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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

東北の秋色 遠ざかる残照

次第に日の光が遠ざかって行く
盆地に冷気が溜まり始めたようだ

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2016年10月 只見線 根岸

見込みが外れて、列車が来た時には日の光は遥か彼方へ。負け惜しみ的に、これはこれで面白いかも。

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  1. 2020/11/02(月) 00:00:00|
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東北の秋色 只見川の空色

只見川の水面が秋の青空を映す
集落に透き通った日差しが降り注ぐ

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2016年10月 只見線 会津水沼

自然の脅威から身を守るために、こうして寄り添って生きることを選んだ。街の密集とは訳が違う。

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  1. 2020/10/25(日) 00:00:00|
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旅のお供

現役蒸気亡き後も周遊券巡りが続いた
キハ58で旅したあの時代の記憶が蘇る

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1976年7月 只見線を往く414D急行「奥只見」で移動中

今回は旅の私的写真で行ってみる。この前夜、こあらまは上越線の急行「佐渡」で真夜中の小出に着いた。夜明けを待って只見線の始発で入広瀬に向かい、まずは朝靄の入広瀬ロケを熟す。次は炎天下の只見へと移動し、後続の急行「奥只見」に乗車して会津柳津を目指している。その移動中の車中での一枚だ。写っているのは、旅のお供のこあらまの荷物だ。多分、キハ58の「奥只見」は会津西方か会津檜原辺りを走行しているはずだ。天井には扇風機しかなく、非冷房の車だ。当時の急行には非冷房は珍しくなく、特にローカル線では当たり前だったが、何故か当時の列車旅で暑くてしんどかったなどという記憶はない。キハ58の1段上昇窓から入る風が気持ち良かった。

撮影旅に持ち出すカメラ機材をどうやって持ち歩くかは、悩ましい問題だった。色々なやり方を試してみたが、この時は鉄パイプの背負子にアルミのカメラバックを載せてみた。厳冬期には金属は凶器にもなるので、冬には使えないやり方だ。しかし、季節に関わらずこの方法は失敗だった。形がしっかりしているアルミバックはカメラには優しいかもしれないが、使い勝手はすこぶる悪かった。重さもあり収納能力は形があるが故に低かった。敢えていい点を挙げるなら、椅子や踏み台代わりになることくらいだ。その後は、アルミバックは自宅でのカメラ保管庫になり、車時代になっても屋外ロケに出動することはなかった。カメラバックはやはり合繊製が基本だろう。

さて、左の星印の手提げには何が入っているかと云うと、時刻表と食料、それと石鹸や歯ブラシ、タオルなどの日用雑貨だ。移動中は背負子から外して、車窓を楽しみつつ、時刻表を眺めながら腹ごしらえということになる。時刻表は国鉄監修の交通公社の大判のやつと決めていた。旅の目的からして、全駅が収載されていることが欠かせなかった。残るは三脚だが、銀塩時代には必須アイテムだったが、持ち歩くには厄介な形状だ。こいつも歩行中は背負子に縛り付けていた。スリックのマスターEV3段と云う奴だが、やはりこのタイプの雲台はかったるい。当時は高級雲台まではとても手が届かなかった。現在もマスターデラックスを予備にロケ車に積んでいる。

撮影旅に車が使われるようになるのはこの数年先だが、それまでは周遊券を使った無宿旅人を相変わらず続けていた。この時は東北ワイド周遊券を持っていたが、東京から周遊エリアに入るルートに只見線もあった。キハ58の車内がどうなっていたかはあまり記憶にないが、写真からすると急行形電車とほぼ同じ造りだったようだ。あの頃、こんな座席の急行を乗り継いで旅を続けていたのだ。車輌の外観を撮ったものに比べて、車内となると意外と少ないものだ。この写真も、当時の車内の様子が分かる数少ない資料でもある。


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急行「奥只見」の停車駅の会津宮下にて車窓から


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  1. 2020/08/02(日) 00:00:00|
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坂下の早朝

朝早くから坂下は賑わっていた
乗客の出で立ちに昭和が見える

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1972年7月 只見線 会津坂下

以前、只見線の「坂下の朝」をご紹介したことがある。朝8時半ごろに上下の列車が会津坂下で交換するが、現役蒸気時代には、共にC11が牽く423レと424レが交換していた。下り列車から降りた乗客が、ぞろぞろと構内踏切を渡って駅舎に向かう光景が見られた。その後も、この交換は変わらずで、車輌は気動車となり、乗客の大半は二つの高校に通う生徒となったが、依然として構内踏切の行列は続いている。

その「坂下の朝」より早い6時過ぎには、この駅の最初の交換があった。上野発の夜行から乗り換える下り始発の421Dと、宮下からのC11の牽く上りの始発の422レの交換となる。写真はその421Dから422レを撮ったものだ。この交換では、坂下の人が若松に向かう時間で、上りの422レに乗客がぞろぞろだ。列車の停車位置も、例の場内踏切に向かい合って上下の列車が停車するが、こちらが通常の位置だろう。

422レの停車時間は10分程で、C11は一旦客車を残して給水に向かう。写真には乗客に混じってナッパ服姿が見える。多分、このC11の機関士で、給水は助士に任せてトイレにでも行くのだろうか。この写真の原版はライカ版の縦構図だ。今なら、間違えなく横構図で、乗客の行列を狙っていたはずだ。蒸気に熱中していた当時は煙の方が大事だったようだ。切れてしまった駅員氏に申し訳ないことをしてしまった。


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  1. 2020/07/15(水) 00:00:00|
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春燦燦

彼の地の田植えは始まっただろうか
世情などお構いなく季節は巡って往く

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2017年5月 只見線 会津中川

毎年の会津只見詣でが途絶えて3回目の春となった。復活蒸気には腰の重いたちだが、唯一只見線には足繁く通っていた。この路線の沿線風景には、依存症中毒を引き起こす何かが在る。勿論、蒸気がメインディッシュだったが、東北色のヨンマルという美味しい脇役も見過ごせなかった。行き帰りの駄賃に寄る越後小出口も大きな原動力になっていた。その恒例だった只見線の蒸気運行も途絶えて、気が付けばヨンマルの時代も儚く去っていった。

慣れもあるだろうが、ヨンマル東北色の只見線沿線風景とのマッチングは、決して悪いものではなかった。雪の季節には車体の緑が、山の木の葉には白のコントラストが良く映えた。こうして朝日に照らされると、少々明る過ぎの感もある白も、この地の背景には相応しいのかもしれない。よくよく見てみると、この車体色の塗分けは、脈々と続いた国鉄流のものだと気付く。やはり、先人が行き付いたものには、それなりの重みがあるということだ。

只見線の全面復旧はいよいよ来年の予定だが、蒸気も来なけりゃ、ヨンマルもいない。コロナの状況によっては悲しいスタートになるやもしれない。それでも、リニューアルされた橋梁群を見たい好奇心はある。再び蒸気が走れば申し分ないが、今回の外出自粛ショックでどこも散財は許されない。まあ、潔く車両云々から解放されて、撮影スタイルを進化させるにはいいかもしれない。とにかく、行動の自由が戻らなければ、田植えも終わってしまう。


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  1. 2020/05/06(水) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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