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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

駅舎の灯 抜海 17時15分

北辺に佇む小駅に夕闇が迫る
窓からは暖かい駅舎の灯が漏れる

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2018年10月 宗谷本線 抜海

少し前まで、抜海の海岸線で利尻島、礼文島の彼方に沈む夕日を撮っていた。雲が多い空模様だったが、抜海集落や礼文のシルエットが、水平線上に僅かに開いた雲間に浮かび上がっていた。その後、まだ空に明るさが残るここ抜海駅にやって来た。17時04分に通過する61D「サロベツ1号」稚内行の姿を捉えるためだ。この駅には、上り4本、下り3本の普通列車しか停車しない。3往復の特急は勿論通過していく。この列車の前にこの駅を通ったのは、13時16分の64D「サロベツ4号」で、4時間近い空白がある。普通列車では4325Dの11時49分と、5時間以上も前のことだ。

札幌圏は別として、北海道では、特急はそれなりの需要があるようだが、地域内輸送は何所も壊滅的だ。つまり、近い将来、現在の特急停車駅以外の町や集落は消えてしまうかもしれないということだ。同時に、特急の走っていない路線には、明日はないのかもしれない。人口がシュリンクしているわけだから、人の住む場所は、北海道の開拓史を逆行するようなものだ。鉄道も新たな使命が見出せなければ、歴史を遡ることになりかねない。宗谷北線の存続問題が議論されているが、たとえ存続したとしても、石勝線のように特急しか走らない路線になっているかもしれない。

さて、本題の抜海に戻ろう。定刻の17時04分になっても、下り線の場内信号は赤のままだ。刻々と空は光を失っていく。停車列車ならまだしも、通過ではある程度の光量が欲しい。完全な闇になる前の薄暮を想定していた。JR東であればスマホで列車の位置を確認するところだが、ここは北海道だ。長い長い待ち時間が流れて行く。定刻を10分近く過ぎて、やっと信号が青に変わった。間もなくして、列車の明りが見えてきた。この車両のヘッドライトの明るさは、標識と云うよりは前方視認のためのものだ。暗くなった分だけヘッドライトだけが目立つ結果になってしまった。


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  1. 2018/12/01(土) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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宗谷の彩

宗谷にも彩の季節がやって来た
か細い鉄路が稚内へと伸びる

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2018年10月 宗谷本線 恩根内

最果ての宗谷本線は、北海道高速鉄道開発が施設を所有する旭川-名寄間を過ぎれば、ローカル線の様相だ。こうして長玉で線路を覗いてみると、余計に線路脇に生い茂る雑草が目につく。レールも上下左右に波打っている。地域内輸送は減るばかりで、都市間輸送の特急列車の比重が高まっている。もう、列車の種別に拘っていられるような状況ではない。来るものは拒まず、去るものも狙う。ということになる。宗谷の秋は早い。特急「サロベツ」が、夕日に燃える紅葉をバックに、草をかき分けて、身を揺らしてやって来た。

この写真には単焦点レンズを用いている。ロケの際には、大三元と呼ばれる広角系、標準系、望遠系のズームレンズを付けたカメラを、その場に合わせて使い分けている。別に10本程の単焦点レンズも用意しているが、横着にもズームのまま本番ということが多くなった。ズームの性能が良くなったためだが、解像度という面からは、今でもズームがかなり劣るということは十分承知している。比較もしたことがあるが、明らかに差がある。そうはいっても、ズームの便利さに慣れてしまうと、なかなか離せなくなる。ちょっとした解像度に拘らなくてもという声も聞こえてくる。

今回の北海道では、そんな横着心を戒めようと、なるべく単焦点を使ってみた。ズームでだらだら追尾することへの反省もある。とは言え、列車が少ない場所だけに、チャンスは広げたい。かくして、単焦点とズームの二刀流ということになった。この写真、拡大してみると運転士の表情まで読み取れる。やはりズームではそうはいかない。解像度を落とせるだけ落としたブログ写真では、その辺りはお伝えできないが、パッと見でも引き締まって見えなくもない。だんだん、機材への拘りは薄れて行くばかりだ。どんなカメラでも、レンズでも、撮れるときは撮れるし、撮れないときは撮れない。そんな中、ちょっと単焦点に拘りたい今日この頃だ。


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  1. 2018/11/19(月) 00:00:00|
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最果て鈍行 音威子府停車

下り最果て鈍行が音威子府に到着した
残りの道中に備えて罐が仕立てられる

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1973年3月 宗谷本線 音威子府

321レ「最果て鈍行」稚内行きが音威子府に到着した。旭川から129.3kmを3時間半程で走って来た。稚内までの259.4kmのちょうど中間地点だ。ここ音威子府では1時間程の停車時間がある。その間に天北線経由の急行「天北」の上りが、続いて下りが停車する。天北線方面と稚内へ急ぐ旅人は、下り「天北」の人となる。「最果て鈍行」の使命は、荷物と郵便を各駅に届け、受け取ることで、先を急ぐことではない。そのために残されたスユニとマニを連結する客車列車だ。

音威子府では、長い停車時間を使って、罐の整備が行われる。C55は、一旦客車をホームに残して、単独で給水、給炭に向う。その後、罐替え、足回りの点検などがなされる。名寄機関区音威子府支区での一通りのルーティーンが終わると、再び客車へと戻って来る。冬場は、その間は客車の暖房が止まることになるので、のんびりとはしていられない。とは言え、座り疲れた乗客には息抜きの時間でもあり、音威子府名物の黒いそばを啜る、腹ごしらえの時間でもある。

写真は給水の様子だ。給水装置は何ともアナログな仕掛けで、両手で操るようになっている。テンダーの下から水が流れ出ているので、満水になったようだ。もう一人は石炭の掻き寄せを行っている。決まって、同時に二人して行われる蒸気の恒例の儀式だ。今時の機関車なら空調の効いた運転室で休憩といったところだろうが、今の機関士も蒸気には憧れるようだ。経験と技と勘が物を言う、どこまでも人間染みた機関車は、電子化の時代に在っても特別な存在のようだ。


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  1. 2018/02/16(金) 00:00:00|
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漂泊の道標 雪掻き

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1977年3月 宗谷本線 芦川


雪上り、ひとり黙々と続けられる転轍機の雪掻き
こんな地道な作業の積み重ねが北の鉄路を支える


※芦川は、かつて徳満と兜沼の間にあった駅だが、2001年7月1日に廃止。


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  1. 2018/01/19(金) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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「あさひがわ」という駅

日が沈む頃、宗谷線331レが出発の時を迎える
広い貨物ヤードには幾条ものキューロクの煙が立ち昇る

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1973年3月 宗谷本線 旭川

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国鉄時代、この旭川駅の読み方は、「あさひがわ」だった。近隣駅の新旭川、東旭川も同じように「あさひがわ」だった。ところが、北旭川と旭川四条は、何故か「あさひかわ」の読みが付いていた。一方、本家の旭川市は一貫して「あさひかわ」を名乗っている。どうして、この様な事になってしまったのだろう。当時、国鉄を信じて「あさひがわ」が正式名称なのかと思い込んでいた自分も浅墓だった。調べていくと、出発点の官営鉄道時代には、正しく「あさひかわ」だったものが、鉄道局への移管に際して「あさひがわ」に化けてしまっている。それを引き継いだ国鉄は、頑なに「あさひがわ」で押し通し、分割民営化翌年に全てがJR北海道の手によって「あさひかわ」に正されている。となると、北旭川と旭川四条はというと、国鉄時代に開設され、初めから「あさひかわ」だ。つまり、国鉄は確信犯だったということになる。日本国有鉄道時代には、駅名を付与する際の細々とした内部規定があったようだ。誤りを正す規定があったかは知らないが、そんなお役所仕事が駅名を正す機運を奪ってしまったのかもしれない。この点においては民営化に拍手を送りたい。さすがに誤りの85年間は、色々な弊害を生んだことだろう。

話のついでに、読みの問題をもうひとつ。当時、石北本線には急行「大雪」というのが走っていた。読み方は「たいせつ」だ。かの有名な「大雪山」の正式名称は「だいせつ」という。自分は、「だいせつ」と思っていたが、地元旭川では何の疑いもなく「たいせつ」と呼ばれ、列車もそう命名されているのであれば、これまた軽薄にも、本当は「たいせつ」なのだと信じてしまった。どちらが、起源なのかは知らないが、地元が揺るぎない「たいせつ」派では、「だいせつ」が正統とは言い切れない状態になっている。ものはついででもうひとつ。山梨県には精進湖というのがある。もし「しょうじんこ」と読んだ奴がいたら、バカにしそうな輩がおられよう。確かに、正式名称は「しょうじこ」だ。ところが地元では広く「しょうじんこ」と呼ばれている。そもそも、地元の呼び名と異なる正式名称が付くこと自体が、おかしいと言えばおかしい。先の旭川の呼び名のようなトラブルも起きよう。精進湖もまた、読み方が二通り併記されることになるかもしれない。

さてさて、やっと本題に入る。冒頭のモノクロは、現役蒸気の時代、夕方に旭川から名寄に向かう331レの出発シーンだ。牽引するC5530は、北のC55として旭川に最後まで残った罐で、キャブの丸味が特徴の流改機だ。立ち並ぶ架線柱の中を、夕日をバックにサービスの豪快なドレインを残して、北へと旅立っていった。この頃、北海道第二の都市旭川の駅は巨大なものだった。宗谷、石北の両線を行き来する貨物列車は、多くがここ旭川で組み換えが行われていた。そのため、駅の南側には巨大な貨物ヤードが存在し、何両ものキューロクが走り回っていた。一方、旅客はといえば、夜行急行列車が華やかな時代で、稚内へは「利尻」、網走へは「大雪」が向かっていた。真夜中に上り下りの列車が停車するため、旭川駅は不夜城だった。そのため、夏には多くのカニ族で賑わっていたこともある。徒歩圏にある銭湯にも何度か通った。冬の帰り道、髪の毛が凍り、タオルが棒になったのをよく覚えている。待合室に荷物を放っておいても何事もなかった大らかさ、写真の方も、何時もながら凄い立ち位置だが、大都市旭川でもこんなことが出来た、古き良き国鉄時代だった。

そんな旭川駅に、久しぶりの2013年の初冬に降り立った。駅の高架化工事はほぼ終わり、周辺整備が行われていた。それにしても、昔の面影の欠片もないようなモダンな駅になってしまっていた。全てがリニューアルされた設備には、昔の記憶に繋がるようなものはなかった。中心街にある駅の南北を分断していた貨物関係や車両・運行関係の施設は郊外に引っ越してしまっているので、ごくごく普通のターミナル駅で、鉄道好き、貨物好きとしては、何とも物足りない光景だが、街の発展にはなっているのだろう。この4代目駅舎は2011年11月の全面開業で、竣工時にはちょっとした話題にもなった。ご覧になった方もそう多くはおられないと思うので、新しくなった旭川駅をご紹介したい。


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2013年11月 旭川

この日は稚内から宗谷線でやってきた。最後に塩狩の夜間撮影を終えて、この日の宿泊地の旭川に到着した。電光掲示板は、乗ってきた単行のヨンマルは回送で引き揚げ、次に稚内行きのスーパー宗谷3号が入線することを知らせている。「スーパー宗谷」という列車名も、既に懐かしい。


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隣のホームには785系のエル特急「スーパーカムイ」だと思うが、「uシート」の表示のある車両が見える。反対側をコンテナ貨物が轟音を響かせ通過中、機関車は電化・非電化問わずDF200だ。真ん中に入線してくるのは国鉄製電車の赤い711系の最後の姿となる。


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ホームから1階の改札口へと繋がるエスカレーター。北海道の森林をイメージした、木材を多用した意匠が特徴となる。コンコースは北海道らしい広々とした作りだ。


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北口の夜景。この時、駅前はまだ工事中。昔の駅舎の面影は何処にもないモダンな外観だ。


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ホテルに入る前に、ちょっと腹ごしらえ。やはり、塩狩の夜撮りで冷え切った体には旭川ラーメンだろう。老舗のひとつ蜂屋本店に行くが、閉店時間に間一髪でセーフ。濃い目の醤油ラーメン定食で体を温める。


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一夜明けて、翌日の南口。広大な貨物ヤードがあった場所はこんな風になっている。将来的には賑やかになるのだろうが、この時はご覧の通りだ。


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ホームの表示板の駅員さんは動物に変身している。観光地としての旭川の今を象徴するのは旭山動物園だ。休日には動物が描かれた臨時列車がやってくる。もう、動物園さまさまだ。


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待っていた函館線上り普通列車がヨンマルで入線してきた。この函館本線の札幌-旭川間はJR北海道のドル箱路線になる。特急が引っ切り無しに行き交うが、旭川からの普通列車は驚くほど少ない。一日に数えるほどだ。電光板には、行先なしで「普通 10:21」としか表示されていない。この岩見沢行きに乗って、次の目的地の室蘭線追分方面へと向かう。


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  1. 2018/01/11(木) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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