駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

続・青葉の山陰線を往く その25 終着駅

梅ケ峠を越えると下関近郊だ
駅のホームにも街の匂いがする

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2017年5月 山陰本線 梅ケ峠

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山陰本線も小串を過ぎ、長閑な黒井村、梅ケ峠の内陸部を抜けて吉見まで来ると、幡生までは10km程となり下関の郊外へと入る。安岡と綾羅木の間に梶栗郷台地という知らない駅が開業していた。もともと梶栗という駅があったらしいが、太平洋戦争の影響などで1941年に廃止されている。昨今、下関市街地のニュータウンとして周辺の開発が進んだため、67年ぶりの2008年に駅が復活したとのことだ。山陰線の最後の区間は、ローカル線の風情ではなく、住宅地が続く市街地を往く近郊列車となって幡生に辿り着いた。

長々と連載してきた山陰線の旅も終わりとなった。非電化区間が始まる兵庫県豊岡市の竹野からでも500kmを超える長丁場だ。山陰線の素晴らしいところは、長距離路線にも拘わらず、次から次へと写真心を擽るような場所が現れることだ。特に山陰海岸の美しさと石州瓦の集落は絶品だ。今はもう一体路線としての役目を終え、継ぎ接ぎ路線のような運行状況だが、今年からは「瑞風」が山陰線全線を駆け抜けている。萩―長門市間のように超の付くローカル線と化してしまった区間もあるが、全線が繋がっていての物種だ。鉄道の利用価値に観光が加わって浮かばれる線区もある。JR西日本もこの長大在来線を維持してきた甲斐があったというものだろう。どんな形であれ、列車が走り鉄路が守られることが肝要だ。いつまでも、山陰線が途切れることなく、1本のレールで繋がっていることを願って、この連載を終わりにしたい。


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2017年5月 山陰本線 吉見

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山陰線の終点は幡生だが、列車は下関を始発・終着にしている。その下関で出発を待つ長門市の罐の牽く客レは、前編の最終回にアップした列車のカラーバージョンだ。多くの蒸気機関車をカメラに収めてきたが、ネオンサインを背景にしたものは極めて稀だ。新しいものと古いものが混然一体とした不思議な眺めだ。山陰線下関口が無煙化されたのは、翌1974年の11月末だった。


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1973年7月 山陽本線 下関


これで「青葉の山陰線を往く」の全編を終わります。


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  1. 2017/09/28(木) 00:00:00|
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続・青葉の山陰線を往く その24 小串海岸

小串海岸は変わらず美しい海岸だった
昔も今も穏やかな渚が迎えてくれた

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2017年5月 山陰本線 湯玉

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1973年7月 同所

いよいよ美しい山陰海岸が眺められる最後の区間となった。逆に、下関側からの最初の景勝地が湯玉―小串間の小串海岸となる。その昔、山陰線のD51を初めて撮りに来た時には、京都からの夜行急行「雲仙3号」を下関で降り、早朝の列車でここ小串に着いている。一日を掛けて湯玉まで歩き、夜に下関に戻るという、何とも悠長な旅程だった。今では、美味しい所を摘み食いするかのように、さっさと駒を進めていくが、旅の密度もそれなりということだろう。列車本数もグッと少なくなっているので、朝晩に鉄撮りをして、日中は非鉄に興じるというのが、今の旅のスタイルだ。

例によって、期せずして核心部は今昔物となった。別に同じアングルを探したわけではないが、結果的に同じになった。幸いなことに、昔と変わらぬ美しい海岸線の眺めだが、どう云う訳か松の木が激減している。松くい虫の被害にでも遭ってしまったのだろうか。残念なことだが、どう見てもこの日本的な海岸線には松が在った方が風情があるように思う。D51の写真は、景色がよく見えるように罐が遠目のものにしたが、半流のD51の牽く貨物列車だ。当時であれば、こんなタラコのキハなどには、見向きもしなかっただろうが、今となっては、当時を偲べる数少ない国鉄型気動車だ。


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この区間で「西長門ブルーライン」の愛称をもつ国道191号線は、山陰線と並行して益田、そして広島へと伸びている。D51時代にはこんなに立派な道ではなかった。その頃、少なからぬ地方国道が砂利道だった。その後、次々と改修がなされ、車社会が到来した。立派な国道と並んで走るか細い鉄路。車と鉄道が共存していける社会であってほしいものだ。


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  1. 2017/09/22(金) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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続・青葉の山陰線を往く その23 特牛という名の駅

新緑に包まれて、とびっきりの難読駅が佇んでいた
海岸の駅とは趣の異なる、緑の香りのする場所だ

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2017年4月 山陰本線 特牛

難読駅名も難しさが群を抜けば、逆に皆の知るところとなる。そのいい例がこの特牛だろう。さまざまなメディアに取り上げられ続けているので、知名度はかなり高い。当然、鉄道ファンの間では誰もが知る有名駅だ。この特牛から滝部に向かう列車には、25‰の急勾配が待ち構えている。山陰線にまだD51が走っていた頃、その力走を求めて全国から多くのファンが撮影に訪れた。そんな撮影の記事を雑誌などで読み、「こっとい」という読みを知った。

この駅に来るのは、そのD51の時代以来のことだ。この駅が無人化されたのは国鉄時代の1971年のことで、同じ頃に島式ホーム2面2線の交換設備も閉じられ、棒線化された。その後、元国鉄職員が駅舎の空いた事務スペースを利用して食料品店を営んでいたらしいが、2001年頃にこちらも敢え無く閉店となったとのことだ。駅舎は開業当時の木造駅舎らしいが、売店開設時のものと思われる改装で新建材だらけになり、外観に開業時の趣は感じられない。

駅は少し内陸に入ったところにあるので、中心となる海辺の集落と港からは3kmほど離れている。駅は民家が点在する田畑から少し登ったところにある。緑に包まれた何とも長閑な駅だが、昔はちょっとした交通の要だったようだ。角島とを結ぶバス路線の停留所が駅前にあり、通学の生徒で賑わっていたという。映画のロケで「いがみはた」という駅に化けたことがあり、聖地巡礼のための観光客のため、臨時列車が走ったという、嘘のような話もある。


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7時50分発の下りの滝部止りの列車が単車で到着したが、乗車する人はおらず、女性が一人降りてきただけだ。通学は6時台の列車で終わっていたようだ。2015年の平均利用者数は32人とあるので、10人くらいの生徒が乗車したはずだが、残念なことをした。もうすこし計画を詰めておけばよかった。


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以前はこのホームが島式2面2線であったことがよく解る。前方のポイントが残され、行き止まりのごく短い引込線になっている。こちらが滝部方面で、この先に25‰の登り坂がある。D51の牽く客レは、特牛を出ると勢いよく加速していた。以前の構内踏切を渡って、白い手すりの階段を下ると駅舎がある。


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駅舎は大幅に改装されてしまっているが、どう云う訳か古めかしいラッチが残されていた。擦り減り具合から見て、開業時からのものだろう。開業したのが1928年、無人化されたのが1971年。このラッチで駅員氏が出迎えをした年月よりも、ラッチだけが鎮座していた年月の方が長くなってしまった。


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  1. 2017/09/18(月) 00:00:00|
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続・青葉の山陰線を往く その22 小串線終着駅

日本最長在来線の旅もそろそろ終わりが近づいた
線路は南下を始め、山陽線の待つ幡生を目指す

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2017年4月 山陰本線 阿川

ホーム上に629キロポストがある阿川までやってきた。終点の幡生まであと15駅、44.8kmを残すのみとなった。この阿川からは海岸を離れ、特牛、滝部と25‰の小峠を幾つか越えて、長門二見の先で再び海の見える響灘の岸辺に出る。阿川は幡生から延びた国有鉄道小串線の終着駅として1928年に開業した。駅舎は開業時からの木造だが、色々と手が入れられているので古の風情には乏しい。ただ、正面の待合室入口の三角屋根には、この駅舎が出来た頃の面影が感じられる。美禰線が接続したのが2年後、山陰線が全通してその駅となるのは5年後の1933年のことになる。

山陰線にはキハ40系の後継としてキハ120形、121系、126系が導入されているが、長門市-下関間は、唯一今もキハ40系が独壇場の区間だ。小串-下関間はぐっと列車本数が増えるが、やはり全てがキハ40系で運用されている。観光列車の「〇〇のはなし」以外はラッピング車もないので、撮る側としては安心な線区だ。ところが瑞風が走るようになって、ちょっと沿線がざわついている。本来は風景重視ののんびりとしたローカル線なのだが、瑞風が車両特異性の高い専属カメラマンを引き連れて来た。なかなかハードな仕事っぷりなので、運転日には心積りしておいた方がよさそうだ。


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山陰線の小串-幡生間は、もともとは長州軽便鉄道、後の長州鉄道という民間会社により敷設された。下関から現長門市までの免許を得ていたが、資金不足で小串までとなってしまった。国有化され小串線と改称され、阿川まで延伸されたところで、東から美禰線が伸びてくるのを待つことになった。長州鉄道に残された幡生-東下関間は電化されたが、関連会社ともいえる山陽電気軌道に譲渡され、同社の幡生線となった。下関市街を巡る路面電車として半世紀近く活躍したが、1971年に廃止され、同社はサンデン交通というカタカナ名のバス会社となって現在に至っている。生き残りのために、ANAの空港業務も受託している。一世紀程前に、多くの鉄道が民間の英知によって建設され、その路線を繋ぎ合わせて国鉄の全国鉄道網が完成することとなった。再び、JRという民間会社に分配されたわけだが、そんな経緯があることを無碍にしてはならない。もちろん、国有化の流れがなければ、さらに多くの路線が失われていたであろうことは確かなのだが・・・。


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  1. 2017/09/12(火) 00:00:00|
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続・青葉の山陰線を往く その21 集落の守り

潮風を避けるように農家と山陰線が続いている
厳しい冬が終わり集落の守りも緑に包まれた

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2017年4月 山陰本線 長門粟野

今年1月まで新下関―仙崎間で運行されていた「みすゞ潮彩」がリメークされ、JR西日本の山口デスティネーションキャンペーンに合わせて、8月5日に「〇〇のはなし」という観光列車に生まれ変わった。「みすゞ潮彩」は下関市と長門市の要望で始まった列車だが、今回は萩市も加わり、運転区間も新下関―東萩間に拡張された。車両は「みすゞ潮彩」に使われていたキハ47の2両編成を再び改造した車だ。この列車名は「まるまるのはなし」と読むそうだ。「はなし」の部分は、萩の「は」、長門の「な」、下関の「し」だそうだ。何とも奇妙な命名だが、「〇〇」はデジタルでは化けやすい記号なので要注意だ。

この2両編成全車指定の「〇〇のはなし」も、事前予約を入れておけば、下関の老舗料亭「古串屋」のこだわり弁当や萩のスイーツが味わえる。多分、肥薩オレンジ鉄道のオレンジ食堂が、起爆剤になったのだと思うのだが、各地にこの種の列車が投入されている。小海線の「HIGH RAIL 1375」も全く同じ趣向だ。一般人でも気軽に楽しめる、ちょっと贅沢な鉄道旅と云ったところが受けているのか、どの列車もまずまずの人気を博している。風光明媚な路線があってこその物種だが、そんな路線は決まって赤字に喘ぐローカル線だ。ローカル線風景と食を楽しむ、新たな鉄道文化として定着して欲しいものだ。


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  1. 2017/09/04(月) 00:30:00|
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

拙ブログに掲載する写真、記事に関する著作権は放棄しておりませんので、無断使用、転載等はお控えください。

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