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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

塩狩に挑む

上り最果て鈍行が塩狩へ挑む
稚内からの長旅の最後の難関だ

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1973年3月 宗谷本線 和寒

稚内を出発して既に6時間以上が経過している。322レ「最果て鈍行」旭川行きが和寒を発進した。C55に続くスユニ61、マニ60、2両のスハフ32の4両編成が、最果て鈍行の目印だ。丹念に宗谷、天塩の各駅に停車し、郵便と手荷物を捌いてきた。列車は和寒を勢いよく滑り出し、加速に集中する。直ぐに塩狩への峠道が始まるからだ。分水嶺の峠を越えれば石狩に入り、終着の旭川は近い。322レの旅はあと1時間ほどで終わる。最後の難関に向けて、北のC55の力走が始まる。

名寄で最果て鈍行同士の交換風景を撮影した後、814D急行「なよろ1号」で、322レを士別で追い越し、和寒で待ち受けた。下りの321レであれば、303D急行「天北」で追いかけると、音威子府で追いつく。この日は、道内で知り合った方に誘われて、塩狩ユースに泊まることになっていたので、和寒で322レ、士別でD51の394レの出発を撮って、夕飯に間に合うように塩狩へ向かっている。現役蒸気時代、宿に泊まることなど殆どなかったが、この日は数少ない例外の日だった。


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  1. 2019/01/29(火) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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北辺のキハ22

極寒、風雪の宗谷を北の守りのキハ22が往く
その耐寒、耐雪スペックは揺ぎ無いものだった

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1975年3月 宗谷本線 下沼

夜行列車を降りると、キハ22が、カランコロンとエンジンをアイドリングさせて、乗り換えの乗客を待っていた。ある時は支線のローカル線に入った。また、ある時は本線の小駅に向かうためだった。まだ夜が明けきらぬ冬の北海道の早朝はしばれる。仄かな室内灯の暖かな車内がなんとも有難かった。現役蒸気を撮っていた頃の、北海道での撮影の一日は毎日こうやって始まっていた。そして、凍える雪中の撮影を終えて、暖かい座席に座った時の安堵感といったらなかった。体が温まると眠気がさしてくる。キハ22のエンジン音が子守歌のようだった。雪対策の板張りの床の油の匂いも記憶に残る。何度となく多くの時間を共に過ごしたキハ22は、本当に思い出深い北辺のキハだ。

この日は、札幌から夜行急行の「利尻」で、南稚内折り返しでこの地にやって来た。この頃になると、C55は最果て鈍行からも去り、数少ないキューロクの貨物が残っているだけだった。フィルムには、キューロク貨物の他にも、キハ22の普通やキハ56の急行「宗谷」、DD51の牽く最果て鈍行なども1枚ずつ写っている。このキハ22の稚内行きは、撮影現場に向かう途中で遣り過ごしている。レールの間にある足跡はこあらまが残したものだ。足跡からも解るように、いつものように単独行動だった。列車は何と3両編成で、雪煙を巻き上げて颯爽とやって来た。キハ22の耐寒、耐雪設計の優秀さは、北海道での運用で十分に証明され、その後の国鉄、私鉄車輌に伝承されることとなった。


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  1. 2019/01/23(水) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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宗谷の牧草地を駆ける

刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ
風雪の季節を前に穏やかな時間が流れる

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2018年10月 宗谷本線 抜海

宗谷地方の農業と云えば酪農が中心だ。それも、広大な牧草地を使った放牧型の酪農となる。年間を通して気温が低く、夏の日照時間も少ない宗谷では、小麦などの農作物の栽培には適さない。何とか育てられるのは牧草くらいだというから、取捨選択的に残ったのが酪農ということだろう。道内各地のセイコーマートの店先に並んでいるセイコーマート牛乳は、お隣の豊富町の牛乳公社で生産されファンも多いという。

ここ抜海周辺にも広大な牧草地が広がり、酪農農家が点在する。隣家に行くにも車が必要となる土地柄だ。遮るもののない一面の牧草地の丘陵地帯を列車が行き来する。冬ともなれば、海から吹き付ける北東の季節風が、駅や鉄路に容赦なく襲い掛かる。風雪をじっと耐え忍ぶ厳冬の抜海駅の様子は印象的だ。冬を前に、刈り取りの終わった牧草地の緑が綺麗だ。氷雪の季節が近づく宗谷に流れる一時の穏やかな時間だ。


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  1. 2019/01/13(日) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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「ぬまひきょん」の棲む駅

利尻を車窓に北辺の地を列車が進む
後世に送り継ぐべき類希な宝の鉄路だ

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2018年10月 宗谷本線 下沼

現役蒸気の頃から宗谷本線との付き合いのある方々なら、この下沼の変貌ぶりには驚かされることだろう。いや、駅が何とか残っているだけ幸運と思わなければならない。宗谷線でも、結構な数の駅が廃止されて歯抜けになっているので、若かりし頃の記憶の中の駅順は通用しない。隣の南下沼は2006年に廃止され、駅名票には「ほろのべ」の文字がオーバーステッカーされている。ちょっと前まで、ご多聞に漏れず、ここの貨車駅舎も、ペンキがひび割れだらけの醜い外観を晒していた。

2016年8月、JR北海道は、幌延町内にある糠南、南幌延、下沼の3駅の廃止を町に伝達した。そこで幌延町が始めたのが、「あなたが守る秘境駅プロジェクト・マイステーション運動」だ。町が維持管理費を負担し、3駅を当面存続させることにした。下沼には、「ぬまひきょん」というイメージキャラクターが宛がわれ、駅舎は町民自らの手で綺麗にお色直しされた。平均乗車人員が1人にも満たない駅に、浄財を投じるのも大変かと思うが、駅がなくなることへの町の強い危機感が感じられる。

この写真を眺めていると、この路線を後世に伝えなくてはならないという思いが湧いてくる。こんな人口密度の低い大規模酪農地帯だ。地域内輸送など望むべくもない。その代わり、日本では稀有な雄大な風景が広がる。冬ともなれば風雪の白い大地に豹変する。これほどダイナミックで非日常的な四季の車窓を楽しめる長大路線が他にあるだろうか。防衛上だとか、通学生がいるのだとか、代替可能な取って付けたような理由ではなく、路線そのものの魅力を問うことが出来ないものだろうか。

国交省の案にもあるが、ここは思い切って、大胆な観光路線化の実験をしてもらいたいところだ。イギリスでは、リチャード・ブラウン氏率いるヴァージングループが鉄道運行会社を経営している。日本でも、観光業で辣腕を振るう、星野佳路氏の星野グループや三木谷浩史氏の楽天グループなどが列車を走らせれば、面白いことになるだろう。総合的な観光開発に繋がるだろうから、北辺の鉄路ばかりでなく、地域の経済にも良い影響を及ぼすだろう。旧態依然としたやり方では、宝を失うだけだ。


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  1. 2018/12/23(日) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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駅舎の灯 抜海 17時15分

北辺に佇む小駅に夕闇が迫る
窓からは暖かい駅舎の灯が漏れる

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2018年10月 宗谷本線 抜海

少し前まで、抜海の海岸線で利尻島、礼文島の彼方に沈む夕日を撮っていた。雲が多い空模様だったが、抜海集落や礼文のシルエットが、水平線上に僅かに開いた雲間に浮かび上がっていた。その後、まだ空に明るさが残るここ抜海駅にやって来た。17時04分に通過する61D「サロベツ1号」稚内行の姿を捉えるためだ。この駅には、上り4本、下り3本の普通列車しか停車しない。3往復の特急は勿論通過していく。この列車の前にこの駅を通ったのは、13時16分の64D「サロベツ4号」で、4時間近い空白がある。普通列車では4325Dの11時49分と、5時間以上も前のことだ。

札幌圏は別として、北海道では、特急はそれなりの需要があるようだが、地域内輸送は何所も壊滅的だ。つまり、近い将来、現在の特急停車駅以外の町や集落は消えてしまうかもしれないということだ。同時に、特急の走っていない路線には、明日はないのかもしれない。人口がシュリンクしているわけだから、人の住む場所は、北海道の開拓史を逆行するようなものだ。鉄道も新たな使命が見出せなければ、歴史を遡ることになりかねない。宗谷北線の存続問題が議論されているが、たとえ存続したとしても、石勝線のように特急しか走らない路線になっているかもしれない。

さて、本題の抜海に戻ろう。定刻の17時04分になっても、下り線の場内信号は赤のままだ。刻々と空は光を失っていく。停車列車ならまだしも、通過ではある程度の光量が欲しい。完全な闇になる前の薄暮を想定していた。JR東であればスマホで列車の位置を確認するところだが、ここは北海道だ。長い長い待ち時間が流れて行く。定刻を10分近く過ぎて、やっと信号が青に変わった。間もなくして、列車の明りが見えてきた。この車両のヘッドライトの明るさは、標識と云うよりは前方視認のためのものだ。暗くなった分だけヘッドライトだけが目立つ結果になってしまった。


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  1. 2018/12/01(土) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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