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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

雨上がり

寒冷前線が通過して青空が戻って来た
残雪と瑞穂の緑が楽しめるのもあと幾許か

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2019年5月 小海線

この春はずっと少雨が続いてきたが、先日久しぶりのまとまった雨が降った。水不足の地域には朗報だっただろうが、九州などでは豪雨災害の恐れもあった。降れば大雨が近年の悪い癖だ。八ヶ岳南麓は湧水群でも有名なところだ。八ヶ岳の伏流水が、標高1,000m付近のあちこちで湧き出している。湧水が干上がることはまずないので、深刻な水不足になることはない。怖いのはどちらかというと大雨の方だ。谷筋は軒並み土石流危険地帯になっており、何十年かに一度の大雨で大きな被害が出ている。昨年、一昨年の台風の大雨では、集落の中まで川のようになり、田畑が水浸しになり、床下浸水のお宅もあった。気象が激しさを増しているので、雨の降り方には本当に要注意だ。

先日の「落日そして水鏡」で田植え前の大カーブをご紹介したが、今回はその田圃のその後をお見せしたい。田植えも終わり、苗は順調に生育している。この田は酒米のため田植えが早かったが、既に近隣のコシヒカリなどの食用米の田植えも終わっている。この辺りも高齢化で、自家米中心で、出荷する農家もどんどん少なくなっている。それでも田圃を維持できていればいい方で、いよいよ体がきつくなると、手間の少ない畑に転作することになる。大カーブの内側も外側も、C56の時代からずっと田圃と決まっていたが、近頃畑に化けてしまった田圃が何枚かある。一度水稲栽培をやめてしまうと、まず再開されることはない。何時の日か、麦と蕎麦の大カーブが出現するだろう。


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  1. 2019/05/23(木) 00:00:00|
  2. 小海線
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鯖街道

小浜は京都への鯖街道の起点だ
古い町並みに繁栄の余韻が残る

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2017年4月 小浜線 小浜

「塩の道」とは、沿岸部の町から塩や海産物を内陸部へと運ぶための道だ。製塩が、海水を用いた塩田に頼っていた時代、生活必需品の塩は沿岸部から得るしかなかった。そのため、世界中に「塩の道」が存在した。日本では、特に沿岸から距離のある信州には、多くの名のある「塩の道」が存在した。日本海沿岸から千石街道、北国街道が、太平洋沿岸から足助街道、秋葉街道などが信州へと繋がっていた。

そんな、「塩の道」のなかに、「鯖街道」と呼ばれる道がある。若狭湾に面する若狭国小浜と京都を結ぶ街道だ。1200年の長い歴史があるとされ、多くのルートが存在するが、その全てが「鯖街道」と称せられる。勿論、運搬されたのは海産物全般だが、特に鯖の量が多かったようだ。鉄道や自動車が普及する前、冷凍技術もなかった時代、鯖は塩漬けにされ、行商人に担がれて運ばれていた。小浜から京都までは丸一日。一塩の鯖は京都に着くころ、調度良い塩加減になっていたという。ただし、この名が使われるようになったのは近年のことだ。

小浜は、その歴史が少なくとも律令時代前まで遡ることができる由緒ある町だ。畿内色が濃く「小京都」とも呼ばれる。江戸時代には小浜藩の城下町となり、その頃に鯖の水揚げ港としての地位を築き、鯖街道の起点となった。その繁栄の証として、町の西部には「小浜西組」という重要伝統的建造物保存地区が存在する。旧丹後街道沿いに発展した古い町並みで、小浜観光の目玉になっている。写真の列車の背景がまさにその小浜西組だ。いぶし銀の瓦屋根の家並が広がる。左手には若狭湾が迫っている。2両編成の電車は間もなく小浜に到着する。


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小浜西組の生活道路の佇まい


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雑貨屋の店先にさがっていたカレイの干物


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街道沿いにあった石の祀りもの

この後、小浜から熊川宿を通って琵琶湖岸の今津、琵琶湖を回って木ノ本に向かったが、途中の滋賀県高島市マキノにある道の駅「マキノ追坂峠」に立ち寄った。鯖街道の一つの琵琶湖ルートは、その高島市今津から船で琵琶湖を渡って大津経由で京都を目指す。また、若狭街道ルートは今津から陸路で湖西を南下する。鯖街道の地で鯖に纏わる食べ物を探していたが、焼鯖寿しとはいいものを見つけた。写真で見ても生唾ものだ。美味かったことは言うまでもない。


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その名も「こばやしの焼鯖寿し」

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油の乗った肉厚のジューシーな鯖だ


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  1. 2019/05/21(火) 00:00:00|
  2. 小浜線
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腕木式信号機

妙にアナログな機関車に信号機
単純だからこそ安全ってこともある

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1973年8月 日豊本線 田野

何てことないC57の発車シーンだが、今回のお題はこの赤ナンバーの4次型の192号機ことではない。その横に鎮座する腕木式信号機についてだ。まずは、その種類を復習しておこう。基本、次の4種がある。用途はご存知だろうから割愛する。

        灯火色  腕木長   腕木色  腕木形状
 出発信号機: 赤・青 0900mm 赤に白線 棒形
 場内信号機: 赤・青 1200mm 赤に白線 棒形
 遠方信号機: 黄・青 1200mm 黄に黒線 矢羽形
 通過信号機: 黄・青 0900mm 黄に黒線 バチ形

さて、写真の腕木式信号機を見ていこう。2本の支柱に4つの腕木がある。左下は通過信号機で、残りの3つは場内信号機となる。ということは、写真奥に3線の駅があるということになる。左の支柱は場内信号機と通過信号機のセットで、右の二つの場内の下には「35km/h」という速度制限が示されている。これらのことから、駅舎は向かって左にあり、駅舎前に片面ホーム1面1線があり、場内踏切か跨線橋で連絡する島式ホーム1面2線があることが予想される。駅舎前の左端の線が比較的直線的配置になっていて、通過列車に使われているようだ。右側の島式ホームの2線は、左端線よりポイント数も多くなり、侵入に際しての速度制限が付いているのだろう。

写真では、手前の閉塞区間にC57牽引の貨物列車が進入したので、場内信号機は何れも「停止」の赤、通過信号機は「注意」の黄となる。通常、通過信号機は場内信号機とセットで運用される。何れもが「進行」の青であれば、列車は速度を落とさず場内に進入し、タブレット交換を済ませて去ってゆく。もし、場内信号機が「進行」の青、通過信号機が「注意」の黄の場合には、その先の出発信号機が「停止」の赤になっているので、列車は減速、徐行し、場内での出発待ちの運転停止となる。勿論、場内信号機が「停止」の赤であれば、信号前での停止となり、場内には進入できない。つまり、場内信号機と通過信号機のセットで、3灯或いは4灯式信号機の役割を果たしている。カーブ等で場内信号機の視認性が悪い場合には、その手前に遠方信号機を設置することになる。遠方信号機は、場内信号機が赤の場合は「注意」の黄、場内信号機が青の場合は青となり、通過信号機と同様に「停止」の赤はない。

たった4つの腕木信号機と速度制限標識で、面白いように駅の大方の様子が分かってしまう。合っているか否かは田野駅構内の線路配置を調べてみれば検証できるはずだ。こあらまは現役蒸気時代の田野には何度も足を運んでいるので、駅構内がどうなっているかは知っているが、知っていての推察ではないことを念押ししておく。ちなみに、田野には昔ながらの木造駅舎が残っていて、線路配置も写真の時代から大きく変わっていない。当時は、ブルートレインの「富士」や「彗星」、キハ80系の「にちりん」などの特急が田野を通過していた。何時の日か、田野に再び立ってみたいのだが、C57の時代があまりにもいい印象で記憶されているので、訪れるのが怖いくらいだ。田野の築堤はどうなっただろうか。あの素晴しい「南国の薔薇」の地は健在だろうか。


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  1. 2019/05/19(日) 00:00:00|
  2. 日豊本線
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只見川夕景

一瞬の夕焼けが只見川を染める
河岸の駅が復旧の夜明けを待つ

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2017年5月 只見線 会津川口

これまで只見川の夕焼けをずっと狙ってきたが、なかなか幸運に恵まれなかった。この日は写真仲間とC11の試運転を撮った後、川口の夕焼けと夜景を狙うために会津川口に陣取った。お祭りの蒸気は一緒に撮っていたが、その後のキハは各自の気儘な自由行動だった。この日は全員の意見が合って川口への移動となった。狙い目は、18:48着の431Dと、その折り返しの上り最終列車となる19:09発の434Dだ。調度この時期の夕焼けは431Dの到着時刻辺りだった。

物足りない夕暮れ空を背景に、電灯が煌めき出した大志集落に431Dが定刻に現れた。手持ちの望遠系ズームでその姿を追うが、川口駅方向に向きを変えた時、空がいい塩梅に染まっているのに気が付いた。慌てて広角系のもう一台にスイッチしてこの画をゲットした。列車はゆっくりと川口のホームに滑り込もうとしていた。当然のことのように、仲間は誰も広角系を準備しておらず、夕焼けはファインダーには収まり切らず、あっという間にその光を失っていった。

この列車の、その後の折り返し準備時間中が、夜景の撮影タイムとなる。勿論レンズは望遠となるが、そのためもあって皆望遠系を準備していた。こあらまは、小海線大カーブでの天空狙いの常習犯であり、この時間帯の空色の気まぐれさは痛いほど承知している。夕暮れを迎えるに当たっては、望遠使用時も、必ず広角系を手元に待機させている。銀塩時代は至難の業だったが、今のカメラは夕焼けなどは手持ちでガンガン行ける。技術の進歩は最大限利用すべきだ。

写真中央辺りに、現在は通らずの野尻川橋梁が見えるが、出来ればそこを渡っているシーンも欲しかった。復旧すればそんなチャンスも戻って来るだろう。上り最終列車の434Dが去ると、会津川口に再び静寂が戻って来る。昼間の暑さと打って変わって、只見川の湿気を帯びた冷気が漂い出す。この後、435D、437Dの2本が会津若松から下って来るが、2本とも川口での夜間滞泊となる。深夜23:30の終着をもって、ローカル線にしては長いこの駅の一日が終わる。


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  1. 2019/05/17(金) 00:00:00|
  2. 只見線
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国鉄色

大村線に往年の急行色気動車が往く
C57の客レが来ればもっといいのだが

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2017年4月 大村線 千綿

さすがはお堅い国の機関だけあって、かつての国鉄には何事にも厳格な基準が必要だったようだ。車両の塗装にも、当然のことながら「車両塗色及び表記基準規定」という約束事があった。気動車については、一般形が朱色4号とクリーム4号、急行形は赤11号とクリーム4号、特急形は赤2号にクリーム4号のツートンと決められていた。確かに、キハ20、キハ58、キハ82を一瞥しただけで、普通なのか、急行なのか、特急なのかが直感的に分かった。しかし、乗り間違え防止のための顧客目線の措置とは思えず、階級社会の国鉄組織の仕組みが、車両の格付けにも繋がったのではないだろうか。例えば、車掌にしても、普通、急行、特急と乗車列車の格付けが、車掌の職位にも直結し、特急専務車掌が憧れのポストとなった。

さて、写真のキハ66系は、山陽新幹線の博多開業に合わせて1974年に製造が開始され、筑豊線を中心に運用された。キハ58系の血を引く顔面は、さらに運転席を高くした構造になり、後のキハ40などに引き継がれていく。機関は高出力の水平対向12気筒のターボチャージャー付のDML30HSHが採用され、転換クロスシーや冷房装置も装備し、急行形を凌ぐスペックとなっている。しかしながら、位置付けはあくまで「快速」に充当する一般形だったため、塗装色は朱色4号を使わざるを得なかった。苦肉の策で、急行形の塗分けがなされた。何度か、筑豊本線で見掛けたことがあるが、モノクロ画しか見当たらず、その姿をお目にかけられないのが残念だ。その後、1978年に規定が改訂され、晴れて本物の急行色となった。

現在のキハ66系の働き場所は大村線だ。2編成がかつての急行色に戻されている。国鉄色は絶大な人気があり、各地でリバイバルするケースが多いが、国鉄時代にその塗装が実在した車輛形式での復活は数少ない。タラコのヨンマルもその一例だが、急行色となると、大村線のキハ66は貴重な存在だ。こあらまが現役蒸気を追っていたころの大村線はC57が目当てで、急行色といえば「平戸」くらいだった。博多から長崎や佐世保に向かう優等列車は大概大村線は通らない。キハ58の急行「平戸」は、へそ曲がりにも、筑肥線、松浦線、大村線、長崎線経由で博多と長崎を結んでいた。よき鉄道時代には巡回迷走列車が各地に走っていた。近頃、大村線にも新型車の導入が囁かれ、ノスタルジックな急行色もあと僅かかもしれない。


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  1. 2019/05/15(水) 00:00:00|
  2. 大村線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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