FC2ブログ

駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

ビート畑の夜明け

収穫真っ盛りでトラクタは現場で駐泊だ
毎朝2本の送込みがビート畑を下って往く

80016265.jpg
2018年10月 宗谷本線 美深

砂糖の原料といえば、南の島のサトウキビが真っ先に思い浮かぶが、国産原料の4分の3を占めるのは実は北のテンサイだ。面白いことに南の沖縄県、鹿児島県、北の北海道が砂糖の故郷になる。10月中旬、北海道ではテンサイの収穫のピークを迎える。この別名サトウダイコンとも称せられるフダンソウ属の二年草は、その属名である「Beta」からビートとも呼ばれる。寒冷地作物のため北海道の気候に適し、搾りかすは家畜の飼料になるため酪農王国に相応しい作物だ。日本の甜菜糖業の歴史は、1879年に現在の伊達市と札幌市に建設された官営工場に始まり、現在ではホクレンや北海道糖業に引き継がれている。北海道内ではこの時期一斉に収穫作業が始まり、収穫されたビートは専用の大型トラックで製糖工場へとピストン輸送される。

美深のビート畑が薄っすらと白みだした朝6時、キハ40の心地良いジョイント音が遠くから聞こえてくる。回4353Dが単車で名寄から音威子府に向かう。音威子府の上り始発の4322D旭川行きの送り込みだ。美深に戻ってくるのは07時14分になる。それより前の5時過ぎには、回4351Dが同じく名寄から音威子府に向かったが、まだまだ暗過ぎて、走行音と前照灯の明かりをチラっと見つけるのがやっとだった。音威子府からは下り始発の4321D稚内行きとなる。2本の送込回送が人知れず下っていったが、この地の下り始発は08時21分になる。つまりこの町の人々は名寄との結びつきが強く、音威子府方面には通勤通学客はいないようだ。何となく後ろの1本くらいは営業運転してもよさそうなものだが、乗客が皆無なら停まるだけ燃料の無駄ということになるのだろう。車両基地が少なく、駐泊も避けようというなら、ローカル長距離路線の車の遣り繰りは相当に厳しいものがある。


スポンサーサイト



テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/09/20(金) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

宗谷本線雄信内駅近くのとある廃屋の下駄箱の上にあったトースターのその後

リンクの風太郎さんのブログ『風太郎のPな日々』で、先日『風の弔い』という記事を拝見した。雄信内駅近くの朽ち往く廃屋が写っていた。こあらまにもその廃屋の記憶があり、調べてみるとやはり昨秋に撮っていた。風太郎さんの撮影が2012年であるから、それから6年後の姿ということになる。鉄道ブログに在っては異色のコラボとなるが、『風の弔い』のその後を追ってみた。


70019844.jpg
2018年10月 雄信内駅近くの廃屋

入口の下駄箱の上に同じように何故かトースターがのっているので、間違えなく同じ廃屋だ。6年前には奥に部屋の形が残っていたが、最早瓦礫の山と化している。下駄箱の扉も落ち、トースターは横倒しになっている。風太郎さんの推察では、廃屋内に野球少年が貼ったと思われる大洋ホエールズのシールがあることから、少なくとも1990年頃までは人が住んでいたのではないかとのこと。人の生活が残した痕跡から色々なことが見えてくる。


70019843.jpg


既に家族が去ってから30年程経っていると思われる民家は最後の時を迎えているようだ。冬のブリザードに煽られれば崩れ落ちそうな状態だ。今頃は既に原野の藻屑と化しているかもしれない。人も家もゆっくりと土に帰って行く。何時だったか「千の風になって」という歌が流行ったことがあるが、現実はそんなに調子のいいものではないようだ。人知れず朽ち果てていく様は、もっともっと儚く切ないものだ。


70019842.jpg


駅前のメインストリートには更なる骸が連なる。こちらには、水平偏波受信用の地デジアンテナが付いている。この地区の知駒中継局の地デジ開局は2009年だ。つまり、この民家には少なくとも10年程前までは人が住んでいたはずだ。現在、駅所在地の幌延町雄興地区の住民は2世帯6人とされる。駅前には廃屋ばかりで住民はおらずゴーストタウンと化している。1973年に訪れたときには、少なくとも雑貨店その他数軒の商店が営業していた。


70019829.jpg
宗谷本線 雄信内

さて、今度は駅に移ろう。この駅名は「おのっぷない」と読むが、駅以外は「おのぶない」と呼ばれている。どうして駅名だけが違ってしまったのか、これも何時だったかの旭川問題と同じようなことが連想される。2012年時点、この屋根を支える柱は洒落たデザインのものだったが、何時屋根が落ちてもおかしくない状態だった。さすがに、危険な状態は放置できないのか、柱が付け替えられている。しかし、この駅の乗降人員はゼロ更新を続けている。廃駅間近の駅舎に修復を施すとは如何なることなのか。


70019837.jpg


こちらは駅舎のホーム側。窓と扉は全面アルミサッシ化と思いきや、手前の4つの窓は木枠のまま。この辺りにJR北海道の財政状況を垣間見たような気がする。この駅舎はかなり古そうだが開業当時のものではない。1953年建造の二代目だ。


70019836.jpg


駅構内から音威子府方面を望む。この駅は本線仕様の立派な交換設備を持つ。現役蒸気の頃、何度かここでの交換を経験している。ひょっとすると、この駅が無くならないのはそのためかもしれない。宗谷本線でも、多くの交換設備が廃駅などによって失われている。確かに、この駅の交換設備を剥いでしまうと、かなり長い距離の棒線状態になる。この駅は実態は既に信号場なのかもしれない。


70019832.jpg


駅名票の左隣の駅名はシール貼りの「ぬかなん」だ。JR北海道ではこんな駅名票をよく見るようになった。2001年に廃止された「上雄信内」に上貼りされたものだ。上雄信内は国鉄時代は仮乗降場だったが、JR発足時に他の仮乗降場と同様に駅に昇格している。JR設立時の意気込みが感じられる対応だったが、その多くが今はない。人知れず原野に埋もれていく人家もあれば、突然地図から消える駅もある。膨張の時代から収縮の時代へ。全ては千の風になってしまうのか・・・。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/09/18(水) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

駅舎の灯 音威子府 17時05分

最終の下り普通列車が音威子府を去る
往く手には果てしない宗谷の原野が続く

70019777.jpg
2018年10月 宗谷本線 音威子府

朝から不安定な天候の一日だった。冬の訪れを予感させるような激しい降雨を伴う雨雲が、繰り返し上川地方を横切っていた。そんな一日も暮れようとする16時過ぎ、名寄からの普通4327Dが音威子府に到着した。およそ1時間の停車時間の後、4331Dとして再び稚内に向けて走り出す。都会では考えられないが、これが普通稚内行きの最終列車となる。これから、灯りの少ない宗谷の細道をひた走り、稚内までは3時間弱の旅になる。

音威子府駅には駅員が配置されているが、この列車の到着をもって営業時間は終わり、明朝までは無人駅の扱いとなる。かつては名寄機関区音威子府支区が置かれ、宗谷線、天北線を往くキューロク、そして急行利尻、最果て鈍行を牽くC55の休憩場所として煙の絶えない場所だった。その天北線も1989年に廃止され代替バスが走る、今は交通の要衝としての面影を残すのみだ。JR北海道中、最も人口の少ない自治体の特急停車駅となる。


70019765.jpg


70019759.jpg


70019770.jpg


ホームは駅舎前の片側1面1線と跨線橋で繋がれた島式1面2線の3線となる。1番線は短く普通列車のみで、特急列車は島式の方の2、3番線に停車する。そのため、名物の音威子府そばの常盤軒は、かつては島式ホーム上にあり、優等列車や最果て鈍行の乗客の胃袋を満たしていた。


70019772.jpg


駅舎は、かつてはどっしりとした風格ある木造駅舎だったが、天北線廃止後の1990年に、音威子府村によって今の駅舎に建て替えられた。天北線の代替バスの宗谷交通と村の地域バスの待合室も兼ねている。駅舎内には天北線資料室なるものがある。どうやら天北線の上音威子府を摸しているようだ。キハ82らしき天北号の絵があるが、宗谷線でキハ82は見たことはないような気がするのだが。


70019773.jpg


さて、音威子府そばの常盤軒だが、駅舎建て替えの際に駅舎内に移っている。久しぶりの黒そばを楽しみにしていたが、何と直前の10月1日に休業になっていた。聞くに西野さんの体調が優れないためだそうだ。再開は未定だと云う。また一つ駅の名物が消えてしまうかもしれない。現役蒸気時代には、金がなくてなかなかあり付くことができなかったが、冬の撮影後の温かい一杯は至福の時間だった。


80016018.jpg


最終の普通稚内行き4331Dが去り、ディーゼルの鼓動が消えると、駅は静寂のしじまに包まれた。駅の右手に広がる暗闇は、かつての名寄機関区音威子府支区の跡地だ。機関区としての一通りの設備があった。最果て鈍行のC55が給水給炭を受けていたのが思い出される。人口が1000人に満たない道内最小の自治体だけあって、街の灯は少ない。ここも、今では1軒のセイコーマートに頼る小さな村となった。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/06/20(木) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

春でもないのに

緑の絨毯をサロベツが駆け抜ける
北海道の秋の新緑が一面に広がる

80016355.jpg
2018年10月 宗谷本線 和寒

春を感じるのは色は、新緑の緑や桜のピンクだろう。一方、秋の色と云えば、紅葉の赤や黄ということになる。こういった単純な概念と云おうか、直感からすると、この写真はパッと見春に見えてしまう。薄緑の畑が如何にも早春を思わせる。しかし、背景の木々を観察すれば、間違えなく秋であることが分かる。畑の緑は秋まき小麦と思われるが、北海道の小麦の9割は、9月下旬に種をまく秋まきだ。殆どがうどんに加工される。春まきはパン用などの強力粉になるが、海外産に比べて質が悪く収量も少ない。国産小麦を売りにしたパンがあるが、本当は決していい材料とは言い難いのが実情だ。牧草も多くの場合秋まきだ。9月に入ると種まきが行われ、直ぐに発芽し一面の緑になる。そして、小麦も牧草も緑のまま、極寒の雪の下で春を待つことになる。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/05/07(火) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

塩狩に挑む

上り最果て鈍行が塩狩へ挑む
稚内からの長旅の最後の難関だ

04412F16.jpg
1973年3月 宗谷本線 和寒

稚内を出発して既に6時間以上が経過している。322レ「最果て鈍行」旭川行きが和寒を発進した。C55に続くスユニ61、マニ60、2両のスハフ32の4両編成が、最果て鈍行の目印だ。丹念に宗谷、天塩の各駅に停車し、郵便と手荷物を捌いてきた。列車は和寒を勢いよく滑り出し、加速に集中する。直ぐに塩狩への峠道が始まるからだ。分水嶺の峠を越えれば石狩に入り、終着の旭川は近い。322レの旅はあと1時間ほどで終わる。最後の難関に向けて、北のC55の力走が始まる。

名寄で最果て鈍行同士の交換風景を撮影した後、814D急行「なよろ1号」で、322レを士別で追い越し、和寒で待ち受けた。下りの321レであれば、303D急行「天北」で追いかけると、音威子府で追いつく。この日は、道内で知り合った方に誘われて、塩狩ユースに泊まることになっていたので、和寒で322レ、士別でD51の394レの出発を撮って、夕飯に間に合うように塩狩へ向かっている。現役蒸気時代、宿に泊まることなど殆どなかったが、この日は数少ない例外の日だった。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/01/29(火) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

カテゴリ

小海線 (159)
飯山線 (39)
宗谷本線 (32)
天北線 (4)
興浜北線 (2)
名寄本線 (1)
深名線 (2)
石北本線 (11)
渚滑線 (2)
湧網線 (2)
相生線 (3)
釧網本線 (9)
根室本線 (18)
太平洋石炭販売輸送臨港線 (1)
池北線 (1)
士幌線 (1)
広尾線 (2)
富良野線 (6)
留萌本線 (10)
札沼線 (5)
函館本線 (52)
室蘭本線 (13)
千歳線 (1)
石勝線 (1)
夕張線 (3)
夕張鉄道 (1)
日高本線 (4)
江差線 (11)
函館市電 (2)
大湊線 (8)
津軽線 (1)
津軽鉄道 (3)
五能線 (16)
八戸線 (8)
弘南鉄道 (1)
花輪線 (2)
三陸鉄道 (4)
釜石線 (8)
北上線 (7)
男鹿線 (3)
秋田内陸縦貫鉄道 (5)
由利高原鉄道 (2)
石巻線 (2)
仙石線 (1)
陸羽東線 (2)
陸羽西線 (3)
長井線 (2)
米坂線 (8)
羽越本線 (6)
磐越東線 (1)
磐越西線 (4)
日中線 (3)
只見線 (67)
真岡鐡道 (15)
東北本線 (1)
上越本線 (3)
しなの鉄道 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (10)
東海道本線 (2)
東海道新幹線 (1)
横須賀線 (1)
八高線 (15)
秩父鉄道 (10)
東京都電車 (5)
西武鉄道 (2)
小田急電鉄 (2)
江ノ島電鉄 (12)
箱根登山鉄道 (4)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (2)
明知鉄道 (1)
名古屋鉄道 (1)
樽見鉄道 (1)
関西本線 (3)
小浜線 (2)
宮津線 (3)
山陰本線 (37)
播但線 (3)
姫新線 (5)
若桜鉄道 (2)
因美線 (3)
津山線 (2)
芸備線 (10)
木次線 (7)
福塩線 (1)
境線 (1)
一畑電車 (1)
三江線 (5)
山口線 (7)
鹿児島本線 (2)
日豊本線 (21)
筑豊本線 (10)
日田彦山線 (5)
伊田線 (2)
後藤寺線 (2)
田川線 (2)
唐津線 (4)
松浦線 (4)
佐世保線 (1)
大村線 (3)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (6)
宮原線 (1)
豊肥本線 (4)
高森線 (3)
肥薩線 (24)
くま川鉄道 (2)
吉都線 (1)
日南線 (3)
宮之城線 (2)
指宿枕崎線 (4)
鉄道展示館 (1)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)
海外 (1)
山田線 (1)

月別アーカイブ

最新トラックバック

リンク

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR