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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

平館 晩秋

急に冬の寒さがやって来た
キハの排気が白く立ち昇る

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2016年11月 花輪線 平館

冬はある日突然やってくる。まだ紅葉が続く平館の晩秋の朝、凍えた空気にキハの排気が白くなって立ち昇る。その前日、強い寒気が入り、山では雪になった。八戸線を撮り終えて花輪線に向かう道中にある紅葉の平庭高原は、すっかり白くなっていた。念のため四駆にして積雪の峠を越えて来た。氷点下5℃くらいまで下がっただろうか。平館の冷え込んだ夜がようやく明けて、朝日が心地良い。なかなか先行き厳しい花輪線だが、この辺りの朝の上り列車は通学生徒で一杯だ。何本かの長い編成のキハ110が続けて過ぎて往く。平館でも多くの生徒たちが、列車通学の途に就いた。周囲の山々は、雪を頂き寒々しい姿に衣替えした。通学列車がひと段落した後に向かった、今は安比高原と名を変えた龍ヶ森もやはり白銀の世界だった。


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  1. 2019/12/15(日) 00:00:00|
  2. 花輪線
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野花南という名の駅

野花南とは何とも柔らかい響きの地名だ
その名に相応しい穏やかな秋の日だった

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2018年10月 根室本線 野花南

これまで、名前に引かれて訪ねた駅を幾つかご紹介してきたが、今回は「野花南」という名の駅だ。本題に入る前に、つい先日、野花南で発生した架道橋の破損事故についてお伝えしておこう。2019年11月21日午前5時ころに、国道を走るトレーラーの積荷の油圧ショベルが、交差する根室本線の架道橋に接触して、架道橋が損傷した。そのため、一時、芦別-東鹿越間が不通になり、バスによる代行運転が行われていた。これは新たな不通区間ということで、不通区間は芦別-新得間に広がったということだ。その後のJRの調査で、補修には3か月を要するとのことだ。富良野線経由で車両が送り込まれて、富良野-東鹿越間は列車運行を再開したが、芦別-富良野間は暫くはバス代行運転が続くようだ。補償の得られない自然災害でなかったのが不幸中の幸いだ。

さて、本題に行くが、野花南は芦別市野花南町にある根室本線の駅だ。例によってアイヌ語由来で、北海道環境生活部の資料によれば、「ノッカアン」(機弓の糸を置く所)、あるいは「ノカンナイ」(小さい・川)となっているが、確定レベルは何れも「C」で、説の一つと考えた方がいいだろう。野花南川や野花南岳も存在しているが、何れにせよ意味が忘れ去られた地名の一つだ。「糠南」と表記された時代もあったようだ。ちなみに糠南は宗谷本線の駅名にある。根室本線も芦別までは炭鉱の町が連なるが、ここからはガラッと様相が変わる。野花南は山間部の入口で、一時は林業で栄えたようだが、今は僅かな面影が残るのみだ。東隣の駅は富良野で駅間は19.4kmもある。以前は滝里、島の下の2駅が在ったが、滝里はダム建設に伴い廃止、島ノ下は信号場に降格している。


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駅舎と駅前になるが、国鉄末期の1982年に無人化されている。JR北の統計では乗車人員は2.4人/日で、微妙な数字だ。数字の割に駅舎が大きいのは、過疎化が著しかったということだろうか。


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駅舎前にはこんな碑が。開通が大正2年11月(1913年)とあるが、野花南町開基百年事業修復というのは何なんだろうか。現在の駅舎は、この事業で平成8年(1996年)に建て替えられたということか。


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駅前に林業に関係する建屋を見つける。屋根には垂直偏波の地デジアンテナ、電灯線も電話線も繋がっている。なかなか微妙な建物だ。2階の看板は「国有林入林心得」、1階のは「野花南町防犯委員会」と「町内会」。どう見ても民家ではない。林業関係者の詰所のようなものだったと想像できる。冒頭の写真の左側にあるのはチップ工場のチップ積み込み用のホッパーになる。貨車用ならいいのだが、残念ながらトラック用だ。この工場はどうやら操業中のようだ。どちらも、この町が林業の町であったことの証だ。


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名前に引かれて訪れた野花南だが、その名からイメージしていたものの一端は見たような気もする。野花南の明るく穏やかな秋の日だった。これから始まる険しい山岳ルートを前にした一服の野の花を連想することのできる土地柄だった。この土地が、野の花だけの場所になってしまわないことを祈りたい。


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  1. 2019/12/13(金) 00:00:00|
  2. 根室本線
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あの日の緋牛内は今

如何にも北海道的な眺めだ
気になる駅のその後を追った

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1975年3月 石北本線 緋牛内

現役蒸気時代、渡道すると必ず訪れる駅が在った。緋牛内もその一つで、幾度となくそのホームに降り立った。理由は幾つもあるが、その一つがこの眺めだった。起伏のある丘陵に広がる畑作地帯は、如何にも北海道らしい風景だった。この列車は以前アップしたことがあるが、今回はその前コマとなる。この丘からは風情の異なる幾つかのアングルが狙えた。今回は緋牛内の駅と集落を背景にしたものだ。向かって左が北見方面、右が美幌方面になる。貨575レは緋牛内を出発して小さな峠に向かうところだ。左端に交換の556D北見行きが停車している。

現在、緋牛内は北見市端野町緋牛内に所在する駅だ。開業は1912年で、その歴史は既に100年を超えている。1983年に無人化、1988年に駅舎が改築されている。写真は初代木造駅舎の有人駅だった時代のものだ。当時の端野町は北見市とは合併しておらず独立した自治体だった。優等列車の通過駅ではあったが、日に10回以上の列車交換があり、それなりに重要な機能を果たしていた。この写真には気になる建物が2組ある。一つは駅の真っ直ぐ前の小高い丘にある、横長の校舎が立派な小学校。そして、二つ目は駅脇に並んだ2棟の石造りの農業倉庫だ。

昨年、半世紀振りに緋牛内を訪ねてみた。再び丘に登って駅を俯瞰できたらと、甘い期待感を持っていたが、それは叶わぬ夢だった。


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2018年10月 石北本線 緋牛内

こちらが現在の駅舎と駅前。随分と小ぢんまりとした駅舎になってしまった。救いは、綺麗に管理されていることで、荒廃した感じは全くなく、ローカル線の小奇麗な駅と云った感じだ。ただ、駐輪場には平日の日中にも拘らず、通学用の自転車が1台しかなかった。


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さて、問題の冒頭の写真を撮った場所だが、ご覧の通り、丘が完全に木々に覆われていた。おまけに、線路に沿って並木のように木が生えていた。これでは抜けはまずない。残念ながら、撮影を諦めるほかなかった。各地で木立が増えているのは、ひょっとして薪の需要が減ったためだろうか。そうでなければ、身近な雑木に手が入らないはずがない。


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こちらは農業倉庫だが、2棟とも残っていた。鉄道貨物輸送が盛んだった頃には、多くの駅には傍に農業倉庫があった。そこから農作物が貨車に積み込まれて消費地へと送られていた。この倉庫には「端野村農業倉庫」と書かれている。端野村は現北見市の野付牛町から、1921年に分村している。町制がしかれたのが1961年で、倉庫はその40年間のどこかで建てられたということになる。その後、端野町は2003年に北見市と合併し、先祖返りしている。端野村の標記を残しているのは、文化財的な扱いではないか。

一方、小学校の方だが、1917年創立の緋牛内尋常小学校が始まりだ。校舎の大きさから、この場所にもかなりの賑わいが在ったことが窺える。2005年に閉校になり、その後は、社会福祉法人が「レストラン自然」を経営していたが、こちらも営業終えているようだ。建物は、1964年に建てられた木造校舎が現存しており、1975年の写真の校舎がそのままということになる。諸事情で旧校舎の現状は撮影できなかった。

つまり、この2組の建物が緋牛内の歴史的建造物と云えそうだ。


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最後に駅構内の様子で、前方が美幌方面になる。本線用の長い交換設備が今も残る。冒頭のC58は左の線を前方に向かって進んでいる。交換のキハ20は右の線に停車している。長いホームも残るが、冒頭の写真の時代でも、大雪崩れくらいしか用はなかったはずだ。下り線のホームが最初から短かかったかは記憶が定かではない。

1975年の写真の右側の集落は、現在は消滅している。左のメインの集落も随分とすっきりしている。集落のすぐ後ろには、車がぽつぽつとしか走ってこない、片側2車線化した北見国道の39号線が貫いている。例によって、地域の衰退をよそ目に、道路だけが立派になった。その道路は、何時しか石北本線をも駆逐してしまうのだろうか。


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  1. 2019/12/11(水) 00:00:00|
  2. 石北本線
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小海線と八ヶ岳

小海線と八ヶ岳とは長い付き合いになった
列車を待つ時間には様々な思い出が過る

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2019年11月 小海線

学生時代に八ヶ岳によく登った。春、夏、冬の休みにしか、北アルプスや南アルプスの高嶺を踏むことは出来なかった。週休1日の時代に何とか手が届いたのが、夜行日帰り圏の八ヶ岳や谷川岳だった。八ヶ岳には小海線の最終列車をよく利用した。土曜の晩に、甲斐小泉、甲斐大泉、清里、野辺山といった登山口の駅に向かい、夜明までに稜線に達するという強行軍だ。そこで夜明けから昼前くらいまで撮影して下山を開始する。その日のうちに、何とか普通列車で東京に戻ることが出来た。

しかし、そんな夜間登山が出来るのは、しっかりとした登山道がある真教寺尾根や県界尾根などの尾根筋となる。写真左のちょっとした岩場がある天狗尾根や、その向こうの八ヶ岳きっての悪沢といわれる権現沢などへは、取っ付きで夜明けを待つ。鉄道写真の場合は、天候に拘らず撮り続けることにしているが、山岳写真ではそうはいかない。常に天候悪化に備えて逃げ道を考えておかなければならない。誤った判断は即生命の危険につながるので、常に五感を研ぎ澄ませておく必要もある。

そんな時代の小海線の各駅は鄙びた木造駅舎ばかりだった。甲斐小泉も今のようなオオムラサキをかたどった独創的な駅舎ではなく、風情のある木造駅舎だった。高原のポニーは去っていたが、2エンジンの国鉄色のキハ52やキハ58が急勾配に喘いでいた。偶に、奮発して、といっても300円だったと思うが、急行券を買って165系のアルプスに乗ることもあった。C56の野菜列車を追いかけた時代、八ヶ岳登山の時代、そして今につながるが、何とも八ヶ岳と小海線にはご縁があるというものだ。


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  1. 2019/12/09(月) 00:00:00|
  2. 小海線
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江ノ電の走る街 小さな小さな踏切

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2019年11月 江ノ島電鉄

素晴しく細い路地とその延長線上の狭い踏切
この街とこの鉄道の古くからの折り合い方だ
僕たち ちゃんと左右を見たかい 気を付けようね
踏切が無くなっちゃったら みんなも困るからね


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2019/12/07(土) 00:00:00|
  2. 江ノ島電鉄
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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