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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

小淵沢暮情

列車は夜道の甲州街道をひた走る
間もなく甲斐山梨から信州長野へと入る

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2018年9月 中央本線 小淵沢

まだまだ日中は暑い日が続いているが、朝晩はめっきり過ごし易くなった。夕暮れの空色も何となく秋めいてきた。ここ小淵沢の田圃では、早くも稲刈りが始まった。小海線の大カーブ内の田にも、先日コンバインが運び込まれ、間もなく苅田へと姿を変えることだろう。日没時刻も、ここ2か月で1時間半近く短くなっただろうか。夕涼みがてら撮っている夏のこの界隈の夕景だが、冬には八ヶ岳おろしの吹く寒さ厳しき場所となる。

写真の右の非電化の1本は小海線だ。小淵沢を出ると直ぐに野辺山への急登が始まる。このストレートの先にあの大カーブがあり、180度進行方向を変える。ここに来るのは、夕暮れの小海線を狙うためだが、何せ列車が少ないので、夕焼けの具合に合わせて上手くキハが来るとは限らない。そんな時は中央線に場所を変える。さすがは中央本線だ。架線柱が大いに邪魔だが、撮りたいときに、間髪開けずに、何らかの列車がやって来る。

この時は、3本の特急と2本の普通を遣り過ごして、夕焼けがクライマックスとなった。狙うは松本行きの普通列車の後追いだ。中央線の山スカ115系は絶滅して、今は風情のない軽量ステンレス車の211系が走っている。何の興味も湧かない車輌だが、夜の後ろ姿と、車窓から漏れる明かりの塩梅は、特急車両のE257やE363よりはましかもしれない。3枚窓と丸い二つのテールライトは、何となく古き良き時代の国鉄車輌を思わせる。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/09/20(木) 00:00:00|
  2. 中央東線
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魚沼へ 稲架木を渡る風

魚沼の青田に夏の日差しが降り注ぐ
田圃を渡る涼風が稲架木を渡ってゆく

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1977年7月 上越本線 小出

今回の鉄道シーンは、上越線を往く181系特急「とき」です。さすがは、ボンネットこだま型の流麗な編成美ですが、この頃は181系の末期で、老朽化の傷みが痛々しい状態でした。ちょうど、無骨な旧型電機EF15の上越貨物との擦れ違いとなりました。まさに、ザ・国鉄時代といった眺めです。当時、「とき」は13往復で、4往復の急行「佐渡」とともに上野-新潟間を結んでいました。その他にも多くの優等列車で賑わっていましたが、1982年の上越新幹線の開業で一変しました。「とき」は、上越新幹線の各駅停車タイプに引き継がれましたが、その後一時その列車名は消滅しています。新潟県内から強い復活の要請があり、再登板となったという経緯があります。この朱鷺という名称は、新潟県民にとって象徴的なもののようです。

この日は、例によって前夜に夜行鈍行で上野を発ち、早朝に小出に着いています。朝方、入広瀬をロケして、早々に小出に戻ってきました。この季節、日中の撮影はしんどいものがあり、主に涼しく光線状態の良い朝晩に活動して、日中はのんびりと乗り鉄というパターンが多かったと思います。この後、再び只見線に乗車して、会津若松に向かっています。只見線の出発まで時間があったので、上越線を往く列車を撮っていました。この時代は、まだ車を持っていなかったので鉄道旅行でした。現役蒸気が終焉を迎えてまだ日が浅かったため、まだまだ鉄道への興味があったので、こんな写真も残っています。車を手に入れてからは、一旦暫くの間、ぐっと鉄道写真は減って行きます。それでも、駅に寄る習性は健在で、駅撮り専門でした。


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さて本題ですが、今回も入広瀬の稲架木です。前回は梅雨時の曇天でしたが、今回は梅雨明け後の夏の眩しい日差しの中の稲架木です。田圃の稲も順調に成長し青田になりました。同じ入広瀬の大栃山地区ですが、天候次第で全く雰囲気が変わります。やはり、写真は朝晩が勝負時間です。朝日に、稲架木の影が田圃に長々と伸びています。夏の朝の、稲架木を渡る涼風を感じていただければ幸いです。


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向こう側の山の斜面には結構な田圃が広がっています。実はこの途中を只見線が走っています。現在、ここに撮影に訪れると、その斜面の田圃の多くが、叢になってしまっていることに気付かされます。この山村でも確実に離農が進んでいることの現れでしょう。田圃は小さなものから消えていきます。何時しか、この大栃山の田圃だけになってしまうような気がします。魚沼産コシヒカリも、北海道産の特A米に押され気味とも聞きます。何とか山村の田園風景を守る手立てはないものでしょうか。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/09/18(火) 00:00:00|
  2. 上越本線
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露店の龍口寺前交差点

今日はこの交差点が祭りに賑わうの日だ
江ノ電が露店の龍口寺を横目に走り抜ける

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2018年9月 江ノ電 江ノ島

神奈川県藤沢市の龍口寺前交差点は、国道、市道などの変則5差路だ。さらに、江ノ電が家並の中の細い専用軌道から交差点に飛び出してくる。おまけに、交差点内がS字カーブになっているため視界が利かない。通行量が多く、偶に事故も起きているようだが、今も交通信号機は設置されていない。というより、設置のしようがないというのが実情だろう。下手につけると、進路の複雑さ故、待ち時間ばかりが長くなり、渋滞の原因になってしまう。交差点の中央辺りには、列車接近表示器が吊り下げられている。この表示器が点灯した際に、軌道内にいなければ危険はないが、無理に突っ込む輩が絶えないらしい。信号機など付けられてしまうと煩わしいことになるので、是非とも江ノ電の通行を妨げないように心がけたいものだ。

近頃、鎌倉に所用が多く、ちょくちょくこの交差点を通過しいてるが、この日は「龍口寺法難会」にたまたま出くわした。別名「ぼたもち供養」と呼ばれるこの例祭は、曜日などはお構いなしに、頑なに毎年9月11・12・13日に行われている。今年は3日とも平日になってしまったが、人出は決して少なくはない。さすがに、江ノ電のために交通誘導警備がなされていた。供養の所以は、日蓮上人の「ご難ぼた餅伝説」にあるが、そのお話は今回は止めておこう。何度かこの交差点は撮っているが、この江ノ電の撮影名所に露店が出ているのを知りながら、みすみす通り過ぎることなど出来ない。祭りのクライマックスの夜の万灯練り供養、ぼたもちまきなども狙いたかったが、残念ながら少々疲れていたので、それはまた次回ということにした。


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テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2018/09/16(日) 00:00:00|
  2. 江ノ島電鉄
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樹海を往く

紅葉の山々に冬の気配が忍び寄ってきた
形だけの本線をヨンマルの単行列車が往く

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2017年10月 根室本線 東鹿越

この山中に北海道官営鉄道十勝線の鉄路が西から延びて来たのは、117年前の1901年のことだ。1907年には狩勝峠を越えて帯広へと繋がった。そして、1909年には旧釧路線と統合され、滝川-釧路間の新しい釧路線が誕生する。1921年になると根室まで延伸開業され、ついに北海道最長の根室本線が形作られた。1966年には、金山ダムの建設により、この区間は現在の位置に付け替えとなり、同じ年、狩勝越えも新線に切り替えられ、新内が廃止されている。長い歴史を持つ根室本線だが、1981年の石勝線の開通によって、根室本線の長距離優等列車は急行「狩勝」を除いて、全てが石勝線経由となった。それ以来、滝川-新得間はローカル線化することとなった。2016年の台風10号の被害で、東鹿越-新得間が不通となり、そのまま廃止されようとしている。

この朝、初冬を思わせる折からの寒気で、かなやま湖を囲う山々の稜線が白くなった。彩の紅葉の季節を追うように、白い冬はそこまで来ていた。この区間を、粉雪を掻き分けて、多くの列車が狩勝峠に挑んでいた時代が思い出される。大雪でDD51でも狩勝を越えられず、富良野に引き返し一夜を過ごしたこともあった。あの南富良野の「ぽっぽや」の「幌舞」こと幾寅の駅には、もう二度と列車が通うことはないのだろうか。こんな山中を往く線区に地域内輸送など見込めるはずもない。石勝線の開通が運の尽きと言ってしまえばそれまでだが、歴史ある根室本線が寸断されるのは、関係者にとってもまさに断腸の思いだろう。素晴らしい自然の中を往くということは、裏返せば旅客輸送が見込めないということだ。かなやま湖畔の原生林を往くヨンマルの姿はあまりにも寂しげだ。


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  1. 2018/09/14(金) 00:00:00|
  2. 根室本線
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十勝岳連峰 冬近し

上富良野の丘に美しい秋の田園風景が広がる
十勝岳連峰の高嶺から冬の足音が近づいてきた

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2017年10月 富良野線 上富良野

先日の9月6日の北海道胆振地震では、厚真町で大規模な土砂崩れが発生して、不幸にも多くの人命が奪われてしまった。幸い、こあらまの道内各地の親戚には大きな被害はなかった。しかし、全道で大停電となり、道民全体が不自由な生活を強いられ、今も十分な電力を得られていない。函館に住む義母に電話が繋がったのは、地震発生から3日目のことだった。発生の日の朝に、義母の近所に暮らす叔母とメールで連絡がついていたので、元気にしていることは判っていたが、二晩を懐中電灯と蝋燭で過ごし、電気の有難味を思い知らされたようだ。この大停電が真冬に起きていたら、この程度の混乱では済まなかっただろう。多くの暖房器具は電気制御であり、相当に寒い目に遭っていたはずだ。しかし、苫東厚真発電所の全面復旧は11月以降にずれ込む模様で、内地からの送電も含めて、電力源の模索が今暫く続きそうだ。

写真は、昨年10月半ばの十勝岳連峰だ。今年は大雪山系黒岳では早くも8月に初積雪が記録されている。もうひと月もすれば、北海道では平地でも雪が舞い始める。北海道の電力需要のピークは、最も寒さが厳しい2月だ。東日本大震災の影響で、泊原発が停止して以来、毎冬の電力の需給バランスがひっ迫しているが、この冬はさらに先が見通せない状況に陥っている。今日は、始めて節電目標の20%を達成したとのニュースがあった。さすがに、計画停電は御免だということだろう。ふと、東日本大震災後の計画停電の際、小田急が計画的に区間運休し、電車が走っていた相模川の川向うへと、歩いて橋を渡る人の列ができたことを思い出した。さながら、難民の行列のようだった。自然の猛威の前には、便利で快適な生活など砂上の楼閣だ。何時サバイバルが求められるかもしれない。何時生きる力が試されるやもしれない。


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  1. 2018/09/12(水) 00:00:00|
  2. 富良野線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

著作権について

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