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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

鎌倉 若宮大路

若宮大路が一直線に鶴岡に向かう
今無き段葛を車と電車が行き交う

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2019年11月 横須賀線 鎌倉

この若宮大路は、鎌倉幕府を開いた源頼朝によって、平安京の朱雀大路を参考にして町づくりの手始めとして1182年に造られた。この南北に走る若宮大路の向かって右側の東側には小町大路、西側には今大路が、東西方向には写真2番目のT字路標識の三の鳥居前の横大路、1番目の標識の下馬四つ角を通る大町大路、写真後ろの旧一の鳥居で交差する車大路が造られ、合わせて鎌倉六大路と呼ばれる。一応碁盤の目を摸しているが、かなり小規模かつ歪曲、変形しており、平安京、平城京には遠く及ばない。車大路の一部を除き、今も六大路は車道として使われているが、町全体としては中世とは断絶した地割りで、迷路のような小道が多く、車の観光客が迷い込むと身動きできなくなってしまう。ちなみに、観光客で賑わう小町通りは、単なる土産物通りで、歴史的な名称ではない。

若宮大路は、鶴岡八幡宮から由比ガ浜まで一直線に1800mあるが、当初は1300mに渡って中央に段葛が造られた。北条政子の安産を祈願したものとも言われている。その後の地震や津波、横須賀線の開通などで、現在の段葛は鶴岡寄りの480mを残すのみとなっている。段葛に限らず、鎌倉には中世の歴史的建造物や仏像は殆ど残っておらず、京都や奈良と違ってイメージだけの古都だ。それが理由で、ユネスコの世界遺産にも落選している。しかし、イメージと云うのは恐ろしいものだ。ウィークデイにも嫌と云うほど観光客がやって来る。北海道などではアジア系の観光客が多いが、旧鎌倉では欧米系の来訪者も多い。ただし、同じ鎌倉市内の江ノ電の鎌倉高校前のスラムダンクの踏切は、台湾のお客様で何時も大盛況だ。この通りは年始には200万人の初詣客で賑わうことになる。


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  1. 2019/11/17(日) 00:00:00|
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軍需路線

鎌倉を強引に横切って横須賀線が往く
路線の起源は軍港の軍需輸送に始まる

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1973年9月 横須賀線 鎌倉

車輛のことを言うとボロが出てしまいそうだが、この電車は目玉がデカいのでスカ色の111系と思われる。111系とその後継形式である113系、115系が国鉄近郊線を席捲していくことになる。列車は北鎌倉から扇ヶ谷隧道を抜けて鎌倉の市街地に入るところだ。鎌倉の寺院の撮影の折に、警報機に反応してしまい、ながらで撮ったものだ。

明治末期に日本海軍は、横須賀、舞鶴、呉、佐世保の4港を軍港に指定して、鎮守府と海軍工廠を置いた。また、大湊を軍港に次ぐ要港とし、要港部を設けた。この5港は、海上自衛隊に引き継がれ現在に至っている。横須賀と佐世保については、在日米海軍第七艦隊の拠点ともなっている。

その軍港に繋がる鉄道には当然軍需を目的に敷設されたものがある。呉線にC59やC62が闊歩していたのは、軍需目的の幹線仕様であったからに他ならない。横須賀線も横須賀軍港のための幹線で、かなり強引な手法によって建設されている。円覚寺の参道を横切り、鶴岡八幡宮の段葛を薙ぎ倒して行軍している。鶴岡の段葛は一の鳥居から三の鳥居まで存在していたが、横須賀線敷設のために一の鳥居から二の鳥居の間が撤去されている。以前の記事にも書いたが、戦時中には御殿場線のレールを使って、横須賀から久里浜まで延伸されている。

今日は「終戦の日」だ。日本政府は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」としている。追悼と祈念とは国民も随分と甘く見られたものだ。盲目的に為政者に従っていればいいと言わんばかりだ。祈念さえしていれば平和が訪れるのなら何の苦労もない。先の大戦の際、どれだけの国民が開戦を望んでいたというのだろうか。軍国化の兆しは、文化財の保全などお構いなしに強引に軍需路線を敷設することに始まっている。軍国主義は今は金儲けの経済主義にも姿を変えている。前回の東京オリンピックでは都電が廃止され、日本橋の上に首都高が通った。今度は都心上空に航空路が開かれるという。そういう守銭奴の無節操すら阻止できずに、いざという時にどうやって戦争を回避するというのだろうか。やはり、追悼や祈念だけでは何も生まれてこない。


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1977年10月 鎌倉東慶寺 Mamiya RB67 PRO SD Mamiya K/L 127mm F3.5 Ektachrome 64 (EPR)

写真は横須賀線北鎌倉駅近くの松岡山東慶総持禅寺、通称縁切寺と呼ばれる東慶寺の境内に鎮座する石仏になる。墓石の上に載る仏様で、多くの石仏がそうであるように、その出自の詳細は不明だ。とても慈悲深い御尊顔には安らぎを覚える。こあらま的には、鎌倉の石仏で最も気に入っている中の一体だ。今日という日に、まずはこの仏様に、国を思って儚く散っていった多くの若人の御霊を慰めてもらおう。


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  1. 2019/08/15(木) 00:00:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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