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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

駅舎の灯 音威子府 17時05分

最終の下り普通列車が音威子府を去る
往く手には果てしない宗谷の原野が続く

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2018年10月 宗谷本線 音威子府

朝から不安定な天候の一日だった。冬の訪れを予感させるような激しい降雨を伴う雨雲が、繰り返し上川地方を横切っていた。そんな一日も暮れようとする16時過ぎ、名寄からの普通4327Dが音威子府に到着した。およそ1時間の停車時間の後、4331Dとして再び稚内に向けて走り出す。都会では考えられないが、これが普通稚内行きの最終列車となる。これから、灯りの少ない宗谷の細道をひた走り、稚内までは3時間弱の旅になる。

音威子府駅には駅員が配置されているが、この列車の到着をもって営業時間は終わり、明朝までは無人駅の扱いとなる。かつては名寄機関区音威子府支区が置かれ、宗谷線、天北線を往くキューロク、そして急行利尻、最果て鈍行を牽くC55の休憩場所として煙の絶えない場所だった。その天北線も1989年に廃止され代替バスが走る、今は交通の要衝としての面影を残すのみだ。JR北海道中、最も人口の少ない自治体の特急停車駅となる。


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ホームは駅舎前の片側1面1線と跨線橋で繋がれた島式1面2線の3線となる。1番線は短く普通列車のみで、特急列車は島式の方の2、3番線に停車する。そのため、名物の音威子府そばの常盤軒は、かつては島式ホーム上にあり、優等列車や最果て鈍行の乗客の胃袋を満たしていた。


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駅舎は、かつてはどっしりとした風格ある木造駅舎だったが、天北線廃止後の1990年に、音威子府村によって今の駅舎に建て替えられた。天北線の代替バスの宗谷交通と村の地域バスの待合室も兼ねている。駅舎内には天北線資料室なるものがある。どうやら天北線の上音威子府を摸しているようだ。キハ82らしき天北号の絵があるが、宗谷線でキハ82は見たことはないような気がするのだが。


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さて、音威子府そばの常盤軒だが、駅舎建て替えの際に駅舎内に移っている。久しぶりの黒そばを楽しみにしていたが、何と直前の10月1日に休業になっていた。聞くに西野さんの体調が優れないためだそうだ。再開は未定だと云う。また一つ駅の名物が消えてしまうかもしれない。現役蒸気時代には、金がなくてなかなかあり付くことができなかったが、冬の撮影後の温かい一杯は至福の時間だった。


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最終の普通稚内行き4327Dが去り、ディーゼルの鼓動が消えると、駅は静寂のしじまに包まれた。駅の右手に広がる暗闇は、かつての名寄機関区音威子府支区の跡地だ。機関区としての一通りの設備があった。最果て鈍行のC55が給水給炭を受けていたのが思い出される。人口が1000人に満たない道内最小の自治体だけあって、街の灯は少ない。ここも、今では1軒のセイコーマートに頼る小さな村となった。


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  1. 2019/06/20(木) 00:00:00|
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春でもないのに

緑の絨毯をサロベツが駆け抜ける
北海道の秋の新緑が一面に広がる

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2018年10月 宗谷本線 和寒

春を感じるのは色は、新緑の緑や桜のピンクだろう。一方、秋の色と云えば、紅葉の赤や黄ということになる。こういった単純な概念と云おうか、直感からすると、この写真はパッと見春に見えてしまう。薄緑の畑が如何にも早春を思わせる。しかし、背景の木々を観察すれば、間違えなく秋であることが分かる。畑の緑は秋まき小麦と思われるが、北海道の小麦の9割は、9月下旬に種をまく秋まきだ。殆どがうどんに加工される。春まきはパン用などの強力粉になるが、海外産に比べて質が悪く収量も少ない。国産小麦を売りにしたパンがあるが、本当は決していい材料とは言い難いのが実情だ。牧草も多くの場合秋まきだ。9月に入ると種まきが行われ、直ぐに発芽し一面の緑になる。そして、小麦も牧草も緑のまま、極寒の雪の下で春を待つことになる。


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  1. 2019/05/07(火) 00:00:00|
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塩狩に挑む

上り最果て鈍行が塩狩へ挑む
稚内からの長旅の最後の難関だ

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1973年3月 宗谷本線 和寒

稚内を出発して既に6時間以上が経過している。322レ「最果て鈍行」旭川行きが和寒を発進した。C55に続くスユニ61、マニ60、2両のスハフ32の4両編成が、最果て鈍行の目印だ。丹念に宗谷、天塩の各駅に停車し、郵便と手荷物を捌いてきた。列車は和寒を勢いよく滑り出し、加速に集中する。直ぐに塩狩への峠道が始まるからだ。分水嶺の峠を越えれば石狩に入り、終着の旭川は近い。322レの旅はあと1時間ほどで終わる。最後の難関に向けて、北のC55の力走が始まる。

名寄で最果て鈍行同士の交換風景を撮影した後、814D急行「なよろ1号」で、322レを士別で追い越し、和寒で待ち受けた。下りの321レであれば、303D急行「天北」で追いかけると、音威子府で追いつく。この日は、道内で知り合った方に誘われて、塩狩ユースに泊まることになっていたので、和寒で322レ、士別でD51の394レの出発を撮って、夕飯に間に合うように塩狩へ向かっている。現役蒸気時代、宿に泊まることなど殆どなかったが、この日は数少ない例外の日だった。


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  1. 2019/01/29(火) 00:00:00|
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北辺のキハ22

極寒、風雪の宗谷を北の守りのキハ22が往く
その耐寒、耐雪スペックは揺ぎ無いものだった

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1975年3月 宗谷本線 下沼

夜行列車を降りると、キハ22が、カランコロンとエンジンをアイドリングさせて、乗り換えの乗客を待っていた。ある時は支線のローカル線に入った。また、ある時は本線の小駅に向かうためだった。まだ夜が明けきらぬ冬の北海道の早朝はしばれる。仄かな室内灯の暖かな車内がなんとも有難かった。現役蒸気を撮っていた頃の、北海道での撮影の一日は毎日こうやって始まっていた。そして、凍える雪中の撮影を終えて、暖かい座席に座った時の安堵感といったらなかった。体が温まると眠気がさしてくる。キハ22のエンジン音が子守歌のようだった。雪対策の板張りの床の油の匂いも記憶に残る。何度となく多くの時間を共に過ごしたキハ22は、本当に思い出深い北辺のキハだ。

この日は、札幌から夜行急行の「利尻」で、南稚内折り返しでこの地にやって来た。この頃になると、C55は最果て鈍行からも去り、数少ないキューロクの貨物が残っているだけだった。フィルムには、キューロク貨物の他にも、キハ22の普通やキハ56の急行「宗谷」、DD51の牽く最果て鈍行なども1枚ずつ写っている。このキハ22の稚内行きは、撮影現場に向かう途中で遣り過ごしている。レールの間にある足跡はこあらまが残したものだ。足跡からも解るように、いつものように単独行動だった。列車は何と3両編成で、雪煙を巻き上げて颯爽とやって来た。キハ22の耐寒、耐雪設計の優秀さは、北海道での運用で十分に証明され、その後の国鉄、私鉄車輌に伝承されることとなった。


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  1. 2019/01/23(水) 00:00:00|
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宗谷の牧草地を駆ける

刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ
風雪の季節を前に穏やかな時間が流れる

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2018年10月 宗谷本線 抜海

宗谷地方の農業と云えば酪農が中心だ。それも、広大な牧草地を使った放牧型の酪農となる。年間を通して気温が低く、夏の日照時間も少ない宗谷では、小麦などの農作物の栽培には適さない。何とか育てられるのは牧草くらいだというから、取捨選択的に残ったのが酪農ということだろう。道内各地のセイコーマートの店先に並んでいるセイコーマート牛乳は、お隣の豊富町の牛乳公社で生産されファンも多いという。

ここ抜海周辺にも広大な牧草地が広がり、酪農農家が点在する。隣家に行くにも車が必要となる土地柄だ。遮るもののない一面の牧草地の丘陵地帯を列車が行き来する。冬ともなれば、海から吹き付ける北東の季節風が、駅や鉄路に容赦なく襲い掛かる。風雪をじっと耐え忍ぶ厳冬の抜海駅の様子は印象的だ。冬を前に、刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ。氷雪の季節が近づく宗谷に流れる一時の穏やかな時間だ。


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  1. 2019/01/13(日) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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