出度を上げたいと思います。

「山線の春」の後に、すぐさま山線の現役蒸気というわけには行きませんから、もう一つの山線の肥薩線矢岳越えをアップします。画は真幸のスイッチバックを折返し、矢岳へ向けてダッシュする重装備の人吉のD51です。こちらの山線では、普通列車は後補機付の混合列車が殆どでしたが、この列車は補機なし3両編成の旅客列車で、一両目が古めかしいダブルルーフです。この撮影地点は真幸駅の全景を俯瞰できる場所で、スイッチバックを行く列車の一部始終を見ることが出来ました。こちらが見送りの画になります。

さて、肥薩線山線では過去二つの大きな災害が起きています。一つは以前の記事の終戦間もない頃の山神第二トンネルでの列車退行轢死事故。もう一つがこの画の調度一年後の1972年7月に起きた真幸の土石流です。画の背景に、段々畑と民家が数件見えますが、何ともすごい景観です。災害前にはこんなところにも生活の場がありました。お宅の方が、珍しい訪問者なのかこちらを見ています。このすぐ左手の谷が、土砂崩れが起きた現場です。このお宅も土砂崩れに巻き込まれたかもしれません。死者4名、流失家屋28棟を出した災害の後、鉄道と駅は復旧しましたが、駅周辺から民家は去り、真幸は秘境駅となってしまいました。


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  1. 2015/06/24(水) 00:57:00|
  2. 肥薩線
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真幸 同時進入

肥薩線山線は、スイッチバック駅の真幸。
排気を吹き上げ身をくねらせて、キハ58が進入してきた。

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1971年7月 肥薩線 真幸

先日の記事で、小海線全線開業80周年記念の国鉄急行色のキハ110系をご紹介した。この塗装は過去小海線で使用されていたキハ58を模ったということだが、今回は元となったキハ58そのものを見てみたい。

場所は肥薩線の真幸駅のスイッチバック。向って右はD51の混合列車。補機の誘導で、スイッチバック引込線から、後退によって真幸駅に進入中。右端の線路が本線で、矢岳に通じている。変わって左は、身をくねらせて進入中の急行「えびの」。先頭車は話題のキハ58で、冷房化前の原形車だ。中間にはまだキハ55/26の姿も見える。急勾配のためこの位置でも力走している。この後、2本の列車は、島式ホームに並んで収まることになる。

当時は当たり前のように見ていた国鉄色のキハだが、国鉄時代からのファンにとっては、深く脳裏に刻まれた原風景となっている。思い出を別としても、何とも素晴らしい配色を思いついたものだ。当時国鉄色を生み出された方々と、こうした塗装を復元したJR東・長野支社には敬意を表したい。

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  1. 2015/05/07(木) 22:55:57|
  2. 肥薩線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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