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駅舎の灯

旅の始まりにも、終わりにも、そこには何時も駅舎の灯があった。

特急富士 青井岳を往く

どんな駅だか思い出せない青井岳
この木の電柱は今も健在のようだ

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1973年8月 日豊本線 青井岳

こあらまが全国的に現役蒸気を追っていた1970年代、国鉄の特急列車や急行列車に使われた車両にも、思い出深いものが幾つもある。この20系客車もその一つだ。いわゆる「ブルートレイン」の起源となった客車で、当時は「走るホテル」と形容されていた。写真は、国鉄最長列車の特急富士で、東海道、山陽、日豊本線経由で東京-西鹿児島間を繋いでいた。東京を電源車を加え15両の超大編成で出発するが、途中の大分で寝台客車7両を切り離して、終着の西鹿児島へと向かう。大分からは、編成分割のための切妻、貫通式の2等寝台緩急車のナハネフ23が最後尾になる。非貫通の展望室のあるナハネフ22とは、その容姿に随分と落差がある。この頃既に20系は末期で、2年後の1975年には、富士も全車貫通式の24系に刷新され、この味気ない後ろ姿は見られなくなった。

当時の日豊本線の青井岳は、残り少なくなったパシフィック機のC55、C57を追い求めて、多くのファンが訪れていた。こあらまも、この時の旅では日豊線に入り浸っていた。しかし、情けないことに、その青井岳がどんな駅だったかは、皆目思い出せないし、写真も撮っていない。辛うじて、ホームが写っていたのがこの写真だった。富士の通過をスナップ的に撮ったものだが、今となってはこういうのが貴重になる。半分になったとはいえ堂々の8両編成が、DF50に牽かれて青井岳を通過していく。古き良き時代の一コマだ。残念ながら、金欠旅の身には寝台特急は高根の花で、当然のことながら乗ったことはなく、見ているだけだった。今なら、少々の金なら融通できる身になったので、長距離寝台特急にも乗車してみたいが、今度は乗りたい列車が無くなってしまった。


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  1. 2022/07/06(水) 00:00:00|
  2. 日豊本線
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地鉄のちょっと古めの駅舎 横江

地鉄はボロい駅舎の宝庫だ
列車さえ来ればそれもまたよし

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2021年4月 富山地方鉄道 横江

バリエーション豊かなレトロな木造駅舎が多く、駅舎好きにはなかなか興味の尽きない富山地方鉄道だが、中には手入れが追い付かず、荒廃の域に突入してしまった駅舎もある。この横江の駅舎もその筆頭格だろう。開業は1931年と、結構長い91年の歴史がある。立山線の岩峅寺の次駅で、山中の秘境駅というわけではない。上下それぞれ1時間毎くらいに列車は走っており、1日の平均乗降人員は50人少々と、ローカル駅には違いはないが、駅舎からイメージされる程の閑散駅などではなく、近在には新しい家も散見される、普通の家並みが見られる。

国鉄から民営化されたJRの駅であれば、もっと利用者の少ない駅であっても、立派な駅舎が残されているところが沢山ある。この辺りの違いが、駅舎にも全国的な基準のあった御上の国鉄と、借金が膨らめば倒産となる私鉄との違いなのだろう。第三セクターなのか私鉄なのか判然としない富山地方鉄道だが、何れにしても経営は楽ではない。日本政府のように借金への感覚が麻痺してしまえば話は別だが、何処かで節約しなければ路線を守ることは出来ないということになる。駅舎が少々?ボロでも、電車を走らせることを最優先した結果なのだろう。


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この駅舎が開業時のものかは判らないが、やけに民家風なのが私鉄感覚だ。多分、駅構内だと思うのだが、駅舎横に仏さんが祀られている。こちらも何とも凄いことになっていて、何時ひっくり返ってもおかしくない状態だ。駅舎に入り内部を観察すると、殆どが造りが木製のままで、建具もサッシ化されてはいない。かつては有人駅で出札も行われていたようだ。レトロな木製ベンチがなかなかいい味を出している。


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駅舎を抜けてホームへ向かうが、どうやらかつては交換駅だったようだ。構内踏切で島式ホームへと繋がっていたのだろう。ホームの待合の外壁には、1番線、2番線の表示が残されているが、駅舎側が2番線で国鉄の約束事とは異なるようだ。2番線のレールが剥がされたのは、17年前の2005年ということだが、どういう訳か草がきれいに刈られているので、つい最近までレールがあったように錯覚してしまう。


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再び駅舎を抜けて駅前へ。なかなかのボロさで、破損個所も随所に見られるが、例によって清掃はきっちりできている。地鉄の凄いところだが、沿線住民の愛着の強さを感じる。今時は、駅舎で長々と時間を過ごす乗客は稀だ。一時的に雨風を凌げれば用は足りるので、これで十分ともいえる。この日は早朝に芦峅寺を出て、立山まで往復してきた。早朝の駅ロケの際には曇り空だったが、帰りに寄った時は晴天だった。天気によっても駅の雰囲気は大きく左右されるもので、晴れの横江駅からは荒廃感は薄らいでいた。のんびりした田舎駅の風情で、ついつい長居をしてしまった。


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  1. 2022/07/04(月) 00:00:00|
  2. 富山地方鉄道
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風待ち港の諸寄

北前船は山陰線開通で衰退した
今度は山陰線沿いに自動車道が

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2022年4月 山陰本線 諸寄

今回の山陰の美しい海巡りの旅は、兵庫県北部の但馬地域の諸寄だ。この港も江戸時代から北前船の風待ち、潮待ちの港として栄えた。今も、諸寄地区内には、北前船に関する廻船問屋や船宿跡などの史跡や資料が数多く残され、多くの文化人も輩出している。しかし、1912年に山陰線が京都まで開通したのを契機に、物流が大きく変化し、北前船は衰退していくことになり、諸寄の繁栄も去っていった。今は静かな漁師町で、浜坂温泉を訪れた観光客が足を延ばす場所にもなっている。

さて、写真の白い砂浜は「雪の白浜」と呼ばれ、平安時代から和歌に詠まれていた景勝地だそうだ。今は海水浴場になっている。奥の大栃川の無機質なコンクリート護岸を辿っていくと、山陰線の大栃川橋梁が見える。この橋梁には1911年の山陰線開通時のレンガ積みの橋脚が残っている。諸寄を出た列車が、間もなくその橋梁に差し掛かるところだ。そのすぐ脇の巨大なコンクリート柱は、建設中の山陰近畿自動車道の橋脚と思われる。残念ながら、このアングルも今頃は消滅している筈だ。

次に2枚目の諸寄港全景の写真だが、左から雪の砂浜、諸寄漁港、大栃川を挟んで旧諸寄港となる。周囲には風情ある港町の町並みが、諸寄駅の先まで続いている。地形的に、北前船の旧諸寄港が、日和山によって西風が遮られる絶好の風待ち港であることが見て取れる。例によって、海底まで見通せる透明度の高い青い海だ。その後、セリ場のある諸寄漁港が増設されたが、美しい歴史ある景観が維持されている。この港の風景が山陰近畿自動車道によって壊されなかったのは不幸中の幸いだ。


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  1. 2022/07/02(土) 00:00:00|
  2. 山陰本線
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漂泊の道標 北辺に凍てる

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1976年3月 宗谷本線 抜海

遮るもののない丘陵に今日も朝日が昇る
厳寒の宗谷の地に立ち続ける孤高の駅舎



季節外れの写真を上梓するのは、猛暑の涼にでもというのがお決まりだ。もちろん、涼んでもらえればそれに越したことはないが、今回お伝えしたいのは、この抜海駅に再び存続の危機が迫っているということだ。抜海と言えば、鉄道好きなら誰もが知っている北辺の孤高の駅だ。2019年、JR北海道は駅を廃止するか地元管理にするかの選択を稚内市に委ねたが、市と地元住民との話し合いが纏まらず、その後は市の維持管理となっていた。コロナ禍で話し合いが持たれずにいたが、今月、工藤広市長が突如廃止の意向を市議会で表明し、担当者が地元に通告した。マスコミ各社もこのことを取り上げているが、駅廃止云々より、市長と地元住民との不和といった側面から報道されている。

抜海集落ではボランティアで駅の管理業務を行い、市の負担の軽減に努めている。また、開業100周年の記念イベントの費用をクラウドファンディングで集め、予算を越えた分を維持管理費にと市に寄付しようともしていた。そこに突然の廃止通告では、合点が行く筈もない。さらには、廃止理由もその後の展望も具体的な説明はなしで、第三者が費用を負担したとしても廃止の意向は変わらないとくれば、何らかの裏約束によって駅を潰しにかかっていると勘繰られてもおかしくない。ちなみに、JR北が示した年間の維持管理費は125万円で、地元のボランティア活動で、市の持ち出しは100万円になっている。駅存続のファンディングでも呼びかければ、数年分くらい直ぐに集まるはずだ。

流石は民主化度の低い日本に在っては、地方自治体の首長によるこの手の蛮行は珍しいことではない。不透明な水面下での業者との癒着などによって決められた闇の事業計画を、一方的な説明会で地域住民に通告し、情報公開の観念もなく、質問ははぐらかすというやり方だ。言うなれば、こういうやり方を専制と呼ぶ。悲しいことだが、民主主義が定着していないのだから質が悪い。民主主義での合意形成には膨大な労力と時間が掛るものだが、多くの日本人は、その辺を全く体得していないし、実践しようともしない。本来であれば、説得力のない政治家などいないはずだが、実際にはうようよいるので恐ろしい。駅存続を検討する以前の問題が勃発してしまったということに他ならない。

抜海駅の人員輸送の役目がとうに終わっていることは誰の目にも明らかで、やはり存続させるにはそれなりの理由や目的が必要で、鉄道好きのポジショントークだけではどうなるものでもない。例によって、地域のシンボル的な存在や観光資源となり得るかが鍵だろう。同じ宗谷本線沿線の幌延町では、稚内市よりも財政規模が小さいにも拘わらず、下沼、南幌延、雄信内、糠南、問寒別の5駅までを維持管理し、秘境駅を観光資源に育てようという試みが進められている。より知名度、人気度の高い抜海のたった1駅と思ってしまうが、そこは地元の考え方次第だ。まずは、より民主的なプロセスで議論を深めてもらいたいところだ。宗谷線自体も明日をも知れない状態なのを忘れてはいけない。一方で、駅存続如何のJR北への通知期限は6月末だそうだ。ギリギリに話を持ち出すのも作戦なら、市長の民主化度がまさに疑われる。

現在の駅舎は、新建材のサイディングがベタベタ張られて、木造駅舎の風合いが失われつつあるが、写真の頃は、開業時の姿を色濃く残していた。この解像度では分からないが、煙突からは薄っすらと煙が出ているのが、有人駅だった証だ。駅前の轍からは、当時はそれなりの利用者がいたことが伺える。時代掛った莚の防風柵。見渡す限りの遮るもののない牧草地が広がる丘陵地帯。極寒の朝に昇る白い太陽。北辺に立ち続ける孤高の駅舎は現代の人々に何を伝えるのだろうか。こんな掘っ立て小屋など吹けばすぐに飛んでしまう。しかし、そこには先人の歩みと思いが宿っている。未来を望むことと、過去を思いやることは、どちらも大切なことだ。孔子も温故知新と言っているじゃないか。


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  1. 2022/06/30(木) 00:00:00|
  2. 宗谷本線
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北陸の国鉄型

北陸の盲腸線で走り続ける国鉄型
再び首都圏色に戻って砺波を往く

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2022年4月 城端線 越中山田

気象庁も意を決したのか、九州南部、東海、関東甲信越の梅雨明けを発表した。数日前に始まったいきなりの猛暑の洗礼には、誰もがうんざりだろうが、これから史上最長の夏が始まることになる。案の定、電力不足も表面化してきたが、訳あって、現在我が家にはエアコンは無いので、節電しろと言われても、大したことは出来はしない。国は節電にポイントを与える制度を始めるようだが、そんな事情から何とも釈然としないやり方だ。いっそのこと、電力を配給制にでもしてもらった方がしっくりくる。

写真は城端線の2両固定編成のキハ47だ。これと両運転台のキハ40との組み合わせで、この路線では1~4両の編成が組まれる。私的には、単行のキハ40と2両のキハ47の列車が好みだ。この城端線と共通運用の氷見線は、今もヨンマル一族の牙城だ。キハ120の越美北線や大糸北線よりも、それなりに乗客が多く平坦なことが幸いしている。それでも、昨今の原油高騰が、国鉄型気動車の淘汰を早めるかもしれない。今時のペラペラな車体に燃費で勝てるはずもない。国鉄型の頑丈さが災いするかもしれない。


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  1. 2022/06/28(火) 00:00:00|
  2. 城端線
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プロフィール

こあらま

Author:こあらま
1950年代後半、東京生まれ。少年時代は国鉄現役蒸気を追いかけ、その後は山岳・高山植物・風景・街角等を題材に撮影旅を続けてきました。
2000年代、たまたま小海線のキハにカメラを向けてから俄に鉄道画に復活。ローカル線を中心に、鉄道絡みの画を撮っています。

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