駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

初心時代

金子坂にデゴイチ貨物が差しかかった
逸る気持ちをグッと堪えてチャンスを待つ

00308F16.jpg
1970年2月 八高線 金子

事始めのこの頃使っていたカメラは、オヤジの距離計連動の「PETRI35 F2」だった。レンズはガウス型4群6枚の「Orikkor 45mm/F2.0」というのが付いている。このレンズが「お利口」かどうかは知らないが、面白い命名だと結構気に入っている。当時のネガを見ると、全く引き付けが足りなく、罐が片隅にしか写っていないものや、罐や編成が無残にブチ切れているものなど、惨憺たるものだ。今時の視野率100%などと違って、この手のレンジファインダーカメラは、視野は大雑把なうえに見え方も決して明瞭とは言えないものだが、そんな事情を差し引いても、弁解できるような代物ではない。当時のフィルム事情では、連写などありえず、一列車一枚が原則だった。逸る気持ちを抑えきれず、ついつい早くシャッターを切ってしまっていたのだろう。まさに若気の至りだ。そんな中で、珍しく上手く画角にはまったのがこの写真だ。おまけに盛大なドレインサービスも付いている。今なら何てことない写真だが、当時はちょっと自慢げな心持ちになったことを覚えている。写真の良し悪しはさて置いて、私的には懐かしさいっぱいの事始めの頃の貴重な一枚だ。


スポンサーサイト

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/09/26(火) 00:00:00|
  2. 八高線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

漂泊の道標 構内踏切

18903F.jpg
1977年6月 八高線 明覚


こんなにエコでバリアの小さい渡線路が、どうして減ってしまったのだろうか
ローカル線の跨線橋など、年寄り返しの無用の長物だ


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/09/20(水) 00:00:00|
  2. 八高線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

漂泊の道標 夕暮れの出発信号機

18036F.jpg
1977年5月 八高線 金子


あの「ガシャン」という余韻のある響き
決して薄れることのない音の記憶



テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2017/08/01(火) 00:30:00|
  2. 八高線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

八高線から蒸気が消えた日 「46年前の“今日”へ」

尾花の咲く頃、一声の汽笛を響かせて、さよなら列車が去って行った
その日、小生の八高線の蒸気時代が終わった

00920F16.jpg
1970年9月27日 八高線 折原-竹沢

46年前の今日は月曜日だった。通学にせよ通勤にせよ、月曜日の朝はあまり気分のいいものではないが、その日は特別に憂鬱な月曜日だった。前日の日曜日に、八高線で高崎第一機関区のさよなら運転があったからだ。通い慣れた八高線の無煙化は結構堪えた。今でいえば八高線ロスといったところだろうか。普段から不真面目な生徒だったが、この日は尚更だった。もう、日曜日が来ても八高線がないかと思うと、授業など上の空だった。それまでも、小海線や米坂線、中央西線などへの夜行日帰りには出掛けていたが、それはあくまで特別な日であり、西武池袋線一本で日常的に行くことが出来た八高線は本当に有難い存在だった。

この翌週には八高線での八王子機関区のさよなら、翌々週には東京駅までやってきた高島線のさよならと続いたが、この一連のさよならで脳に異変を来したのか、フィールドを全国に広げ、我武者羅な体力任せの無宿撮影旅が始まった。周遊券代と僅かな食費があれば、時間に追われるように旅に出ては、腹を空かせた野良犬のように歩き回った。後から苦しめられることになったが、フィルムはコダックがいいことは分っていたが先立つものがなかった。フィルムの質より旅に出ることが優先された。今となっては、そんな蒸気の追っ掛けに、どれだけの意味があったかを、問うてみてもしょうがないが、少なくとも放浪めいた金欠旅の経験は、その後に大きな影響を与えたことは確かだ。それだけでも、十分に意味があったということにしておこう。

さて、写真の方はさよなら重連客レの高崎への帰りとなる。行きはD51、帰りはC58が先頭に立った。ヘッドマークを付け、熱狂する多くのファンを乗せた旧客を引いている。その日は高崎第一機関区が一般公開されていたので、撮影後、高崎第一まで行ってみた。記憶ではD51、C58、C12が展示され、その日の牽引機のD51631が転車台に乗っていた。高崎操車場で入換をしていたキューロクの姿は見当たらず、巨大な扇形庫の賑わいは既に過去のものとなっていた。現在は、高崎第二機関区がJR貨物の高崎機関区に、第一機関区がJR東日本の高崎車両センター高崎支所になっている。復活蒸気のC6120、D51498、C58363もここの所属だ。かつて八高線の蒸気が屯した機関区は、復活蒸気の基地として再利用されている。

翌週の八王子のさよならは、飾り付けや塗装がけばけばしく、天候にも恵まれず、あまりいいものではなかったので、この日が気持ち的には最後の日となった。小生が最後に撮ったのは、もちろん後追いだ。これだけ見ればイベント列車の騒々しさは無い。蒸気の向こうには茅葺の古民家も見える。尾花の咲く頃、一声の汽笛を響かせて、小生の八高線の蒸気時代が終わった。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/09/28(水) 00:30:00|
  2. 八高線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

DD51の時代

国鉄の動力近代化の波が、八高線にも押し寄せてきた
完全無煙化を前に、既にDD51の牙城と化していた

00807R16.jpg
1970年9月 八高線 毛呂

1960年に国鉄の動力近代化計画がスタートした。要は蒸気機関車を電車やディーゼル車に置き換える無煙化を意味した。幹線においては電化が進められ、東北本線、奥羽本線、羽越本線、常磐線、総武本線、信越本線、中央西線、篠ノ井線、北陸本線、山陽本線、呉線、鹿児島本線などが次々と全線電化され、大型蒸気が消えて行った。そして、電化計画の無い路線については、あらゆる路線に対応すべく、軸重の異なるDD51、DE10、DD16といった凸型ディーゼルが開発、投入された。厳しい峠を有する輸送量の大きい線区から始められ、じわじわと全国に広がって行った。ついに1975年の年の瀬、夕張線のD51を最後に本線上から煙が消え、そして翌1976年の春に追分の入換用のキューロクが火を落とし、国鉄の近代化計画が完了することとなった。

1962年から、大型蒸気の老舗でもあった日立製作所、川崎車両、三菱重工業で製造が開始されたDD51だが、いよいよ1970年に入り八高線にも投入が始まった。八高線は都心迂回の輸送ルートの役割に加え、高麗川のセメント会社の原料・製品輸送もあり、一日に20本程の貨物列車が組まれていた。輸送には、八王子、高崎第一の両機関区のD51、C58がその任に当たり、大宮のキューロクも川越線から乗り入れていた。東飯能-高麗川間の鹿山峠、金子坂などの勾配のため、八王子-高麗川間のセメント列車は、多くで重連での運行となっていた。DD51への置き換えは、1970年の春頃から始まり、その年の10月改正で完全無煙化となった。

この日は朝からD51を待ち続けたが、撮影対象の10本程の貨物列車のうち、蒸気で来たのは午前のたった2本だけだった。八王子寄りは既にDD51の牙城と化していたので、ちょっと足を延ばして、ここまでやって来たが、やはりDD51の勢力拡大は着実に進んでいた。諦めムードの中、こんな写真をとっている。画の手前は日立製の686号機で、1970年2月20日に高崎第一に送り込まれた最初の刺客だった。500番台と言われるSG付、全重連タイプの標準的な機体で、八高線では通年スノープラウを付けていた。この日のネガには、DD51重連やDD51とDE10の重連も写っている。DD51重連の機関士目線の画まである。今の凸型DDファンが見たら生唾ものだろうが、その時の蒸気ファンにとっては本当に悲しい一日だった。こうしてDD51の時代の幕開けとなったが、小生にとっては、この日が八高線最後の蒸気定期列車の撮影となってしまった。そして、悲運にも貨物列車の時代は足早に過ぎ去り、686号機は1987年に僅か17年の車齢で、一度も転属することなく高崎第一で廃車になっている。


テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/09/20(火) 00:30:00|
  2. 八高線
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

なお、拙ブログへのリンクは自由です。

最新記事

最新コメント

リンク

月別アーカイブ

最新トラックバック

カテゴリ

小海線 (109)
飯山線 (21)
宗谷本線 (16)
天北線 (1)
興浜北線 (2)
深名線 (1)
石北本線 (7)
渚滑線 (2)
湧網線 (1)
相生線 (3)
釧網本線 (3)
根室本線 (2)
池北線 (1)
広尾線 (2)
留萌本線 (8)
札沼線 (1)
函館本線 (40)
室蘭本線 (8)
千歳線 (1)
日高本線 (3)
江差線 (11)
函館市電 (1)
大湊線 (6)
津軽鉄道 (2)
五能線 (5)
八戸線 (5)
花輪線 (2)
三陸鉄道 (2)
釜石線 (8)
秋田内陸縦貫鉄道 (5)
由利高原鉄道 (2)
陸羽西線 (1)
米坂線 (4)
羽越本線 (2)
磐越西線 (2)
日中線 (3)
只見線 (47)
真岡鐡道 (14)
東北本線 (1)
総武本線 (1)
中央東線 (3)
東海道本線 (2)
八高線 (11)
秩父鉄道 (7)
西武池袋線 (1)
西武山口線 (1)
江ノ島電鉄 (10)
箱根登山鉄道 (3)
御殿場線 (2)
岳南電車 (6)
中央西線 (1)
関西本線 (2)
宮津線 (1)
山陰本線 (31)
播但線 (1)
姫新線 (3)
津山線 (1)
芸備線 (6)
木次線 (1)
三江線 (3)
山口線 (5)
日豊本線 (14)
筑豊本線 (9)
日田彦山線 (2)
伊田線 (1)
後藤寺線 (1)
田川線 (2)
唐津線 (3)
松浦線 (3)
佐世保線 (1)
大村線 (1)
長崎本線 (2)
島原鉄道 (1)
久大本線 (4)
豊肥本線 (3)
高森線 (2)
肥薩線 (18)
くま川鉄道 (1)
日南線 (3)
宮之城線 (1)
指宿枕崎線 (2)
写真集・書籍 (4)
鉄道模型 (1)
ご挨拶 (0)
はじめまして (3)
未分類 (0)
富良野線 (1)

写真に写った方々へ

鉄道は人を運び、人に見送られ、人に支えられています。時として人が主役になります。

撮影の際には、なるべくご了解を頂くようにはしておりますが、そうできない場合もあります。写った方々と見る方々が不快に思われないようなものに限っていますが、ご本人やそのご関係者の方で、掲載に不都合がある場合には、メールでご連絡ください。 また、登場する鉄道員の方をご存知でしたら、差し支えがなければご紹介ください。

こあらまへのメール

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ご来場者累計

RSSリンクの表示

QRコード

QR